ソシャゲによくある主人公とめっちゃいっぱいの女子女性……すみっこに俺 作:帯電する者
送信ボタンを押してから十五分。エルナからの返事はまだない。あいつのことだから、読んでねぇってことはないはずだ。読んだうえで、差出人の欄にある俺の名前を見つけて後回しにしている可能性は、まああるが。
まあいい。返事を待つ間に、補給計画を仕上げちまおう。そう思って投影機に向き直ったところで、背後のドアが開く。
「少尉。倉庫区画Cの棚卸し、完了しました」
入ってきたのは補給担当の【ロッテ・ツァーレン】伍長。俺の直属の部下で、この補給管理室のもう一人の住人だ。茶色の髪を後ろで一本に束ねて、袖は肘までまくり上げ、首からは端末を三つぶら下げてる。三つも何に使ってんのかは知らねぇ。
「おう。差異は」
「ありません。登録数と実数、全品目一致です。区画Cは千二百四十品目でした」
「そうか」
それだけ言って、俺は投影機に目を戻す。ロッテも返事を期待してたわけじゃないらしく、俺の向かいの、木箱を改造した椅子に腰を掛けた。この部屋の椅子は俺のとこいつの二つだけ。ブリーフィングルームに比べたら、どっちも上等だ。
ちなみにこの艦の女性クルーで、俺を階級付きで正しく呼ぶのはロッテとエルナくらいだ。エルナのは八割が嫌味だから、実質こいつ一人。とはいえ、別にありがたがる話じゃねぇ。部下が上官を階級で呼ぶのは当たり前で、当たり前のことをしてる奴をいちいち褒めてたら、この艦じゃ日が暮れちまう。宇宙に日暮れはねぇがな。
「航路変更、確認したか」
「はい。第四宙域を迂回、補給拠点経由と」
「それの補給計画だ。積荷の削減と追加、あとヘルダでスイングバイを入れる。目ぇ通しといてくれ」
投影機の画面を、ロッテの端末に飛ばす。彼女は三つある端末のうち真ん中を持ち上げて、指で画面を弾いた。上から下まで、ざっと二十秒。
「主砲予備弾を四十から二十四。肉は四十キロ、香水は一瓶。爆竹はなし。スイングバイで推進剤一割二分減、帰還時残量一割五分」
「そうだ」
「重心です。今の積み方は第三宙域を直進する前提の配置になってます」
「……だな」
いいねぇ。こいつは二十秒で問題を拾ってくる。今の積み方はまっすぐ進むだけなら何の問題もない。だが、ヘルダの縁をなめるように曲がるとなると、話は別だ。重心が後方に寄ったまま惑星の重力に引っ張られれば、艦首が振られて、姿勢制御で余計な推進剤を食う。せっかく浮かせた一割二分が、パーになっちまうわけだ。
「後部弾薬庫の主砲弾を前部に九発移せば、相殺可能です。計算上は」
「そうだな、ついでに肉も前に寄せちまうか」
「前部冷凍区画は満杯です。セメントを後方に送れば空きます」
「んじゃそれで」
「承知いたしました」
会話は以上。ロッテはもう別の端末を叩き始めてる。
普通の上官と部下の会話ってのは、本来こういうもんだ。♡も、ガン無視もねぇ。言ったことが言ったとおりに伝わって、言ってないことまで拾ってくる。こいつが優秀なのは着任した日からだし、俺がそれに慣れ切ってるのもずいぶん前からだ。今更何か言うわけでもねぇが、まあ楽だな。
ただ唯一、慣れないことがあるとすれば……
「……九発。二百四十キロが九つで、二千百六十キロ……ふふ」
端末を見つめたまま、ロッテが小さく微笑む。俺はいつもの通り聞かなかったことにして、投影機に向き直った。
兵装区画は艦の前方寄り、主砲塔の根元にある。ドアが開いた瞬間、油と火薬と鉄の臭いが鼻を突く。ゲロ箱の中で、最も戦艦らしい場所だ。
主砲の砲身の下で、ベアが布を片手に砲身を拭いていた。ノアが言ってた通り、一本ずつ撫でるみたいに。その横で工具箱を抱えたノアがこっちに気づいた。こっちみんな。
口の形だけで何か言ってくる。
『み・て・く・だ・さ・い』
何をだよ……ああ拭き方か。見てるよ、見せられてるよ。
「……補給屋じゃねぇか、何の用だ」
ベアが布を置いて振り返る。俺は端末を見せながら手短に話した。後部弾薬庫の主砲弾を九発、前方に移す。ついでに肉を前に、それと補給拠点で受け取る予備弾は四十じゃなくて二十四になる。
「にじゅうよん……?」
最後の一つで、ベアの目の色が変わった。朝のブリーフィングでも見たな、この目。撃つ相手を見つけた目だ。残念なことに、その相手は俺だ。もうちっと外を向いてほしいね。
「十六発も削るってのかお前」
「削った分、帰りの推進剤が残る」
「知るか! 撃てなきゃ意味ねぇだろ!」
「推進剤が残れば、また撃ちに来られる。帰れなきゃ、二度と撃てねぇ」
ベアの手が俺の襟首に伸びかけて、止まった。
「……また、撃てるのか」
「撃てる。帰れりゃな」
「…………なら、いい」
ベアは鼻を鳴らして、手を引っ込めた。こいつは単純だが、馬鹿じゃねぇ。撃つことに関してだけは、誰よりも先のことまで計算できる。だから撃つ話に置き換えてやりゃ、大体のことは通る。この艦に乗って最初の半年で身につけた技術だ。誰も褒めてくれねぇが。
「で、肉は」
「四十キロ」
「……お前、いい奴だな」
馬鹿だわやっぱこいつ。
作業が始まった。俺とロッテは、台車で一発ずつ運ぶ。一発二百四十キロ、規定じゃ四人がかりの代物だ。その横を、ベアが両脇に一発ずつ抱えて悠々と追い越していく。
「ケンさん、ケンさん! 今の見ました? 両手で二発ですよ、二発!」
ノアが工具箱を抱えたまま、俺の袖を引っ張ってくる。見たよ。半年前の夜に、三時間かけて聞かされたやつだろ。生で見るとたしかにすげぇが、お前の目の潤み方のほうがすげぇよ。
「二百四十・〇三キロ……二百三十九・九八……公差内……公差内です……」
反対側では、ロッテが砲弾の銘板を一発ずつ読み上げていた。声がだんだん小さく、熱っぽくなってる。それでいて、台車を押す手は一ミリもブレてねぇのが逆に怖い。
ふと気付く。今この区画で、ベアは砲弾に興奮してて、ノアはベアに興奮してて、ロッテは砲弾の重さに興奮してる。素面なのは俺一人だ。
……帰りてぇ。補給管理室に。
一四五八。副長室の前で、俺は始末書三枚を手に立っていた。
内容はこうだ。
『本日〇六三〇頃、男性用洗面所において、艦長の眠気覚ましを目的とし、当人の背中を平手で一回叩打した。今後は眠気覚ましの手段を再検討する』
これを三枚、言い回しを変えて書いた。同じ内容で三枚ってのが一番の苦行だったが、まあ何とかなった。馬鹿馬鹿しいにもほどがあるがな。
ノックするとすぐに「どうぞ」と返ってきた。副長室は俺の部屋の倍は広くて、十倍は片付いてる。机の向こうで、エルナは端末を三つ並べて何かを見ていた。顔は上げない、いつも通りだ。
始末書を差し出すと、片手で受け取って目を走らせる。一枚、二枚、三枚と。
「誤字はありません、受理します」
「どうも」
さて、ここからが本題だ。
「副長。昼に送ったベルクハイムの件ですが」
エルナの手が止まる。それから黙ったまま、ディスプレイの画面を一つこっちに向けた。
画面にはベルクハイムの通信記録が並んでいた。俺が見たのと同じ、三週間前で途切れた在庫データ。だが、それだけじゃねぇ。拠点の近くを通過した輸送船の航行記録、周辺宙域の定期哨戒の報告、艦隊ネットワークの中継ログ。全部が全部、三週間前を境にぷっつり途切れていた。
「一三一〇に、ベルクハイムと艦隊司令部の双方へ照会をかけました」
エルナの声は、いつも以上にきっちりしていた。きっちりしすぎていた。
「司令部からは、通常一時間以内に応答があります。現在まで、どちらからも応答はありません」
「……二時間近く、ですか」
「索敵班には、ベルクハイム方面への長距離走査を指示済みです。艦長にも、私から報告を上げてあります」
その反応、仕草、言葉が何よりも雄弁だった。これはもう懸念なんかじゃない、確定した厄介事の香りだ。俺が三週間前の数字を見て、鼻に感じた血反吐の匂いを、エルナは記録を三つも四つも洗って、はっきりと嗅ぎ取っている。
「ケン少尉」
エルナが顔を上げた。
「ご報告、感謝します」
……着任してから八か月、初めて聞いた言葉だった。
冗談を言う女じゃねぇし、俺に礼を言う女でもねぇ。その両方を知ってるからこそ、背筋が冷えた。
「……はっ。何かあれば補給管理室に」
「えぇ。それと、始末書の件は別途査定しますので」
いやそこは通常運転かい。
二一四〇。ヘルダを利用したスイングバイまで、あと二十分。
艦内は夜間配置に切り替わって、通路の照明も落とされてる。補給管理室も、投影機の青白い光だけがぼんやり部屋を照らしていた。空中に浮かぶのは、ヘルダの茶色い斑模様と、その縁をなめるように引かれた緑の線。そして予測値と実測値、二列に並んだ数字の帯だ。
スイングバイの操艦自体は艦橋がやる。航路はリーゼ、姿勢制御はおやっさんの機関部、最終判断は艦長。俺たちの仕事は、ここで推進剤の消費と重心の推移を見張って、予測から大幅に外れたら艦橋に知らせる。それだけだ。地味だが、ここで数字が外れちまえば、昼間にベアを説得した意味も、砲弾を運んだ意味も、全部おじゃんになる。
隣では、ロッテが木箱の椅子を俺の横まで引きずってきて、三つの端末を膝に並べていた。
「最接近まで、十分」
投影機の中で、ヘルダがじわじわと大きくなる。艦体がわずかに軋む。重力に引っ張られ始めた証拠だ。
「推進剤消費、予測値との差、〇・〇一二パーセント……〇・〇〇八。重心偏差、許容範囲内」
ロッテの声が少しだけ、上ずった。来るぞ、と思った。
「〇・〇〇五……〇・〇〇三……少尉、少尉、見てください。〇・〇〇三……です」
ロッテの頬が、青白い光の中でも分かるくらいに赤くなっていた。呼吸が浅く、目が潤んでる。膝の上の端末を、抱きしめるみたいに握りしめて、数字の帯に向かって身を乗り出している。
「最接近……〇・〇……〇二……あぁ、いぃ……、一致してますっ!……!予測とっ、ほとんど……っ!」
念のため言っとくが、こいつがこんな顔をしてるのは俺に対してじゃねぇ。小数点第三位に対してだ。
この瞬間だけは、いつも居心地が悪い。仕事としては一番の見せ場のはずなんだが、隣でこれをやられると喜んでいいのか分からなくなる。なんというか、他人の大事な場面に居合わせちまった気分になるんだ。相手は数字らしい。変態め。
前に一度、こいつに聞いたことがある。この艦の女どもはみんな艦長に夢中なのに、お前は興味ねぇのかって。返事はこうだった。
「艦長は、誤差が大きいので」
予測できない人間には、興味が湧かねぇらしい。たしかにあいつほど予測値から外れまくる男はいねぇ。ふにゃふにゃしてたかと思えば、急に別人みたいな顔をする。ああいうのは、こいつにとっちゃノイズなんだろう。で、俺はというと、計算は好かれてるが、俺自身には一ミリも興味を持たれてねぇ。まあ、上官と部下の距離としては、それが一番正しいんだが。
「……ヘルダ離脱。推進剤消費、最終誤差〇・〇〇二パーセント」
ロッテが、ほう……と長い息を吐いた。それとほぼ同時に、艦内放送が鳴る。
『はーい、スイングバイ無事完了~。みんな、遅くまでお疲れ様~』
ふにゃふにゃした声。ブリーフィングの時とは大違いだが、今はこの声の方が正しいと思う。やっぱ艦長はこういう使い分けが得意だよな、声も、兵士も。
「記録、保存しました」
ロッテはいつもの、淡々とした顔に戻っていた。頬だけ、まだ少し赤いが。
「今夜は、よく眠れそうです」
「そりゃよかったな」
自分の部屋に戻ったのは、二三〇〇を回ってからだった。
機関室の隣の、狭くてうるせぇ俺の部屋。ベッドに倒れこむと、背中越しに機関の振動が伝わってくる。スイングバイの後で出力を落とした分、昼間よりいくらか穏やかだ。ゴウン、ゴウン、と一定のリズム。朝はただの雑音でしかないこいつも、夜に聞くと揺りかごみたいなもんだ。
天井を見ながら、今日一日を振り返る。
朝は通路で艦砲射撃みたいな視線を浴びて、洗面所でアニタの背中をぶっ叩いた。ブリーフィングでは折り畳み椅子に座って、四人分の言いたいことを奥歯でなんとか噛み潰して、それでも数字と事実はちゃんとアニタに届いた。その代わりに始末書が三枚になったが……まあ些細な事さ。それに、エルナからも初めて礼を言われたし。
この広大な、果ての見えねぇ宇宙に比べれば、万事が細事ってな。
そういや艦長の「お返し」、まだ来てなかったな。明日の朝、洗面所で来るんだろうか……っへ、あいつの平手なんざたかが知れてる。
……いや、やっぱ怖えな。本気モードのアニタ、意外とおっかねぇんだよな……
ま、散々な一日だったが……上出来なこともあった。悪くねぇ一日だな。
振動に合わせて、まぶたが重くなっていく。ゴウン、ゴウン……悪くねぇ……そういや、ベルクハイムはどうなっ――――
ビーーーーーーーーーーーーッ!!!
耳をつんざく警報が、部屋中に響き渡った。天井の照明が、白から赤に切り替わる。背中の振動が、一段高い唸りに変わった。
『総員に通達、総員に通達』
艦内放送。聞き慣れた、きっちりとした声。
『総員、第二種警戒配置。繰り返します、総員、第二種警戒配置』
『少尉以上および各担当長は、すみやかにブリーフィングルームへ集合してください。繰り返します。少尉以上および――――』
俺はベッドから跳ね起きて、制服の上着を引っ掴んだ。
……ああ、まったく
嫌な予感は、当たるもんだ。
続けたい。