――ギャアアアアアアッ!!
黒狼鳥イャンガルルガが咆哮する。
その巨体に似合わぬ俊敏さで地面を蹴り、静羽へと突進した。
鋭い嘴が一直線に迫る。
常人ならば、反応する間もなく吹き飛ばされていただろう。
しかし。
――ヒュッ。
静羽は、ほんの半歩だけ身体をずらした。
それだけだった。
イャンガルルガの嘴が、静羽の肩先をかすめるように通過する。
続けざまに振るわれる巨大な翼。
静羽は太刀を斜めに構え、翼の軌道に刃を添える。
――キィンッ!
金属質の澄んだ音。
衝撃を真正面から受け止めるのではなく、刀身の角度をわずかに変えることで攻撃の方向を逸らす。
翼は静羽の横を空振りし、その勢いでイャンガルルガの体勢がわずかに崩れた。
その隙に、静羽の太刀が閃く。
――ザンッ!
黒紫色の鱗を斬り裂く一閃。
さらに返す刃でもう一撃。
――ザシュッ!
一瞬の攻防。
だが、静羽の立ち位置はほとんど変わっていなかった。
ライブチャット
名無しのゲヘナ生: は?????
名無しのキヴォトス生: え、避けた!?
名無しのミレニアム生: 攻撃が接触する直前に最小限の動作で回避しています……!
名無しのトリニティ生: あ、あんな巨大な相手に……!?
戦闘開始から30秒
イャンガルルガが怒りの咆哮を上げる。
今度は身体を大きくひねり、棘の生えた尻尾を横薙ぎに振るった。
――ブォンッ!!
風を切る重い音。
しかし、静羽は退かない。
尻尾が迫る瞬間、すっと姿勢を低くする。
頭上を巨大な尻尾が通り過ぎた。
そして、振り抜かれた尻尾が戻るより早く。
――シャキンッ!
見切り斬り。
攻撃の軌道を読み切り、流れるような動作で身をかわしながら反撃する。
刃がイャンガルルガの脚を捉えた。
そのまま静羽は踏み込み、太刀を振り上げる。
一撃。
二撃。
三撃。
気刃斬り。
銀色の軌跡が、黒紫色の巨体を囲むように走る。
イャンガルルガは翼を振り回し、嘴を突き出し、何度も反撃を試みる。
だが――
当たらない。
一度も。
静羽は大きく飛び退くことすらしない。
半歩。
一歩。
ときには身体を傾けるだけ。
相手の攻撃が届く、まさにその瞬間まで動かず、最小限の動作で回避する。
まるで、次にどこへ攻撃が来るのか、最初から分かっているかのように。
「視聴者の皆さん、見づらいところがありましたら申し訳ありません」
その声は相変わらず落ち着いている。
むしろ、戦闘をしている静羽よりも、撮影の方を気にしているようだった。
ライブチャット
名無しのキヴォトス生: いや見やすいです!!!!
名無しのゲヘナ生: それどころじゃねえだろ!!!!
名無しのミレニアム生: これほどの速度で動く対象を正確に追跡できる撮影技術も驚異的です。
名無しのトリニティ生: 静羽様、まだ一度も攻撃を受けていませんわよね……?
戦闘開始から1分
イャンガルルガが大きく後退する。
そして翼を広げ、空中へ飛び上がった。
――ギャアアアッ!!
上空から急降下。
鋭い脚爪を前方に突き出し、静羽へと襲いかかる。
その速度は、先ほどまでの突進とは比較にならない。
だが。
静羽は太刀を鞘に収めた。
特殊納刀。
腰を落とし、静かに構える。
迫る黒狼鳥。
距離が縮まる。
十メートル。
五メートル。
二メートル。
そして――
――キィィンッ!!
居合抜刀気刃斬り。
抜き放たれた太刀が、流星のような軌跡を描く。
静羽の姿が一瞬ぶれたかと思うと、次の瞬間にはイャンガルルガの側面へと抜けていた。
直後。
――ザシュンッ!!
一拍遅れて、斬撃が走る。
イャンガルルガの巨体が大きく揺らぎ、着地と同時に地面を滑った。
土煙が上がる。
しかし、静羽はすでに次の動作へ移っていた。
太刀を構え直し、相手の動きを見据える。
イャンガルルガが体勢を立て直そうとする。
その瞬間、静羽が一気に間合いを詰めた。
――タンッ!
地面を蹴る。
太刀を突き出し、その反動を利用して高く跳躍。
気刃兜割。
空中で身体を翻し、振り下ろされた太刀がイャンガルルガの背へと走る。
――ズバァンッ!!
重い一撃。
黒狼鳥の巨体が地面へ沈み、周囲に土煙が広がった。
ライブチャット
名無しのゲヘナ生: つっっっっよ!!!!!!
名無しのキヴォトス生: えっ、何今の!? 空中で斬った!?
名無しのミレニアム生: 先ほどから相手の攻撃を完全に予測しているように見えます。反応速度だけでは説明できません……!
名無しのトリニティ生: あの巨大な生物が、一方的に押されていますわ……!
名無しのゲヘナ生: これが前の掲示板で言ってた「狩猟」なのかよ!?
戦闘開始から1分20秒
土煙の中から、イャンガルルガが再び姿を現した。
まだ倒れてはいない。
だが、先ほどまでの荒々しい勢いは明らかに鈍っている。
対する静羽は――
息一つ乱していない。
太刀を片手で軽く振り、刃についた土埃を払う。
そして再び、自然体で構えた。
澪は手元の記録を確認する。
「討伐開始から一分二十秒。順調です」
名無しのキヴォトス生: 順調ってレベルじゃねえよ!!
名無しのゲヘナ生: これもう、どっちが襲われてるんだよwww
名無しのミレニアム生: ……彼女の戦闘技術について、認識を改める必要がありそうです。
――討伐開始から1分20秒。
黒狼鳥イャンガルルガは健在。
しかし、その攻撃は一度たりとも静羽を捉えていない。
戦いは、静羽の圧倒的優勢のまま続いていた。
――ここまでは、イャンガルルガの攻撃を迎え撃つ戦いだった。
しかし、今度は違う。
静羽が前へ出る。
一歩。
その踏み込みを境に、戦場の主導権は完全に静羽のものとなった。
――斬る。
鋭い嘴が迫る。
――避ける。
すれ違いざまに、もう一閃。
――斬る。
さらに踏み込む。
――斬る。
イャンガルルガが翼を振るう。
――いなす。
刀身を滑らせ、巨大な翼の軌道を逸らす。
続く尻尾の一撃。
――避ける。
そして。
斬る。
斬る。斬る。斬る。
斬る、斬る、斬る、斬る、斬る。
斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る――!
――キィンッ!
――ザンッ!
――ヒュッ!
銀色の斬撃が、黒紫色の巨体を取り囲む。
イャンガルルガは必死に反撃する。
嘴を突き出す。
翼を叩きつける。
尻尾を振り回す。
だが、そのすべてが届かない。
静羽は攻撃の間を縫うように踏み込み、反撃をかわした直後には、もう次の斬撃を放っている。
一撃を振り終えた瞬間には、次の一撃が始まっていた。
もはや、攻撃と回避の境界さえ曖昧だった。
それは戦闘というより――
一つの舞踏。
そして、その最中。
静羽の瞳に、変化が現れる。
赤。
朱。
もしくは紅へ。
深く濃く変わっていく。
妖しく輝く双眸。
口元には、いつの間にか笑みが浮かんでいた。
先ほどまでカンペを見ながら挨拶していた、あの生徒会長と同じ人物とは思えない。
静羽の太刀が、再び閃く。
――斬。
――斬、斬。
――斬斬斬斬斬斬斬斬!!
あまりにも速い。
カメラが捉えるのは、連続する銀の軌跡と、舞い上がる赤い飛沫。
その光景は凄惨だった。
それなのに。
夕陽を受けた刃がきらめき、赤い飛沫が光を散らし、黒紫色の翼が大きく広がる。
一瞬一瞬が、奇妙なほど鮮やかに映る。
恐ろしい。
目を背けたい。
なのに、目を離せない。
視聴者の誰かが、思わず呟いた。
――綺麗だ。
別の誰かは、こう思った。
――美しい。
その感想が、目の前の戦いに似つかわしくないことは分かっている。
それでも、そう感じてしまった。
ライブチャット
名無しのキヴォトス生: ………………。
名無しのゲヘナ生: なんだよ、これ……。
名無しのミレニアム生: 攻撃の間隔が……ほとんどありません。なのに回避動作まで成立している……。
名無しのトリニティ生: ……恐ろしいはずですのに、どうしてこんなに……。
名無しのキヴォトス生: 綺麗だって思っちゃった……。
名無しのゲヘナ生: おい、見たか? あの生徒会長、笑ってるぞ。
「……会長、ずいぶん楽しそうですね」
小さな呟き。
その声には、呆れと、どこか諦めにも似た響きが混じっていた。
「……これ、自治区紹介の配信なんですけどね」
イャンガルルガが大きく後退する。
しかし、静羽は追撃の間合いを外していない。
太刀の切っ先が、静かに持ち上がる。
紅い瞳。
笑みを浮かべた口元。
そして、獲物から一瞬たりとも離れない視線。
戦いは、今やイャンガルルガに反撃の余地すら与えないものへと変わっていた。
黒狼鳥イャンガルルガは、明らかに苛立っていた。
突進も、嘴による連続攻撃も、翼の薙ぎ払いも。
そのすべてが、目の前の小さな少女に届かない。
対する静羽は無傷。
ここまでの攻防は、もはや戦闘というより一方的な演舞に近かった。
そして――。
静羽が、太刀《緋蝕》を構え直す。
それまで流れるように動いていた彼女の足が、ぴたりと止まった。
イャンガルルガが咆哮を上げる。
大きく翼を広げ、静羽へ向けて突進する。
その瞬間。
――――閃。
カメラに映ったのは、ただ一筋の斬撃だった。
派手な光も、爆発もない。
静羽が踏み込み、緋蝕を全力で振り抜く。
それだけ。
しかし、その一太刀はあまりにも速く、あまりにも正確だった。
イャンガルルガが進路を変えようとした、そのわずかな動きさえも斬撃の軌道に収まっていた。
まるで、最初からそこに刃が置かれていたかのように。
――チン。
静羽が刀を鞘に納める。
「終の太刀・絶命」
一拍。
二拍。
イャンガルルガの巨体が、ゆっくりと傾いた。
――ドォォンッ!!
地響きとともに、黒狼鳥が地面へ倒れる。
もう起き上がらない。
討伐完了
ライブチャット
名無しのキヴォトス生: ………………え?
名無しのゲヘナ生: は???????
名無しのトリニティ生: い、今……何が起こりましたの?
名無しのミレニアム生: 最後の斬撃が速すぎて、映像から動作を十分に確認できません……。
名無しのゲヘナ生: 終の太刀・絶命!!!! カッケェェェェ!!!!
名無しのキヴォトス生: いや待って、あんな巨大なやつを刀一本で!?
名無しのトリニティ生: 一度も攻撃を受けずに討伐なさったのですか……!?
名無しのゲヘナ生: これがアステラ学園の生徒会長!?
澪はしばらく倒れたイャンガルルガを撮影した後、カメラを静羽へ戻した。
白峰 澪
「……討伐完了を確認しました。お疲れ様です、会長」
声は変わらず冷静。
だが、その視線は静羽の腰にある《緋蝕》へ向いていた。
「ところで会長」
「……今の、例の全力の一太刀ですよね?」
澪は静羽が納めた刀を見つめる。
「緋蝕の状態を確認してもよろしいですか?」
ライブチャット
名無しのキヴォトス生: え? 刀?
名無しのミレニアム生: 武器の状態に何か問題があるのでしょうか?
名無しのゲヘナ生: あんな必殺技使ったんだから、そりゃ負担もあるだろうけど……。
名無しのトリニティ生: お怪我がないのでしたらよいのですが……。
「……それと、もう一つ」
「以前は『流星』と呼んでいませんでしたか、その技」
一瞬の沈黙。
「また名前を変えたんですね」
ライブチャット
名無しのゲヘナ生: ん?????
名無しのキヴォトス生: え、名前変えた?
名無しのミレニアム生: ……同一の技に複数の名称が存在するということでしょうか。
名無しのゲヘナ生: 待ってwwww あんなカッコいい必殺技の名前が毎回変わるの!?www
澪はカメラを少し下げ、静羽の手元が映るようにする。
鞘の中に収まった《緋蝕》。
――シャリン。
静羽が鞘から《緋蝕》を引き抜く。
そして、カメラに向けて刀身を見せた。
そこに映っていたのは、先ほどまで美しい輝きを放っていた太刀の、あまりにも無惨な姿だった。
刃には無数の欠け。
刀身の表面には細かな傷が走り、ところどころに歪みまで見える。
辛うじて刀としての形状は保っているものの、明らかにまともな状態ではない。
武器に詳しくない視聴者でさえ、一目で理解できた。
――これ、使って大丈夫な状態じゃない。
ライブチャット
名無しのキヴォトス生: は???????
名無しのゲヘナ生: 刀ァァァァァァ!!!!
名無しのトリニティ生: えっ!? 先ほどまで綺麗な刀でしたわよね!?
名無しのミレニアム生: 刀身の損傷を確認。……え、たった一撃でこの状態に?
名無しのキヴォトス生: これもう折れる寸前じゃないの!?
名無しのゲヘナ生: 必殺技ってそういう意味も含まれてんの!?
名無しのミレニアム生: 武器の耐久限界を大幅に超える負荷が発生したと考えられます。
名無しのトリニティ生: そ、それほどの技を使わなければ倒せない相手だったのですか……?
名無しのキヴォトス生: いや、さっきまで普通に圧倒してなかった???
そんなコメントが流れる中。
澪が先ほどの技名について改めて確認すると、静羽は平然と答えた。
「しっくり来ないんだから仕方なくない? あと、配信中のトラブルってことでこれ経費で落ちないかな」
数秒の沈黙。
「寝言は寝てから言ってください」
即答だった。
ライブチャット
名無しのゲヘナ生: wwwwwwwwwww
名無しのキヴォトス生: 即答wwwww
名無しのミレニアム生: 経費申請が却下されました。
名無しのトリニティ生: そもそも配信中のトラブルという扱いでよろしいのでしょうか……?
名無しのゲヘナ生: 生徒会長と書記の会話が完全に日常のそれwww
名無しのキヴォトス生: いや待って、さっきの必殺技って自分から使ったんだよな?
名無しのゲヘナ生: しかも技名がしっくり来ないから毎回変えてるのかよwww
「そもそも、会長」
「今回の討伐に、あの技を使う必要はありましたか?」
澪の声は静かだった。
しかし、付き合いの長い者なら分かる。
これは怒っている。
「通常の攻撃だけで十分に討伐可能な状況でしたよね」
「それなのに、わざわざ緋蝕をここまで傷めて……」
一度、言葉を切る。
「鍛冶屋への持ち込みも必要ですし、整備が終わるまでは使用できません」
「それを『配信中のトラブル』として生徒会予算に計上するおつもりですか?」
ライブチャット
名無しのミレニアム生: 正論しか言っていない。
名無しのトリニティ生: 白峰書記さん、相当ご苦労されているのでは……。
名無しのゲヘナ生: なんか急に生徒会の会計監査始まったwww
名無しのキヴォトス生: え、待って。じゃあなんで必殺技使ったの?
名無しのゲヘナ生: そこめっちゃ気になるwww
名無しのミレニアム生: 技の必要性と武器の損耗が釣り合っていないように見えます。
「……では、会長」
「今回、あの技を使った理由をお聞かせください」
「もちろん、配信をご覧になっている皆さんにも分かるようにお願いします」
名無しのキヴォトス生: おっ、理由聞けるぞ!
名無しのゲヘナ生: きっと何かすごい理由が……!
名無しのトリニティ生: あれほどの技ですもの。何か重要な判断があったのでしょう。
名無しのミレニアム生: 戦術的な意図が気になります。
カメラが静羽を正面から捉える。
静羽は、至って真面目な顔をしていた。
その表情には迷いも、冗談めいた様子もない。
まるで、これから重大な決断の理由を説明するかのように。
「そんなの、」
一拍。
「カッコいいからに決まってんじゃん♪」
…………。
………………。
「……………………は?」
ライブチャット
名無しのキヴォトス生: ???????????
名無しのゲヘナ生: wwwwwwwwwwwwwww
名無しのトリニティ生: えっ
名無しのミレニアム生: ……戦術的理由:格好良さ?
名無しのキヴォトス生: おいwwwwwwwwww
名無しのゲヘナ生: カッコいいからwwwwwww
名無しのトリニティ生: ま、待ってくださいまし!? 先ほどの刀は!?
名無しのキヴォトス生: 刀ボロボロになってたよね!?!?
名無しのミレニアム生: 修理費用を伴う装備損耗の理由が「格好良さ」……。
名無しのゲヘナ生: いやでも実際めちゃくちゃカッコよかったぞ!!!!
名無しのキヴォトス生: それはそう!!!!!!
名無しのトリニティ生: そういう問題ではありませんわ!!!
撮影担当、沈黙
澪はカメラを構えたまま、数秒間動かなかった。
そして。
「…………会長」
「確認させてください」
「つまり、あの技を使用した理由は、討伐に必要だったからでも、危険を回避するためでもなく……」
「配信で格好いいところを見せたかったから、ということですか?」
再び沈黙。
澪は静羽の手元にある、見るも無残な緋蝕を撮影する。
「……そうですか」
「では、修理費用は全額自己負担でお願いします」
「経費申請は認めません」
即決。
ライブチャット
名無しのゲヘナ生: 経費申請、完全敗北wwww
名無しのミレニアム生: 妥当な判断です。
名無しのキヴォトス生: ていうか生徒会長が会計監査もやってるんじゃなかったっけ?
名無しのトリニティ生: 会計監査担当者ご本人が経費にしようとなさったのですか!?
名無しのゲヘナ生: ダメだこの生徒会長wwwww
名無しのキヴォトス生: 戦闘能力と金銭感覚が噛み合ってねぇwww
名無しのミレニアム生: むしろ書記の方が適切に内部統制を機能させていますね。
名無しのゲヘナ生: でもさ、あんな必殺技見せられたら「カッコいいから」で納得しちゃうんだよなぁ。
名無しのキヴォトス生: 分かる。実際カッコよかった。
「……それから、もう一つ」
澪がため息をつく。
「今回の技名は『終の太刀・絶命』でしたね」
「前回が『流星』、その前が『血霞』でしたか」
「……会長、そろそろ正式名称を決めていただけませんか?」
「討伐報告書を書くたびに名称が変わるので、記録の照合が面倒なんです」
ライブチャット
名無しのゲヘナ生: ちょっと待ってwww
名無しのキヴォトス生: あれほんとに毎回名前違うの!?
名無しのミレニアム生: 同一技の名称が使用ごとに変更される……記録管理上の問題が発生しますね。
名無しのトリニティ生: 『終の太刀・絶命』、素敵な名前だと思いますけれど……。
名無しのゲヘナ生: 次回は何になるんだよwww
名無しのキヴォトス生: てか今まで何回あの技使ってんの!?
澪はカメラを静羽へ戻した。
「あと、緋蝕は今日中に鍛冶屋へ持ち込んでください」
「……まったく。自治区紹介のための配信だったはずなのに、開始早々、会長の刀の修理が決定するとは思いませんでした」
ふと、澪は思い出したように付け加える。
「それと会長」
「まだ自治区の紹介、途中ですよ」
画面の向こうでは、数万人の視聴者が待っている。
本来の配信目的は、アステラ学園自治区の紹介。
しかし、現在のコメント欄は――
名無しのキヴォトス生: アステラ学園、想像の百倍おもしろい。
名無しのゲヘナ生: この生徒会長のファンになったわwww
名無しのトリニティ生: いろいろと心配ですが……目が離せませんわね。
名無しのミレニアム生: 今後の配信も研究対象として非常に興味深いです。
名無しのキヴォトス生: ところで、さっきの巨大な鳥が襲ってくるのって日常茶飯事なの……?
名無しのゲヘナ生: あっ、それ俺も気になってた。
名無しのトリニティ生: まさか、あのような生物が頻繁に現れるわけではありませんよね……?
「ちぇー、経費無理かー。正式名称はその内決めるよ。とりあえず『超☆必殺技』でよろ~。」
「…………」
澪は無言で静羽を見つめた。
正確には、カメラを向けたまま、じっと見つめていた。
「……『超☆必殺技』ですか」
「分かりました。では、記録上の仮称はそれで統一します」
「ただし、次に使うときは別の名前になっている気がするので、あまり期待はしていません」
淡々とした声だった。
だが、そこには確かな諦めがあった。
ライブチャット
名無しのゲヘナ生: 超☆必殺技wwwwwww
名無しのキヴォトス生: 急に名前がゆるくなったwww
名無しのトリニティ生: 先ほどの『終の太刀・絶命』の方が威厳があったような……。
名無しのミレニアム生: 仮称『超☆必殺技』……登録しました。
名無しのゲヘナ生: 登録すんなwwww
名無しのキヴォトス生: あの恐ろしい一撃が『超☆必殺技』になるの、温度差で風邪ひく。
名無しのトリニティ生: 白峰書記さんの対応が手慣れていますわね……。
そして、もう一つの質問
コメント欄には、先ほどから同じ質問が繰り返し流れていた。
あんな巨大な鳥が襲ってくるのは、よくあることなのか?
それに対して、静羽は何でもないことのように答えた。
「いや別に。あれ位ならよくあるよくある」
…………。
………………。
名無しのキヴォトス生: は?
名無しのゲヘナ生: え?
名無しのトリニティ生: ……はい?
名無しのミレニアム生: …………再確認が必要です。
そして。
名無しのキヴォトス生: よくある???????
名無しのゲヘナ生: あれが!?!?!?
名無しのトリニティ生: あのような巨大生物が頻繁に襲来するのですか!?
名無しのミレニアム生: 「よくある」の頻度を定量的に教えてください。
名無しのキヴォトス生: ちょっと待って。あれ何メートルあった!?
名無しのゲヘナ生: しかも空から奇襲してきたよな!?
名無しのトリニティ生: それを日常的な出来事として扱っていらっしゃるの……?
名無しのキヴォトス生: アステラ自治区、怖すぎない???
澪はコメント欄を確認し、小さく首を傾げた。
「……ああ、なるほど」
「皆さん、先ほどのイャンガルルガのことをおっしゃっているんですね」
落ち着いた声で説明を始める。
「イャンガルルガは縄張り意識が強く、攻撃的な大型モンスターです。こちらを発見すると、向こうから襲ってくることもあります」
「ですので、自治区内を移動する際には周囲の警戒が必要になります」
ごく普通の注意事項を説明するような口調。
「もっとも、今回のようにハンターが対応できる状況であれば、特別な問題はありません」
ライブチャット
名無しのゲヘナ生: 特別な問題はありません???
名無しのキヴォトス生: 問題しかなかったように見えたけど!?
名無しのトリニティ生: 白峰書記さんまで平然となさっている……。
名無しのミレニアム生: つまり、あの規模の生物との遭遇を想定した移動体制が日常的に存在する、と。
名無しのゲヘナ生: いや待て、そもそもこの人、戦闘中ずっとカメラ回してたよな?
名無しのキヴォトス生: そういえば逃げようともしてなかった。
名無しのトリニティ生: 撮影担当の方も相当な胆力をお持ちなのですね……。
名無しのゲヘナ生: もしかしてアステラの生徒って全員こんな感じなの???
澪は画面に流れるコメントを読み、少し考え込む。
「……皆さんが驚かれている理由は、なんとなく理解できました」
「他の自治区では、大型モンスターとの遭遇自体が珍しいのでしたね」
「アステラでは野外活動の際、モンスターへの対処は基本的な安全管理の一つですので……」
そこで、ふと倒れたイャンガルルガへカメラを向ける。
「ただ、誤解のないように申し上げますと、イャンガルルガは決して無害なモンスターではありません」
「一般の住民が遭遇した場合は、無理に対処せず、避難してハンターやギルドに連絡するのが原則です」
ライブチャット
名無しのミレニアム生: なるほど。専門の対処要員が存在するのですね。
名無しのトリニティ生: それを聞いて少し安心しましたわ……。
名無しのゲヘナ生: いや全然安心できねぇよ!!!!
名無しのキヴォトス生: そもそも「野外活動で大型モンスターに遭遇する」が前提なの怖い。
名無しのミレニアム生: アステラ自治区の危険生物分布について、詳しい資料が欲しくなってきました。
名無しのゲヘナ生: そういえばさっき「今回のようにハンターが対応できる状況なら」って言ったよな?
名無しのキヴォトス生: つまり生徒会長って、ハンターでもあるの?
名無しのトリニティ生: ……あの戦いぶりでしたら、相当な実力者なのでしょうね。
「会長、ハンターについての質問が来ています」
「生徒会長がハンターを兼任しているのか、というご質問ですね」
「それから、先ほどのイャンガルルガが、こちらではどの程度の危険度に分類されるのかも気になっているようです」
カメラが再び静羽を映す。
その腰には、整備待ちとなった《緋蝕》。
背後には、先ほど討伐されたばかりのイャンガルルガ。
名無しのキヴォトス生: 頼む、今度こそ普通の説明をしてくれ……!
名無しのゲヘナ生: もう何が出てきても驚かねぇぞ!!
名無しのミレニアム生: 危険度の評価基準が気になります。
名無しのトリニティ生: どうか、これ以上恐ろしいお話ではありませんように……。
――なお、視聴者たちはまだ、アステラに生息するモンスターのほんの一部しか知らない。
白峰 澪
「……会長。その刀、また整備が必要になりましたね」
????
「修理費用は個人負担でお願いします。生徒会の予算からは出しませんからね」
????
「また鍛冶屋のおじさんに怒られちゃうねぇ」
????
「でも、今回は折れてないからセーフですよね!」
白峰 澪
「セーフではありません」