学校の図書館で、宿題を終わらせた帰りの日のことだった。
真夏の太陽はジャポン全土を燦々と照らし、猛暑は容赦なく私たちに振りかかる。
この日の温度は、38℃だった。
セミの鳴き声が木霊して、道行く人たちは老若男女問わずに汗をかいている。そんな暑い日。
クラスではちょっとした優等生で通っている私であるが、この頃気がかりになることがあった。
仲の良い男子生徒が最近何処かおかしいのだ。
ある時を境に虚空に話しかけることが多くなった。
まるで、そこに誰かが居るように。
想像の友だちを作るほどに寂しい思いをしているようには視えない。というより、おそらく本当になにかがそこにいるのだろう。
私自身、霊感というのだろうか。そんな感覚が少なからずある自覚があった。
本当に小さい頃に、視線を感じる暗闇が怖くて、一人でトイレにも行けない。
今では大丈夫だが、私はそういう想像を超えたようななにかの存在を、時たま感じることがあった。
「 ケータ君、どうしちゃったんだろう? 」
彼のそばにいるのが善いものなのか、それとも悪いものなのか、気になると恐ろしくなった。
そしてそんな気配は、その一つだけではない。
彼の家の近くの横断歩道にも、なにかがいるような。
その辺りでケータ君がなにかと話しているところを見たことがある。
たしか、"ジバニャン"とかなんとかと言っていた。
彼には、なにが見えてしまっていて、一体全体なにが起こってしまっているのだろうか。
本当に気になってしまった私は、彼がそうなる前に行ったらしい場所に行ってみることにした。
きっと、そこになるかが、あるのかもしれないと思って。
まるで名探偵か、なにかになったような。そんな気分であるが、その日のおおもり山はいつもと違っているように感じられた。
何処か厳かというか、不思議な感じだ。
毎年のお祭りに来るのと同じ場所なのはわかっている。神社の通り道なので、人出も少なくない。でも、やはり感じてならない。なにか視えないものが無数にいるような。
いつもはこうではない。前まではこんなに気配を感じることはなかった筈なのに。
暑さがそう誤認させているのだろうか。いや違う。確かになにかの視線を私は肌で感じている。
その昔、映画でやっていた。太古の自然の残っていた森というのは、神様の住まう神秘的な場所であり、昔の人たちはそれに畏怖していた。
今では多くの森林は人の手が入っていて、それほど怖い場所ではない。当たり前のことながらこのもりもり山の山道もそうだ。でも私は、そんな現代の山の緑の中に、それらを確かに感じていた。
目に見えぬ不可思議。そんなもの、果たしているのだろうか。
そうこうしているうちに、行き着いたのはもりもり神社に祀られている御神木だ。
祭りの時にも、そんなに近寄る場所ではない。だが、神社の本社にはなにか怪しいものはない。
となれば、あの辺りや少し上に登ったどんこ池、それにさらに登ったところにあるトンネルと、怪しそうな場所が関係しているのだと思った。
そして、特に怪しいのが、あの御神木だ。
ケータ君が可笑しくなったのは、彼が自由研究の為に昆虫採集に行ったすぐ後からだった。
彼がその目に見えない誰かと一緒に街中を忙しなく駆け回って、なにかを探しているのを見たのが、私の知り得る彼の異変の始まりだ。
ジバニャンがどうとかっていうのも、その時に見かけたのだ。
それを知るには、やはり御神木を見に行くというのは避けては通れないように感じられ、それにどうにも、"そこに行かねばならない"ような気がしてならなかった。
惹き寄せられているような。
『 入〜れろ入れろ・・・ 』
抗い難い好奇心と、揺蕩うような声が、私を不思議な感覚に誘う。
『 入〜れろ入れろ・・・ 』
自然と脚は、本殿の奥の一際大きな木、即ち件の御神木に進んでいった。
『 入〜れろ入れろ・・・ 』
この声はなんなのか。ケータ君との関係は?
私は一体何に向かっているのか。
ただ、危険な領域に突入しているということは分かった。
『 入〜れろ入れろ。入れろ入れろよあくしろよ。 』
御神木の下に、石造りのガチャポンのようなものがある。比喩でもなんでもなく、駄菓子屋さんなんかに置いてあるような、石で出来たガチャポンがそのままそこにあった。
中からは幾つものカプセルらしきものが見えている。そしてそれらもやはり石でできているのか、灰色だった。
歴史ある神社の御神木に、やたら近代的なものが石でできている。
一体だれが、こんなものを作ったのだろうか、置いたのだろうか?
そんなことどうでも良かった。
ただ、言われた通り、入れてみようと思った。
財布から取り出した、お小遣いの百円玉。
ギラギラと光るそれは、ガチャポンの投入口にピッタリと収まった。
そこからはきっと見慣れたガチャポンと同じで良いのだろうと思って、レバーをガラガラガラと鳴らしながら回した。
当たっていた。まんま私の知るそれと同じで、それはそれとして何処か不気味だった。
かくして排出口からでたのは、ガラスらしきものから見えたそれとはまるで違う、金色の球体だった。まるで福引の一等がでたときのそれのように真っ金々で、他の球体とは印象が月とすっぽんだった。
そして、よく見ると割れ目のようなものがあって、それはやはり外れるらしい。
つまり中身があるということになるが、一体なにが入っているのだろうか。
あの声の主であることはきっと確かではあるのだろう。だが、はたしてどんな姿をしているのだろうか。
こういったもの特有のワクワクする期待を、未知への恐怖にも似た感覚に混じらせながら力を入れてそのカプセルを開けた。
そう、開けてしまっていた。
なんともつかぬ、なんともいえぬ感情でもって。
『 お お あ た り ! 』
その瞬間、青白い光の帯が現れ、その中から黒い影がどんどんと大きくなり、そして・・・
「 ぬわぁぁぁぁぁあああああん!疲れたもぉぉおおおおん!! 」
何処か抜けたような大人の男の人のような声をだしながら、それはその場に降り立った。
「 いやぁ、キツかったっすよほんとぉ!出してくれてありがとナス!
辞めたくなりますよぉ、妖怪ィ〜!! 」
茶色い、二足歩行のネコ。妖怪と言っているが、二つに分かれた尻尾からするに、俗に言う化け猫というやつなのだろうか。
物珍しさに向ける視線に、彼は気づいたのか、私に顔を向けた。やはり愛嬌を感じさせる表情をしていて、妖怪という言葉から連想される、おどろおどろしいイメージは、あまり感じさせない。
それにしても、茶色い毛並みに、伸縮性のあるボクサーパンツ。それに・・・
「 お前、オレがそんなに珍しいかよ。 」
「 え!?いや、そんなんじゃないよ。ただ、妖怪なんて本当にいるんだなって思っただけ。 」
「 まぁ、そんなところだろうなぁ。オレら基本的に人間には視えないからね、多少はね? 」
「 視えないの? 」
「 そうだよ。偶に視える奴もいるけどよ。寺の住職とか神社の巫女さんとか、宗教関連に割と多いッスね。
それと、お前みたいな感覚を持った奴とか。
セックスセンスっていうの、そんな感じ。映画とかでカウンセリングを受けてるみたいな? 」
「 それを言うならシックスセンスじゃない? 」
「 あっ(察し)。お前JSの割には博識ッスね。誇らしい・・・誇らしくない? 」
この言動、最近流行りのネットミームという奴に良く似ていた。クラスの男子なんかが良く面白がって話しているものだ。ケータ君はそういうのにあまり明るくないけれども、個人的には知らない方が良いと思っている。
「 さっきの声は、貴方? 」
「 そうだよ。それ以外誰がいるってのかよ?それって怖い・・・怖くない? 」
「 それじゃ、私を呼んだのは、貴方でいいのね? 」
「 さっきからそうだって言ってるダルルォ!?
それよりもよ・・・ 」
化け猫は、私の顔をマジマジと見つめた後、こういった。
「 お前、なにかを感じることが日常的にあるだろ? 」
「 なんで、分かるの? 」
「 顔に描いてますねぇ!この世はでっかいお化け屋敷。お前の日常は、なにかの観測されていて、お前はそれがなんなのか知りようがなく、どうしようもない。
しかも最近は身近な誰かにそれが憑いて、気配をビンビンに感じる。すっげぇ霊感体質になってる。
はっきりわかんだね。 」
「 ・・・うん。そうなんだ。誰かに見られてる気がして、誰かがいるような気がして、振り向いてみても誰もいない。
気づいたら、言いたくないことを言っていた。自分が自分じゃないみたい。
そんなことが、何回かあって。 」
「 なるほど。それは妖怪の仕業で間違いないっすね。 」
「 妖怪。貴方のような? 」
「 そうだよ。さっきも言ったが、妖怪は基本的に人間には視えないです。だから連中が悪さしてても、人間側がその存在に気づくのは至難の業だ(タフ)。だから人間の中で視える奴が、いわゆる霊能者として活動してることもありますあります。 」
「 私は、これからどうすればいいの?妖怪に怯えてアルミホイルでも頭に巻けばいいのかな? 」
「 大丈夫だって安心しろぉ?コイツがあればどうにかなるからよ。 」
あるものを取り出して、化け猫は私に差し出した。見たところ、腕時計のようで、それを左手に巻いた。
他と比べてかなり独特なフォルムをしている。
横にベゼルが付いていて、何処か男の子が好きそうな感じがしている。
「 そいつは妖怪ウォッチ八百十式。人間が妖怪とコミュニケーションを取るためのツール、妖怪ウォッチの一つだ。
これがあればオレ以外の妖怪の姿を視認できる。 」
「 妖怪ウォッチ・・・ 」
「 試しに横のボタン押して、レンズに通して見てみろよ。
例えば、アレを。 」
「 アレ・・・? 」
化け猫の指さした方向には、ネコが三匹なにかに威嚇しているのが見える。そのなにかはやはり視認できないが、彼らの餌らしきものを食べているのが分かる。
言われた通りウォッチのボタンを押して、レンズの光をそれに当てた。
「 なにアレ・・・!? 」
私は目を疑った。そこにでてきたのは、異形だ。この化け猫よりよっぽどその二文字が似合う存在だ。
プードルに人間の中年の顔がついている。あれを妖怪と呼ばずしてなんとしようか。
「 じんめん犬、だな。文字通り人間が犬と融合して生まれた妖怪だ。ああいうのが、そこらにわんさかわんさかわんさかわんさかといるのが、世の真実の一つというわけだ。 」
そう言うと、化け猫はスッとじんめん犬の前まで距離を詰めた。なんというスピードだろうか。
「 ホラホラホラホラホラホラ! 」
「 チクショー! 」
目にも止まらないラッシュを繰り出して、あの異形を即座に追い払った。その姿が、恐ろしく頼もしく思えた。
「 自己紹介まだだったな。オレはヤジュニャン。
24歳、妖怪です。で、お前は? 」
「 文花・・・木霊文花。 」
「 そう。よろしくな。はいこれ。 」
化け猫ことヤジュニャンは金色のなにかを私に投げ渡した。
メダル?のようだ。片面にはヤジュニャンがそのまま描かれている。
「 それは妖怪メダル。友だちの証さ。 」
これが、私と妖怪の出会いだった。