『革新』のフィロゾーフ:あるいは資本的及び啓蒙的な革命の素材、形体、及び権力 作:緑川翼
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「まあ結局こうなっちまった訳ですが、勝算はあるんで?」
「私に聞かないでちょうだい。勝ち目があるって言ったのはビーチェで、私は作戦すら聞かされてないんだから」
「たっく無茶苦茶だな、あの聖女殿は⋯⋯」
大盾を携えたサンキュロットがそう呆れるけれど、ため息をつきたいのは私も同じ。
聖女の一行が預けていた武器を取りに行く間に私たちが移動したのは、帝都近隣にある野戦病院を東に見た草原。
主にジャッカロープやワイバーンなどの小・中型魔獣が縄張りとしていて、人類の生存圏外では、比較的には危険性の少ない地域。まあ因果関係としては、そんな安全な場所だからこそ帝都が成立したんだけれど。
とにかく重要なのは、サンドワーム以外の魔獣に注意する必要が薄くて、最低限の人手だけで済むということね。
「お嬢と一緒に死にてぇから連れていけってうるせぇ勇士どもを宥める役回りが俺でなけりゃ、諸手を挙げて同意するんですがね。今日の一件で、俺は病院の連中全員から嫌われましたぜ」
「そんなに? 勇士からの支持が高すぎるのも考えものね。革命前に暴動でも起こされたら、元も子もないもの」
「お嬢から言葉を掛けられて狂喜してるアイツらを見てると、無用な心配だとは言えませんなァ」
彼らの支持はありがたいのだけれど、身を捧げるほどの信仰は、正直もらっても困るのよね。
日々を命がけの生存闘争の中で過ごし、俸給を出しながらも冷遇する帝国議会に対して義理以上の忠義を誓っていない勇士たちは、直接手を取った私にこそ、感謝と恩義を感じているわ。
突撃隊に志願してくれたそんな勇士たちには、私たちを突破された後の次善策として、はぐれ者のワイバーンに破壊された外壁の修理を命じてある。今頃は駐在の勇士たちと一緒になって、鼻唄でも歌いながら防壁を組み直しているでしょう。
「とにかく、私たちが全滅した後の保険はできたわね。その士気なら、手負いのサンドワームなら撃退できるでしょう」
「ま、サンドワームの土手っ腹に備え付けの機関銃をぶち込むくらいはできるでしょうな。俺たちが手も足も出ずにくたばらなきゃ、の話ですがね」
「そうならないよう頑張りましょうね。駄目ならその時は、仲良くトロッコに撥ね飛ばされましょうか」
「トロッコ⋯⋯?」
何の話かと首を傾げるサンキュロットへ説明する気にもならず、細剣を抜いて刃先を見る。
手持ち無沙汰で細剣を抜いたのに、刃こぼれすらまともに確認しないまま納刀して、今度は義手の調子を確認する。
魔力を感知して本物の四肢の如く操作できる義肢が、私の意のままに動いていることに、不思議なほど安心した。
⋯⋯あまりに無駄な行動。
気が張り詰めていたと、ようやく自覚する。かといって肩の力を抜こうと周囲を見渡しても、城壁の外であるここには草原と魔獣の影の他には何もない。目に映る人工物なんて、せいぜいが日が暮れてからの光源にと仮設された魔導灯と、遠方に見える監視塔くらいね。
それでも、ここはやっぱり豊かな土地ね。窒素肥料を用いて耕せば、すぐにでも帝国中の人々を満たす穀倉地帯になるでしょう。でもそれが成されるとすれば、ここら一帯の魔獣を勇士たちが駆逐した後のこと。
そこまで、私の世代で遂行できれば良いけど。
「さっきからキョロキョロしたりため息ついたりと忙しない。緊張しているんですかい、ベアトリーチェの聖女殿にアレだけの啖呵を切っておいて」
「そりゃあね。下手を打ったらお父様にまで累が及びかねないし、何度も言うけど、私だって死ぬのが怖くない訳じゃ──⋯」
「死なせやしませんよ。分かってるでしょうに、俺が守るって。お嬢に頂いた、俺の名にかけてでも」
サンキュロットが気楽に、そう言った。私が最初に見出した私の左腕が、私を守っている。そう思うだけで、胸にのしかかっていた重圧が、消えてなくなった気がした。
「⋯⋯そう。ええ、そうだったわね。トロッコに轢かれるのは、何時だって貴方が先よね。ビーチェたちの準備も終わったようだし、気を張り直しましょうか」
真面目な雰囲気をしたサンキュロットの言葉に、つい頬が緩むのを自覚する。それを見られないようにと向こうを見れば、野戦病院の方向から、私たちの元へ駆けてくる聖女と三人の従者たちの姿が見えた。
手を大きく振るうビーチェの姿に、尾を振る犬を幻視する。犬、というか狼なのは、彼女の獣人の従者だけで十分よ。
「ルイゼットさーッん!! お待たせしました、一緒に戦ってくれるなんて嬉しいです! 頑張りましょうね!」
大袈裟なビーチェの言葉に、苦笑い混じりに手を振り返す。
それはそうと、旅用の祭服の上から防刃性の外套を羽織って杖状の戦棍を握りしめたビーチェはともかく、他の三人は少し変わった装備をしているわね。
エルフのコウソンショウは、戦場にすら御札の類を携えている。文官だからって、護身用の剣くらいは持てるでしょうに。
またラグナルの握っている二振りの戦斧は武を重んじる獣人らしい武器だけれど、兜代わりに被っている狼の毛皮も、そんな文化由来の装備なのかしら?
そして他の誰よりも目を引いたのが、あまりに巨大な、彼の身長ほどに大きい対物狙撃銃を抱えたダンウィッチの姿。
いくら腕力に秀でたドワーフとは言え、勇士ですら抱えるのに難儀しそうな狙撃銃が武器になるのかは疑問ね。
「従者の準備も整いました。これで万全です!」
「そう、頼もしいわね。それはそうと、病院の勇士たちを連れて来なくて本当によかったの?」
「問題ないでしょう。自慢ではありませんが、我々はこの面子でガミギュンの征討を成功させた事もありますので」
「あの時は流石に死にかけたけどね~。でも、あの大型魔獣を相手にしたって誰も死ななかったんだよ」
「ビーチェが指揮を取ったのだから、当然だろう。もっとも、流石に難儀したがな」
「へえ、ガミギュンを? そりゃスゲぇ、ホントになんとかなるかもしれねぇな」
悪魔ガミギュンは、邪龍ファフニールや悪炎クトゥグアなどと同じく、帝国で悪名を轟かせている強力な大型魔獣の一種。それを少人数で討伐したという従者たちの武勇伝が嘘や虚飾ではないと、アーキタイプを通じて私には分かる。
名の知られた大型魔獣の討伐実績があるのなら、本当にサンドワームもなんとかなるかもしれないわね。
「それで、サンドワームを倒すためにもまず、お互いの能力を共有しませんか? そうすれば勝率も上がるはずですから!」
「ああ、そういえば貴女たち四人ともアーキタイプを所持しているんだったわね。まあ、考えてみれば当然かしら」
覚醒に必要なのは才能ではなく運と悲劇だと言われるほどに、アーキタイプの覚醒は困難を極めるわ。
一定の実力は当然だとしても、アーキタイプに目覚めるほどに鮮烈な『理想』を自覚するのは、本当に難しいのよね。
統計を取った事はないけれど、腕のある熟練の勇士ですら、百に一人しかアーキタイプに目覚めていないんじゃないかしら。
そんな貴重なアーキタイプの所持者を三人も連れているからこそ、ビーチェは一般的な有力者たちのように大勢の護衛と従者に囲まれていないのね。
まあそれは、大商会の令嬢ながら護衛にサンキュロット一人しか連れていない私も一緒なのだけど。
「アーキタイプの共有に異論は無いわ。私からで良いかしら?」
聖女の従者たちの物珍しい装備は各々の能力が由来でしょうし、共闘のためにもその理由を知っておきたいわね。いざとなったら、即興で合わせられるだけの自信と実力はあるけれど。
そんなことを考えながら、私、サンキュロットの順で、ビーチェたちとアーキタイプを共有していく。
「ええ!? サンキュロットさんって、ルイゼットさんの元へしか転移できないんですか!? 貴重な瞬間移動系のアーキタイプなのに!?」
「あー、まァ、そうですな。俺が求めたのは便利な従者でも汎用性のある能力でもなく、お嬢の盾なんでね。これで充分でさァ」
「フフッ、サンキュロットは私が死にかけた時にアーキタイプを発現させたのよ。立派な左腕でしょう?」
「⋯⋯なるほど! それがサンキュロットさんの『理想』なんですね!」
腑に落ちたように頷いたビーチェは、次は自分の番だと手を差し出す。私とサンキュロットに、握手を求めているようね。
⋯⋯何故?
「あ、ゴメンなさい。ワタシのアーキタイプはちょっと複雑で、多分口で説明するよりも実際に体感してもらった方が早いので⋯⋯」
「ああ。そういう事情なら構わないわ。」
「へいへい。まさか俺が聖女殿の手を握る機会が来るとなんざ思ってませんでしたよ」
ビーチェと手を繋いで数秒、何かが繋がった。私たちの手をなで回していたビーチェが、名残惜しそうに手を離した。
「えへへ、お二人とも立派な前腕屈筋群ですね。堪能できました。それでは、『新生』のホ・ハギオス、起動!」
握手によって接続した魔力経路を通じて、ビーチェから魔力が供給される。おおよそ予想が付いていたけれど、やはりビーチェのアーキタイプは対象の同意が必要となる、直接的に他者へと影響を与える分類の能力。
その効果は、私の脳内に現れた。
「んん⋯⋯、“はい! 聞こえてますか!”」
「へぇ。面白いわね」
口を開いていないビーチェの言葉が、頭の中に響く。先ほど繋いだ魔力の経路を通じて、いわゆる念話と呼ばれる能力を実現しているのね。
「“通信範囲は大体声が届く距離だったりで欠点は多いんですけど、便利な能力なんですよ! 一斉送信もできますし!”」
戦場における時間差のない遠距離通信とは、つまり指揮官としての『理想』を実現したアーキタイプ。やっぱりこの子はただの能天気な小娘じゃなくて、歴史に名を残す傑物に足るだけの実力を有しているのね。
野戦病院の応接室で性癖を嬉々として語っていた姿からは、まったくそうは見えなかったけれど。
「アーキタイプから考えても、サンドワーム戦の指揮はビーチェに任せるのが無難でしょうね。サンキュロット、戦闘中は彼女の指示に従いなさい」
「へいへい。お嬢に危機が迫らない限りは、そうさせて貰いまさァ」
「それ、従わないって言っているのと同義じゃないの? まあいいわ。ビーチェなら、それでも上手く使いこなしてくれるでしょう?」
「責任重大ですね、頑張ります!」
次いで三人の従者たちのアーキタイプを聞こうとした、まさにその時。遠方の監視塔から、サンドワームの到来を知らせる甲高い笛の音が鳴り響いた。
まだ日は落ち切っていない。想定よりも早い襲撃。よく目を凝らせば、地平線の先から土煙が立ち上がり、こちらへと接近してくる巨大な影が見えた。あれがサンドワームね。
「どうやら呑気に説明を聞いている暇はなさそうね。ビーチェ。闘いながら合わせるから、指示をちょうだい」
「はい! みんな、戦闘準備です。命を大事に、最高のハッピーエンドを目指しましょう!」
ビーチェの言葉を幕開けとして、たった六人での防衛戦は始まった。