Opening。基本的な布陣や展開の構築が為される序盤戦。
1/opening
2027年の一月、此処がこの物語の開始地点。
いいや、巻き戻る以上、開始地点とは言い難い。スタート地点とは言い切れず、ゴールというのも少しおかしい。いずれ追いつき、追い越していくポイント。チェックポイントという扱いになるのかもしれない。
とはいえ、そこに辿り着くまでがこの物語の本筋。
その本筋というのは、ある一室の出来事に端を発する。
私室でくつろいでいた少女、明智あんなは混乱の真っ最中だった。
今日は自身の記念すべき十四歳の誕生日。
スマホを買ってもらう約束を取り付け、帰る途中に困ってる女の子を助けたりもしたはなまるな一日。
家に帰って、あんなは自室で素敵なペンダントを見つける。そのお母さんのプレゼントと思われるペンダントを付けたところ、クロ―ゼットから現れた猫?犬?のような動物が喋り出したのだ!
何が何だかもわからないまま、不思議なねこ、いぬ?は流ちょうに話を続ける。
「いっしょに来てほしいポチぃ、この“ペンダント”で──」
そこまで言うと急にペンダントが輝き始めたではないか。LEDというにしても強すぎる光。それは妖精と名探偵が出会うことで起きた奇跡。
時間逆行、時はさかしまに巡る。
ペンダントのうちにある時計の針が逆順に廻り初め、チック、タック、チックタック。響く針の音に慌てだすピンク色の浮遊する不思議な動物。この現象は、この子も想像していなかったのだという事が容易に推測できる。
けど、それがわかっても奇跡は都合よく収まりはしなかった。
「まだ説明が終わってないポチ~~!!」
あんなを包む光は更に輝きを増し、部屋中が白い閃光に包まれたところで少女は2027年の世界から消失した。
2026、2025、2024、2023、2022、2021、2020、時間はある地点を目指して巻き戻り続ける。やがて、巻き戻された時間が1999年へ到達した時、少女は運命のパートナーの頭上に出現し、奇跡的な出会いを果たす。
2027年から降ってきた明智あんなは1999年を生きる小林みくると鮮烈な邂逅を果たした。
数え切れぬほどの本が収蔵された空間、果てなく続く本棚のみの世界。
そこは全ての物語が幕を落とした後の舞台裏。千年を生きた大魔女、“尊厳なる観劇と戯曲と傍観の魔女”が領地である図書の都。
つい先日、黄金の魔女の真実を巡る最終決戦の舞台となったそこには一時の平穏が訪れていた。嵐が過ぎ去り、凪いだ海さながらの静寂。
もう、惨劇を告げるうみねこが鳴くことはない──。
数多くの惨劇を引き起こした黄金の魔女は煉獄山を踏破した無限の魔術師、いいや、たった一人の愛した男と共に黄金郷へと至ったのだから。
1986年の六軒島を巡る物語に幕を引き、静まり返った図書の都に姦しい声が木霊する。
図書の都の最奥というには少し外れた一室、そこでは二人の魔女が仲睦まじくじゃれ合っていた。
「あいたたッ~!ヘタクソッ、もっと上手に縫ってーー!!」
ピンクを基調としたロリータ風のドレスを着た少女、いや絶対を司る魔女ラムダデルタは甘く愛らしい声で、対面で自分の体躯を縫う少女へ抗議を行う。常人であれば、卒倒するか。もしくは自分の狂気を疑うだろう。
それは何故か、理由は明快。
ラムダデルタの身体はバラバラで天蓋付きのベッドの上に散らばっていた。五体は見事に別れ、それでも彼女は平然と文句を言う余裕に満ちている。その文句を聞いている少女、濃紺と漆黒の二色で構成されたゴシック調のドレスを纏う絶対の魔女、ベルンカステルはラムダの抗議をすげなく却下した。
「うっさいわね、手縫いはご不満?ならミシンで手っ取り早く済ませてあげるわ。だだだだってね」
「いーやー!そんな愛のないオートマチック!もっと優しく繊細な
「はぁ、こんなの唾つけておけば治るわよ」
肩と右腕の断面にベルンは舌を這わせる。
「ひゃ!予告なく舐めないで~」
文句ばかり言うラムダに付き合いきれず、畳針でぶっすり縫い始めようとしたタイミングで現れる闖入者。ベルンカステルと同じ青の髪を戴くことを許された少女探偵、古戸エリカが部屋に飛び込んでくる。
「ただいま戻りました、我があるじぃー!!ご所望のごま塩を此処に!」
「ご苦労さま、割りばしも付けたわよね?なかったら、そのごま塩貴方の目に摺り込むから」
「もちろんございます!この真実の魔女、古戸エリカに手抜かりはありません!」
相変わらずな主従に若干ヒいてラムダは一応聞くことにする。
「ちょっと、ごま塩ってなに?まさか紅茶に入れる気じゃないでしょうね?」
「まさか、エリカのおもちゃよ。じゃあ、今すぐに割りばしを割って」
「はい、我が
意気揚々とエリカが箸を割ったところで、ベルンはごま塩の袋を上下逆さまにして床へぶちまける。
「じゃあ、これからお箸だけでゴマと塩を取り分けなさい」
「はい、我が
お箸でごまと塩を分け始めたエリカを横目にラムダは半目でベルンを凝視した。
「あんたまた変なイジメをしてんの?まったくそーゆーのはやめときなさい、最近はコンプライアンスが厳しいんだから……って、こんなセリフ千年を生きる魔女に言っても仕方ないか……」
「イジメとは人聞きが悪いわね、遊んであげてるのよ──。そうそう、エリカ。さっきあんた宛ての手紙が届いてたわよ」
ベルンのどこか楽しそうな響きの声にエリカが跳び起きる。
「手紙!?あぁ、探偵に届く送り主不明の手紙、難事件の前触れですね!」
「残念ね、消印は天界からだからドラノール辺りじゃない?」
そこで一度、考え込んでからベルンは頬杖をついて意外そうな声を漏らす。
「アンタたちまだ親交があったのね、驚きだわ」
黄金の魔女の結末を決める最終決戦、ベルンカステルの側で戦ったエリカとベアトリーチェの側で戦ったドラノール。無慈悲なる真実を晒そうとしたベルンカステルと、愛なくば観測できない謎を守ろうとしたベアトリーチェ。
決定的な対立をした両者が未だに交流を絶っていないことに驚きながら、ベルンは天界からの手紙を開く。そこには天界の面々の六軒島を巡る事件のその後の生活が書かれていた。かつて、激闘を繰り広げた相手の安穏な日々の報告は、思わずベルンの口角を上げてしまうほど牧歌的なものばかり。
「それで我が
ベルンはエリカへ手紙を手渡す。
「机仕事に忙殺されてるそうよ?ハンコとハンコ、決済印と認印、たまーにサインが紛れ込んでいるんだとか。ふふ、“自分がじきじきに出動するから、自分の管区で事件を起こしてほしいデス”……ですって。ご期待に沿って起こしてあげたら?事件でも」
「あー、探偵行くとこ事件ありって言うもんね。まったくなんて不吉なのかしら、もしかして探偵って、本当は全ての事件の真犯人なんじゃない?」
「あら、それはいけませんよ。ラムダデルタ卿。ノックス第七条に明記されています。探偵が犯人であることを禁ズとね」
茶目っ気たっぷりにウィンクして、エリカは笑って肩を竦める。
「まぁ、気が向いたらイジメにいってあげるのもいいかもしれませんね。ああ、あとシエスタ姉妹兵の近況も書いてあります」
「待って、一度に訊いてしまうのはもったいないわ。こういうのは紅茶を楽しむようにゆっくり時間をかけてこそでしょ?……さぁ、できた」
針仕事が一段落し、繋がった右腕を嬉しそうに回してラムダは次なる催促をする。
「ああ、やっと右腕が生えたわ。次っ、左腕もお願いね!」
「その前にお茶にしましょ。エリカ、私の紅茶の缶と梅干の壺を用意なさい」
「かしこまりました、我が主!」
エリカに給仕をさせ、ゆったりとティータイムを楽しむ二人の魔女は、次の
今はただ安らかに紅茶の香りを楽しむだけ──。
お茶会に興じる中、脈絡もなくラムダは呟いた。
「今度はどこへ行く?」
ベルンは謡うように想いを返す。
「あんたが北なら私は南へ──」
「ベルンが東なら私は西へ行くわ。……ふふ、次の物語ではベルンが憎まれ役でないといいわね」
ラムダは六軒島、ひいてはベアトリーチェの物語でベルンがやらかした諸々を思い返し、それでも過ぎ去った物語を素晴らしいものだと総括する。この思いはベルンも同様だったらしく──。
「あら、悪役も楽しかったわよ。ラムダもやってみれば、案外嵌るんじゃないかしら?」
「そうねぇ、わたしが悪役か。だったら、ベルンはとびっきりのいい子ちゃん役を務める羽目になりそうよ」
クスクスと二人の魔女は優し気に微笑み合う。不意にラムダデルタは果てしない可能性が織りなす未来を想像する。
「次はどんな物語を見つけられるかしらね」
「ええ、そしてどんな物語で再会できるのかしら」
「──愛し合う二人にカケラの海は狭いわ」
「
「カケラの海は広大だわ」
「
こつん、と二人の少女は互いの額を当てて夢見るように “また、いつか”を約束し合った。
「いつか会えるわよ。また、何かのなく頃に」
「いいじゃない、それにしましょ」
背中合わせに絶対と奇跡、二人の魔女は物語より遠のいていく。
別れの間際、二人の少女の声が重なり、同じ言葉を紡いだ。
「「いつか会えるわ、また何かのなく頃に」」
置いていかれるティーカップ、紅茶の香り、ベルンカステルとラムダデルタは背中合わせに正反対の方へと進んでいく。
カケラの海を渡る航海者たちは次なる世界を目指し──。
その時だった。万事解決の大団円、魔女たちには似つかわしくないほど平穏に、安穏と良い話で物語に幕は下りるはずの瞬間。まばゆいほどの光が差し込んだ。降り注いだ光は太陽よりも激しく、月よりも明るく魔女たちを照らし出す。
「はぇ!?ちょ、いきなりなによ!?」
「これは一体……?」
思わずラムダとベルンが振り返って互いを見つめた時、まばゆい光の向こう側から鳴き声が届く。
“ポチィ~!!”
思わず気負った肩の力が落っこちるほどに間の抜けた鳴き声。別れて早々に次の物語に出くわしたラムダとベルンは苦笑し、口を尖らせる。
「なにかのなく頃に、とは言ったけど……」
「こんな妙な鳴き声とまでは、思ってもみなかったわね」
二人の魔女は青とピンクの光となって、遠き時間の果てへと飛翔する。
行き先は1999年、まことみらい市。
時は世紀末。かの大預言者にして世紀の
確かな終焉が予言され、嘘と真実の入り乱れるカケラの世界。
この世界が終わるかどうかはまだ猫箱の中。
1999年、三月のある夜。まことみらい市の上空に青とピンクの流星が瞬いた。
嘘と真実をめぐるゲーム盤へ、絶対の魔女と奇跡の魔女が駒として配置される。
ピンクの流星はある撮影スタジオの楽屋へ飛び込み、青の流星は──。
暗くなった夜道、少女とその祖母の女性は偶の贅沢であるレストランでの外食を終え、家路へと着いていた。今宵の夕食は、孫娘が生徒会長に選ばれたことを祝福するためのもの。
理事長の孫という肩書きはあったものの、選ばれたのは彼女、金田れいの真面目さと優しさによるものなのは間違いがない。
「れい、これから新学期が始まるけど生徒会長として、生徒みんなの助けになってあげてね」
「うん、大丈夫だよ。おばあちゃん。わたし、ちゃんとみんなのお手本として生徒会長の務めを果たして見せるから」
にっこりと笑うれいに、祖母であり、まことみらい学園の理事長である彼女は安心させるように孫娘の頭を撫でる。どうか、優しくて真面目なこの子のことを深く分かってあげられる友人に恵まれますようにと思いを込めて。
おばあちゃんに頭を撫でられ、わたしは嬉しそうに目を細める。それから遅くなってはいけないと、家路に急ごうとしたとき夜空に青とピンクの一条の星光が流れるのをわたしたちは見た。
「まぁ、なんでしょう?」
「──流れ星?あんな色の初めて……え?」
ピンクの流れ星は市街地の方へと流れていったが、青の流れ星はそれと反対の方に進んでいく。具体的にはわたしたちのいる方へ向かって、だ。
「え、えぇ!?隕石?がこっちにっ!?」
接近し、拡大していく青の星明かり。突如として落ちてくる流星を前に、わたしは思わず祖母を庇うため前に出た。
「おばあちゃん、下がって!」
「れいっ!?」
迫る青の星。見上げたときは豆粒ほどだった光も、バレーボール大からちょっとした車ほどの大きさになって降ってくる。間近となった流星を前におばあちゃんを抱きしめたれいが目を瞑った瞬間、光は急に眼前で弾けてしまった。
弾けた流れ星、淡い光の破片はゆらゆらと夜空へと幻想的な画を創りながら散っていく。ある程度光がおさまった頃、わたしは光が弾けた中心部で黒くて小さい何かが動く、のを見た。
好奇心、不安、心配、使命感。ないまぜとなった感情で足を動かす。
おばあちゃんとわたしはおっかなびっくり近づき、その正体が何かを知る。
さっきの青い隕石が落ちた、と思うところには青いリボンを首に付けた黒い仔猫が丸くなっている。もしかして隕石の下敷きになっちゃったのでは、と泣きそうになりつつもわたしは猫を抱きかかえた。
黒くてちっちゃな猫ちゃんはほんのちょっぴり不機嫌そうに鳴いて腕の中で丸くなる。どうやら目立った怪我はないらしい。思わずほっと息を吐いてへなへなと足から力が抜けてしまう。まさか、空から猫が降ってきたとでもいうのだろうか。ありえないはずなのに眼で見た情報はそのありえないを事実と証明してしまっている。
どうしようかと考えていると、おばあちゃんはわたしと猫ちゃんを見て、にっこりと笑ってくれた。
「とりあえずミルクでも買って帰ろうね。れい」
「────うん!」
夕食帰りの思いがけないアクシデントに困惑しながらも、わたしとおばあちゃん、そしてたった今拾ったばかりの猫ちゃんはいっしょに家へと帰っていくのでした。
これは西暦1999年のとあるカケラ。
名探偵と怪盗、そして魔女の入り乱れる物語が流れ星と共に幕を開けた。
竜騎士07先生の考察に感動したのと、キュアエクレール候補から外れた三人が出番的に不遇すぎなので書きました。金田れいはベルンカステル、家入しるくはラムダデルタ、そして来栖エリザのところにはちょうど退屈している観劇の魔女様に出張ってもらおうと思います。