魔女側の第一手。手加減はありません。気を抜けば、その一手は命に届きます。
一人の観客もいないガラガラの客席。演者不在の舞台。無音を奏でる死に絶えた音響設備。現実にあるわけではなく、それでいて実在しないわけでもない嘘のような空間。
ひどく空虚な劇場である。
オペラハウスのように格調高く、美術館めいた静謐、裁判所ほどの厳粛性。
余人の立ち入りを拒む廃墟と見紛うほどの退廃の香り。まさしく怪盗が潜み悪事を目論むアジトに相応しい場所。
そこは近頃、まことみらい市を騒がせる怪盗団ファントムの拠点であった。
ファントムたちが一堂に会する劇場、構成員たちそれぞれにスポットライトが当たる。演者のように照らし出された一人、舞台中央にある漆黒の玉座へ座した男は苛立ちを露わにしていた。
「──ニジーはなぜ戻らない?」
白と黒の
和装の怪盗、ゴウエモンはウソノワールへ同意する形で疑問を浮かべる。
「せっかくマコトジュエルを二つも手にいれたのになぁ」
ギャル風のファッションをした少女怪盗アゲセーヌも同胞であるニジーの行動を軽い口調ながらも非難する。
「チョー、ありえないんだけど☆」
「…………」
そして、我関せずと言外に主張するようにオトモ妖精マシュタンを膝に乗せ、呆然と怪盗たちの議論を観察する少女、森亜るるか。
その無気力な様子に目を付けたのか、ウソノワールは森亜るるか、いや彼女のもう一つの名前で命令を下す。
「キュアアルカナシャドウ、ニジーを連れ戻せ!」
「────」
呆れかえって無言のままのるるかに代わり、マシュタンが怪盗団として“ライライサー”と応じようとした瞬間──。
劇場を照らしていたスポットライトの明かりが一斉に落ちる。アジトが暗闇に満ち、深い暗黒の空間でクスクス、けたけたと不気味な嗤い声が響き渡った。
アハハハ、アッハハハハハハ。幼い童女の笑い声。嘲り、馬鹿にし、虚仮とする意図が含まれた邪悪な音色。
暗闇の中、ウソノワールたちファントムのメンバーは立ち上がり、辺りに注意を払う。この空間はウソノワールたち怪盗団ファントムが作り出したフィールド。オトモ妖精どころか、プリキュアですら強制的な侵入のできぬ隔絶された空間のはず。
そこに踏み入ることのできる存在とは、一体なんなのか。
ウソノワールは姿を見せぬ侵入者へ怒声を放つ。
「おのれ、我がアジトへ無断で踏み込むとは……何者だっ!」
照明が瞬間的に点灯、先ほどまでがらがらだった無人の観客席はこの一瞬で満席となっていた。
客席は黒一色で染め上げられている。
その黒の正体は“異形の怪物たち”。漆黒の紳士服、黒の毛皮と異形の山羊頭。黒山羊の頭をした怪物たちが観客席を埋め尽くす。
悪夢の光景を目の当たりにして、さしもの怪盗たちも驚愕の余り絶句する。
ただ一人、怒りに震えるウソノワールを除いて──。
「侵入者たちよ、その目的は知らぬ。興味もない──ただ、無意味に消えるがいい」
現実と空間を歪め、ウソノワールは自身が持つ“嘘”の力を以て、黒山羊たちの存在を書き換えようと手のひらを広げる。彼の動作に合わせ、空間に走る亀裂。離れた場所に立つアゲセーヌたちが一様に狼狽え始める。
「これ、マジヤバだって!?」
「あいや、ご辛抱を!ウソノワール様!!」
眼前で繰り広げられる不可思議な展開。
先ほどの呆然としていた胡乱な態度と正反対に、アルカナシャドウこと森亜るるかは鋭い視線で今後の流れを見極めようとしている。
ウソノワールが力を行使しようとした時、黒山羊たちが破裂してそこからポップコーンがはじけ飛んだ。香ばしいバターの匂いで劇場が満たされる。客席は一瞬でポップコーンの海に変わり、その中心に小さなピンク色の人影が出現していた。
「アハハハッ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。まったく冗談が通じないんだから~。ダメよ、怪盗っていうなら歪んだユーモアと悪趣味な美学を認める度量がないとね?」
けらけらと今度は純粋な笑い声をあげ、ピンク色のナイトキャップに光り輝く金髪を収めた少女は軽妙に語り掛ける。親し気な口調、愛らしい挙動。だというのに感じ取れる雰囲気は何処までも異様、異質。姿はごく普通の少女に関わらず、発する雰囲気の剣呑さと悍ましさは筆舌に尽くしがたい。
奏でられる声は小鳥の囀りのように可憐で、少女の方から甘い、あまいキャンディの香りが漂う。ピンクを主としたドレスの随所に飾られるリボンと腰に縫い付けられたかぼちゃのワンポイントアクセサリー。服装だけを見れば可愛らしいのに放つ気配は尋常のものではない。
ウソノワールは突如として現れた少女を警戒しながら、手元に握られた未来を予知する
困惑するウソノワールは内心を隠しながら、侵入者である少女を睨みつける。
「名乗るがいい、侵入者よ」
ウソノワールへ向けて行われるカーテシーの所作。
一方的な挨拶を終え、少女はようやく名乗りを上げる。
「はじめまして怪盗団ファントムの皆さん、わたしは元老院の大魔女ラムダデルタ。これから仲良く、そして睦まじく、憎んで嫌ってもらって構わないわよ。くす、くすくすくすくす──」
「……元老院?」
「なんだぁ、ロンドンからの回し者かぁ?」
頭上でハテナを浮かべるゴウエモンへラムダデルタは呆れた態度で半目になる。
「……アンタねぇ、ロンドンにあるのは貴族院でしょ?」
「うーむ、つまりお前さん実は貴族だったり?」
「違うわ、さっきわたしは魔女だって言ったばっかりでしょ」
「おっと、そりゃすまん。……お前さんが魔女ってのは分かったけど、じゃあ元老院ってのはなんなんだよ?」
特に悪意も、衒いもなくゴウエモンはフラットな面持ちで自然とラムダデルタと名乗る少女に質問を投げた。隠す意思もないのか、ラムダデルタはあっけらかんと自分語りに花を咲かせる。
「いい?よく聞きなさい。元老院は魔女たちの集会、あらゆるゲームや儀式、誕生や喪失を司る一大組織。わたしはその元老院の中でも特に有力な存在として列席を許された大魔女の一人なのよ!」
「おぉ、なんだかよく分からんがそりゃすげぇ!」
ゴウエモンはラムダが胸を張ったところで惜しみない拍手を送る。
「ふふーん、分かったかしら。わたしはとってもすごいの!」
ゴウエモンの反応にご機嫌となったラムダを射殺すほどの目つきで睨みつけるウソノワール。その視線には怒りのみならず猜疑、疑念、不審、不安が混濁としている。
「その大魔女が我々に何の用だという?」
「ふふ、そう邪険にしないでよ。今日はちょっとした挨拶と提案をしに来ただけなんだから」
「そんなこと言われたって、マジ信じられないんですけど~」
アゲセーヌの茶々にラムダは頬を膨らませる。
「なによ、も~。いきなり殺しにかかんなかっただけマシじゃない~」
ゾッと、怪盗団の一同は絶対零度まで冷え込んだ感覚に晒された。
ごく自然な、それでいて冗談ではすまない“絶対の意思”で語られる殺意。各々の目つきが変わる。ゴウエモン、アゲセーヌは視線に緊張を宿し、るるかはマシュタンを背に庇い杖の形を模したペンダントを構える。
そして、舞台上のウソノワールは宣戦布告ともいうべき発言に敵意を漲らせ──。
「なぁに、血みどろグッチャグッチャな殺し合いがお望み?」
ラムダデルタが無感情に目を見開き、口元だけが歪に弧を描く。笑顔と無表情の入り混じった形容しがたい様相を目撃した一同は自分たちの想定が甘かったことを知る。
この少女の形をしたバケモノは、プリキュアたちよりも手ごわく、ハンニンダーより恐ろしい。“魔女”、その響きが持つ不吉と不穏の意味を言葉ではなく体感として理解した。
観客席を埋め尽くすポップコーンが“内側に向かって潰れていく”。自重、己の質量に敗北し、内に向かってぐちゃりと圧縮された。
数えるのもバカらしいほどあったポップコーンが次々とブラックホールへ変じ始める。全てを飲み込み押し潰す超重力。宇宙空間においての超危険領域。
常識を超えた魔女の魔法を前に怪盗団の全員が決死の覚悟を決めたタイミング──。
ラムダデルタが一度、軽く柏手を打っただけでブラックホール群は霧散した。
「なーんてね、言ったでしょ?冗談だって。まぁ、
ごくり、と誰かが息を呑む。これ以上ないほど緊迫した中、黙りこくった怪盗団へ一方的にラムダデルタは宣言する。
「マコトジュエルって言ったかしら。その争奪戦、わたしが協力してあげる」
「なんだと──?」
「言葉通りよ、アンタたちはマコトジュエルってのが欲しいんでしょ?どんなものか、わたしも気になってるし、ちょっと調べてみたくなったのよ」
ラムダデルタの楽しそうな声に、アゲセーヌたちはどんよりとした弱音を漏らす。
「うぇ、探偵だけじゃなくって魔女までライバルになるとか、チョベリバ過ぎるんですけど~」
「こいつぁ、マズいことになりそうじゃあねぇか……」
「あ、別にアンタらの競争相手になる気はないわよ?調べ終わって飽きたら、アンタたちにあげてもいいわ」
「マジで!?」
「いいのか!」
「そんなっ」
「──っつ!」
アゲセーヌ、ゴウエモンのみならずマシュタン、るるかも愕然とする。ラムダデルタの爆弾発言。メンバーたちが冷静さを取り戻すのを待って、ウソノワールは悔し気に唸りながら拳を握る。
「……だから、“協力”ということか」
「ええ、わたしはあくまで第三者。協力するけど協調しない。失敗しても損はなくて、成功すれば万々歳。どう、悪くない提案でしょ?」
「手にしたマコトジュエルを貴様が渡す、それを信じろと?」
「疑い深いわねぇ、だったら確実な言葉にしてあげるわよ」
「──なんだ、これから契約書でも交わそうというのか?」
「くすくすくすくす、魔女にはね。そんなまどろっこしい真似をしなくても“絶対の真実”を作り出すことが許されているのよ」
コホン、と咳払いを一つして、ラムダデルタは“絶対なる赤”で宣言した。
「わたしは手に入れたマコトジュエルを最終的に怪盗団へ譲渡する」
ラムダデルタの宣言が空間に赤い文字として記される。
魔女が為した不可思議な光景、虚空に記述された魔女の血のように赤い言の葉。
驚く怪盗団の者たちへラムダは鼻高々と赤字が示す意味を説明する。
「これは魔女が語る赤き真実。赤で語られる言葉は全て真実、偽証不可!。魔女はこの赤で嘘を吐くことはできない。絶対の魔女であるわたしが、この赤を絶対の真実として断言してあげるわぁ」
空間にはラムダが語った赤い発言が滞空している。その文言を穴が空くほど、親の仇ほどに観察し、ウソノワールが強く握っていた拳をほどいた。
「……この発言が真実だとして、“最終的”では困る。マコトジュエルは“一九九九年、七の月”までに手に入らなければ意味がない!」
「ふ~ん、わたしも少しくらい調べる時間が欲しいんだけど、仕方ないわね。手に入れたマコトジュエルは1999年の七月までに渡してあげる。どう、これでいい?」
ふふん、と得意げに微笑むラムダにウソノワールは平坦な声で応じる。
「いいだろう、マコトジュエルを手に入れる手段が多いに越したことはない。しかし我々の邪魔になるようなことがあれば……」
「わかったわかった。これで晴れて契約成立ね。あ、でもアンタたちがマコトジュエルをゲットしたときはわたしに調べさせてよねー!」
ふんっと舞台上の椅子に腰かけ、腹立たし気に頷いた仮面の男を見て、ラムダはうっそりと笑み綻ぶ。ラムダとウソノワールが一時的でも協力すると分かって、頭上にいたゴウエモンは安堵の息を吐きながら、ふと先ほどの発言に出た内容を反芻する。
「そういや、さっき“絶対の魔女”って言ってたな……あれってどういう意味なんだ?」
「ん?言葉通りよ、別に変な意味はないわ。わたしは“絶対”を司るから絶対の魔女なの。わたしの力はね、“一人を絶対に殺しきる”。逃亡も、逆襲も、死んだふりも、隠れることも、命乞いも、ぜんぶぜーんぶ私の前では無意味なわけ。あとは、“あらゆる事象に対し絶対を保証する”事とかかなー」
「ふむ?……ん~と、つまりどういう力なんだ?」
訝しむようなゴウエモンの問いにラムダデルタの発する気配が僅かに変質する。無邪気な残酷さを振るう幼い魔女としての在り方が剥がれ、幾つもの諦念を絶対の意思で乗り越えた老獪さの地金が顕わになる。
「……わたしの魔法は絶対の意思を具現化する力。決意を実現し、努力を“絶対”に叶える魔法。分かる?絶対の意思こそあらゆる願望を叶える魔力の源泉なのよ」
ラムダデルタはゴウエモンの方を見ず、どこか陶然と此処ではない別の世界を見やるような声で絶対の魔法について解釈を語る。不思議とその時だけ、少女然としたラムダデルタの眼差しは、千年もの歳月を耐え抜いた魔女に相応しい老成の気配を漂わせていた。
るるかはウソノワールと対等に渡り合う自分よりも幼い外見をした魔女を真剣に観察、もっと正確に言うならば彼女の瞳を注視していた。
魔女を名乗る彼女の瞳の中に星の如き光は欠片と見えない。あるのは底無しの邪悪のみ。ウソノワールよりも冷酷で無邪気、無垢にして非道。そこだけを切り取れば彼女こそ預言の大王なのだろうが、預言の詩に当てはまる特徴をラムダデルタは持っていない。
“彼女は……一九九九年に現れる大王ではない。だとすると、やっぱり預言が指し示す大王の正体は……”
自分の推理が外れていることを最後の瞬間まで願いながら、それでも自分が導き出した答えが外れない事を聡明な頭脳で理解し、探偵にして怪盗であるアルカナシャドウ、森亜るるかはウソノワールに命じられていたニジーの連れ戻しのために劇場を後にした。
のだが、予想外なことにるるかを追いかける様にラムダデルタもアジトを離れてしまっていた。マコトジュエルに興味があるため現在二つも所持しているニジーに接触するのは容易に想像できたのだが……考え得る限り、これは最悪の展開だ。
怪盗団ファントムにマコトジュエルをなるべく渡したくないるるかにとって、怪盗団よりも悪辣で、首領ウソノワールに匹敵する魔女の出現は何処までも不利な要素に働く。
今は無関心を装っているが、るるかは後輩であるキュアット探偵事務所の二人の身を案じた。キュアアンサーとキュアミスティックはまだまだ経験不足と言わざるを得ない。
後輩たちがもっと難事件や複雑怪奇な依頼を熟し、怪盗団ファントムに勝るほどの名探偵に成長することを内心では願っていた。けれど、その成長を待つ時間はもうない。大王の出現、
更に預言を後押しするような魔女の出現。
るるかは、せめてもの抵抗としてウソノワールにマコトジュエルが渡る数を最小限に留めようと決意を固める。キャンディの香りを纏った魔女の追跡を振り切れず、結局ラムダデルタを連れてマシュタンの占いで出たニジーの潜伏先へ着いてしまう。
「──わたしの占いに出ていた通り。こんなところにいたのね、ニジー?」
突然、現れたマシュタン含める三人。当初、ニジーは無視をしようとしたが見慣れない三人目の存在ゆえ振り向いてニヒルな笑顔を浮かべる。
「やぁ、アルカナシャドウ、それにマシュタン。よろしければ、そちらの見慣れない少女を紹介してもらってもいいかな?……生憎とイレギュラーを抱えたまま、呑気にしていられる立場ではなくてね」
「……彼女はアジトに突然現れた魔女の“ラムダデルタ”。ウソノワールへ脅迫交じりの交渉をして、マコトジュエルの調査にきた」
「──ちょっと~、わたしはきちんと協力関係を結んだつもりなんだけど~。脅迫って人聞きが悪くない?」
「貴女、魔女でしょ?」
「人間扱いしてほしかったら魔女をやめて更生することね」
「ぶ~」
るるかとマシュタンの連携に言い負かされ、空中を浮遊しながら体育座りをするラムダにニジーは鋭い視線を送る。るるかたちの言ったことを鵜呑みにするわけでもないが敬愛するウソノワール様を脅迫したという内容。それができるだけの実力、能力を持ち合わせ、今は怪盗団と協力路線にある。
どう対応したものかと悩んでいると、るるかは不愛想にニジーに訊ねる。
「どうして戻ってこないわけ?」
答えが返って来ず、るるかは首を傾げて天然気味に一言。
「迷子になった?」
「んなわけないだろっ!?」
コミカルな地団太まで踏んでニジーが沈黙を破ると、そこにすかさずマシュタンが探りを入れる。
「じゃあ、どうして?」
「ふん……より美しい結末を求める自分がいるのさ、本当に僕は欲深い怪盗だよ」
「何する気?」
るるかのそっけない質問に、ニジーは声を意識して低く下げ、重々しい口調で断言する。迷いも、不安も、疑念も、すべて断ち切る重い覚悟と共に。
「──プリキュアを倒す」
その言葉を合図として二羽のツバメをした怪異の具現、嘘によって編まれた幻想たるハンニンダーがニジーの頭上に滞空する。
「ウソノワール様にそう言った手前ね、僕には後がない。華麗に決めてみせる!」
「ねぇ、あなた。ニジーだっけ?」
「……なんだい、魔女のベイビー……いや、ミス・ラムダデルタ?」
「ちゃんと名前呼んで命拾いしたわね、ベイビー呼びを続けてたら、アンタをマシュマロで押しつぶしてたから」
「怖いな!このお嬢さん!」
「話がずれちゃったなー。そうだ、さっき言ってた怪盗団の敵、プリキュアっていうの?」
「そうだよ、にっくきプリキュア。ウソノワール様の壮大な野望を邪魔する名探偵たち!」
「名探偵、ねぇ」
「なんだい、名探偵に何か思い入れでもあるのかな──?」
「いいえ、べっつに~」
ニジーの覚悟に満ちたセリフを聞き流し、ラムダデルタは空を舞う二羽のツバメの怪物を無表情に観察していた。絶対の魔女はこの時点でマコトジュエルの力の全容を把握する。
嘘と偽りを現実、真実へと転換、引っ繰り返す能力。
絶対の魔女をして凄まじいと舌を巻く力だが、それだけで絶対の魔女と奇跡の魔女を強制的にカケラに召喚することが可能だろうか。
まだ、何か見落としているモノがあるのでは……?
ラムダは無言でナイトキャップを目深に被り直し、ニジーとるるかたちの後についていく。マコトジュエルの真価だけでなく怪盗団が目の敵とする探偵、“プリキュア”なる者たちを自分の目で直接、観察するためにも。
かくして浜辺での決戦の火蓋は切られた。とはいえ、探偵たちと面識のないラムダは、直前で訝し気な視線を受けはしたが、にこりと笑ってプリキュアという二人の少女たちへ愛想よく微笑みを向ける。
「あの子、はじめて見る……」
「新しい怪盗団のメンバー?」
「やっほー、どっちもがんばりなさい~」
手を振るラムダに少し注意が向けられていたが二人の探偵、あんなとみくるは鋭い敵意、そして強いライバル意識を向けられてニジーの方を見るしかなくなった。
「余所見はしないでもらおうか、ベイビーたち!──今回の勝負はあくまで僕個人のステージだ。誰であろうと邪魔や干渉はさせない」
「甘いわね」
マシュタンの軽口を聞き流し、ニジーはご高説を続ける。
「……言っておくが、君たちへの配慮や慈悲は微塵もない。これは此処まで怪盗団の邪魔をしてきた君たち名探偵を完全に打ち負かし、僕らがマコトジュエルを真に盗みおおせるために必要な一幕。怪盗としての矜持と美学に賭けて、僕は勝利をウソノワール様へ捧げる!」
「どんな理由があっても、わたしたちは怪盗団の企みを止めてみせる!」
「学園の像を返してもらうよ!」
強い覚悟、不退転の意思。あんなとみくるはニジーの眼差しを受け止めて、時計のペンダント、ジュエルキュアウォッチをその手に構えた。
「「オープン、ジュエルキュアウォッチ!」」
二人の少女が起こした変身の光景は、元老院の大魔女ラムダデルタの平静を奪い、驚愕させるものだった。魔女は愕然とした状態で二人の変身を見届け、空いた口からポップコーンを零した。
それを知らぬ名探偵たちは装い新たに浜辺へと降り立つ。
「──どんな謎でもはなまる解決!名探偵キュアアンサー!」
「重ねた推理で笑顔にジャンプ!名探偵キュアミスティック!」
互いを支え、並び立つように歩みを進め、奇跡の二人は自分たちが何者かを高らかに宣言する。
その名は──。
「「名探偵プリキュア!!」」
唖然としながらも、世界の悲劇や不条理を癒すような幻想描写を目の当たりにして、ラムダはこのゲーム盤が自分たちのような残虐非道の魔女向きでないということを痛感した。
「わたしの答え、見せてあげる!」
キュアアンサーの宣言を聞き、ラムダは困った様子で頭を抱えた。
「参ったなぁ。このゲーム盤、徹底して私やベルンに不向きな要素で構築されてるじゃない」
「……なんの話?」
「魔女と魔女の話、今は気にしなくていいわ」
るるかをぞんざいに扱い、ラムダは頬杖をついてニジーとプリキュアたちの戦いの趨勢を大人しく見守る。ちょっかいをかけようとすれば、ニジーが敵に回る面倒もあったが、隣でアイス片手に監視してくる少女の視線もあって、ラムダは大人しくポップコーンとクッキー、キャンディーを味わいながら傍観者に徹した。
当初は海へ落ちてしまい飛行手段を持たないプリキュアたちの劣勢だったが、空中にバリアを利用した足場を作り出す作戦でツバメ型のハンニンダー二体を押し返す。
だが、その奇策をニジーの執念は上回った。
二羽のツバメ型ハンニンダーを合体させ、四枚羽根のハンニンダーとして新生。単純計算で倍の能力となったハンニンダーはアンサー、ミスティック、二人のプリキュアたちを圧倒する。
強力な攻勢を前に浜辺に倒れた二人の名探偵。
プリキュアたちを見下ろしたニジーは轟く雷雲すら愛おしそうに眺め、自信満々に勝ち誇る。
「ああ、また一雨来そうだね。この空はまるで君たちの心を映しているかのようだ。不和と疑念、不信の感情によってバラバラに戦い、敗北する君たちのね。ふ、アーッハハハハハ!」
ラムダデルタはプリキュアたちの窮地も、ニジーの勝ち誇った顔も等しく無価値なものとして傍観する。彼女は傍観者としての立場を捨てるつもりは一切なかった。
だけれど、砂浜に倒れたアンサー、ミスティックたちの涙ながらのやり取りの中に、この時代の外から遣ってきた魔女が見過ごせない言葉が混じっていた。
ミスティックへ向かって涙を浮かべて放ったアンサーの言葉。
「────でも何より思ったの、この時代で、この世界で、ひとりぼっちなんだって……だから、わたし一人で調査して……ごめんね」
友達の於かれた境遇、時代を隔絶したことによる孤独を改めて知った少女、キュアミスティクは自分のふがいなさに涙するほどの自責の念で胸を痛め、改めてパートナーと正面から向き合う。
「知らなかった。そうだよね。1999年に、この時代に来て、心細いよね……。不安だったよね、なのにわたし、わたしこそ一人で勝手に走り出して……ごめん、ね」
遠く離れた場所からラムダは飴玉をかみ砕いて嘆息する。
「つまり、あのアンサーって子もこのカケラに放り込まれた誰かの駒なのね。かわいそうに、縁寿みたいにひどい魔女が後見についてないといいけど」
るるかはラムダの言っている独白の意味が理解できない。けれど、理解できないままその言葉だけは一つも聞き漏らさないように神経を張っていた。
絶対の窮地に陥ったプリキュア、敗北がすぐそこまで近づいているところに小さな救援、オトモ妖精たちが参戦する。
キュアット探偵事務所の発明家ジェットと、アンサー、ミスティックの相棒たる妖精ポチタン。
“ポチ~”と響く鳴き声を聞き、ラムダはがくりと肩を落とす。
「やっぱり、わたしたちとことん場違いじゃない。あーあ、どおりでベルンが動き回ってないわけだ」
「……なにを納得してるかは知らないけど、邪魔だけはしないで」
ラムダへ釘を刺すように一瞥したるるかはアルカナシャドウへと瞬く間に変身し、ただ一度だけプリキュアたちを助けようと懸命に空を飛んでいたポチタンへの援護射撃を行った。
「邪魔ってどっちのよ~」
置いてけぼりとなったラムダは拗ねる様にポップコーンを口へ運ぶ。るるかことアルカナシャドウはいなくなってしまった。相方である奇跡の魔女のいない絶対の魔女はお菓子を仮初めの供とし、ポチタンという妖精の助けで窮地をひっくり返したプリキュアたちの奮闘を見守る。
ポチタンが一生懸命に届けた小さな拡大鏡、いやプリキットミラールーペを手にした
アンサー、ミスティックはポチタンが位相の異なる空間より取り出したマコトジュエルをプリキットへ装着させる。
マコトジュエルに呼応して解放される新たな力。
「「オープン、プリキットミラールーペ!」」
祝福し、歓喜に震え、応援するようにポチタンは“ポチ~!”と声をあげる。
「見て」「感じて」
「「謎を解く!!」」
セットされたジュエルが時計めいて回転。暗雲を祓うように輝く真実の光。反真実の元素たる嘘に覆われ、ハンニンダーと化したマコトジュエルを取り戻す名探偵の輝き。
嘘を浄化するエネルギーが臨界を越え、羽ばたきとなって解放される。
ミラールーペから放たれ、空へと飛び立つ双翼の光。一対から成る光は二重螺旋を描いて飛翔。
「「これが、わたしたちのアンサーだぁ!!」」
分かれた光は螺旋の果てに一つとなって輝きを放つ鳥の形でハンニンダー、怪盗団が作り出した嘘の怪異を見事に射貫く。
「「プリキュア!フライングスペクトル!!」」
漆黒の羽根は散り、光の結晶となった羽根が降り注ぐ。
「「キュアっと解決!!」」
嘘に染められたマコトジュエルは本来の輝きを取り戻す。今回のツバメ像盗難事件と幽霊騒動の解決を寿ぐように時空の妖精たるポチタンが浄化されたマコトジュエルを回収し──。
宙を浮いていたマコトジュエルが突如、現れた少女の手に握られる。
「「えっ!?」」
「ポチィ~!?」
輝きを放つマコトジュエルを手にした少女、いや魔女ラムダデルタは“にっこりと”底無しの悪意を心の底から浮かべてくるりと踊るようなターンをしてみせる。
「あなたは一体……」
「マコトジュエルをどうする気!!」
倒れたニジーに肩を貸していたるるかも険しい目つきでラムダを咎める。
「ハンニンダーが負けて、マコトジュエルは嘘の力を失くした。今日のところは彼女たちにマコトジュエルを渡して──。撤退する」
「それってぇ?怪盗団ファントムとしての意思かしら。別にアンタがどっちに肩入れしようとどうでもいいけど、わたしが協力はしても強調しないってこと、忘れてなぁい?」
牙を剥いて凄絶と邪悪に微笑むラムダデルタ。アルカナシャドウは杖を構え、ラムダを制止しようとするが、それに先んじてアンサー、ミスティックが魔女めがけて駆けだした。
「マコトジュエルも、ツバメの像も──」
「怪盗団には渡さない!」
「ダメっ!下がりなさ──」
空間が歪んだ。絶対の魔女が織りなす魔女幻想。いや、これなるはアンチミステリーにしてアンチファンタジーの決闘空間。
虚空に文字が浮かび上がり、先ほどプリキュアたちの手で浄化されたマコトジュエルが毒々しいピンク色に染め上げられる。
「わたしがじきじきに降臨したんだもの。此処は壮大に、そして何処までも無惨にしないと嘘ってものよねぇ!!アハハハハハハ、アハハハ!!!!!」
けたけたと不吉に響く魔女の笑い声。
アンサー、ミスティック、ポチタン、アルカナシャドウ、ニジーたちは先ほどいた浜辺からまったく風景の異なる空間に送り込まれた。
密室封鎖、完了。
周囲を取り囲む白い壁、窓は合わせて六対、座席が等間隔で並べられる一室。
そう、この場所は密室だ。
「きゃっ、なに赤い文字が空中に出てきて──」
「密室──?でも、扉や窓だってあるのに」
扉と窓は使用不能、強制的に出れば死ぬ恐れあり。。
「でぇぇっ!?扉と窓使うと死んじゃうの!?」
虚空に出現する文字は血のように真紅の色彩をしており、忠告のような文言を紡いでいる。もっともそれが優しさからくる忠告かは定かではないが。
ミスティックの慌てふためく姿を余所にアルカナシャドウはこの白い空間を見極めようと観察眼を最大限に働かせようとする、が──。
すべてはもう遅かった。
肩を貸していたニジーがずっしりと急に体重をかけてくる。
「ちょっとニジー……重い、体重をかけな──えっ?」
ぐらりとニジーは胸から真紅の液体を零して床へ斃れ伏す。
ニジーは死亡している。
「──そんな!いまの一瞬で、いったい何が起こったの!?」
「きゃああっ!!」
「そんな、ニジーが、ニジーがっ」
あがる悲鳴、パニック寸前まで高鳴る心拍数。
プリキュアの二人にとってニジーは怪盗団ファントムの仇敵ではあった。しかし、人を傷つけるような盗みをしないニジーたちを憎んだこと、ましてや死んでほしいと思ったことなど一瞬たりとない!
息絶えたニジーをそっと悼むように床へ横たえ、アルカナシャドウが窓に近づいたとき。
「──えっ?」
あしが、いうことを訊かない。床が起き上がる、いや自身が倒れていると彼女は気づいたろうか。アルカナシャドウ、森亜るるかは自分の身に起こったことよりも何よりも、残して来てしまった事件の謎、そして後輩であるアンサー、ミスティックの身を案じながら、真紅の残滓を残して斃れるのだった。
アルカナシャドウは死亡している。
「アルカナまで…………アンサー、わたしから離れないでっ」
「ミスティックも、背中は任せてっ」
「「絶対、守るから!」」
「ポチ、ポチィ~~~~」
背中合わせとなり、死角を完全に消したプリキュアの二人。その傍では、この惨劇をどうにかしようとして、すべての干渉が無効化され泣き出しそうな声を漏らすポチタンの姿。
アンサーは泣いてしまっているポチタンを抱きしめ、安心させようとして。
そのとき偶然にも窓の外にいた人影、ラムダデルタの姿を見た。ぱたぱたと笑顔で手を振る姿、アンサーは咄嗟にミスティックへ注意を呼びかけようとして──。
胸を貫く灼熱の痛みに注意の声が断絶された。
アンサー、ミスティックは死亡している。
人としての視点を持つ登場人物が死に絶えたとき、ゲーム盤の敗者を嘲り笑う声が密室の外側から響き渡る。すべてが、終わってしまった瞬間に密室はラムダデルタの魔法によって、此処ではない何処かおおよそ三百キロ弱は離れた場所へ転送された。
息絶えた者しかいない空間、そのたった一つの例外、ポチタンは全ての惨劇を目の当たりにして滂沱の涙を流しながら、その幼くも無垢な精神では耐えきれぬほどの絶望と共に悲痛な叫びとなる鳴き声をあげた。
「────ポチィ~!!!」
ニジーは死亡している。
アルカナシャドウは死亡している。
アンサー、ミスティックは死亡している。
ゲーム参加者四名が死亡。
絶対の魔女ラムダデルタの魔法によって、死体は遥か彼方へ転送された。
ポチタンのなく頃に、生き残れた者はなし。
第二ゲームより魔女側からお助けパートナー御三家が配られます。どれか一匹お選びください。
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無限の魔術師 右代宮戦人
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真実の魔女 古戸エリカ
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異端審問官 ドラノール・A・ノックス