「店長。新しいメニュー考えました」
「聞くだけ聞くね」
「もつ鍋定食です」
朝からキッチン……と言うよりは厨房と成り果てた元キッチンで何か作っているなぁと思ったら、もう喫茶店にあるのかありえないメニューになってきた。
炒飯とかトンカツならまだギリギリ許される気がしなくもないけど、もつ鍋はもう無理だよ。
「なんですかその顔。アタシの料理の腕を信頼してないんですか?」
「料理の腕というか、センス?」
「食わず嫌いは良くないですよ! ほら、食べてみてください」
促されるままに食べてみるけど……うん。
すごい美味しいんだよなぁ。
でも豚骨醤油ベースの汁をたっぷり吸ったもつを、ニラと一緒に口に入れてご飯で掻っ込むタイプの定食は、喫茶店のメニューじゃないよ。
「どうですか?」
「……冬限定メニューなら」
「やった!」
事実、キヨラちゃん主導の定食屋タイムはお客さんからものすごく好評で、喜んでくれる人があんなにいるんじゃ
なんなら、喫茶店もやってるならせっかくだし、できてくれる人もいて、そういう人はキヨラちゃんの人あたりの良さもあって結構リピーターになってくれたりもする。
……あれ、もうこの店
最近キヨラちゃんは店の経営が楽しいのか、やってくれることが増えちゃったし、もしかしてこれ店長クビになる?
「そういえば、最近ペラトさん来ませんね。何してるんでしょう。家で寝てるんですかね」
「キヨラちゃんもしかしてペラトの職業忘れた?」
「あ、そういえばあの人、政府公認の魔法少女なんでしたっけ」
そう言えばって。
まぁ子どもっぽいところがあるのはその通りだとは思うけど。
「……せっかく味見してもらおうと思ったのに」
「せっかくならタッパとかに入れて送ろうか」
「ダメですよ。ニラは鮮度落ちやすいんですから」
そういう問題なんだ、と言うのと、二人が意外と仲が良くなってそうでちょっと口元がにやけてしまう。
……それと、少しだけ罪悪感。
あの子を手伝ってやれるなら、今度あった時渡せばなんて無責任なことを言えるのだが。
窓の外を見ると、いつものように魔法少女が空を飛んで巡回をしている、が。
普段と人数構成、巡回路が僅かに違う。
始まった、という話は明確に聞いていないが、これは始まったということだろう。
「キヨラちゃん、しばらくはバイトお休みでいいよ」
「え。なんでですか?」
「店も開けないからね」
「えー」
◆
人類生存領域神奈川エリア西部、通称【シズオカ境界線】。
魔獣の領域の中でも特に危険なダンジョンである【魔境】。その一つである、【フジ樹海】と目と鼻の先であるこの基地には、現在大量の魔法少女が集まっていた。
「───ざぁこ♡負け犬根性極まれり♡然して、歯噛みし続けた負け犬の顎の成果、見せてやろうか」
日本政府直属魔法少女である彼女ですらも、作戦の為の駒の一つ。そう言われれば、魔法少女であれば誰であれ、この作戦が如何に大規模なものか理解できることだろう。
「あの、失礼ですがペラトさん」
「ざぁこ?」
彼女の補佐を務める魔法少女───
「なんと言っているのか分からないので、
「……【変身】。【面倒ね】」
その言葉と共に、ペラトの口元に獣の顎を象ったような機械が装着される。
彼女の専用
ペラトは、この
可愛くないし、息苦しい。
これがなくても会話ができる二人が、少し懐かしくなってしまう。
「【それで。状況は?】」
「以前から考えていた各地の高レート、或いはフジエリアの特殊環境に対応できる魔法少女の中から、一部を抜粋し招集は完了しています。今のところ、各地の抜けた穴も補填ができていますね」
「【シコク魔法少女連合が動いてくれたのは予想外だったね。お陰で想定より多くの魔法少女を一時的にこちらに回せる】」
元々、各地の防衛戦力や最低限の警備戦力を考えれば、そこを空けることができる余裕は人類にほとんど残されてはいない。
特に、【魔境】内で活動できるほどの魔法少女ともなると、普段は大抵各地の小規模迷宮の破壊や、最前線での侵攻の足止めが主な仕事なのだ。
「ただ、ナガノ魔法少女自治区は相変わらずの沈黙。また、東北以北の魔法少女は、活性化したサッポロエリアの鎮静に向かわれました」
「【これだけ集められたなら上々だよ。それに、本質的に【魔境】攻略は数より質だから】」
ダンジョンの中でも【魔境】と呼ばれるモノの特徴は二つ。
一つは、【魔境】のダンジョンマスター。すなわちこの混沌の主は、魔獣の中でも高い知性と強大な概念を操る【概獣】。その中でも、【七怪】と呼ばれる上位個体であること。
かつて鎺カレンが一体討伐して以降、討伐の確認されていない最上位個体。
もう一つは、【魔境】最大の難敵は強大な魔獣などではなく、【七怪】がそこに敷いたルールであるということ。
即ち、───人類の最大の敵は、いつだって環境なのだ。
「フジ樹海の原理は至極単純。魔力の発火。あの空間内で魔力を纏った行動を行えば、瞬く間に魔力が発火し、良くて魔力切れ、悪くて焼死。加えて、一定以下の魔力の生物があの空間に留まると、状態に関係なく即死します」
「【相変わらずクソコンボ過ぎるね】」
しかし、【魔境】とはそういうものなのだ。
強いだけでは攻略できるものではないのに、そこの主は常軌を逸した強さを持つ。
そういうものだからこそ、人類は歴史上一つの【魔境】しかこの地上から消しされていないのだ。
「【それで、対策の方は完了した?】」
「はい。特殊環境に対応できる魔法の所有者。加えて、【
「【できることはやった、か】」
ペラトを始めとした、作戦指揮に関わる魔法少女達はもちろん、今日まで万全の準備をしてきた。
最強の魔法少女、鎺カレンを失って以降、人類は今日までこの時代の元凶である【魔境】に対し、攻勢に出ることは出来ずにいた。
だが、遂に時は来た。
「アメジア・レスター。彼女が想定外の成長をしてくれたことが、今回の作戦の実現に対して大きかったですね」
「【ああ。今回の作戦の要の一つは間違いなく彼女だよ。彼女の部隊には、彼女以外に事前に有事の際には───】」
そこまで言いかけて、ペラトの口と足が止まる。
平時から信じられないほど鋭い目で、彼女は廊下の先の魔法少女を、毛ほどの敵意も隠さず睨みつけていた。
「【ケッカ。先行ってて】」
「ですが……」
「【
「……承知しました」
ケッカが去り、二人きりとなったその場で、二人の魔法少女はしばらく向かい合った後。
「【久しぶり、カレン。遅刻癖と寝坊癖は直ったみたいね】」
「そっちこそ。あの鬱陶しい
ペラトの前に現れたのは、和装と日本刀を構えた魔法少女。
───名を、カレン。
現魔法少女レート、不動の第一位。
たった一人でキョウトエリアの最前線を担当する、現代最強の魔法少女。
「【引きこもり癖も直ったみたいで、お姉ちゃんは安心だよ】」
「シコクの連中のお陰で、任せられるくらいは人が集まったのよ。……それで」
カレンは視線を動かさず、基地の壁を刀の塚で軽く叩き───しばらくしてから一言。
「良かった。ユラリはいないのね」
「【最悪、の間違いじゃなくて?】」
「まさか。アイツはこういう作戦に、絶対参加出来ないでしょ。あの
ペラトは咄嗟に殴りかかろうとする自分の体を、何とか抑え込む。
その言葉が正しいことを知っていたし、仲間同士で今殴り合うことなんて不毛だし。
悔しいが、自分とカレンとでは殴り合いは成立しない。瞬きの間に、自分が制圧されて終わりだろう、と。
「【せんせぇは、臆病だから来ないんじゃない。それくらいわかってるでしょ?】」
「臆病でしょ。いい? 一流の魔法少女にとって、魔法を制御できることなんて前提条件。アンタもだけど、魔法が制御できません、なんてのは戦場ではなんの言い訳にもならないの」
「……」
「どれだけ言葉を弄しても、事実は変わらない。───アイツが魔法で、自分に当たるはずだった攻撃を、
かつての最強、鎺カレンの死因。
それは最も信頼していた友人である、魔九院ユラリの魔法が暴走したことによるもの。
この事実は世間一般には公表されていない。
だが当時、鎺カレンの死体を抱え帰還したユラリを見た者たちにとっては、周知の事実。
「……普段は口うるさいくせに、都合が悪くなったらだんまり? だからアンタも、アンタみたいなアイツを慕ってる馬鹿どもも、全員嫌いなんだよ。生き残るんだったら、
「……【そうかもね。でも】」
大好きな人を侮辱されて、明確な負の感情を浴びせられて。
それでも、ペラトの口から溢れたのは。
「【せんせぇが、それは一番そうおもっているよ。だから───】」
「だから、何? 罪に耐えきれず逃げたやつと、私は違う。私は、結果でモノを語る。
カレンがペラトの真横を通り過ぎ、その瞬間。
「───アンタのことが嫌いなわけじゃないの。私は、アイツを許せないの。ごめんね、ぺーちゃん」
カレンは。
彼女が現れた現場では、誰一人として死傷者が出ない。
だからこその、レート一位。彼女が誰よりも、魔法少女であることを、ペラトはよく知っていた。
知っていたからこそ、やるせない。
向かう先は同じはずなのに、どうしてこうも私達の歩幅は合わないのだろう。
◆
フジエリア奪還作戦を控え、皆が最後の調整期間に入っていた。
「ふぅ……大丈夫大丈夫。おばあちゃん待っててね、私、絶対帰ってくるから」
アメジア・レスターは跳ねる心臓を抑えることもできず、不安そうに瞳を揺らして、ブツブツと独り言を漏らしていた。
作戦の成否が自分の生存にかかっていること、敵がそれに気付いた時、アメジアの生命に関してははっきり言って保証できないこと。それを説明された上でアメジアはここにいる。
市民のため、祖母のため、友人のため、人類のため。自分を幾ら奮い立たせようとも、恐怖が消えることは無い。
「あ、そうだ……」
何かを思い出したかのように、彼女は持ち込めた数少ない私物の中から、あるものを取り出す。
それはヘアオイルと、包帯。そのヘアオイルは、以前ユラリに渡したものと同じものだった。この香りを包帯に染み込ませて、それから。
「───フンッ」
包帯で全身を、特に顔を強く縛り付けたあと、毛布に包まった。
「ふぅ……あ、やっぱり結構胎内っぽい。よし、落ち着いてきた。やるぞー!」
───この精神集中方法を思いついたのは数日前。
ユラリの香りに包まれた状態で、体を縛り毛布に包まると、落ち着くということに気づいてから、アメジアはこれにハマっていた。
彼女はもう、戻れない。
「マクマンさんから贈り物って言ってたけど……これって」
神騙ペラトは、自分宛に送られてきたという荷物を開封し、苦笑してしまう。
その中身は二つ。
一つは、見慣れたハンドクリーム。もう一つは……タッパーに入ったカツ煮。
誰がとか、メッセージとかは一切ないが、それだけでペラトには十分。
「……ざぁこ♡」
お別れくらい言っておくべきだったかもなぁ。
そう思いながら口にしたカツ煮は、あの子にしては珍しく、少し味付けがしょっぱかった気がした。
カレンは夜になると、いつも思い出す。
自分を撫でてくれた、二つの手を。
憎い訳じゃない、嫌いなわけじゃない。
ただ、許してはいけない。彼女を許すということは、魔法少女を否定すること。自分の大切なものを守り抜く、彼女自身から教わった魔法少女の覚悟を無碍にすること。
だから、だからずっと分からない。
「なんで、
各々が何を考えていたかに関係なく、平等に時間は進み。
───フジエリア奪還作戦が、始まろうとしていた。
・カレン
現代最強の魔法少女。まともな盤面を用意して戦えば、【七怪】との戦闘も問題ないと言われている。
普段は一人でキョウトの【魔境】の周囲を警護したり、全国を周りダンジョンを潰したりしている。魔法少女に対しては非常にぶっきらぼうな態度を取るが、一般人に対しては非常に優しく、ファンサも欠かさない。鎺カレンをお母さんと呼び、ユラリをママと呼ぶ。
・アメジア・レスター
今作戦の最重要人物の一人。性癖が終わった。
面白かったら感想や高評価等よろしくお願いします。