キリクさんと意見交換したり、アメジアさんの魔法の特訓をしたりして、気が付けば二週間ほど経ってしまった。
開発の方は順調で、方向性も定まり、あとは実物の完成を待つという段階まで辿り着くことができた。
「……ふぅ」
研究所に併設されている宿泊施設。
久しぶりに張り切ってしまった。
この数日、寝ないでキリクさんと話したり、開発を手伝ったり、試験運用してみたりしていたので、魔法少女は多少なりとも疲労耐性が人間より高いにしても、連日寝ずにというのは体に堪える。
「むぅ」
鏡に映った、風呂上がりの自分の体を見つめる。
魔法少女の体でなければ、この体はきっと折れてしまっていた。
それほどまでに細く儚い四肢に、内臓の不在すら疑う腰周り。水を吸って重くなった長い髪の毛が体に張り付き、まるで彫像のような───。
とか思っていた時期もあるが、さすがに自分の体だ。
「……変身」
一瞬だけコスチュームを呼び出し、そしてすぐさまコスチュームを消す。
魔法少女はコスチュームを呼び出す際に、その時に纏っていた服は魔法少女の内空間に転移されるのだが。
ここで裏技。
その際身にまとっているもののカウントは、実は水分や汚れなどにも含まれ、魔法少女の体では無いものは全て一度弾かれる。
そしてもう一度コスチュームを仕舞う際に、上手く調節して水分を髪の毛の外に弾き出すと。
なんと、一瞬で髪を乾かすことが出来る!
……ヒスイと一緒にこの裏技を見つけた時は大興奮したものだが、この技は結構難しいらしく流行らなかった。
マクマン曰く、「そういうことが求められているんじゃないと思うクマよ」と言われたっけ。バカにしてるだろ絶対。
さて、風呂にも入ったし、明日にはこの施設は去る予定でもうやることもないので、今日はゆっくりするとしよう。
今朝作って冷蔵庫に入れておいたサンドイッチを軽く温めながら、備え付きのテレビを付けて、耳だけで聞いておく。
最近ヨコハマの方で流行りの喫茶店の話が、テレビではやっていた。ニュースキャスター風の衣装の魔法少女が、熱の篭った口調で解説している。何やら、定食メニューと看板娘が人気らしい。
……定食が人気って、喫茶店としてどうなのと思わなくもないが、機会があったら研究がてら行ってみようかな。
それで店の名前は、と意識をテレビの方に向けようとした時、テレビの音声がインターホンによって掻き消される。
時刻は夜八時。遅いと言うほどでは無いが、あまり人が来る時間ではない。
そういや一度、キリクさんが「悪夢見たので一緒に寝てください」と大真面目な顔で来たが、
それからしばらく、キリクさんがずっとビクビクしていたなそういえば。さすがに悪いことしたな、後で謝ろう。
と、キリクさんに謝罪する予定を作りつつ、ドアを開けると。
「はいはい……って、アメジアさん」
「は、はい! 夜分遅くに失礼します!」
向こうもお風呂上がりなのだろう。
長い髪の毛は纏められ、服装は普段のコスチュームではなく身軽そうなスウェットで、派手な髪色を除くと普通の女の子に見えるような姿。
「どうしたの? キリクさんからなんか呼び出された?」
「い、いえ。違くてですね。その」
何かを言いたげな表情のまま、視線を泳がせているが、彼女の性格からして何か言いたいことがあるが、言い出せないと言ったところか。
ここは彼女が落ち着くまで待ってやるとしよう。
「えっと、可愛い服ですね!」
「あ、うん。ありがと」
ずっと昔、ペラトより上の世代の子が小さかった頃かな。これを着ているとウケが良くて、以来同じような品をずっと買っては愛用している。
……冷静に考えたら、おっさんがこんな可愛いパジャマ着てるのを見られるの、恥ずかしいな。ペラトちゃんのは簡素なのになんかオシャレだし。
「……そ、それが本題じゃなくてですね! 今回の件に前の
アメジアさんが後ろで組んでいた手を前に出すと、その手には大きな瓶があった。
「少しだけお時間、よろしいでしょうか?」
さて、魔法少女はお酒に酔うかという問題だが。
まず少女がお酒? という問題は切り捨てよう。魔法少女はそういう名前なだけで、
結論から言うと、ほぼ酔わない。
魔法少女も生物ではあるため、毒の類は効く。そうじゃないと、
だが、人間よりは高い耐性があるし、個人差はあれど酒で酔うような子はいないだろう。
だが、飲めない訳では無い。
だから、呑みながら駄弁るという行為が無意味な訳では無いのだ。
「そういえばアメジアさんって、今度のフジエリアの奪還作戦、参加するの?」
「え!? まだ公開されてないはずなのに、知ってるんですか?」
「まぁ、ちょっとしたツテでね」
「凄いですね……。まぁ、はい。それで今はダンジョンとかで動けるように訓練中で」
仕事の事とか、友達のこととか、最近の趣味のこととか。
あんまりついていけない話題も多かったが、一生懸命に話しているアメジアさんの姿を見ていると、ペラトとかがまだ小さかった頃を思い出して、ちょっと涙ぐんでしまいそうになった。
「そういえば、ユラリさんって肌も髪の毛も綺麗ですけど、お手入れはどうやってるんですか?」
「えー、まぁそんなに特別なことはしてないよ?」
嘘である。
これでも女としてやってきた期間はそこらの若い子よりは長いので、ケアとかはちゃんとやっているのだ。周囲からの受け入りが多いけどね。
「でもそれだけ長いと、髪の毛乾かすだけでも大変そうですよねぇ」
「あ、それは裏技があって……」
せっかくだし、
「そんなことできるんですね……あれ。そういえばいつ、ヘアオイルとか付けるんですか?」
「え?」
「つけてないんですか!?」
「うわぁ」
机に身を乗り出して迫ってくるアメジアさんに、思わず声が出てしまう。
彼女は普段は控えめだから、こんなに大きな声聞いたことがなかった。
「もしかして乾かしてるだけなんですか!? 嘘ですよね!? こ、こんなに綺麗な髪の毛に万一があったら世界の損失ですよ!?」
「いや、でもこれでもうずっとやってきてるし」
「今よりまだ綺麗になれるってことですか! やりましょう!」
「えぇ〜」
そうして部屋から色々持ってきたアメジアさんに、髪の毛に色々されて、色々渡されて。
久しぶりの若い子との会話に、柄にもなくはしゃいで酒が進み、しばらくして。
「それで、私はおばあちゃんに育てられて、おばあちゃんは優しくてですね」
「うんうん」
話題が転がり、彼女の身の上話を聞いている時、それは起きた。
「……そうだ、ユラリさん」
「んー?」
「私のママになってくれませんか?」
「んー?」
んー?
……。
「え? なんて?」
「ずっと思っていたんです。ユラリさんって、優しくて、強くて、時には厳しく、ちゃんと私たちのことを見てくれる、ママみたいだって。だから、ママになってください。おぎゃあ」
真顔でそう言うアメジアさんの顔を見て、
え、ママって後でなれるものだっけ? いやそうじゃなくて、でもアメジアさん可愛いし、いい子だし、悪くないか?
いやだから、そうじゃなくて……でもこんなに素直ないい子のお願いくらい……あれー、聞いてあげてもいい気がするなぁ?
「えぇ……ちょっと、こんな年寄りにそれはねぇ……?」
「ほぼ合意と受け取りました。失礼します」
「ちょっ」
「暖かいです。おぎゃあ」
それを見て
まさか、と思ってアメジアさんが持ってきたお酒のラベルを確認すると。
「甘粕ソーマ監修! 魔法少女でも酔えるお酒です!」と、言う文字。
いや何それ!?
さすがにそんな劇毒が市販されているとは思わないから、そういう魔法を込めたお酒なんだろうけど、そんなのあるの!?
あ、くそ、だめだ。
そのことを認識したら、わたしまで頭がポヤポヤしてきたぞ。
まだ大人になる前に魔法少女になった
魔法による影響なのか、それとも酔いとはこういうものなのか、ふわふわと心地の良い温かさが胸の内から湧いてきて、世界が優しく見えてくる。
「ママ……ママ……」
そういいながら身を寄せてくるアメジアさんを、抱きしめてやりたい衝動を何とか抑える。
落ち着けユラリ。ここで酒に流されると、明日の朝アメジアさんが責任を取って腹を切るとか言いかねない。ここは、
「ママ……あの時守ってあげられなくて、ごめんなさい」
そういえば。
アメジアさんの過去。魔獣災害から逃げ遅れた彼女を助けようとして、亡くなった両親のこと。
祖母がいたから寂しくはなかった、と言っていたし、嘘では無いのだろうが、それでも両親を目の前で失った悲しみが癒えたという訳では無いだろう。
「わたし、もうママを見捨てないから。ごめんなさい、ごめんなさい……」
「大丈夫だよ」
涙に震えるアメジアさんの頭を、ゆっくりと撫でる。
ずっと自分を責めていたのだろう。魔法少女になったって、心が強くなるわけではない。ヒーローと言われるようなその子達は、普通の人と変わらない悩みや不安を持ち、それでも戦う普通の人間なのだ。
人々が不安な時、魔法少女が守ってあげるのだとしたら。
では、魔法少女が不安な時、誰が守ってあげるのだろう。
「……ママ?」
そう、だから。
「ま、ママですよ〜……アメジアちゃんは頑張ってるよ。偉いねぇ〜……ぇ?」
「きゃっきゃっ!」
そうだ、わたしがママだ!
よく考えたら当然の帰結だ。
こんなに健気で可愛い子が頑張っているのに、年長者がママになってあげなくてどうする!?
ママは何も産んだやつだけの権利じゃねぇ! ヒスイのやつマウントを取りやがって!
この子達の輝かしい未来は、わたしが
だから、だから!
せめて、この一時くらいは。
不安も後悔も忘れて、微睡みの中に浸って欲しい。
◆
「……その」
「……うん」
翌朝、
残念なことに、記憶が飛んでいる、なんて都合の良いことが起きていないのはお互いの表情を見てすぐにわかった。
「その、このことはですね」
「お互い、胸の内に秘めておこうか」
「はい……」
昨日の自分の醜態を思い出し、喉を掻きむしりたくなる。
ああいうことをやりたい欲望は、さすがにないが、似たようなことをやりたいという欲があったのは認める。
他の魔法少女を守りたいというのは、否定することない
だが、酒の席で開放されたそれは───今まで仲間を見送ってきた分、凄まじいまでに強化されてしまっていた。
多分
よし、酒はやめよう!
なんて、戒めをしている
「ユラリさんと、二人だけの秘密。おぎゃり、ママ、バブみ……これ、癖に……」
未来ある若者の性癖がどうしようもなく捻れてしまったことには、自分のことで手一杯で、気付くことはできなかった。
◆
その頃、ヨコハマのとある喫茶店では。
「……今日も雑魚雑魚ご苦労様♡馬謖じゃなくても切り捨てて……呂布出現!?*1」
「寝てから言ってください」
キヨラはペラトとの会話が可能になっていた。
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