エロトラップダンジョンマスターは教育に悪すぎる 作:蛍光ペン
冒険者が嫌いだ。
自分ならば他の人には出来ない大きな何かを成し遂げられると信じてやまないその在り方や、自身を大切に思ってくれる人などいないと勘違いしているとしか思えない破滅的な生き方がどうも気に食わない。
どうせ大した者になんかなれないのに。
明日には野垂れ死んでいても可笑しくない。それが冒険者だ。
「リリはどうして強くなりたいの?」
「強ければねー。やれることがいっぱいあるよってティディが教えてくれたから!」
「…そう」
私はどうしようもなく、リリと名乗ったこの子の在り方が危ういと感じた。
青空に差し込む陽の光を目一杯に吸い込んだ翠色の瞳。それを爛々と輝かせてまるで未来には希望しかないのだと信じて止まない純粋な色を宿している。
この子はいつか『冒険』をする。そんな言いようのない確信があった。
「リリ。あなたは子供だからまだ分からないかもしれないけど、世の中にはあなたが思っているよりもよっぽど恐ろしいことが沢山あるの」
「君も子供だろうに」
「ティディは少し黙ってて」
喋るぬいぐるみのティディが不貞腐れたように背中をこちらに向けた。その可愛らしい仕草に意識が持っていかれそうになったが、それを無視してリリの手を取り目と目を真っ直ぐ合わせた。
「人間では勝てないような強い魔物と遭遇したらどれだけ鍛えていても逃げるしかない。人を食い物にしようと悪だくみをする人からは都合の良いように利用されるかもしれない。嫉妬や恨み、憎しみを理由に昨日まで笑い合っていた隣人から突然、刃を向けられることだってあるの」
リリはキョトンとした顔で私と向き合っていた。
多分、話の半分も理解できていないと分かっている。十歳になったかどうかくらいの背丈の女の子相手に何を言ってもという思いもある。
しかし、溢れ出た思いをせき止める手段を私は持ち合わせていなかった。
「強ければ何とかなるなんて勘違いなの。そんな風に考えているといつか必ず身を滅ぼす。そして帰りを待ってくれる大切な人たちを大勢傷付けることになるわ」
「───それは弱いままでいていい理由にならないだろ」
遮るように言ったのは黙ってるよう伝えた筈のティディだった。
「そんな上辺だけの言葉じゃ、誰の心にも届かないよ。セリーナちゃんは今、何かに怯えて足が竦んでいるみたいだ」
「…なにを」
「リリちゃんに傷付いて欲しくない。…うん、これも間違いなく本音なんだろうとは思うよ。だけど、それだけじゃないよね?」
ティディと会話をしていると、不思議な感覚に陥る。
第一印象では軽薄な雰囲気だった。子供であるリリと同じ視点に立ちおどけたような振る舞いをしていたのに、今は一転して淀み一つない水面のような静謐だ。
そこで既視感の正体に思い当たる。
今のティディから感じているそれが、長生きしている老人を前にしたときの貫禄と同じようなものであると。
「人に吐き出したら気持ちが楽になることもあるんだってさ。騙されたと思ってまずは話してごらんよ?ここにはまだ幼いリリちゃんとただのぬいぐるみしかいないんだから」
眉根を下げ訳の分からない様子でこちらを見上げるリリと大袈裟な手振りで話を催促してくるティディを見て、私はなんだか肩の力が抜けてしまった。
先程まで胸中に渦巻いていた焦燥感はさっぱり無くなっており、漏れ出るのは「はぁ」という浅い溜め息。
「…私、この村の出身じゃないのよ」
この二人が何者なのか分からないけど、これから長い付き合いになるとも思えない。どうせこれっきりなら、話しても問題ないよね。
そんな誰に向けた訳でもない言い訳を思い浮かべると、するすると口が回り始めた。
「三年くらい前だったかな…丁度リリくらいの年ね。私は母と二人で王都に暮らしていたの。父の顔は生まれてこの方見たことがなかった。母も話したがらなかったから何も教えてくれなかったけど、それでも母は私を女手一つで大切に育ててくれていたわ」
「母は冒険者だった。美しく、孤高で、何より強い。同僚の冒険者からは慕われていて、実力派だったからよく頼りにされていたのを覚えてる。私はそんな母が誇らしくてあんな風になりたいと思っていた。…きっと憧れだったのね」
「幼い私を連れて仕事は出来ないから、母が仕事をしている間は冒険者ギルドで面倒を見て貰っていたわ。受付のお姉さんやギルドマスター、強面の冒険者なんかに囲まれて最初は怖くなって泣いてたっけ」
「はいはーい!」
そこでリリがビシッと挙手していたので話を止める。
学校の先生にでもなったような感覚に妙な恥ずかしさを抱きつつ、それを悟られないよう平静を装って手振りで質問を促す。
「どうぞ、リリちゃん」
「ぼうけんしゃってなに?それにぎるどますたーとか、聞いたことなかったから」
「腕っぷしに自信がある人が、戦う力のない人の代わりに危険な魔物を退治したり薬草なんかを採取したりする仕事だよ。下水の掃除とかペットのお世話とかを任される依頼もあるみたいだから、何でも屋みたいな感じかな」
「ギルドは冒険者に斡旋された仕事を管理したり酒場になってたりする冒険者たちの拠点みたいな場所で、ギルドマスターはそこの責任者をしている人のことよ」
…冒険者を知らないって、どんな環境で育てばそうなるのだろうか。
森の奥深くでひっそりと生活している退廃的なエルフの部族なら理解できるところもあるが、そういった手合いは総じて身に纏う衣類が簡素なものになっていると思う。
その点、リリの格好は鮮やかな色合いに派手なデザイン───それも貴族が取り扱うような上等な素材を使っているように見える。
箱入り娘だったりするんだろうか。もやもやとした疑念だけが積もっていた。
「…どうしてティディが答えちゃうのよ。私が教えたかったのに」
「え、ごめん。気にせず続きをどうぞ?」
「別にいいけど」
このぬいぐるみが保護者───なんてことはある筈がないか。
「…ある日、母が遠出をすると言ったわ。王都周辺を中心に活動していた母にしては珍しい提案だったから、王都を出たことが無かった私は喜んで付いて行った。普通の冒険者では困難な依頼だってことで、腕利きの母に白羽の矢が立ったのね」
「普段なら仲間と一緒に依頼をこなしていた筈なのに、メンバーは私と母の二人だけだった。ギルドで最後に見たパーティーメンバーの顔には影が差してたから、きっと喧嘩別れでもしたのね」
「道中、母は同じ話を何度も繰り返した。私は強いから大丈夫、他の人とは違うからと笑い掛けてきた」
その時の母の顔は今でも鮮明に思い出せる。
瞼を閉じて暗転した視界には、胸の前で握り拳を作り精一杯の笑顔を浮かべる母の姿が浮かんでくる。常に気丈に振る舞い、弱さなんて欠片も見せなかった強い母のいつもと変わらない優しさだった。
「母が受けた依頼は『鎮魂の迷宮の調査』。どんな田舎者だって、名前くらいは聞いたことがあるでしょ?未だかつて、誰も帰還者が現れたことのない前人未踏の迷宮よ」
…何故か、ティディの尻尾がピンと張り詰めたような気がした。
「私を村長に預けて、母は帰還を約束した。私なら絶対に大丈夫、必ず帰ってくると何度も何度も言い聞かせるように繰り返し伝えてから発って行ったわ。今思えば、あれには自分に言い聞かせる意味もあったのかもね…」
「その後は…もう言わなくても分かるでしょ?私が王都じゃなくてこの村で世話になっている───それが答えなのよ」
自分ならば他の人には出来ない大きな何かを成し遂げられると信じてやまないその在り方や、まるで自分を想ってくれる人などいないと勘違いしているとしか思えない破滅的な生き方が気に食わない。
「だから私は───冒険者が嫌いなのよ」
私は───私のことを置いていなくなった母が嫌いだ。
▽
どうすんのこれ。地獄みたいな空気になっちゃったよ。
まさか僕のせいで今の境遇になってしまっていたとは。謝意もなくはないところだけど、それを伝えられないのがもどかしい。元凶が目の前にいるだなんて、セリーナは夢にも思うまい。
「セリーナちゃん…」
心なしか、リリのこちらへ向ける視線が冷たくなったような気がする。
いや遅いよ!最初から悪いモンスターだって言ってたのに信じなかったのはそっちじゃんか!なにこの喪失感!
「…セリーナちゃんのお母さんは、どうして『鎮魂の迷宮』に向かったのかな?」
僕は慌ててセリーナに話を振る。
僕のダンジョンに入ったら最後、待ち受けるのは死のみであることは伝聞で知っている筈だ。知名度的に、知らない方がおかしい。
名声を欲しがっている感じでもなかったし、金か?それにしては、冒険者としての実力はそれなりにあったみたいだけど。子育てしてることを加味しても稼ぎに困ってる風ではないと思う。
「そんなの分からないわ。とっくに死んでるだろうし、本人に聞くなんて出来っこないんだから」
多分死んでないかな…エロトラップダンジョンだし。
今も苗床してるか眷属として僕の仲間になっているかのどっちかだと思うけど。しかしそれがどの眷属なのか分かる筈もない。何故なら、僕の眷属は既に余裕で五桁を超える人数にまで膨れ上がっているから。
今から三年以内だったら探せば見付からないこともないだろうけど。
『───あの、E様。『念話』で説明してもよろしいでしょうか?』
突如、脳内に響く第三者の声に肩が跳ねた。
すると視界の端で揺らめく何かが見え───注視すると、セリーナの影から顔を出す何者かがいた。
『セリーナの母です』
───おるやんけ!!!
そして顔を見て思い出した。最近眷属にした新顔だったから印象が薄くて忘れていただけで、間違いなく見覚えがある。
『E様の眷属になった後、望みを一つ叶えて良いと言われ、娘を側で見守りたいと申し上げたのが私です』
そうだ。その為に必要なスキルをふんだんに与えて、何があっても外界に干渉してはならないと条件を出した上で見送った覚えがある。
娘が死んだら帰ってくると約束して地上へ出て行った眷属だった。
『君だったのか。事情はセリーナちゃんからある程度は聞いたけど、酷い親だと思われてることは知ってたの?』
『ええ。ずっと見守っていましたが…仕方ありません。恨まれて当然のことをしましたから』
『干渉はしてないよね?』
『はい。言い訳が許されないこの苦しみも身から出た錆。自分の犯した罪だと自覚し甘んじて受け入れています。むしろ、我が子の行く末を見守る権利を与えて下さっただけでも、感謝してもし切れないほどです』
栗色の瞳に娘を映しながら眉尻を下げる眷属の姿が居たたまれない。
よく見ると容姿はそっくりだ。眷属は僕の影響を受けてサキュバスになってしまうので角が生えてしまってはいるが、焦げ茶の長い髪や栗色の瞳なんかは親子のそれなんだと一目で分かった。
「…ティディ?どうしたの、さっきから黙っちゃって」
「…あー、何とか慰めの言葉を探そうとしたんだけど、僕じゃあ君のお母さんの気持ちは分からないなと思って」
「いいのよ気にしなくて。ティディの言った通り、聞いてくれただけでも楽になれたような気がする」
そう言って綻んだように笑うセレナの表情が、母親のそれと重なって見えた。申し訳なさそうに俯いているリリの頭を「気にしないで」と優しく撫でている。
『乗り掛かった船だし、君からも事情を聞いてもいいかな?』
『面白い話ではありませんけど、それでも良ければ…』
───
──
─
「───よし。リリちゃんを指導するついでに、セリーナちゃんも修行しようか」
「なんでよ」
一石で二鳥を落とす為だよ。
▽
二人と一匹で森の深くへと進んでいく。
視線の先を行くリリの後ろを着いて歩きながら、何故という疑問が私の頭の中を駆け巡っていた。
そもそも私は自主練で剣を散々振った後だ。今から更なる訓練を重ねるというのも酷な話ではないか。なんて、恨めしい視線をティディに送っても届く気配はない。
「この辺でいいかな。最初は座学から始めようと思うから、二人はそこに座ってね」
またしても空中から椅子を取り出してそれが無造作に置かれる。その謎の能力は一体何なのよ。『魔力』の起こりは感じ取れるのにあるべきものがないから、スキルの一種なんだろうけど。
「まず、リリちゃんは魔法についてどのくらい知ってるのかな?」
「何もないところから火とか水とかを出して飛ばすんでしょ?『ファイアーボール』!みたいな感じで」
「五十点だね。魔法を使う為に必要なプロセスはもう少し複雑なんだ」
言いながら突き出した腕の先に、光り輝く円型の紋様が浮かび上がった。
私はそこに刻まれた紋様の精巧さに目を剥く。私自身は魔法使いではないが、世話になっている親代わりの村長が凄腕の魔法使いだからそれなりに知識がある。
故に、きめ細かい線の一つ一つに意味があり、それをなんてことの無い風で展開して見せたティディが信じられなかった。
「これは『魔法陣』。細く伸ばした魔力で術式を編んでから、充填させると魔法が完成して刻んだ命令通りの動きをするんだよ」
「…ちょっと待って。私の知ってる魔法とは違うんだけど。『詠唱』はどうしたのよ?」
「はい、ここテストに出るよ。心して聞いてね?」
右手で先程の魔法陣を維持したまま、反対の手で細く長い魔力の糸を出して見せる。
「セリーナちゃんが言った詠唱ってのは、自力で術式を編めない人の為に用意されている補助輪みたいなものなんだ。昔の人が言葉と術式を世界に結び付けて、決められた言葉を口にするだけで魔法が使えるようにしたっていうね」
ティディの出している魔力の糸が動き出して、シュルシュルと絡まっていき形を成していく。
「こうやって、自力で魔力を編める人は詠唱を使わなくても魔法が使えるんだよ」
…これ、こんな田舎で軽々しく披露されていい技術なんだろうか。
一般的な魔法使いが長々と詠唱をして魔法を発動させているというのに、詠唱を用いない魔法使いはどれほどのアドバンテージを得るのか計り知れない。
しかし、よく考えるとティディのそれが洗練されているだけで、一から魔力の糸を編んでいくのは詠唱するだけの場合と消費する時間自体は大して変わらないのではないか。
「リリちゃん。真似して魔力の糸を出すことは出来そう?やったことあるかな?」
「初めてだけど…やってみる」
むむむ、とリリは険しい表情で人差し指に意識を集中する。
魔力とは肌で触れるものだ。生物が呼吸をしているのと同時に身体の中に取り込んでいるのだと、村長に教わった記憶がある。
つまり、私たちは常に魔力に晒されているということになる。
感覚が優れていればすぐに扱えるらしいが、果たしてリリはどうだろうか。
「───出来た!」
「わぁ!すごいよリリちゃん!天才天才天才!」
「えへへ…『精霊』さんに触ったときと同じ感じだったかも」
「うんうん。リリちゃんが昔から『精霊』さんと向き合ってきたからこその才能なのかもね」
ティディはリリの頭に飛びついてこれでもかと言うほど撫で回していた。
正直、私も驚きを隠せない。魔法使いでなくとも魔力を扱うことは可能なので私も練習はさせられたが、一朝一夕には行かなかった。少なくとも一週間は掛かったと思う。
「ねえ、その『精霊』さんって何なの?」
「そう言えば、説明してなかったね。『精霊』は大地の意思を伝える存在…一言で言っちゃえば、この世界の声みたいな感じかな」
「世界の声」
「ほら、エルフって耳が長いでしょ?これは他の種族よりも鋭敏に魔力を感じ取る為の器官だと言われてて、大昔にはリリちゃんみたいに『精霊』と触れ合えてたって説があるらしいよ。発達した耳で感受してるんだから声ってのも間違いじゃないと思う」
だとしたらリリは、エルフの中でも希少価値が高いのではないか。
それにティディの説明だと、世界の声が聞こえるのと魔力をすぐに扱えたことの関連性は見い出せなかった。理解し切れなかった私は、結局のところリリ自身の才能なんじゃと結論付ける。
「これが出来れば話は早いよ。そのまま、そうだな…『吹き荒れる風よ』って言ってみて」
「はぁー!『ふきあれるかぜよ』ぉー!」
リリの発音に合わせて糸の色が緑に変化する。私でも知っている魔法の属性を変える為の基本的な手順だ。
「今から言うことを真似して言ってみて。『渦を巻く螺旋の槍』『あらゆる障害を貫通する』『対象へ向け一直線』」
「『うずをまくらせんのやり』『あらゆるしょうがいをかんつうする』『たいしょうへむけいっちょくせん』!」
ティディは魔法陣を組んでいなかったようで、詠唱をしたのは二人だったのにリリの目の前でだけ完成した魔法陣から収束する空気の塊が放出された。初めて使った魔法に当人は目を輝かせている。
と言うか、詠唱使うのね。使わないやり方を教えるものだと思ってたけど。
そう言えば先程、詠唱は自力で術式を編めない人の為に用意されているとか言ってた気がする。なら初心者に対する指導のやり方自体は間違ってないのかと一人納得する。
「こんな感じで、詠唱に組み込めるよう予め設定されてる言葉は、術式の形と結びついてるから覚えさえすれば簡単に魔法を使えるよ」
「…分かんないけど、覚えるのが大変なんじゃないのそれ」
「そして世界と結びついてる決まった形を自力で再現すれば、詠唱無しでも魔法が使えるってワケ」
「…あんまり実用的じゃなさそうだけど」
じろっとこちらを向かれたので黙る。
「応用としてはこんなことも出来るよ。『極大』、『極大』、『極大』…」
ティディの詠唱に合わせて、展開される魔法陣が見る見る巨大なものへと変わっていく。
周囲の木々よりも高く見上げるほどに大きくなったそれに圧倒される。小さな身体にどれだけの魔力が込められているのか。こんな魔法陣から魔法が飛び出して来たらと想像しただけでゾッとする。
「ティディ、すごい───!」
「…これはやり過ぎでしょ」
「同じ意味でも重ね掛けは可能なんだ。大きな魔法陣を詠唱無しで組みたい時はこんな感じで魔力を編むといいよ」
「いや、絶対に無理だから」
目に見えて見やすくなったからこそ分かる、模様の繊細さ。
これを寸分の狂いなく形にするのにどれほどの時間が掛かるのか。真似しようと思っても難しいなんて次元じゃない。数えきれないほど繰り返し練習して息をするように展開できるようになって初めて実用化できるものじゃないか。
さっきの考えを訂正しよう。魔法使いは大人しく詠唱した方が強いと思う。
「今やって見せたみたいに、詠唱には決められたキーワードがあるんだけど、文章自体に制限はないんだ。だから熟練魔法使いの間ではキーワードだけを詠唱するっていう小技がある」
「すごーい!魔法って面白いねー!」
「覚えるまでが大変なんだけど。剣士にしろ魔法使いにしろ、簡単に強くなる方法はないってことだね」
そんな小技、聞いたことない。
初心者の魔法使いがキーワードを落とし込んだ詠唱を文章として教わるのは、単にその覚えやすさから来る合理的な理由だったりするんだろうか。
いや、そんな筈はない。熟練と言っていい実力の村長は詠唱を行っていた。
その小技はもしかすると、今は失われた知識だったりするんだろうか。若年の私では想像することしか出来ない。
「リリちゃんのセンスが良いから最初に教えるべきことはほとんど教えちゃったなぁ…じゃあ次はセリーナちゃんの修行に移ろうか」
「あ、ちゃんと私の番も回って来るのね…」
「そりゃそうでしょ。と言っても、剣に関しては僕じゃなくて、別の師匠を用意しようと思ってるんだけどね」
ふわふわの腕を前に翳して魔法陣を展開するティディ。
しかし、リリから熱視線を送られていることに気が付いてハッとなると、途中まで組み上がっていた魔法陣が霧散して崩れていく。
そして気を取り直し魔力の糸を一本出した。
「せっかくならリリちゃんの為に魔法を解説して見せた方がいいよね。この部分が『眷属』って意味でここが『召喚』、これが『召喚魔法』に必ずある相手の意思を確認する為の『可否』でこの辺が『顕現』…この一連の流れで完成だよ」
「その魔法、ティディ以外に誰が使うのよ」
「…魔王とかが使うんじゃないかな」
ティディにより魔力を充填された魔法陣が発光し、一度瞬きをするとそこには巨漢が現れた。
発達した下顎から覗く牙におぞましい緑色の肌。特徴がそれだけの人型の魔物であればすぐに思い浮かぶのは一種類だけなのだが、その生物は見るからに雰囲気が違っていた。
余りにも屈強。生物としての根源的な強さの次元が違っているような感覚。ひっくり返っても勝ちようがないと本能が理解してしまう。
「アニキ。悪いんだけどさ、アレ見せてくれないアレ」
「…」
「あー、いいのいいの。それはこっちで何とかするから、アニキはセリーナちゃんにアレを見せてくれればそれでいいよ」
「…」
「お願いするよ。それじゃあ二人共、少しだけ離れようか」
私が内心で軽い恐慌状態になっていることにも気付かず、ティディと怪物は友和な雰囲気で親しい仲であるかのような振る舞いをしている。
ふと、その怪物がこちらへ目配せをする。
視界に捉えられた。存在を捕捉された。私が認識された。たったそれだけのことなのに、その瞬間に全身の毛が逆立つ感覚があった。
「セリーナちゃん。このゴブリンは味方だから大丈夫だよ」
「───ッ」
ティディの呼び掛けで、呼吸を取り戻す。
呼吸を忘れるほど圧倒されていたという事実に愕然とする。人生で初めて目の当たりにする強者の気配は、私の想像を遥かに上回るものだった。
「ティディ、あなたは一体…」
聞かなければ。只者じゃない。聞いてどうする。身体が震える。
まさか、あの化け物を従えているのか。ティディの方があのゴブリンよりも格が上だとでも言うのか。
確かに、尋常じゃない魔法の技術。その一端しか見ていないのに、それだけで彼が普通ではないことがハッキリと分かる。
「見てごらんよセリーナちゃん───あれが神業だよ」
なんて、考えていたことがどうでも良くなるほどに。
目の前で繰り出されたそれは、それほどまでに美しいものだった。
この世の最高到達点に至ったのだと一目で分かる天井の剣技に、私はどうしようもなく魅せられることになる。