番外編 BLEACH ~No Future Worth Your Ruin~ EXTRA STORIES 作:冬冬✻
番外編 護廷十三隊、カラオケ大会?
番外編 護廷十三隊、カラオケ大会?
ことの始まりは、いつものように松本乱菊だった。
「カラオケ行きましょう!」
あまりにも唐突な提案に、柊周介は少しだけ眉を上げた。
「急だね」
「せっかく現世まで来たんだから、いいじゃないですか!」
「それはそうだけど……人数、多くない?」
振り返ると、黒崎一護と朽木ルキアを先頭に、井上織姫、石田雨竜、阿散井恋次、雛森桃、吉良イヅル、檜佐木修兵が並んでいた。その後ろには斑目一角と綾瀬川弓親。更に、日番谷冬獅郎、朽木白哉、砕蜂、四楓院夜一、平子真子までいる。
改めて見ると、どんな面子だ。
「俺も聞きてえよ。何でこうなったんだ」
一護も同じ方を見ながら呟いた。乱菊はまるで気にしていない。
「人数多い方が楽しいでしょ?」
「限度ってもんがあるだろうが!」
日番谷の声が飛ぶ。しかし、乱菊が言い返すより先に、夜一が楽しそうに口を開いた。
「よいではないか。現世の娯楽というものも、たまには面白い」
「夜一様がお楽しみになるのでしたら、私に異論はありません」
「砕蜂隊長、判断が速いですね」
「何か問題か」
「いえ。何もないです」
柊が引き下がると、横から平子が肩を叩いた。
「周介、お前も歌えや」
「まだ店にも入ってないですよ」
「何や、嫌なんか?」
「別に嫌ってわけじゃないですけど……」
柊はもう一度、後ろの集団を見た。既に乱菊と織姫は店の相談を始めている。日番谷は何か言いたそうだったが、夜一まで話に加わったところで、諦めたようだ。
「……本当に入れるんですかね、この人数」
***
大型カラオケ店の最大人数用ルームは、一行をどうにか収容した。壁沿いのソファはほぼ埋まり、残りは追加された椅子に腰掛けている。中央のテーブルには飲み物と端末。その向こうには大きなモニター。白哉が背筋を伸ばして座り、日番谷が腕を組んでいるせいか、眺めているともはや会議室に見えてくる。
「で、誰が最初に歌うんだよ」
一護が部屋を見回した。柊は手元の飲み物を置き、何気なく答える。
「黒崎でいいんじゃない?」
「何で俺なんだよ!」
「いいじゃねえか、一護。現世の奴なんだから慣れてんだろ」
「そういう問題じゃねえ!」
「早くしろ、一護!」
「ルキア、お前まで乗るな!」
左右から急かされる一護をよそに、端末を触っていた織姫が、不思議そうに顔を上げた。
「あ、黒崎君の名前がある!」
「は?」
差し出された画面を、一護が覗き込む。そこには確かに、黒崎一護の名前があった。その下には、曲名らしき文字も並んでいる。
*〜アスタリスク〜
「…………」
一護は一度目元を擦り、もう一度見た。
「何で俺の名前で入ってんだよ」
「確かに妙だな。そもそも、なぜ黒崎に歌があるんだ」
横から覗き込んだ石田が、眼鏡を押し上げる。だが、その疑問を解決する前に、平子がマイクを一護へ差し出した。
「ええやん。一護、歌えや」
「よくねえよ!」
「ほれ、始まるぞ」
夜一がモニターを指す。直後、スピーカーからイントロが流れ出した。
「勝手に始めんなよ!!」
一護は押しつけられたマイクを返そうとしたが、誰も受け取らなかった。そうこうしているうちに歌詞が流れ始め、周囲の視線が一斉に集まる。
数秒の抵抗の後、彼はとうとうマイクを口元へ運んだ。
歌い始めれば、思いのほか様になっていた。最初はからかうように手拍子をしていた恋次も、途中からマラカスを振り出して、ノリノリだった。曲が終わると、部屋のあちこちから拍手が起こる。
「黒崎、普通に上手いね」
「うるせえ!」
「何で照れてんだよ」
「照れてねえ!」
恋次へ言い返す一護に、ルキアも頷いてみせる。
「ああ、悪くなかったぞ、一護」
「お前に言われると何か腹立つな!」
その時、採点結果が表示された。
九十三点。
一護は画面を見上げ、マイクを持ったまま、僅かに口元を緩めた。
「……まあまあじゃねえか」
「急に満足そうな顔をするな、黒崎」
「してねえよ!」
「九十三点なんてすごいと思うよ、黒崎君!」
「お、おう……ありがとな、井上」
「井上さんに褒められた途端、素直になったな」
「うるせえ、石田!」
そんな騒ぎの中、端末が電子音を鳴らした。次の予約曲が、モニターにも表示される。
石田雨竜
CHU-BURA
一護がゆっくりと石田を見た。石田は眼鏡に添えていた手を下ろす。
「何だ、黒崎」
「お前もあるじゃねえか」
「だから何だ」
「歌えよ」
「なぜ、僕が歌わなければならない」
「石田、逃げんのか?」
恋次が身を乗り出した。石田は冷ややかにそちらを見る。
「阿散井。君の安い挑発に乗ると思うか」
そう言いながら、差し出されたマイクは受け取った。
「乗せられてんじゃねえか!」
「うるさい!」
***
曲が終わるたびに、端末へ次の予約が入っていく。始めのうちは、誰かが隙を見て操作しているのだろうと思っていた。ところが、端末をテーブルの中央へ置き、全員で見守っていても、予約は増える。しかも、表示されるのは、どれも参加者本人の名前だった。
「何なんだ、この店……」
一護が呟いたところで、また新しい名前が表示された。
更木剣八
TONIGHT,TONIGHT,TONIGHT
「……隊長呼んでくるか?」
一角が腰を浮かせた。弓親がすぐに、その肩を押さえる。
「やめなよ。本当に来たらどうするつもりだい?」
「柊副隊長はどう思います?」
「カラオケのために更木隊長呼ぶの?」
「いやまあ、隊長なら歌うかもしれねえっスよ」
「歌うんだ……」
「この店の無事は保証できないけどね」
一角の肩を押さえたまま弓親が言うと、何人かが、壁と天井を見た。
「……やっぱ、隊長呼ぶのはやめとくか」
反対する者はいなかった。
幸い、本人不在のためか、その曲は自動的に飛ばされた。代わりに現れた名前を見て、乱菊がぱっと顔を輝かせる。
日番谷冬獅郎+松本乱菊
HANABI
「あ、隊長! 私たちですよ!」
「何が『私たちですよ』だ!」
「隊長、マイク」
「勝手に渡すな!」
「もう予約されてますよ?」
「誰が入れた!」
全員がテーブルを見た。
端末は中央に置かれたままだ。全員が日番谷を見る。
「…………」
「日番谷隊長、たぶん考えたら負けです」
柊が声をかけると、平子が隣で笑った。
「とうとう周介が諦め始めたな」
「平子隊長、これに理屈求めても無理でしょう?」
「お前が言うなんて、相当やな」
結局、日番谷は歌った。乱菊が楽しげに身体を揺らす隣で、姿勢を正し、採点バーから一度も目を逸らさずに歌っている。乱菊と二人のパートになると眉を寄せながらも、声を重ねるタイミングだけはきっちり合わせていた。
「日番谷隊長、歌まで真面目だな」
「そこがいいんじゃない?」
一角の呟きに、弓親が笑う。
曲が終わるなり、乱菊は端末へ手を伸ばした。
「隊長、もう一回――」
「絶対に歌わねえ!」
そうこうしている内に、端末の電子音が響く。
朽木白哉+阿散井恋次
千の夜をこえて
恋次の動きが止まった。白哉も、無言でモニターを見上げている。
「お前らの番だぞ」
「分かってンだよ! そんなの!」
一護へ言い返す声だけが、妙に大きかった。その隣で、ルキアが恐る恐る白哉を見る。
「兄様……」
白哉は何も言わずに立ち上がった。そして、テーブルのマイクを取る。
「え? 隊長……?」
「始まるのだろう」
「歌うんスか!?」
「予約されたものを放置する理由はなかろう」
「妙なところで律儀だな!」
一護の声に重なるように、イントロが始まった。
白哉が歌い出すと、それまで騒いでいた部屋が、不思議なほど静かになった。立ち姿は普段と特に変わらない。それでも、声は伴奏に埋もれず、妙にはっきりと耳に届いた。
「……何だろうな」
一護が小さく呟く。自分の出番を待つ恋次が、横目でそちらを見た。
「何がだよ」
「声が……貴族だな」
「確かにな」
「いったい、何を言っているんだ、君たちは」
石田だけが呆れた声を出したが、乱菊は深く頷いていた。
「でも分かるわ。朽木隊長、声に高級感があるのよね」
白哉の眉が、僅かに動いた。
「同じマイクなのに、朽木隊長だけ何か違いますね」
柊が口にしたところで、歌唱中の白哉と目が合った。
「……すみません」
ほどなく恋次のパートに入る。今度は勢いのある声が部屋を満たし、ルキアが感心したように頷いた。
「兄様のものと比べると、恋次のは荒々しいな」
「確かにな。何か、恋次のはジャンクフードって感じだな」
「お前ら、黙って聴いとけよ!」
恋次がマイクを離した。その瞬間、画面の採点バーから音が大きく外れる。
「阿散井……」
「……!」
恋次は慌ててマイクを戻した。
そこからは順調だった。白哉の声に恋次の声が重なり、曲は終盤へ向かっていく。誰もが、今度は余計なことを言わずに聴いていた。
ところが、最後の最後で、白哉が一瞬だけ入りを外した。
画面の線が僅かにずれ、曲が終わる。
「…………」
恋次も一護も、何も言わなかった。ルキアだけが、そっと口を開く。
「兄様……」
白哉は数秒黙っていた。それから静かにマイクを置く。
「……済まぬ」
もう一度、沈黙が落ちた。
「謝るんだな……」
「当然のことのように謝ったな」
一護と石田が小声で言い合う。柊も、置かれたマイクと白哉を交互に見た。
「ミスへの対応まで貴族ですね」
白哉は目を閉じたまま動かなかった。隣の恋次が、慌てて両手を振る。
「隊長、別に誰も怒ってないっスよ!」
「私が誤った。それだけだ」
「重いんスよ、カラオケへの姿勢が!」
モニターに採点結果が出た。
九十五点。
「高くねえか!?」
恋次が思わず声を上げた。白哉は画面へ視線を移し、静かに言う。
「……一度誤った」
「まだ気にしてるんスか!?」
***
「おや、次は儂らの番か」
夜一が楽しそうに目を細めた。
四楓院夜一+砕蜂
ほうき星
砕蜂が固まった。夜一はその肩を軽く叩く。
「砕蜂」
「はい、夜一様」
「歌うぞ」
「はい!」
「切り替え、早くねえか!? さっきまで固まってただろ!」
一護が思わず身を乗り出す。砕蜂はマイクを取りながら、当然のように答えた。
「夜一様が『歌うぞ』と仰られたのだ。何か問題があるか」
「いや……ねえけど」
「別枠なんですね」
「当然だ」
「当然なんだ……」
柊が苦笑する間に、二人はモニターの前へ並んだ。
夜一は最初から楽しそうだった。一方の砕蜂は、マイクを持つ手にも少し力が入っていたが、歌い始めると、声に伸びが出ていく。夜一が砕蜂へ目を向け、笑って声を重ねる。砕蜂もその拍子に合わせた。
先程まで感想を挟んでいた一護たちも、いつの間にか黙って聴いていた。曲が終わると、今度の拍手は一斉に起こった。
「普通に上手かったな!」
「すごく綺麗だったね!」
一護の隣で、織姫も嬉しそうに手を叩いている。
「息が合っていたな」
「さすが夜一様!」
ルキアの感想を受け、砕蜂は満足そうに言い切った。柊は拍手をしながら付け加える。
「いや、砕蜂隊長も上手かったですよ」
「……そうか」
「はい」
「ふむ。ではもう一度歌うか、砕蜂」
「はい、夜一様!」
「本当に早いですね」
柊が笑う横で、日番谷が露骨に嫌な顔をした。
「おい、松本」
「はい?」
「お前、また予約しようとしてねえか」
「え? 何もしてませんよ?」
乱菊は両手を上げてみせた。日番谷が、その手と端末を見比べる。
「本当だろうな……」
その時だった。モニターが、突然暗転した。
***
「何だ?」
一護が顔を上げ、石田が端末を手に取った。
「故障か?」
スピーカーからノイズが漏れた。黒い画面に白い筋が走り、次の瞬間、巨大な柱の並ぶ廊下が映し出される。
一護の口が、開いたまま塞がらない。恋次も同じ顔をしている。
「ちょお待てや」
先程まで、ソファーで寛いでいた平子も思わず身を乗り出す。
虚夜宮だった。
「何で!?」
誰の声だったのか、もはや分からない。現場はそれどころではなかった。画面の中央には藍染惣右介が立ち、その隣には、見覚えのある少女がいたのだ。
「……雛森?」
日番谷が呟いた。
その言葉に反応するように、一同の視線がゆっくりとソファの一角へ向かう。そこには、飲み物を手にした雛森が座っていた。
「……え?」
画面にも雛森。こちらにも雛森。乱菊が、隣に座る彼女の顔を確かめた。
「桃?」
「私じゃないです!」
「どういうことだ!」
日番谷が立ち上がった。平子は露骨に嫌そうな顔で、画面の男を見ている。
「藍染……」
「通信経路は……?」
柊が端末を覗き込もうとすると、肩を叩かれた。
「周介」
「はい」
「考えたら負けや」
柊は端末を見た。それから、虚夜宮を見た。
「……そうでしたね」
イントロが流れ始めた。
藍染惣右介+雛森桃
一輪の花
藍染は何事もないように歌い始めた。画面の雛森も、隣でマイクを持っている。
「何で……」
室内の雛森は、飲み物を手にしたまま固まっていた。
「桃、見なくていいわよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「何なんだよ、これ! 本人こっちにいンぞ!」
恋次が頭を抱え、吉良は二人の雛森を交互に見た。石田はまだ端末を調べている。
「それ以前に、何故虚夜宮からカラオケ店へ接続できている!」
「俺もそこが気になる」
「周介!」
「はい、考えません」
柊が両手を引っ込めた。その時、一護が叫び出した。
「みんな一体、何を言ってんだよ!!」
その瞬間、画面にノイズが走り、雛森の姿が細く引き伸ばされる。次の瞬間、そこに立っていたのは、市丸ギンだった。
「…………」
ギンは何事もなかったように、続きを歌っていた。
「雛森が市丸になったぞ!?」
「だから私はここにいます!」
「市丸ァ!!」
日番谷の怒声が響く。吉良は画面を見上げたまま、片手で額を押さえていた。そこで、藍染が歌を止め、笑みを消す。そして。
「一体いつから――鏡花水月を遣っていないと錯覚していた?」
部屋が静まり返った。
「カラオケで使うなや!!」
平子が叫んだ。柊も真顔で頷く。
「本当にそれです」
「じゃあ、最初から雛森じゃなかったのか!?」
「だから私はここにいるって言ってるでしょ!」
とうとう本人に怒られ、恋次が口を閉じる。画面では、ギンだけが普通に歌い続けていた。藍染が台詞を言っている間も、いま全員が騒いでいる間も、一度もマイクを下ろしていない。
「何で普通に続けてるのよ……ギン」
乱菊が遠い目をした。やがて曲が終わると、藍染は満足そうに微笑み、中継がそのまま切れる。
元のカラオケ画面が戻ってきて、柊は深くソファにもたれた。
「……疲れた」
「まだ何もしてへんやろ」
「精神的にです」
十秒後、再び虚夜宮が映った。
「もう驚かねえぞ」
一護は投げやりだった。
そして、今度はウルキオラ・シファーが一人、白い廊下に立っている。
アニマロッサ
「……お前もか」
「黒崎、もう諦めろ」
石田が静かに言うと、ウルキオラは無表情のまま歌い始めた。ほとんど動かず、表情も変わらない。それなのに、声だけは妙にしっかりとしている。
「……何かよ、上手くねえか?」
「認めたくはないが。音程も正確だ」
恋次と石田が小声で言い合う。一護はモニターを睨んだ。
「何で虚夜宮側の方が妙に本格的なんだよ」
「音響もいいね」
「そこ評価すんな!」
柊へのツッコミが、とうとう裏返った。曲が終わり、九十二点の表示が出ると、ウルキオラは画面越しに一護を見つめる。
「…………」
「何だよ」
ウルキオラは、ゆっくりと自分の胸元へ視線を落とし。
「……心か」
そこで画面が消えた。
「最後の一言、必要だった?」
「本人には必要なんやろ」
平子はストローをくわえ、もう一度ソファへ沈んだ。
再びノイズが走る。
「またかよ!」
「黒崎一護ォ!!」
「ほらな! 絶対うるせえ奴だと思った!」
青い髪の破面が、画面いっぱいに映っていた。グリムジョー・ジャガージャック。その下に、曲名が表示される。
echoes
イントロが始まると、グリムジョーは最初から勢い全開だった。こちらへ挑みかかるようにマイクを握り、歌の合間にも一護を睨んでいる。
「こいつ、カラオケでも喧嘩してるみてえだな」
「あんな握り方して、マイク壊れないの?」
「知らねえよ!」
柊の心配に一護が投げやりに返す。そのまま最後まで歌い切ると、画面に採点結果が出た。
九十六点。
「高えな!?」
一護が身を乗り出した。グリムジョーは満足そうに笑う。
「黒崎一護」
「何だよ」
「てめえ、その歌唱であと何回歌える?」
「は?」
画面の中で、グリムジョーの霊圧が跳ね上がった。
「軋れ、豹王!」
「おい!?」
帰刃したグリムジョーが笑う。同時に、採点画面が勝手に切り替わった。
帰刃状態ボーナス
九十八点
「今のお前じゃ、解放状態の俺には勝てねえ」
「採点の話かよ!!」
「待て。何故採点機が帰刃を認識している」
石田が真剣な顔で指摘した。柊は数字を見ながら頷く。
「帰刃すると二点上がるんだ」
「柊さんまで受け入れないでくれ!」
「次はてめえだ、黒崎一護!」
グリムジョーがこちらを指さし、そのまま中継が切れた。
「勝手にカラオケ勝負にすんな!」
ところが端末には、既に新しい項目が追加されていた。
対戦予約
黒崎一護 VS グリムジョー・ジャガージャック
「消せ!!」
***
次に現れたのは、ザエルアポロ・グランツだった。
「……何でこいつまで」
恋次が露骨に顔をしかめた。石田も、同じような顔をしている。
ALONES
イントロが流れ、ザエルアポロは優雅に歌い始めた。音程は安定している。声の伸びも悪くない。十秒ほど黙って聴いていた恋次が、隣の石田へ身体を寄せた。
「……石田」
「何だい」
「この曲……」
「言うな」
「いや、でもよ……こいつに合ってなくねえか?」
「……同感だな」
一護も、何とも言えない顔で画面を見ていた。
「何だろうな、この違和感」
柊は少し考えた。画面のザエルアポロは、胸元へ手を添え、やたらと気持ちよさそうに歌っている。
「本人の倫理観と、曲の情緒が噛み合ってないんじゃない?」
「それだ」
石田が即答した。
「何でオメーがそんな感情込めて歌ってんだよ!」
恋次の声は、歌声にかき消された。ザエルアポロは最後まで歌い切り、こちらの様子に気づいたように肩をすくめる。
「何か問題でも?」
「問題しかないだろう!」
「オメーが普段やってること思い出せ!」
「美しい楽曲を美しく歌うことと、僕の研究に何の関係がある?」
「そういう話ではない!」
石田が言い返したところで、採点結果が表示された。
九十七点。
「しかも高えのが腹立つな!!」
「当然だろう」
ザエルアポロは眼鏡を押し上げた。
「発声という現象を構造的に解析し、最適な――」
「カラオケを研究するな!」
「もう帰れ!」
「野蛮だね」
中継が切れた。石田は眼鏡を外し、目頭を押さえる。
「今の時間は何だったんだ……」
「今日、それしか言ってない気がする」
柊が小さく笑ったところで、端末が鳴った。虚夜宮ではなく、室内の人物の名が現れる。
平子真子
種をまく日々
「何で俺のまであんねん」
「平子隊長、歌ってくださいよ」
「何でちょっと嬉しそうやねん」
「さっきまで俺ばっかり驚いてたので」
「お前なあ……」
それでも平子はマイクを取った。軽く肩を揺らしながら歌い、途中で何度かこちらへ相の手を求めてくる。柊もそれに合わせて手拍子を入れた。久しぶりに、普通のカラオケらしい時間が流れている。
ただし、歌い終わるまでだった。
『何やその点数! ダッサいな!』
モニターの端に、小さな映像が現れた。
猿柿ひよ里だった。
「どっから出てんねんッ!」
『もっとまともに歌われへんのか、このハゲ!』
「誰がハゲや!!」
本人は部屋にいない。部屋にいないのに、平子はきっちり言い返していた。マイクを握ったままなので、その声がスピーカーを通して大音量で響く。
「平子隊長、落ち着いてください」
「周介! お前、今笑うたやろ!」
「笑ってないですよ」
「嘘つけ!」
***
東仙要+檜佐木修兵
サンキュー
その名前が表示された時だけ、少し空気が変わった。檜佐木は暫くモニターを見た後、隣にあったマイクへ、一度視線を落とす。今度ばかりは誰も急かさなかった。
やがて画面に東仙の姿が現れた。檜佐木は静かにマイクを取り、イントロを待つ。
一曲だけ、誰も余計なことは言わなかった。歌声と伴奏だけが、部屋を満たしていく。
曲が終わり、中継が切れると、檜佐木はしばらく画面を見つめてから、口元だけで小さく笑った。
「……反則だろ」
誰も、その言葉には、何も返さなかった。
***
それからも、予約は途切れなかった。織姫とルキアが並んでマイクを持ち、再び曲が入った一護は、恥ずかしがりながらも歌いきる。
柊はその間、端末を渡し、マイクを渡し、合いの手を入れ続けていた。
数時間後。さすがに、全員が疲れ切っていた。
「もう帰ろうぜ……」
一護がソファへ沈み込む。
「僕も賛成だ」
「俺もだ」
石田と恋次も即答した。乱菊だけが、まだ名残惜しそうに声をあげる。
「えー、あと一曲くらいいいじゃない!」
「まだ歌う気か!」
日番谷が叫ぶ。その声を聞きながら、柊はふと気づく。
「……あれ?」
「どないした、周介」
「俺、一曲も歌ってないんですけど」
部屋が静まる。乱菊が、ゆっくり顔を上げると。
「あ」
「そういや、周介だけまだやな」
「ずっと待ってたんですけど」
恋次が端末を引き寄せた。
「柊副隊長の名前、ないんスか?」
「分からない。ちょっと検索してみて」
恋次が一文字ずつ名前を入力していく。柊周介。検索ボタンを押すと、すぐに結果が返ってきた。
該当なし
「…………」
柊は画面を見たまま黙る。
「……まあ」
一護が、何となく慰めるような声を出す。
「仕方ねえんじゃねえか、柊さん」
「何で?」
「何でって……」
一護も答えられなかった。
平子が柊の肩を叩く。
「周介」
「はい」
「そういう宿命や」
「どういう宿命ですか」
「お主だけ持ち歌がないということじゃな」
「何で俺だけ?」
「知らん」
夜一の言葉を受け、砕蜂が即答した。
「砕蜂隊長まで冷たくないです?」
「事実を述べただけだろう」
「……帰っていい?」
柊が立ち上がりかけた、その時だった。
ピロン、と端末が鳴る。
検索結果更新
柊周介
「あ」
「出た!」
乱菊が身を乗り出した。恋次も端末を柊へ差し出す。
「あるじゃないスか!」
「良かったな、柊さん」
「何だ。あるんじゃん」
柊は受け取った画面を覗き込んだ。自分の名前はある。ただ、その下に曲名が出ていなかった。
「……?」
「周介、押してみいや」
促されるまま、柊は自分の名前に触れた。
すると。
画面が暗転した。次いでスピーカーから、重々しい低音が流れ始める。壮大で、不穏で、どこか聞き覚えのある音楽だった。
風に揺れる死覇装。月明かりに照らされた瀞霊廷。やたらと格好のいい映像が、ゆっくり切り替わっていく。
しかし、歌詞は、出なかった。
♪ ほぉう……
「…………」
全員が黙って画面を見た。
♪ ほっほーう……ほーう……
「歌じゃねえじゃねえか!!」
一護が立ち上がった。
「BGMだろ、これ!」
「いったい、これの何を採点するんだ……」
恋次が叫び、石田が画面を確かめる。採点機能は、確かに有効になっていた。柊は端末から顔を上げ、モニターと、その横のマイクを交互に見る。
「……俺、何すればいいの?」
「歌えや」
「どこをですか」
「ほぉうほっほーう」
「絶対、嫌ですよ!」
平子は既に笑っていた。乱菊も楽しそうに、テーブルのマイクを柊へ寄せる。
「でも、柊副隊長の番ですよ?」
「歌じゃないでしょ!」
「柊、腹から声を出せ」
「夜一さんまで何で乗るんですか!」
「いつまで待たせるつもりだ」
「砕蜂隊長も!?」
柊が振り向いた隙に、一護がマイクを手へ押し込んだ。
「ほら、柊さん! イントロ終わるぞ!」
「ずっとイントロみたいなもんでしょ、これ!」
「いいから!」
「柊副隊長!マイク!」
恋次まで加勢する。柊はマイクを持たされたまま、ぐるりと部屋を見回した。先程まで疲れ切っていた者たちが、全員こちらを凝視している。
「……ちょっと待って。本当にやるの?」
誰も助けようとしない。伴奏だけが、ますます壮大になっていく。
♪ ほぉう……ほっほーう……ほーう……
柊は一度、目を閉じた。
そして、マイクを口元へ運ぶ。
「……ほぉう……」
一護が吹き出した。恋次は俯き、乱菊は口元を両手で覆った。
「笑わないでよ!」
「周介! はよ続き歌えや」
「平子隊長、覚えててくださいね」
柊は画面を睨み、半ばやけくそで息を吸う。
「……ほっほーう……ほーう……」
堪えていた笑いが、一斉に弾けた。
「無理だって!!」
一護が腹を抱えてソファへ崩れ落ちた。恋次はテーブルへ額を近づけたまま、片手で何度も膝を叩いている。
「だ、駄目……!」
乱菊はとうとう、隣のクッションを抱えて倒れ込んだ。柊は助けを求めるように辺りを見渡したが、誰も何も言ってこない。そして、砕蜂に目がいった時、彼女が腕を組んだまま黙っていることに気づく。
流石に砕蜂隊長は笑わないよな。
柊が少し安心したのも、束の間。砕蜂の口元が僅かに震えているのに気づく。
「……砕蜂隊長」
「何だ」
「笑ってます?」
「笑ってなどいない」
「絶対笑ってるでしょ」
「歌え」
「理不尽じゃないですか!?」
音楽が一段と盛り上がった。映像の中では夜空を雲が流れ、風が吹き荒れている。今にも、世界の命運を懸けた決戦が始まりそうな雰囲気だ。
そこへ柊の声が重なる。
「……ほぉう……ほっほーう……」
「何で柊さんだけ、カラオケなのに最終決戦なんだよ!!」
一護が爆笑しながら、机を叩く。平子も目元を覆いながら、楽しそうに頷く。
「周介らしいやん」
「どこがですか!?」
***
やがて、BGMが終わった。
柊はマイクを置き、深く息を吐いた。笑いすぎた周囲も、それぞれ目元を拭ったり、飲み物へ手を伸ばしたりしている。
ところが、画面にはまだ続きがあった。
採点中
「……採点するんだ」
「何を評価しているんだ……」
石田は、もう声に力がなかった。数秒後、結果が表示される。
測定不能
「…………」
「でしょうね」
柊が静かに言った。
「ゼロ点やろ?」
「平子隊長」
「何や」
「次の五番隊の仕事、倍にしますよ」
「何でや!!」
***
ようやくカラオケ大会は終了した。店を出ると、冷たい夜風が顔を擽る。一護は大きく伸びをし、そのまま疲れ切った声で言う。
「二度とこの店行かねえ」
「君と同じ意見なのは癪に障るが、同感だ」
「虚夜宮と中継繋がってたしな……」
石田が頷き、恋次はまだ納得のいかない顔で、店の看板を振り返った。
「でも、楽しかったじゃない!」
「どこがだ!」
乱菊と日番谷は、最後まで同じ調子だった。
少し前を歩いていた白哉が、ふと足を止めた。思わず、恋次はぶつかりかけ、慌てて足を止める。
「隊長? どうかしたンすか?」
「次は外さぬ」
「まだ引きずってたんスか!?」
その少し後ろでは、夜一が砕蜂へ顔を向けていた。
「砕蜂よ」
「はい、夜一様」
「また歌うぞ」
「喜んで!」
「また来る気なんですか……?」
柊が呆れたように笑う。夜一は当然のように頷いた。
「何じゃ、柊。おぬしは来ぬのか?」
「いや……まあ、普通のカラオケならいいですけど」
「次もあのBGMな、柊さん」
後ろから一護が口を挟んだ。柊は足を止めずに振り返る。
「黒崎」
「何だよ」
「それだけは絶対嫌だ」
「ほぉうほっほーう」
すぐ隣で、平子が歌い始めた。
「平子隊長!」
「ほぉうほっほーう」
「阿散井まで!」
「ほぉう――」
「松本もやめて!」
「ほっほーう」
「夜一さん!」
笑いながら柊を揶揄う一行の中で、砕蜂だけは何も言わなかった。柊は少しだけ息を吐き、そちらへ顔を向ける。
「……砕蜂隊長は、さすがに――」
「……ほぉう」
「砕蜂隊長まで!?」
全員が再び笑い出した。砕蜂は何事もなかったかのように顔を逸らす。
「何のことだ」
「いや、今……!」
「知らん」
「絶対言いましたよね!?」
夜一の笑い声が、夜の街に響いた。
***
その日以降。
五番隊副隊長・柊周介を見ると、一部の死神たちが妙に壮大な声で、
「ほぉう……」
と言うようになった。
本人は、心底嫌がった。
――歌がないなら、BGMを歌えばいいらしい。
番外編 護廷十三隊、カラオケ大会? 完
今回は時系列を完全に無視した、オールスター形式のお祭り回です。
今後も本編の時系列に沿った日常回から、今回のような何でもありのIFまで、様々な番外編を掲載していく予定です。
本編とはまた違った、柊とBLEACHの登場人物たちの掛け合いを楽しんでいただければ幸いです。
それでは、また次の番外編で。
ほぉう……ほっほーう……。
Q. 次の番外編はどれを読みたいですか?
-
1. 110年前の日常
-
2. 女性死神協会絡みのドタバタ
-
3. 番外編0(110年前より過去)
-
4. 名探偵周介&惣右介シリーズ