ポチタンのなく頃に   作:悪事

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 原作5話を魔女とそのパートナーの視点から。
 魔女はこのカケラにおけるルールを把握しようとしています。



2/ The Detective's Predicament

 

 

 

 どのようなゲームにもルールというものは存在する。

 

 勝者を決し、敗者を定める絶対なる大原則。

 

 

 奇跡の魔女であるわたしが宣言するのも変な話だけれど、ゲームにおけるルールは絶対だ。破れば敗北、破らせれば勝利条件を無視して相手を敗者にすることも可能なのだから。

 

 ルールを知らないままゲームに挑むなんて自殺行為。そんな無謀な真似をして、無様に散るなんてわたしの矜持が許さない。このゲーム盤がわたしたちに何を求めているのかも定かではない以上、ルールを知ることでゲームの中身を知ることに繋がる。

 

 

 勝手にゲーム盤に放り込まれた現状に思うことはあれど、わたしはそっとベッドの上でまんじゅうみたく丸くなった。猫まんじゅうという概念は果たしてこの時代にあるのかしら……。

 

 そう考え、“前足”と部屋の姿見に映った“猫の姿の自分”を見て、わたしは深い嘆息をにゃ~という鳴き声と一緒に零す。

 

 こうなったのは一カ月前のこと。

 

 ベアトのゲームを終えた私たちはその足で次なるゲーム盤に放り込まれた。

 

 1999年、この“まことみらい市”へ。

 

 誰の差し金かもわからない。けれど、わたしとラムダ、元老院の大魔女を二人揃えてゲーム盤に放り込める格の怪物なんて、カケラ広しといえどそうはいない。少なくとも、あの観劇の魔女“アウアウローラ”のヤツはまず容疑者に挙げられる。

 

 けど、あの偏屈な女がしばらく使った駒をまた使い倒そうとするだろうか?

 

 ベアトのゲームが決着し、一応の退屈は紛れたはず。あと数百年は微睡みにひたると本人が言ったのだ。少なくともあの言葉に嘘も誤魔化しもなかった。魔女の言うことを鵜呑みにする愚かさは言うまでもないが……魔女が退屈に関することで嘘を言うとは考え難い。

 

 しのげた退屈を嘘ということは千年、あるいは永劫を生きる魔女にとってリスクが高すぎる。それは今後、全ての退屈しのぎを嘘にしてしまいかねない偽証。下手を打てば、無限の退屈に封殺される恐れすらある。

 

 アウアウローラのヤツが出てくるまで犯人としては確定させず、容疑者止まりでいいだろう。ラムダはわたしと一緒にゲーム盤に放り込まれたのだから、ついでに除外。

 

 あの子が何処に行ったのかも気にはなるけど、今は放っておきましょう。どうせ、イヤでも会えるだろうし。今はルールの把握を優先すべきね。

 

 ゲームの前提条件も知らないままなんて致命的な状況では動くに動けない。

 

 

 これは雛見沢や六軒島でのルールなどがいい例だ。現代病理学でも考え難い未知の病原体による疑心暗鬼。制限時間超過による爆弾起爆での関係者の全滅。碑文の謎の解読や因習はびこる環境そのもの。

 

 ルールを確定させなくては勝負にもならないわ。

 

 さぁ、どんなルールがあるかしら、と思索にふけろうとしたとき、部屋に踏み入る同居人、いいえ家主がやってくる。

 

「ベルン~、ごはん持ってきたよ~。はい、これ…………でも、本当にキャットフードにキムチをかけちゃって良かったの?」

 

「ええ、ありがとう。れい」

 

 彼女は金田れい、猫になって空から降ってきたわたしを拾った底無しのお人よし。しゃべる猫なんて異様なバケモノを飼い続けるまことみらい学園中等部の生徒会長さま。

 

「ふふ、ベルンが話すのがすっかり当たり前になってきたな~」

 

「あら、わたしの魔法でそこらの猫と会話できるようにしてあげたのだから、慣れてもらわないと困るくらいよ」

 

 カケラ、いいえ可能性を渡る奇跡の魔女からすればささやかすぎる魔法。起こる事象がゼロでない限り、必ず奇跡を成就させるわたし本来の魔法からすれば、児戯にも等しい。それをれいは奇跡のようだと、おおげさに喜んでいる。

 

「うん、ベルンの魔法はやっぱりすごいね!この間も迷子のねこを助けるのに、とっても助かったの。周囲のねこたちから話を聞いて、どのルートで行ったかもすぐわかっちゃったんだから」

 

「そう、それはよかったわ」

 

「そっけないなぁ、猫とお話しできるなんてふつーじゃありえない事で何処にでもいる中学生のわたしからすれば奇跡みたいなものなんだけど……」

 

 その声にわたしは目を細め、れいを睨みつける。

 

“なお、これはあくまで仔猫の姿でやっているので、れいからすると可愛いだけなのだが、ベルンカステルはそれを観測できない”。

 

「わたしの前で軽々しく奇跡を吹聴しないで。いいこと、れい?わたしは元老院に名を連ねる奇跡の魔女ベルンカステル。わたしに出会うことが奇跡、そしてわたしに出会うことが奇跡に見放されることなのよ」

 

「わたしとベルンが出会ったことは奇跡じゃないの?」

 

「ええ、常識的な確率や条件では起こらないからこそ奇跡。あの出会いは奇跡でも何でもないわ」

 

「いいの?奇跡の魔女が奇跡なんてない、とか言っちゃって」

 

「ええ、奇跡など起こらないことを痛いほどに知り尽くしているからこそ、わたしは“奇跡(それ)”を司るのだから」

 

 れいはこの言葉を聞いて、にっこりとお気楽そうな顔でわたしの首元を撫でる。

 

「奇跡じゃないとしたら、あの出会いはきっと必然。ベルンと会えたことは、わたしにとって奇跡より価値あるものだよ」

 

 

 奇跡より上に価値を付けるものがある、それはかつて雛見沢でわたしならざる私、かの女王感染者たる彼女が得た“仲間たち”を想起させた。

 

 わたしのものでない思い出、居心地が悪いような、どこかくすぐったくて言い知れぬ懐かしさが不快でないのは座りが悪くて、思わず益体もないセリフを口にしてしまう。

 

「つくづくおめでたいわね、あなた」

 

「ベルンのおかげだよ」

 

「あら、責任転嫁かしら?」

 

「ひどい言い草、濡れ衣よ」

 

「ふふ、猫の前で濡れ鼠になろうとするなんて大した度胸ね」

 

 くすくすと笑い、わたしを抱いて、れいは階下のリビングに下りていく。リビングには、ずんぐりむっくりとした大きさのブラウン管テレビが付けられていた。

 

 テレビでは、流行りの女優が飼い犬のことで浮かれた様子を晒している。

 

 彼女が抱いている飼い犬、犬種はゴールデンレトリバーだろうか?首元にはピンク色のリボンが巻き付いていて、そこでわたしは“あの子”がどういう状態でゲーム盤に配置されたのかを理解する。

 

「あの子、一体なにしてるのかしら……」

 

「ん?なにか言った、ベルン?」

 

「別に大したことではないわ。それよりれい、いまテレビに映ってる子だけど」

 

「えーと、ああ女優の家入しるくさんね。すごい人気ってクラスメイトが言ってたような」

 

「ふーん、そういう名前の子なのね」

 

「聞いておいて随分、興味なさそうだけど……」

 

「ええ、興味があるのは別のこと。れい、あの家入しるくという子に直接会いたいの。彼女が来そうなところがあれば、わたしを連れて行きなさい」

 

「女優さんと会う!?ムリムリ、だってテレビに映ってる人と直接会うなんて──」

 

「彼女、まことみらい市にいるんでしょう。だったら、会いに行こうとするだけで出会えるはずよ。こんなの、奇跡に頼るまでもないことだわ」

 

「簡単にいうけど~~」

 

 泣き言をいうれいのほっぺに、わたしはプニと肉球を押し当てる。爪を立てなかったのは、せめてもの慈悲だ。

 

「簡単なことよ、魔女からすれば、ね。でも、あのしるくという子が絶対の魔法を与えられていれば、話は変わってくるかもしれないわ」

 

「……絶対、の魔法?ってことは、しるくさんが抱えてるあのゴールデンレトリバーって、前に言ってたベルンのお友達!?」

 

「かもね、まぁ貴方が生徒会長で忙しいのも加味して許してあげる。その代わり、昼間は外に出てくるわ。この街をもっと散策しておきたいしね。もし、何か用があったら、通りすがりの猫にでも伝言をしておきなさい」

 

「……うん、わかった。晩ご飯までには戻って来てね。赤信号のときは道路を渡っちゃダメよ。あと知らない人についていかない、ご飯もできることなら怪しい人からもらわないように──」

 

「はぁ、千年を生きた大魔女にそんなこと言う人間、貴方くらいでしょうね」

 

 れいはリビングの窓を開け、外の庭に出て家の塀にわたしを下ろす。手を振って見送るれいを尻目に塀を伝って街中へと出発する。

 

 まことみらい市の表と裏、変な事件や特異なバケモノがいないかどうか。未だに不明なるゲーム盤の情報を求めて、わたしは調査を開始した。

 

 

 

 

 撮影中の映画のPRを兼ねた番組の撮影を終えて女優、家入しるくはスタジオに連れてきたゴールデンレトリバーの子犬と目線を合わせ、不思議そうに尋ねる。

 

「ねぇ、これで良かったの?今さっきの撮影だけで。もっとこう、お友達のことを広く聞いてみるとか」

 

 心配そうな顔をするしるくの前でごろんと寝ている子犬は怪しげな口調で笑って見せる。

 

「あれで良かったわ。ええ、これであの子もわたしがしるくの傍にいるってわかるでしょ。わたしももちろん探すけど、これで遭遇率も上がったはず。もしわたしが外に出て探している最中でも、しるくに伝言してもらっておけば入り違いにもならないし~。わたしってば、あったまいい~!」

 

「はいはい、それじゃ、ごはんにするよー。これ、おすすめされたドッグフードなんだけど……」

 

「──もうドッグフードは飽きた~!マシュマロ食べたい、ケーキとかクッキーも~!!」

 

「だーめ、きちんと栄養のあるものを食べないと」

 

「だから~、わたしは犬じゃなくて本当はえら~い魔女で~!」

 

「はいはい、ちゃんとドッグフードを食べきったら考えてあげる」

 

 ゴールデンレトリバーの子犬は、しるくの言うことを前に歯噛みしてもそもそと山盛りにされたドッグフードを口にし始めた。

 

 

 

 

 

 

 てくてくと猫の小さな歩幅で街を渡り歩き、ようやくわたしはれいが通うまことみらい学園に到着した。古い造りの校舎、教室にはエアコンではなく扇風機、ホワイトボードではなく黒板。何もかもが古びた印象を受けるが1999年代、このカケラにおいては普通の設備といってもいいだろう。

 

 何かを調べようとする警察や怪しげな不審者は付近に見当たらず。

 

「来ておいてなんだけど、大した収穫にもならないわね」

 

 わたしはれいの前では自分たちの出会いを大したことがないと言ったが少なくとも、れいがゲームの重要人物あるいはその知人である可能性は捨てきれない。

 

 塀から飛び降り、校舎に入ろうとしたとき真下の方でれいと同い年くらいの女の子と大学生くらいの女子がぶつかるのを目にする。

 

 

「……あうっ」

 

「あ、ごめんなさいっ」

 

 れいと同い年くらいの子には異様な気配、いいえ何か違和感のようなものがあった。この場に上手く嚙み合ってない、風景に溶け込もうとしているのに際立って目立ってしまう。致命的なズレに気が付いていない様子。

 

 似た事例を思い出す。1986年の六軒島に囚われた兄を救うため、1998年に魔女のゲームへ参戦した最後の右代宮家の血族、反魂の魔女のことを。

 

“存在としての時間がズレているのね”

 

「いえ、こちらこそボーっとしてて……」

 

“ポチィ~?”

 

 その音、鳴き声にわたしは振り返って、ジッと気配を押し殺して少女たちを観察する。今のは、わたしたちがこのゲーム盤に放り込まれたとき、聞いた謎の鳴き声。

 

 獲物の隙を狙う肉食獣の視線が光る。小さな姿を取った大魔女は小さな探偵たちをその頭上から睥睨した。

 

「ん?……“ぽち”?」

 

「あ、えっとその……わたしも、こんな写真“ぽ、ぽちぃ”……欲しいなぁ、なんて」

 

 

“無様なこと──”

 

 あまりのうろたえ様に心のうちで失笑を漏らす。まったく誤魔化すにしても下手すぎる。嘘を騙れないのが見え見えだ。それに今の鳴き声、あの子が付けているマスコット風のポーチから聞こえ、いや、ポーチの目線が動いている。

 

 単なるモノではないらしい。

 

“あれは精霊、いえ妖精?かしら……召喚術に疎いのが悔やまれるわね”

 

 

「ありがとうございます。これ、妹と一緒に撮ったものなんですよ」

 

「とっても仲良さそうですね」

 

「はい、ケイコはこの学校の高等部の二年生で、交換留学でロンドンに言ってるはずなんですけど……」

 

 曇った顔で写真を見つめた女子大生の子に少女が心配そうな声をかける。

 

「どうか、されたんですか?」

 

「……最近、おかしなことがあって。街でケイコを見たってよく言われるんです。」

 

「ロンドンから帰ってきたけど家に帰らない、とかですか?」

 

「いいえ、帰国したとは家族も、私も聞いていなくて」

 

「う~ん、ロンドンにいるのに街で見たって噂が……?似た人を見たとかでは」

 

「わたしもそう思っていました。けど、見たんです。今朝、大学に行く途中、駅前で──」

 

 彼女の慄きから、虚偽の気配は無い。本当の驚愕、そして理解の及ばない状況に対する戦慄が言葉から見え隠れしていた。

 

「わたし、びっくりしちゃって、それで思わず追いかけたら、まことみらい学園(ここ)に来てたんです。……学校にあらためて問い合わせてもケイコはいないって言うし、ロンドンに電話をしてみたんですが繋がらなくて……」

 

 心から妹を案じる姉の姿を見て、少女は目に決意の光を灯した。

 

「わたしに任せてもらえませんか?」

 

「え……」

 

 少女は小さな光を手元に灯し、力ある言霊を唱える。それは現実より少し外れた現象。魔女をして、目を見張る異様な光景。

 

“オープン!────プリキット・ブック!”

 

 手のひらにあった光は瞬く間に一冊の分厚い本へと形状を変えた。頭上の猫は、その非現実的な有り様を見て瞳孔を怜悧に細める。

 

「わたし、キュアット探偵事務所の“明智あんな”です──!」

 

「あ……北村、真理子です」

 

 当然なるかな、対面の女子大生の子は非現実的な光景を呑み込めなくて、大きく目を見開いてオウム返しに名乗ることしかできずにいる。

 

「真理子さん、名探偵に任せて。この事件、はなまる解決してみせます!」

 

「……じゃあ、お願いしてみようかな?」

 

 すごい勢いで自信満々に名探偵を自称する明智あんなに圧倒された真理子という大学生は、苦笑気味であったもののこころよく事件の解決を依頼した。

 

「写真お借りしてもいいですか?」

 

「ええ、持っててくださいな」

 

「ありがとうございます!……あ、雨降りそうなので傘、使ってください」

 

 差し出された傘と写真をトレードし、探偵と依頼人は分かれていく。遠ざかって見えなくなってから、あんなは少し困った様子で弱音を口にする。

 

「困ってる真理子さんが放っておけなくて、思わず依頼、引き受けちゃった」

 

「ポチィ~~」

 

 その鳴き声にどんな意味があるのかは不明だが、あんなは相槌を打つように話し出す。

 

 

「……みくるにも言っておかないとね」

 

 意識が散漫になった瞬間を見逃さず、透き通った冷ややかな声はあることを名探偵の少女へと質問する。

 

「ねぇ、そこの貴女。何年、何月生まれ?」

 

「へっ?えっと2013年の1月……って、誰の声だろ?」

 

 あんなが辺りを見回し、左右前後、最後に空を見上げると、学校の塀に香箱座りをする黒い仔猫を見つける。

 

「あっ、猫ちゃん……じゃないか、さすがに猫が喋るなんて」

 

 もう一度、周囲を見渡そうとした少女へ猫の姿をとった大魔女は揶揄うような言葉遣いでちょっかいをかけた。

 

「ええ、ポーチが“ポチ”と喋るよりは有り得そうね」

 

「…………あれ?」

 

「貴方、見たところ大体、中学生よね。せいぜいが一年か、二年か。だとすると貴方は2027年くらいから、この1999年に訪れたことになる」

 

「え、ぇえええ~!ねこちゃんがしゃべったー!?」

 

 如何にもびっくりした、というリアクションにベルンカステルは耳を畳んで、口元をきゅっと引き結ぶ。愕然とした名探偵を名乗る少女との接触、このまま知ってることを洗いざらい聞き出すのも手だが、“名探偵”、“キュアット探偵事務所”、“明智あんな”、“未来から来たという事実”。

 

 思いがけず多くの情報を得た。今はこれで満足し、必要とあれば彼女の探偵事務所に行くのも手だろう、と接触の見切りをつける。

 

 今日はここまで。

 

「また、会いましょう。明智あんな──」

 

 

 颯爽と黒猫は塀を下りて学校の中へ入ってしまった。あんなは反射的に猫を追いかけようとして、すぐ冷や水を浴びたように冷静になる。

 

 此処は自分にとって余所の学校で、勝手に入れば騒ぎになってしまう。みくるの、自分が立ち入ってはいけない日常へ立ち入ることへの本能的な忌避が働く。

 

 あんなは改めて意識を切り替える。

 

 しゃべる猫のことは気になるが、今は真理子さんからの依頼を優先すべき。それにみくるへの連絡も……放課後まで待たなくちゃいけないと理性はブレーキをかけた。

 

「みくるの邪魔しちゃ……わるいもんね……」

 

 

 

 

 

 ベルンカステルは学内、それも中等部のエリアに当たりを付け、散策を開始する。先ほどの明智あんなという少女に関係するであろう人物を探るために。

 

 手当たりがないゆえ、散策というか放浪めいた無軌道さで校内を闊歩していると、あちらこちらの生徒が小さな黒猫を見て、手を振ったり、うっとりとした目つきになったり、積極的には関わらないものの、各々がベルンを目撃していた。

 

 直接、触れてこないだけマシでしょうね。

 

 

 さぁ、誰か呑気に明智あんなのことを話していれば、目的は果たせるのだけど。いよいよ、退屈の方が探索のモチベーションに負けてきた。

 

 

 れいが学校から帰って来るまで、家で寝ていようかと思い始めた時──。

 

 

 ちょうど、そのれいがわたしの前を通り過ぎた。

 

 

 この奇跡の魔女が、“帰ろうという決意”をした瞬間を狙いすましたかのような登場。偶然か、それとも……。金田れいという少女は、やはり何かを持ち合わせている。奇跡を呼び込む運?数奇な星の巡り合わせ?あるいは魔女としての素質?

 

 

 何かは分からない、だからその本質を見極めようとして、わたしはれいの後を追いかける。気づかれないように足音を殺し、ひっそりと。

 

 

 やがて、れいはある三人組の同級生たちを見つけると立ち止まった。

 

「すみません、“みくるさん”。少しいいですか?」

 

 

 一人の少女が振り向く。

 

「へっ、生徒会長……?」

 

 戸惑いの声を余所に、金田れいは謹厳とした面持ちで要件を簡潔に伝える。

 

「理事長がお呼びです。この後理事長室に──」

 

「あ、猫ちゃんだ」

 

 あんなの友人の一人がぽつり、と生徒会長の背後を指差す。猫、という単語を聞き、れいは俊敏に振り返るとそこには最近、拾ったばかりの飼い猫にして魔女を名乗る不思議な存在、ベルンカステルが日常の中へ降り立っていた。

 

「ベルン!?なんで、此処に……」

 

 

 れいの問いにわたしは口をつぐむ。

 

 いま喋って余人に注目されるのも不味い。だから“にゃ~”と鳴いてこの場を濁す。それだけで、あとは外野が勝手に自分たちの想像で話の流れを補完してくれる。

 

「もしかして、会長の猫ちゃんですか?」

 

「え、えぇ。でも、まさか学校に来ちゃうなんて……」

 

 れいはすぐ駆け寄り、わたしを抱き上げる。そのまま声を潜めて、非難とも文句ともいえぬくらいの弱い語気でわたしを咎めた。

 

「……もう、どうして学校まで来ちゃったの?」

 

「少し、興味があったのよ。あなたが通う学校にね。それにしても随分と勤勉なことね、生徒会長?」

 

「はぁ、いたずらもほどほどにして……」

 

「あの~?それで、わたしは、どうして理事長に呼ばれたんでしょ~」

 

 おずおずとれいが話しかけた少女が頬をかいて首を傾げる。理事長に呼ばれるような行動をした覚えがないようだ。

 

「あ、ごめんなさい。みくるさん。詳しいことはわたしも聞いてなくて。ただ、なにかお願いしたいことがあるそうよ」

 

「──分かりました、行ってきます!」

 

 

 ぱたぱたとみくるが走り去ると、彼女の友人たちもれいに一礼してこの場を後にする。誰もいなくなったところで、ようやくわたしはれいへ話しかけた。

 

「それにしても、あの子。なにか問題でも起こしたの?たとえば、校内に危険極まりないトラップを仕掛けたとか?」

 

「もう、そんなわけないでしょ。みくるさんは真面目で明るい良い子なんだから。呼び出しも、おばあちゃんが頼みたいことがあるっていうだけ。別に叱るとかじゃないよ」

 

 れいはわたしを抱えて、その足で図書室へ。生徒会長が猫を抱えたまま校内を闊歩するのは風紀的にまずいという判断のようだ。図書室にこもり、生徒の数が減ってから帰ることにしたらしい。放課後まで彼女の読み聞かせの練習に付き合いながら、わたしは先ほど耳にした情報について探りを入れた。

 

「ねぇ、れい。“キュアット探偵事務所”って知ってるかしら?」

 

「え、きゅ……探偵事務所?…………そういえば、おばあちゃんが言ってたな。寮を出て、探偵事務所に住むことになった子がいるって。ほら、さっきわたしと話してた“小林みくるさん”よ」

 

 それを聞き、わたしは明智あんなと小林みくるの存在がこのゲーム盤の肝であることを確信する。おそらく、このカケラにおいて、あの二人は大きなカギを握る存在に違いない。もっとも、ゲームマスターとまではいかないだろう。せいぜいが駒の一つ。

 

 此処からゲームを展開させていくべきだ。

 

 あの二人の活動に、れいを噛み合わせる事が出来ればゲーム盤において大きな影響を与えることが叶う。そう、わたしの魔女としての感覚が告げていた。

 

「探偵、ねぇ?……そう。ふふ、これから面白いことになりそうね」

 

「いたずらばかりしちゃダメだよ、ベルン」

 

 

 

 雑談に花を咲かせるうちに放課後となり、れいと一緒に帰り支度を始める。とはいえ、猫の手で手伝いも何もあったものではないが。

 

「ほら、はやくしないと置いていくわよ」

 

「うん、帰りに魚屋さんに寄っていこうね」

 

「魚よりも、香辛料のたっぷり効いた梅干しが欲しいのだけれど……」

 

「ベルンたら、そんなの身体に悪いじゃない」

 

 

 廊下を渡り、まことみらい学園の構造をよくよく確かめていると、突如として外から自然発生とは思えないほどの強い光が窓から飛び込んでくる。

 

「わっ、いったいなにっ!?」

 

「外でなにかが起こっている……。見たまま、いいえ眩しいから見なくても分かりなさい。これは間違いなく平々凡々な常識の埒外にある出来事よ」

 

「わたしたちの学校でそんなことを起こさないで欲しいんだけど──」

 

「その文句は、この現象を引き起こした犯人に言うべきね。……光が弱まってきた。れい、窓から外を見せて頂戴」

 

「う、うん」

 

 

 れいと窓の外の景色を眺めてみると、曇天の下で膝を付いて深刻そうな顔をしている二人の随分と愛らしい衣装をした二人の姿に真っ先に目に留まる。ピンク、紫という制服にしては有り得ない色彩だったが、れいを揶揄うために敢えて質問。

 

「あれは何年生の制服?」

 

「うちの制服にあーゆードレスみたいなものはありません!ってあれ?」

 

「なにか、気づいた?」

 

「うん、あの二人組の一人って、もしかして……みくるさん、かも」

 

 れいの言う事は正鵠を射ていた。あのピンク色の衣装の娘はついさっきれいが話しかけていた小林みくるという子で、もう一人の紫の衣装に身を包むのは名探偵を名乗っていた少女、明智あんなだ。

 

 あの如何にも超常現象に関わっていそうな服装も気になるが、れいはそれ以上にある変化に驚愕し口元を抑えて、どうにか困惑の言葉を紡ぎ出した。

 

「そんな、番いのツバメ像が……無くなってる」

 

「その像は……金属製なのよね」

 

「え、うん、台座と同じ銅素材で出来ているはずだけど……あんな大きなオブジェを一体、誰が動かしたの──?」

 

「……その銅のツバメって、ひょっとして空を飛んだりするのかしら?」

 

「ベルン、こんなときに悪い冗談は…………ホントに、飛んでる」

 

 わたしの言う事に呆れた声を漏らしたれいは、天を見上げてそれが冗談は済まなかったのを自分の目で確認してしまった。

 

 頭上には庭のツバメというには大きすぎる謎の生物、いやさ怪物が黒のコスチュームを着た何者かを乗せて空を飛び去っていく。物理法則、常識からこれほど逸した光景はそうそうお目に掛かれない。

 

「え、えぇ!?なんで、銅像が空を飛んでるの?どうして、なんで?!」

 

 眼鏡越しの非現実的、ファンタジーな光景を信じられず慌てている少女へ魔女の冷静な言葉が突き刺さる。

 

「飛んでいるものはしょうがないでしょう。それよりも今はあの子たちに話を聞くべきよ」

 

 

 眼下の二人は、よろけた体を引きずるように緩慢な動きで走り、光の発生源に向かっていった。

 

「「──ポチタンっ!!」」

 

 

 あの“ポチ”とかなく生き物、ポチタンというのね。なんというか、締め切りに困った作家が三秒で考えたようなネーミングに頭痛を覚える。その頭痛を呼び水にしたように、ちょうどポツリ、ぽつりと雫が落ち、ほどなくして雨が盛大に降り始めた。

 

 

 強い雨脚を前に、れいの唖然としていた思考が再稼働する。

 

「と、とと、とりあえず警察に盗難の届け出……いいえ、それよりもあの二人に詳しい話を──」

 

「話を聞くには遅かったようね。あの胡乱な格好をした二人組。この雨の中、傘もささず一目散に何処かに行ってしまって影も形もないわ。雨に濡れるのもおかまいなしな脱兎の勢い。どうする、あの二兎を追いかけてみる?」

 

「オチは一兎も得ずでしょ、知ってるんだから……うぅ、おばあちゃんになんて説明したら……」

 

「嘘を言っても仕方ないのだから、本当のことを言っていたら?ツバメの銅像は誰かを乗せて空高くに羽ばたいてしまいましたとさ、なんてね」

 

「そんなこと言ったら、絶対に嘘ついてるって思われちゃうよっ」

 

「どうかしら、奇跡的に信じてもらえるかもしれないわよ。まぁ、こんな与太話を証拠もなしに信じようとしたら、それこそ“噓でしょ”と言いたくなるけど」

 

「あぁ、嘘じゃないのに……」

 

「なら、嘘と思われないように本当らしい言い訳を考えておきなさいな」

 

 

 れいが項垂れてがっくりと肩を落としている最中、ベルンカステルだけが気づくことのできた異質な気配。見知った、千年来の同胞の気配を感じて、奇跡の魔女はうっそりと哂った。

 

「アンタもそろそろ本格的に動き出すのね、絶対の魔女“ラムダデルタ”」

 

 

 

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