事故から3日が経った。
早田は病室のベッドに横たわり、天井を見つめていた。右肩の痛みは事故直後より落ち着いている。それでも寝返りを打とうとすれば肩の奥がうずき、身体が止まった。
全身の打撲に、いくつもの捻挫。なかでも厄介なのが、右肩の腱の損傷だった。
「野球のことは、しばらく考えなくていいからね」
診察のとき、医師はそう言った。
「……はい」
治療が先だと分かっている。無理をして回復を遅らせるつもりもない。
だが、野球のことを考えずにいるのは難しかった。目を閉じれば、マウンドから見た捕手のミットが浮かぶ。足を上げ、踏み込み、腰を回す。遅れて右腕が出て、指先から球が離れる。
何年も繰り返してきた動きだった。
今は腕を少し持ち上げるだけでも痛みが走る。肩をかばうと、背中までこわばった。
「……くそ」
誰に聞かせるでもなく、つぶやいた。
投げられないことも嫌だった。だが、自分の腕を動かすたびに、痛みを確かめなければならないことの方がもどかしかった。
*
入院生活は、早田が想像した以上に単調だった。検温、食事、診察、処置。その繰り返しで日が暮れる。
最初のうちは、ベッドを離れるだけでも時間がかかった。シャツの右袖に腕を通そうとすると肩が引っ張られ、思わず顔をしかめる。ボタンを留めるにも、片手では勝手が違った。
普段なら考えずにできることばかりだった。
「お手伝いしましょうか」
着替えに手間取っていると、看護師が声をかけてくれた。
「……もう少し、自分でやってみます」
「痛むようなら無理しないでくださいね」
「はい」
早田はシャツを持ち直した。右腕を無理に動かさず、袖を少しずつたぐり寄せる。何度かやり直して、ようやく腕が通った。
それだけのことで、ずいぶん時間を使った。
母は早田が物心つく前に亡くなり、父は仕事で帰りが遅かった。家では、できることを自分で済ませるのが普通だった。
必要なら人に頼る。けれど、自分でできることまで任せるのは落ち着かない。
今は以前と同じようには動けない。それなら、できるところから取り戻せばいい。
早田は袖口を整え、ゆっくりと息を吐いた。
*
やがて、医師の判断に従ってリハビリが始まった。
最初に取り組んだのは、拍子抜けするほど小さな動きだった。肩に無理のない範囲で腕を上げ、ゆっくり下ろす。それを繰り返す。
「痛みが出たら、そこで止めてください」
「はい」
早田は指示どおりに腕を上げた。途中までは動く。だが、ある高さになると肩が重くなり、それ以上は身体が拒むようだった。
「……ここまでです」
「じゃあ、いったん休みましょう」
腕を下ろす。もう少しできそうな気はしたが、勝手に続けることはしなかった。
野球の練習なら、失敗した次の一球でうまくいくこともある。今の肩は違う。力任せに動かしても、回復が早まるわけではなかった。
翌日も同じ運動を繰り返した。前日よりわずかに高く上がる日もあれば、痛みが軽くなっただけで終わる日もある。
「少しずつでいいですよ」
そう言われるたびに頷いた。
マウンドでは、一球ごとにストライクかボールかという結果が出る。今は腕が数cm動くようになったかどうかを確かめるしかない。進んでいるのか分からなくなる日もあった。
それでも、昨日より少し動いたところは覚えておく。早田は決められた運動を、翌日も、その次の日も続けた。
*
父親は仕事の合間を縫って病院に来た。
「どうだ、具合は」
「少しずつ動くようになってる」
「そうか」
父はベッドの脇に腰を下ろし、まず顔色を確かめた。食事は取れているか、学校からの連絡は届いたか、必要なものはないか。尋ねることは多いのに、会話はたいてい短く終わった。
ひと通り聞き終えると、父は少し声を落とした。
「そうだ。ひき逃げしたバイクの運転手、捕まったぞ」
「……そうなんだ」
「事故のあと、バイクを現場に残して運転手だけ逃げたらしい。事故の二日後に捕まったんだ。目撃した人が何人もいて、警察が調べて見つけたそうだ」
早田は返事をせず、布団の上にある右手を見た。
背後から迫るエンジン音。身体が宙に浮いた感覚。街路樹に叩きつけられた衝撃。運転手の顔は思い出せなかった。
「報告が遅くなって悪かった。警察やら、マスコミやらの対応でばたばたしててな」
「ううん」
「そっちは俺がやる。お前は治すことだけ考えてろ」
「……ありがとう」
父は小さく頷いた。息子の右肩に目を向け、少し間を置いて尋ねた。
「野球はどうする。部には戻るのか」
「戻る」
答えに迷いはなかった。
「右腕を治して、また投げる」
父は何か言いかけたが、口にはしなかった。
「……そうか」
無理だとも、諦めろとも言われなかった。
早田は右手をそっと握った。いつ投げられるのかは分からない。それでも、部へ戻るつもりは変わらなかった。
*
数日後の夕方、枕元のスマートフォンが震えた。嵐からのメッセージだった。
『おい早田、具合はどうだ。ちゃんと飯食ってんのか』
早田が左手で端末を持ち、返信を打とうとすると、続けて井出からも届いた。
『嵐、まずは返事を待ちなよ』
『うるせえ、心配してんだよ!』
早田は短く打ち込んだ。
『食べてる。肩も少しずつ動く』
少し間を置いて、今度は村松から返信が来た。
『それならよかった。また投げられるようになったら、球を受けてやる。今は治療を優先しろよ』
『はい。ありがとうございます』
嵐はまだ話し足りないらしかった。
『おめえがいねえと、突っ込む相手がいなくてよ』
『俺に十分突っ込まれてるでしょ』
『お前はうるせえんだ、井出!』
早田は画面を見たまま、わずかに口元を緩めた。グラウンドにいれば聞こえてきそうなやり取りだった。
練習の様子を尋ねると、井出がノックの話を、嵐がその日の失敗を大げさに書いて送ってきた。村松は最後に、肩を動かしすぎるなと念を押した。
早田は一通ずつ読み、返事を打った。スマートフォンを枕元に戻してから、翌日のリハビリの時間を確かめた。
*
入院して1か月ほど経つ頃には、着替えに手間取ることも減り、腕を上げられる高さも少しずつ変わってきた。肩の痛みも、初めの頃ほど強くはない。
自分でも回復を感じていたから、医師に退院の見通しを告げられると、真っ先にグラウンドが浮かんだ。
「順調ですね。退院の日を決めましょう」
「……はい」
早田は膝の上で左手を握った。
退院すれば学校へ行ける。部にも顔を出せるだろう。まだ全力で投げられないことは分かっている。それでも、外で身体を動かせるようになれば、回復も進む気がした。
焦らずリハビリを続ける。その先には、またマウンドがあるはずだった。
*
事故からおよそ1か月半。退院の日が来た。
早田は普段着に着替え、父と並んで診察室に座っていた。病衣を脱いだだけで、病院の外が近くなった気がした。
医師は検査結果を確かめ、二人に向き直った。
「右肩の損傷そのものは、治っています」
「はい」
早田は頷いた。
「ただし、以前と同じように腕を動かせるところまで、機能が回復したわけではありません」
早田の視線が止まる。
「……まだ、戻っていないんですね」
「そうです。ここからは、リハビリを続けながら少しずつ機能を取り戻していくことになります」
右手の指を曲げ、開いてみる。問題なく動いた。けれど、指が動くことと、投球に必要な速さで肩を動かせることは別だった。
「どれくらいかかりますか」
「今の段階では、はっきりとは言えません。時間をかけて様子を見ていきましょう」
「……分かりました」
「焦らないことです。よくなってきたからといって、急に負荷を増やしてはいけませんよ」
「はい」
損傷は治った。だが、機能はまだ戻っていない。
似た言葉のようで、早田にとっては大きな違いだった。廊下を歩きながら右腕を少し動かす。入院した頃より楽だ。それでも、事故前の腕とは違う。
自動ドアが開き、冷え始めた外の空気が頬に触れた。
早田はバッグの持ち手を握り直し、父と並んで歩き出した。
*
帰宅してからも、早田は教わったリハビリを続けた。
肩の動く範囲を広げる運動、周囲の筋肉を鍛える動き、ゴムチューブを使った軽いトレーニング。状態を確かめながら、投球動作も少しずつ取り入れる。ただし、いきなり球を投げることはしなかった。
練習を始めると同時に、ノートを1冊用意した。日付、運動の内容、回数、痛みや疲労の有無。気づいたことも短く書き留める。
昨日より腕が上がった。ある動きではまだ肩が引っかかる。少しずつでも記録に残せば、変化を確かめられた。
右手でペンを持つ。ノートには、事故前と変わらない自分の字が並んだ。
文字は書ける。それでも、右腕で以前のように投げられるわけではない。
早田はしばらくその字を見つめてから、次の日の欄を空けておいた。
*
初めてシャドウピッチングを試したとき、早田は事故前と同じフォームで投げようとした。
足の位置を決め、前を見る。右手にボールを握っているつもりで、マウンドに立つ姿勢を作った。
足を上げ、身体をひねり、踏み込む。
あとは右腕を振るだけだった。
「……」
そこで身体が止まった。
痛みが出たわけではない。だが、腕を振る直前になって肩の奥が気になり、動かす角度を探ってしまう。何年も自然にできていた動きが、急に複雑なものになっていた。
早田はゆっくり構えを解いた。
「……もう一度」
今度は最初から動きを小さくした。足を上げ、踏み込み、身体を回す。無理のない範囲で腕を振る。
最後まで動かすことはできた。
けれど、違和感は残った。
「違う」
事故前は、下半身の動きにつられるように右腕が出てきた。今は肩をかばうせいで、動きの途中に小さな間ができる。
腕を振れたからといって、以前のフォームに戻ったわけではなかった。
早田はもう一度構えた。ときどき身体がうまくつながる瞬間もあったが、長続きはしない。
10回で止め、肩の痛みを確かめてからノートに記録した。
翌日も、その次の日も繰り返した。調子のよい日ほど回数を増やさないよう気をつけながら、失った感覚を少しずつ探っていった。
数日後の通院で、早田は腕の動きを診てもらい、記録したノートも見せた。医師は回数と痛みの欄を確かめてから口を開いた。
「短い距離で、軽く投げる練習なら試してもいいでしょう。ただし、強く投げないこと。10球ほど投げたら休んで、肩の状態を確かめてください」
「球数は、どれくらいですか」
「最初は30球を超えないようにしましょう。痛みや重さが出たら、その前でも終わりです」
「分かりました」
早田は帰宅すると、許された距離と球数、休むタイミングをノートに書き足した。投げられると聞いたからといって、以前の練習に戻れるわけではなかった。
*
さらに数日後、早田は久しぶりに軟式球を右手に握った。
家の近くの、人がいない広い場所だった。周囲を確かめ、短い距離を目安に立つ。全力で投げるつもりはない。肩の状態を見ながら、軽く腕を振るだけだ。
ボールの縫い目に指をかける。握った感触は、事故前と変わらなかった。
「……よし」
足を踏み出し、身体を回す。肩をかばわないように、けれど力を込めすぎないように右腕を振った。
「ふっ」
ボールが指先を離れた。
思っていたよりずっと手前で、ぽとりと落ちる。
遅い。距離も出ない。事故前なら、こんな球に納得するはずがなかった。
それでも早田は、落ちたボールをしばらく見つめた。
投げられた。
少なくとも今、自分の右手から球が離れた。
早田は右肩に意識を向けた。鋭い痛みはない。指先には、球を離したときの感触が残っている。ただ、踏み込んだ脚から腕へ力が伝わる前に動きが縮こまり、球に勢いが乗らなかったことも分かった。
それでも、ボールを握って最後まで投球動作を続けられた。早田はもう一度、落下地点を見た。
拾いに行き、同じ位置へ戻る。
もう一球。
2球目は少しだけ先へ届いた。3球目は右へ逸れ、4球目は手前で弾んだ。フォームの違いを確かめながら、投げるたびに肩の状態を見る。
10球ごとに休み、痛みや重さがないかを確かめた。もっと遠くへ投げてみたくなったが、距離は伸ばさない。今は、球を遠くへ届かせる練習ではなかった。
30球目を終えたところで、肩に重さを感じた。
「……ここまでか」
痛みではなく、疲労に近い感覚だった。もう少し投げられる気もしたが、そこで切り上げた。
帰宅すると、早田はノートを開いた。
『30球。痛みなし。疲労あり』
右肩には、まだ少し重さが残っている。
最初の球は短く、弱く、手前で落ちた。だが、自分の腕で投げた球だった。
早田は次の行に書き足した。
『無理はしない。継続』
文字を見つめ、ノートを閉じた。
以前のように投げられるまで、どれくらいかかるかは分からない。
それでも今日、確かに一球を投げた。
明日も、できることを続ける。