ポケモン協会コーディネーター 〜カントー編〜 作:11,111
ニビジムのバックヤードは、巨岩と砂利が打ち捨てられた無骨な空間だった。
巨大なイワークが暗闇の奥で地鳴りのような息を吐き出し、アルバンの全身を押し潰さんばかりの威圧感で睨みつけている。その前に立つタケシは、アルバンの提示したハナダの現場サンプルを冷ややかに見下ろしていた。
「——受け取れんな」
タケシの声は、彼が扱う岩石のように硬く、一切の隙がなかった。
「ハナダ地区の現場調査権限は警察と現地ジムの管轄だ。ニビジムの鑑識設備は協会の私用で貸し出せるものじゃない。『他地区の現場コーディネーター』という曖昧な立ち位置のお前に、管轄外の土壌データを開示する法的な義務も根拠もない」
「義務はいらない。手続きの話をしている」
アルバンはポケットから一通の書類を取り出し、タケシの目の前の作業台に滑らせた。
「協定第14条第3項——『管轄を跨ぐ有害物質および大規模環境変異の疑いがある場合、現場コーディネーターは隣接ジムに対し、緊急鑑識手配および初期データの照合を要求できる』。申請書、および本部事務局の事前承認印だ。不備はないはずだぞ、タケシさん」
タケシは眉をひそめ、書類の末尾にある細かい注記まで厳しく目を通した。イワークが不満そうに尾を岩肌に打ち付け、重い衝撃波が部屋を揺らす。アルバンの背後では、フシギバナがどっしりと腰を据え、静かな圧力でイワークの威圧を受け止めていた。
「……規約の穴を突くのが巧いな、アルバン」
タケシは深くため息をつき、書類に受理印を押した。
「規則に基づき、データは渡す。……ハナダの土壌から検出された劇物の成分比率だが、ニビのデータと照合した結果、一つの事実が浮かび上がった。……この化学物質の製造元と精製プラントは、カントー内陸じゃない。海だ」
「海?」
「クチバ港だ」
タケシはモニターに分析波形を映し出した。
「クチバの大型コンテナ埠頭を経由し、海外からの極秘ルートで運び込まれた特殊溶媒の痕跡と一致する。……ハナダの現場は単なる事故じゃない。クチバからの裏ルートを通じて持ち込まれた巨大な闇の末端だ。これ以上の深入りはおすすめしないな」
「十分だ。助かったよ、堅物さん」
アルバンは書類を回収し、ニビジムの重い扉を後にした。ターゲットはハナダから、海の玄関口・クチバシティへと絞られた。
-ニビシティ外縁の裏路地-
冷たい夜気の中、圧倒的な水圧の破砕音が響き渡っていた。
「ガアアッ……!」
巨大な重戦車のような巨体を誇るカメックスが、背中のふたつのハイドロカノンを威嚇するように壁へと叩きつけている。その足元には、全身濡れねずみになったロケット団の下っ端が身を縮めて怯えていた。
グリーンは腕を組み、冷ややかな視線で下っ端を見下ろしていた。
「……吐け。クチバの大型コンテナ埠頭から、どこへ何を運んでる?」
「ひっ……! シ、シルフの特別IDだ! クチバからヤマブキへ、大量の強化試薬と資材が流れてる……!」
「シルフの極秘試薬か」
グリーンはフンと鼻で笑い、カメックスに合図を送って下っ端を追い散らした。カメックスは重厚な足音を響かせ、主人の横へと威風堂々と寄り添う。
「手っ取り早くポケモンを強化する劇薬か何か知らんが、安直な力に頼る連中なんぞに遅れは取らん。…その全てを俺とカメックスで上から叩き潰す。あいつより強くなるためには、奴らの企みを粉砕するのが一番の近道だ」
グリーンはカメックスをボールに戻し、決意を秘めた目でクチバへと続く闇の街道を見据えた。
一方、ニビとハナダを隔てる山道の旧道。
月明かりの下、闇を切り裂くように激しい火花が散っていた。巨大な翼を広げたリザードンが、鋭い爪で岩肌を叩き割り、逃亡を図っていたロケット団の連絡員を完全に退路から遮断していた。
「……ッ!」
連絡員は恐怖で腰を抜かし、持っていた極秘書類の鞄を放り出して脱兎のごとく逃げ出していく。
赤帽子の少年——レッドは、逃げていく男を追おうとはしなかった。足元に転がった鞄を踏みつけ、中の書類——クチバ港を経由する大規模な違法取引の記録を、静かな瞳で見つめていた。
リザードンが尾の炎を大きく揺らし、低い唸り声を上げる。その呼吸はレッドの意志と完全に同期していた。
言葉はない。だが、レッドの胸中にあるのは個人的な功名心でも、強さの証明でもない。街を脅かし、ポケモンたちを道具として苛む悪意の根源——ロケット団という組織そのものを完全に打ち砕くという、静かで絶対的な意志だった。
レッドは無言のままリザードンに飛び乗り、闇の夜空へと静かに飛び立っていった。