『革新』のフィロゾーフ:あるいは資本的及び啓蒙的な革命の素材、形体、及び権力 作:緑川翼
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「待たせたようね、テルナディエ院長?」
「いえいえとんでも御座いません。わざわざ遠方の黒煙都市よりご足労いただいた、大事な大事な後援者さまが多少遅刻されたからと、どうして邪険に扱えましょう? まあ、それによって業務が遅れに遅れたのは、確かですが?」
「それは悪かったわね。そう言えば院内で、はぐれ者と遭遇したのだけれど、その件はどう説明してくれるのかしら? ああそもそも、この施設に魔獣が入り込んだこと自体が醜聞ね?」
「それはそれは、大変でしたな。それはそうと、雑談ばかりしても仕方ありません。お互い時間が惜しい身です。仕事を済ませるべきでしょうな」
野戦病院の院長室。
この野戦病院で唯一、血の匂いではなく金の匂いが染みついたこの場所で、医療従事者というよりは私たち商人を思わせる目をした小太りで禿げ頭の男が、私の対面に腰掛けている。
そんなテルナディエ院長と嫌味の応酬を済ませて、私も席に着く。魔導灯を惜しんで部屋が薄暗いくせに、座椅子が柔らかい。新品らしい。病院の予算を使って随分と良い物を買ったわね。
サンキュロットは護衛として、座椅子の後ろで控えている。弁えるべき所では弁えるからこそ、重用できるのよね。
「それでルイゼット様。今日は何の御用件で? 如何せん、昨日になって突然ご来訪の通達を頂きましたもので⋯⋯」
「そうでしょうね。邪魔されると面倒だから、最低限しか伝えてなかったのよ。さて、テルナディエ院長。カンディード商会の総意として、本日付で貴方の即日解雇を言い渡すわ」
「⋯⋯はい?なな、なん⋯⋯、ですと?」
柔らかな作り笑いで揉み手をしていたテルナディエ院長の動きが固まった。
「そんな横暴! まさかまさか、正気ではありますまいなッ!?」
「ちゃんとした協議の上で決定した事よ。手続きは手早く済ませましょうか。これが署名簿。つまりは、貴方の解雇に同意する、私を含めたカンディード商会の幹部全員の署名よ。今日中に荷物をまとめて、とっとと出て行きなさいな」
「そ、そんなッ!?」
「当然、貴方の所属する天主教会にも一式送っているわ。自宅なり実家なりに帰った後は、大人しく謹慎して沙汰を待つ事ね」
署名簿と商会からの通達書を差し出せば、院長は名簿を睨んで見苦しく震える。緩んだ腹も同時に揺れて、酷く無様だわ。
「即日解雇の同意書ですと!? こんなッ、こんなことが! いかに出資者であるカンディード商会であろうと許されるはずがない! 儂は教皇を輩出した尊き血筋であり、何年もこの病院を治めてきた実績があるのですぞ!?」
「残念だけれど、貴方にはもう弁解の機会は来ないわ。裏の取れた汚職の証拠が、我が社の法務部によって帝国議会に提出されている。確認したければ好きにしなさいな」
再度、院長の目の前に書類をばら撒く。
内容は運営資金の中抜き、勇士の私物化、医療用品の横流しなど、他にも様々。そんな汚職の明確な根拠や、身分ある被害者たちの証言を束ねた書類を机の上に積み重ねてやれば、頭頂部まで真っ赤だった顔色が白く染まる。
毛根がないと顔色の移り変わりが分かりやすいわね、なんて下らない事を考える。
「よくもまあ、ここまでの悪事を、私を相手に隠し通せたものね。抜き打ちの監査がなければ気付けなかったもの」
「これは、これは何かの間違いでございます! 知りませぬぞこんな物! 儂は何者かに嵌められたのです!!」
「嘘はやめておきなさい。──『革新』のフィロゾーフ。悪意ある言動は、すべて私には通用しない。まさか、知らないはずがないでしょう?」
「⋯⋯ッ! まさか、まさかそれが真実を見抜くアーキタイプだと!? 噂には聞いていたが!!」
一度手のひらを回転させる。私の能力によって、淡い光を放つ光球が出現した。そう。私もまた、サンキュロットと同じくアーキタイプを発現しているわ。
それが、『革新』のフィロゾーフ。
嘘、虚飾、殺意。
私のアーキタイプは、私を害そうとする悪意を例外なく感知する。あまり戦闘の役には立たない能力だけれど、こんな弾劾の場や交渉時には比類無き効力を発揮するわ。
この能力は常時発動しているけれど、光球を召喚すればその精度は更に上がる。それこそ私の見えてない位置から、誰かが命を狙っていることすらも。
「何やら保身に走る用意はしていた様子だけれど、扉の向こうで構えている連中共々、全て無駄だと理解しなさい。だから、わざわざ私が出張ってきたのよ」
「クウ⋯⋯ッ! 来い、お前たち!」
「「は⋯⋯ッ!」」
「死なない程度に痛めつけろ! 今日、今日ッ、ここには誰も来なかった!!」
突如人を呼ぶ院長。
同時、扉を蹴破って院長室に乱入したのは、二人の勇士。
在駐の勇士を私兵化しているのは知っていたけれど、扉の向こうから悪意を発していた連中がそうだったのね。
軽鎧で身を守った院長の私兵は、既に武器を抜いている。私が細剣を抜くよりも、連中の攻撃が直撃する方が速いわね。
言葉では私に勝ち目がないと見切って暴力に走るのは、悪い判断じゃないわ。けれど私にはこの奇襲は予測できていたし、何よりも私には、頼もしい護衛がいる。
「──『懸命』のシュバリエ! 何度でも言いやすが、もうちょい危機感を持ってくれやせんかねッ! コッチが肝を冷やすんですよ!!」
背負っていた大盾を構えたサンキュロットが即座に私の横へと転移して、私兵たちの武器はせき止められた。
お互いに勇士。
二対一では当然長くは拮抗できないでしょうけれど、一撃耐えて隙を作ってくればそれで十分よ。
細剣の銀光が、私兵たちの首を穿った。
ぐしゃりと、自ら垂れ流す血の上に倒れる二人。勇士にしては弱かったわね、甘い蜜を吸いすぎて肥えすぎたのかしら。
「なッ、まさかまさか!二人には鋼鉄製の防具を与えていたのだぞ?!」
「それでこの硬度? 勇士にしては、随分と魔力制御が疎かね。魔力で強化した私の細剣は、騎士の大盾ごと甲冑を貫くのよ。この程度のことができないと思われていたのは、心外だわ」
壁の外を跋扈する魔獣と闘う歴戦の勇士たちは、魔力によって割と気軽に物理法則を超越するのだから、勇士専用の病院を治めるコイツに、鉄板を貫いたくらいで驚愕されるとは思っていなかったわ。
ああ、でも逆に、傷付いて身体能力の低下した勇士ばかりと接していたから、勇士本来の実力を見誤ったのかしら?
だとしたら、本当に救いようがないわね。
「もう釈明はしないのかしら?なら私からも、一つだけ聞きたい事があるのよ。───テルナディエ院長。貴方、ここに縋った勇士を、何人、見殺しにした?」
「な、何を───ヒッ?!」
アーキタイプで召喚した光球を漂わせたまま、テルナディエの目では追えない速度で細剣を振るい、刃で頬を掠めてやる。
血を滴らせるこの下種の顔はもはや青ではなく白へ変貌したけれど、ついうっかり斬り捨てないよう怒りを抑える私には、それを揶揄うだけの余裕はない。
黒光りする金属製の義手が、鈍い不協和音をかき鳴らす。不快感のあまり、義手を動かす魔力の制御が乱れたわ。
意識して、感情を落ち着かせる。
「私はね、院長。この世に生きる万人には、等しく生きる権利があると信じているのよ」
だからこそ命がけで魔獣という名の理不尽と闘う勇士を尊敬しているし、その手助けをしたいと思っている。そんな私の信念を、この豚の如き容姿をした男は穢したのよ。
テルナディエが教皇に連なる血筋でなければ、とっくに吊しているのに。本当、民に還元しない尊き血筋とかいう連中は厄介だわ。
「ま、待ってくだされ! 儂が勇士に回すべき金を横領したことは認めましょう! ですが、ですが儂を殺せば教会組織を敵に回す事になりますぞ! それは天主教会とも取引のあるカンディード商会としても望ましくなムゴッ?!」
「シー。お嬢が喋ってるだろ、テルナディエの院長殿。次にアンタが口を開くのは罪を認めて自白する時か、今際の聖句を唱える時にしておいた方がいい」
「なっ?! き、貴様ッ⋯⋯!?」
「良くやったわ、サンキュロット。さて、弾劾を、続けましょうか」
いつの間にか院長の背後へ回っていたサンキュロットが、テルナディエの肩に手を置いた。万力が込められているのか、テルナディエの肩から軋んだ音がする。
流石は、私の左腕。私が何を求めているのか、口にしなくてもよく理解しているわね。
そこからしばらくテルナディエはみっともなく責任逃れの自己弁護を重ねたけれど、見苦しかったので割愛しましょうか。
結果だけ語るのであれば、汚職を重ねた院長はカンディード商会の通達に従って退職。
院長について甘い蜜を吸っていた職員たちにも懲戒処分を命じて、院長の私兵と化していた勇士の何名かは、残念ながら始末して、中庭に吊るした。
まあ、概ね予定通りに進んで何よりだわ。
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「はあ。証拠品の監査には、まだ時間が掛かりそうね⋯⋯」
「ですな。まだ不明瞭な金の流れが多いですし、時間が経ちすぎて関係者に隠匿される可能性を考えると、法務部の連中に丸投げもできませんか。って、なんで野良犬生まれの俺が探偵の真似事をやらされてんだ? 後で雇用契約を見直さねぇと⋯⋯」
「あら。ちゃんと契約書の業務内容には私の補佐全般って書いてあったでしょう? 法務部の仕事もその内よ。貴方は私の左腕。切り落とす気はないから覚悟しておきなさい」
「ヘヘ⋯⋯、もちろん分かってますって。ちょっとした冗談ですよ、冗談。最期までお伴させてもらいまさぁ」
必要最低限の荷物だけ持たせて部屋の主を追い出した後、サンキュロットと二人で雑談混じりに院長室に納められた秘密文書を漁っていく。
私のアーキタイプはあくまで悪意を見抜くのであって真実を見抜く能力じゃないのが難点ね。
なにか隠していることは分かっても、なにを隠しているのかまでは分からないわ。隠蔽しようとする悪意を認知して、いまやったみたいに隠し金庫を見つけることはできるんだけれど。
あまりに成果が出ないなら、適当な所で切り上げるべきかと考えながら裏帳簿を流し読みしていれば、扉を叩く音とともに一人の職員が入室した。
「モンタニャール様、調査中に失礼します。この病院の責任者と面会したいという一団がいらっしゃいました。この状況ですと、私どもでは判断が付かず⋯⋯」
「来訪者ですって⋯⋯? この監査が終わるまで、誰も入れるなと伝えていたはずだけど?」
私のアーキタイプに反応がなかったからテルナディエとは癒着していないだろうと見逃していたけれど、この程度の命令を理解できない人員なら、ついでに削減した方が良いかもしれないわね。
そんな事を考えていたことを察したのか、乱入してきた職員は慌てて詳細を語る。
「そ、それが、一団の頭領らしき女性が天主教会の聖女を名乗っていまして⋯⋯。紋章も本物のようで、無碍にする事もできず⋯⋯」
「天主教会の、聖女ですって? まさか、もうこの件を嗅ぎ付けたの⋯⋯?」
「身内がやらかした汚職の隠蔽が目的か⋯⋯? こうなるから、教会への文書提出と同時に帝都を出立したってのによ⋯⋯」
聖女。
それは私たちカンディード商会が本社を置く帝国を勢力圏としている天主教会が、唯一神の声を聞く者として認定した教会勢力の重鎮。
教会の権威を背景に破門権すら持つ本人もまた、東方国家との戦争回避や高位貴族の主導した人身売買組織の壊滅、西方のドワーフ国家との和睦条約の締結など、年若くして数多くの偉業を成し遂げている傑物。
そんな現代の偉人であり、また要警戒人物である聖女が、教皇の血縁者である院長を更迭したこの状況で野戦病院にやって来たなんて。
「よくて独断専行の糾弾、悪けりゃ破門をちらつかせて院長の解雇撤回、って所ですか。どっちにしても厄介事の匂いがすんですが、どうすんです?」
「⋯⋯聖女は私が対応するしかないわね。応接室に案内しておいてちょうだい」
「は、はい。かしこまりました。聖女様は貴賓用の応接室にご案内いたします」
「ああそれと、私の命令を無視してまで指示を仰ぎに来てくれた事、感謝するわ。ありがとう」
「え⋯⋯? あ、いえ! 恐れ入ります!」
仕事には誠意を、成果には報酬を。
感謝の言葉を受けて職員が困惑気味に退室したけれど、私は自分なりの価値観に従っているだけよ。とまあ、人の善意や親切心をまるで信用しないお父様には共感してもらえなかった私の節義はともかく、院長室での作業を続けていれば、先ほどの職員が聖女の一行が応接室に到着したとの報せを持ってきた。
「じゃ、行きましょうか」
「へいへい。書類仕事よか、腹の探り合いの方がいくらかマシですな。やっぱ俺の本分はお嬢の護衛で十分だ、しばらく細かい文字は見たくねぇ⋯⋯」
私の言葉に頷くサンキュロットは、護衛としての職務を果たすべく先行して院長室から退室する。その時の嬉々とした眼差しが癪に障ったから、お父様に提出する監査報告書はサンキュロットに書かせることにした。
知識はあるのだし、少しでも私の気苦労を味わえばいいわ。大した意味も無く、そんな嫌がらせじみたことを考えていた。