現在の京は室町幕府将軍義輝が治めていた。長慶様の死後、対立していた足利義輝と和睦した。その証として俺は山城(京がある国。現在の京都南部)の自治権を義輝に返した。義輝は喜んでいたが俺はもっと喜んだ。山城は寺社が複雑に折り重なっていて統治が難しかったのだ。俺としてはどうせ滅ぼすつもりである将軍に山城を返したところで何とも思わなかった。むしろ滅ぼす時まで山城の統治をしなくていいので他の所に気を配れるようになった。
そんなこんなあった京に俺は来ている。目的は御所への挨拶である。先日俺は御所に呼ばれた。俺としても用事があったので快く引き受けた。その時に俺は御所に来るために「左京大夫」の官位を授かった。どの位偉いのかわからないが。
俺はここに赴くのに兄の十河存保と安宅信康を連れて来ていた。
十河存保は言わずもがな。猪武者である。これで結構頭が切れるから不思議だよ。
安宅信康は長慶様の弟である安宅冬康の長女である。安宅冬康は温和な人物だったが俺の事を敵視していた。理由は分からないが何度も長慶様に言っていたらしい。それを長慶様に反抗していると勘違いした松永久秀に毒殺されてしまったのである。
冬康が死んだために信康が継いだのである。
信康は15と俺より年下だが13歳くらいまでは村上水軍のもとで修行していたため海戦で右に出る物はこの三好家ではいない。更に女とは思えないほどの怪力で、よく三好正康と力比べをしていたりする。
俺との関係も良好で「兄上」と慕ってくれている。俺の兄の存保には「十河殿」といっているが。
「ん~、やっぱり京は賑やかだな」
京の街を歩きながら俺は言う。義光と和睦してから京周辺は比較的穏やかになったため人が入ってくるようになった。これも義輝の善政のたまものか。
因みに三好家では楽市楽座と兵農分離を行っている。兵農分離の方はうまくいっていないが楽市楽座は阿波をはじめとして讃岐、淡路、摂津、和泉、河内、大和で効果的に進んでいる。
楽市楽座のおかげで三好領にはたくさんの人と物資が入るようになったため豊かになった。これに長逸は「このような斬新な案は考えたこともありませんでした」と素直に感心していた。
そんな京を歩いているうちに御所に着いた。
この世界では「やまと御所」と呼ばれている。
やまと御所の公家には武力こそないが、伝統と格式そして何よりも御所にこの国の神事を統べる姫巫女様を推していると言う一事をもって、いまだに武家に対して官位役職を与えると言う権威を持っていた。
足利将軍家も、やまと御所から「征夷大将軍」の位を授かる事で初めて幕府を開くことが出来たのだ。
とはいえ「応仁の乱」以来繰り返される戦乱によって少し前まで京の都は荒れ果て、由緒あるやまと御所もボロボロであった。
まあ、やまと御所を優先して復興させているため都らしさが戻りつつあった。
そんなやまと御所に俺はいた。
今回は関白の近衛前久との謁見のため姫巫女様はいない。
「三好左京大夫義継参上仕りました」
目の前の関白に頭を下げる。当主となってからこう言う事を覚えたため完璧とはいかずもそれなりにできていた。
「うむ。よく来たでおじゃるな」
関白近衛前久。
彼は一見ひ弱そうなお歯黒の麻呂ではあるが実は結構好戦的である。インドア派の公家集のなかでかれはばりっ張りのアウトドア派で会った。
「お約束通り五万貫お納めください」
使いのものにこれを言われたときはびっくりしたが楽市楽座のおかげでこのくらいは余裕で用意できた。
「うむ、約束通りじゃな。確かに受け取ったでおじゃる」
関白は若干うあずりながら答えた。
新しく安宅冬康、信康を出しました。信康がヒロインになる予定です。