義継「織田軍め、ついに来たか」
遂に織田信奈率いる上洛軍が9月7日岐阜を出発した。
3日後にこの報を受けた俺は直ちに軍を編成、勢田城に向かった。俺は勢田城以上進軍しようとはしなかった。今現在勢田城にある兵力は3万。とてもじゃないが勝ち目はない。まあ、幸い六角が織田軍を足止めしてくれるだろうから俺は勢田城で後詰を待った。
そして3万の軍勢が到着した。
俺はこの兵を率いていた三好長逸に声をかける。
「長逸!よく来たな」
俺の存在に気付いて馬から降り頭を下げる。
「わざわざ御屋形様自らお出迎えになられるとは有り難き幸せ」
「何、いいって事よ。それより少し数が多くないか?」
俺は長逸に2万5000の兵で来るように言っていた。しかし目の前の軍勢は3万近くいた。
「その事なのですが丹波の波多野家当主波多野秀治と長宗我部家当主長宗我部元親殿から援軍が送られてきました。しかも両方とも当主自ら」
「なるほど、それで多いわけか」
嬉しい誤算だった。波多野家は丹波の豪族で丹波一の勢力であった。丹波撤退後は両家の中はよく時々茶会を開いていたりした。因みに俺はいずれ丹波には直轄領と波多野領だけにするつもりであった。
当主の秀治は文武両道で政治も戦もそこそこにこなす腕前だった。
長宗我部家は俺が当主になった時に土佐平定の許可を長宗我部元親が取りに来た時からの中だ。元親は姫武将で普段は読書などをして物静かだがいざ戦場に立つと、愛槍を振り回して鬼のように暴れまくる。そしてついたあだ名が「鬼若子」だった。
「長宗我部家が3500、波多野家が1500程です」
「何と秀治はそこまで出してくれたのか」
丹波で一番の勢力といえど領地はそこまで広くはない。最大2000も行かないのだ。
と、そこへ自軍を率いた波多野秀治と長宗我部元親が現れた。
「秀治!元親!此度は礼を言う」
そう言って俺は二人に頭を下げた。
「ははは、大丈夫ですよ。せっかく畿内が穏やかになってきたところにこれですから。さっさとたおして畿内に平和をもたらしましょう」
と秀治。
「一条兼定の時に世話になったんだ。これはそん時の礼だ」
と元親。
一条兼定の父に長宗我部家は恩があった。その為義継にお願いし、公家の一条家本家に頼んで兼定を隠居させその子に後を継がせた。もちろん後見役には元親がついた。
今回の援軍はその例と言う事らしい。
「どちらにせよここを抜かれれば後は勝龍寺城に撤退するほかない。それだけは避けたいところだ。二人とも頼んだぞ」
「お任せを」
「言わなくても解ってるよ」
秀治、元親の順に言う。俺は最強の援軍に心を躍らせた。
事態が動いたのは急だった。
‘六角承定1日で降伏‘
開いた口がふさがらなかった。六角家は確かに強くはないが観音寺城を中心に籠城すれば最低でも3日は持つと思っていたが1日で降伏とは。
おかげで一部の兵には「織田軍は不死身の軍団」なんて噂が出て来た。
「これはまずいですな」
元親が言う。今おれ、元親、秀治のみで話し合いを行っていた。
「確かにな。こんなうわさが広まれば全体の士気に関わる」
「でもどうするんだい?いくら俺らが言ったところで効果があるとは思えないし」
う~ん、と悩む俺達。
「やはり実際に戦って噂を消すしかないな」
「それまでに兵が浮足立たなきゃいいが」
「そう祈るしかないよ」
こうして三人の会議は何一つ決まることなく終わった。
「三好の当主としてここから先へは行かせない」
そして1話目に戻る。
おお、と会議に参加している物から感嘆が漏れる。こうなった以上当主が絶対的な自信を持っていると示すのがいいだろう。まあ、負ける気はないが。
「皆のものいいか。ここで負ければ三好の天下はなくなるだろう。ここで勝ったものこそが天下人となれる、そのくらいの覚悟で挑め。いいな?」
「「「「「おうっ!」」」」」
会議に参加していたものすべてから力強い言葉が発せられる。
今ここに「勢田城の戦い」が始まろうとしていた。
次から戦です。未だに信奈か義継かで迷ってます。