前回の続きです。今更ですが、戦闘の描写って難しいですね。
私は生きてる。このSAOという世界に。決して今までやってきたことが無駄になった訳ではない。ここでも向こうと変わらない、同じ1日が流れているんだ。どうやら思いの外、私は臆病らしい。自分の道から外れることを、両親から失望されることを、そんな単純なことに気づかないほど恐れていた。でも、気づいたらなんてことはない。確かに、勉学という意味では他の人より遅れてしまうだろう。しかし、1日の価値は決して変わらない。ここでも、本物の1日がある。ショウ君が言っていた。目に見えるもの、聞こえるものはデータ、偽物かもしれない。けど、私たちの感情は本物。なら、私たちが経験したことだって本物。そう、住んでいる世界が違うとはいえ、私たちは同じ1日を過ごしている。結城明日奈ではないとしても、プレイヤー《Asuna》として。
それを自覚したとき、私の中のこの世界が変わった。例えば、47層《フローリア》。今思えば、あの花々はなんと綺麗なのだろう。例えば、55層《グランザム》。あの湖はなんと美しいのだろう。他にも、私が見てきたもの、聴いてきたものに色が宿った。
そしてそれは、人にも言える。私は、自分以外の人をちゃんと本物の生き物として認識していただろうか。そのはずだ。だからこそ、ボス討伐では細心の注意を払い、戦死者がないように努めた。しかし、私は彼らをゲームクリアのための道具だと思っていなかっただろうか。道具が減るから死なないようにしただけではないのか。私は、陰ながら《攻略の鬼》と呼ばれていることを知っている。そうしたあだ名は、そんな私を揶揄したものではないのか。そんな疑念が頭をよぎる。そうだとしたらなんと愚かなのだろう。
しかし、今なら言える。彼らは生きている。道具などではない、確かな1つの命そのもの。それぞれが輝きを放っている。データなどではない、本物の輝きを。
そう、私の隣にいるこの人も。
「さぁ、どうするか」
ボスの部屋の前に来た私たちは、作戦会議をしていた。ちなみに、ボスの杖は既に元通りになっている。ボスの武器は時間経過で元に戻るようになっている。出来れば斬られたままでいて欲しかったが仕方ない。
「普通の攻撃じゃダメ。ソードスキルもダメ。ということは」
「場所か、何かの条件」
「後ろから行ってみたら?」
「いや、さっきやったけどダメだった」
いつの間にそんなことしてたんだろう。そんな目を向けていると、ショウ君が答えてくれた。
「お前を助ける時だよ、スタンさせるために。後ろからなら通ると思ったんだけどな」
何気なく言うショウ君。しかし、その言葉は私を驚かせた。少なくとも、あの敵がソードスキルを放って来た時、彼は体勢を崩していたはずだ。つまり、そこから体勢を立て直し、敵に斬撃を放ち、私と敵との間に入り杖を斬ったということになる。あの短い時間でそれ程の行動が出来るだろうか。正直、信じられない。
「AGIには自信があるからな」
「そういえば、前からAGIばかり上げてたね」
「誰が紙装甲だ」
「言ってません」
紙装甲なんだ。
「とりあえず適当に攻撃してみるか」
「それでいいの?」
「何とかなるんじゃね? ただ、敵の正面には俺が入る。俺なら全部避けられるだろうしな」
ムッ
「それって私だと避けられないってこと?」
「確率の問題だ。どんな攻撃をしてくるかわからない以上、AGIが高い俺の方が避けやすいだろ?」
「やっぱりそうじゃない」
「そうか?」
おかしいなと言って頬をかくショウ君。むぅ、ショウ君ほどじゃないにしろ、私だってAGIは高い方だと思うけど。ショウ君にはそういったパラメーター以外の実力を認められてないのだろうか。そう思うとなんだか悔しい。
「ショウ君は私のことをどう思ってるの?」
と、気がついたら口にしてしまっていた。確かに、さっきの動きを見ていたら実力を疑われても仕方がない。今思えばあんなミス、このゲームをプレイしてきて初めてではないだろうか。そうだとしても、悔しいものは悔しい。そんな悔しさから出た言葉だった。これに対してショウ君は驚いたように目を見開き
「…それどういう意味?」
と言った。
「私のこと実力をどう思っているのかって聞いてるの。私って弱い?」
「あ、ああ。何だ、そういうことか…」
何故かホッとする彼。なんだろう、別の意味に捉えたのだろうか。
「弱いわけねぇだろ」
冷静な表情になった彼は改めて質問に答えてくれた。
「お前が弱かったら、この世界のほとんどのプレイヤーが弱いどころか脆弱と言ってもいいな。攻略組でさえな」
「そんなこと…」
「いや、アスナ。お前はそれ程強いんだ。自信を持て」
実力を認めてくれたのはありがたいが、褒め過ぎではないだろうか。しかし、彼の目は嘘を言ってるようには見えない。そうだとしたら1つ疑問が湧く。
「どうして言いきれるの? 私たち、しばらく会ってなかったのに」
見かける程度には会っていたが、こうして戦う姿をお互いに見るのは、彼が攻略組を離れる前以来だ。攻略組の情報が下層の人たちに伝わっているのは知っている。リズに『下層ではアスナの人気が凄いわよ。羨ましいわねぇ。ア・ス・ナ・さ・ま』なんてからかわれたりもしたものだ。とはいえ、攻略組の実力までもがそんなに伝わるものだろうか。団長のようにユニークスキルを持っているならともかく、持っていない私のようなプレイヤー個人個人の実力がそこまで伝わっているとは思えない。それなのになぜ、そんなに言いきれるのか。
「あ〜、その、勘だ」
「勘?」
「俺の勘はよく当たるんだよ」
嘘ばっかり。勘だけであそこまで言いきれるはずがない。何かを隠してる。もしかして…
「ひょっとして、ストーカー?」
「ちげえよ!」
だ、だよね。よかった、また幻滅するところだった。というより、よく考えればこの世界ではストーキングも命懸けだ。私が戦っていたのはほとんど前線だったから、彼が今まで前線にいなかったことから考えるにLv.が足りないだろうから、ストーキングなんてやる筈がない。いや、むしろ逆? Lv.は十分あったけど、今までずっとストーキングしてたとか? …これ以上は考えない方がいいかな。泥沼にはまりそう。
言えないのなら仕方ない。何らかの事情があるのだろう。無理に詮索する必要はない。……いざとなったらするけど。
「で、どうすんの? そんなに自信があるなら正面行くか?」
「行く。さっきみたいなミスをしたままで終われないから」
「そうかい。気をつけろよ」
今度こそ、あの敵を倒す。焦ったりはしない。落ち着いて、どうやって攻撃が通るのか探すんだ。
私たちは一斉に飛び出した。ショウ君は敵の後ろに、私は正面に。適当と言ってもどうしよう。とりあえず攻撃してればいいのかな。私は敵の攻撃に気をつけながら攻撃する。
普段なら敵をスタンさせるような攻撃が出来るのだが、攻撃が通らない以上、それによって攻撃を防ぐことは出来ない。さらに、私の武器は《細剣》。キリト君の使う片手剣と違って攻撃を弾くようなことは出来ない。いや、正確には、出来ないことはないが、すぐに折れてしまう。プレイヤー相手なら武器にもよるが、弾くことが出来るのだが、モンスター相手にはそうもいかない。細い分、耐久度が低いからだ。となれば、弾くようなことはしないだろう。それは出来ないことと変わらない。
細剣は敵の急所を突くことに長けている。一番クリティカルを出しやすい武器と言ってもいい。ただし、その分扱いが難しい。攻撃を防ぐことが出来ないのは致命的な欠点。キリト君が時折見せる受け流しなら細剣でも出来るが、そうそう出来ない。私もある程度ならできるのだが、それでも少しでも角度を間違えるとすぐに折れてしまう。だからこそ、細剣使いはAGIを上げることが定石となっている。決して攻撃を防ごうとせず、避けるために。
敵が袈裟切りのように杖を振ってくる。私は体勢を低くし躱す。杖が髪にかすったがダメージはない。まさに間一髪。敵の懐に入った、が、ここからどうすればいいのか。攻撃したところで当たらないのでは意味がない。…いや、それを見つけるための攻撃か。適当とは言っても光明を見つけるための攻撃。ならば意味が無いことはない。とりあえず腹部に一突きしてみる。グサッという感触。え?
「グオオオオオオオッ!!」
雄叫びを上げる敵。通った? でもどうして?さっき私が攻撃してた時は当たらなかったのに。
「ショウ君!」
私は一旦敵の攻撃範囲から離れ、ショウ君を呼ぶ。
「どうした?」
いつの間にか隣に来ていた。本当にいつの間に?
「え、えっと、攻撃が通ったのよ」
「ああ、俺の方も一回だけ通った。で、何したんだ?」
「わからない。ただ、お腹の辺りを一突きしただけなのに。ショウ君は何してたの?」
「俺は適当に刀振り回してた。こんな風に」
そう言って刀を振り回す。が、そのスピードが尋常ではない。立ち筋が見えない。本当に極微かな線が見えるだけだ。速すぎる。どれだけAGIを高めればこうなるのか。紙装甲になるのも頷ける。
と、驚いている場合ではない。どうして通ったのか考えないと。私は一突きしただけ、ショウ君は適当に振り回してた。第三者視点からその時の映像を映し出す。…そこで見えた可能性。
「…ショウ君、今度は同時に攻撃してもらってもいい?」
「同時に?」
「そう」
「まぁ構わない。タイミングは任せる」
「ありがとう」
あくまで可能性。確証はない。しかし、さっきのショウ君の刀のスピードならあるいは。
私たちは今度は二人で正面から入る。敵はまとめて攻撃するためか、横薙ぎに杖を振ってくる。このままだと、先に杖に当たるのはショウ君。彼は躱そうとせずにそのまま私の隣に並走している。どうするつもりだろうと思っていると、彼は刀を横に構えた。
「そのまま突っ込め」
私に言ったのだろう。さっきのような躱す動きをするなというのか。攻撃を弾くのだろうか。恐らく、躱した後の私を危惧したのだろう。しかし、刀も細剣ほどではないにしろ、弾くには不得手の武器。ということは受け流しだろうが、どうやって? 相手から向かってくる場合には受け流しは可能だ。相手に上手く合わせてステップと体の回転をして、自分の横に受け流すことが出来る。しかし、今は自分から向かっている。つまりはステップも体の回転も満足に出来ない状態で攻撃を受け流すことになる。しかも攻撃は横薙ぎ。横薙ぎの攻撃をどうやって受け流すというのか。普通は出来ない。
ショウ君に杖が迫る。刀の先が動く。素早く、しかしゆっくりと。そして迫る杖を刀に
乗せた。
その表現が一番正しい。決して刀に当てたわけではなく、杖の動きに合わせて刀を動かし、柔らかく杖を刀に乗せたのだ。そこに衝撃というものは感じられなかった。そしてそのまま刀を少しずつ角度をつけながら上に持ち上げ、自らの頭の上へ受け流す。
なんということだ。そんな受け流し方を私は見たことがない。私が一番剣術が強いと思ったキリト君でさえ、そんな動きを見せたことはない。横薙ぎの攻撃を、しかも動きながら受け流す。ショウ君はそんな高等技術を事も無げにやってみせた。これを驚かずにいられようか。
「アスナ!」
ショウ君の言葉にハッとする。そうだ、今は驚いている場合ではない。敵は攻撃を受け流されたせいで体勢を崩している。今がチャンスだ。
「行くよ、せーの!」
私は細剣を突き出す。ショウ君も同時に斬撃を放つ。そして手に感じる確かな感触。やっぱり。
「ショウ君!」
「あいよ!」
彼もわかったようだ。そう、この敵は同時に攻撃しないとダメージが通らないらしい。なんと恐ろしい敵か。これではソロの人ではどうしようもない。パーティーを組んでいなければ倒せない。茅場晶彦という男の意地の悪さがここにもあったとは。とはいえ、今の私たちなら倒せる。
「これで決める、せーの!」
私はソードスキル《リニアー》を放つ。ショウ君は……? 刀を鞘に収めてどうするんだろう? と思った時には既に抜刀していた。え? いつの間に?
「グオオオオオ…!!」
敵はポリゴンとなって散っていく。倒せた、のはいいんだけど、今のって何?
「《抜刀術》だ。ユニークスキル」
「《抜刀術》…」
ショウ君もユニークスキル持ちだったんだ。
「でもいいの? 私にバラしちゃって」
「まぁ、いいんじゃね。どうせ言わないだろ?」
「まぁ、それはそうだけど…」
「いいんだよ、俺がいいって言ってるんだから。そのうち公開するつもりだしな」
うーん、ショウ君がそういうならいいのかな。
「倒せたね」
「そうだな。あーあ、何か疲れたな」
「すいませんでした」
「わかればいいんだよ」
むぅ、今回は私のせいだよね。本当にごめんなさい。迷惑かけたよね。
「まぁ、S級食材調理してくれればそれでいい」
「え?」
「いつまでも引きずってんな。もういいだろ、反省してるんだったらそれで」
「でも」
「いいっての。さ、扉だけ開いて帰ろうぜ」
そう言って扉へ向かうショウ君。私はその後に付いていく。軽い言葉だが、すっと私の中に溶けていく。なんというか、安心する。
どうしてこんなに強いのに攻略組から離れていたのだろうか。そして、彼は気づいているのだろうか。自分のその強さに。キリト君から聞いた。自分は強いとは思っていないらしいことを。確かに決闘でもキリト君に負けたらしいし、今まで攻略組にいなかったのだからそう思うのも不思議ではない。しかし、彼のあの速さ。それをコントロールすることが、果たして普通の人間に出来るのだろうか。なんという脳の反応速度だろうか。それだけでも驚嘆する。
そして思う。
もっと強くなりたい。そして、彼の行き着く先を見てみたい。
今までだったら、そんなこと露ほども思わなかっただろうな。
ショウ君によって開かれる扉。それは、閉塞された今までの自分の心を暗示しているような気がした。
しかし、それは確かに開かれた。ショウ君の手によって。
「帰るか」
「うん」
帰路に着く私たち。
ああ、この遺跡ってこんな風になってたんだ。
はい、ここまでです。
そろそろ実力的なチートが見えてきましたね。10話以上費やしてやっとかという感じですが。
細剣と刀が攻撃を弾くのに不得手というのは、恐らくオリジナルだと思います。しかし、実際の性質的に恐らくそうなのではないかと。