ハリー・ポッターと魔法使いの嫁 作:ナメクジ食らえ!!
薄暗い地下室に、無数の蝋燭が揺れていた。
壁には古びた装飾が施され、天井から吊るされた燭台が、集まった人々の顔を不気味に照らしている。
そこにいるのは、裕福な魔法使いや貴族、そして表向きには決してこのような場所に姿を現さないような人間たちだった。
彼らの視線は、会場の中央に設けられた舞台へと向けられている。
舞台の上には、いくつもの檻が並んでいた。
中にいるのは魔法生物や、希少な品々。そして、ときには人間も含まれる。
ここは闇のオークション会場。
金さえ積めば、大抵のものは手に入る場所だった。
「さあさあ、皆様! 本日もお集まりいただき、誠にありがとうございます!」
舞台の中央に立つ男が、芝居がかった口調で声を張り上げた。
「これまでにも、なかなかお目にかかれない品々をご紹介してまいりましたが、いよいよ今回の目玉商品でございます!」
男が檻にかかった布を取り払い、大きく腕を広げる。
「なんと、なんと! 世にも珍しいスレイベガの少女でございます!」
会場がざわめいた。
「ご存じの方もいらっしゃるでしょう。スレイベガとは、生まれながらにして魔力を生み出し続ける、極めて特異な体質を持つ人間のこと!」
男は舞台の中央に置かれた檻を指し示した。
そこには、一人の少女が座っていた。
赤みがかった髪。華奢な身体。年齢は十歳ほどだろうか。
少女は膝を抱え、俯いたまま動かない。
「通常の魔法使いとは異なり、その身から魔力が絶え間なく生み出されるのです! しかも、その量は計り知れない! 魔法生物に近い性質を持ちながら、れっきとした人間でございます!」
男はそこで一度言葉を切った。
「もっとも、その代償もございます。絶え間ない魔力の生成は肉体に大きな負担を与え、彼らの寿命は極めて短いとされております。しかし、だからこそ希少! これほどの存在が市場に出回ることなど、滅多にございません!」
会場から、感嘆とも欲望ともつかない声が上がる。
「さらに、この少女はスレイ・ベガでは稀な”視る”能力も備わっております! いやはや、実に興味深い! まさに一生に一度出会えるかどうかという逸品でございます!」
少女は何も言わなかった。
自分のことを説明されているのだということは分かっていた。しかし、そこに自分の意思が入り込む余地はなかった。
「それでは、始めましょう! 最初の提示額は五千ガリオン!」
会場のあちこちから手が上がる。
「六千!」
「八千!」
「一万!」
値段が上がっていく。
少女は顔を上げなかった。
その様子を、会場の前方で眺めている男がいた。
長い銀髪に、整えられた口髭。高価な黒いローブを身にまとい、蛇の頭を模した杖を手にしている。
ルシウス・マルフォイ。
純血の名家マルフォイ家の当主であり、魔法界でも相応の地位と影響力を持つ人物だった。
彼は少女を見つめていた。
夜の愛し仔、またの名をスレイベガ。
その存在は、魔法界でも伝承に近い扱いを受けている。存在は確かに確認されてはいるものの、その特性故資料が少ない。
だが、もし本当に説明どおりの存在ならば、自身の悲願の達成のために手に入れる価値は十分にある。
「二万!」
ルシウスが静かに手を上げた。
「二万五千!」
別の客が応じる。
「三万」
「三万五千!」
「四万!」
ルシウスは少し眉を寄せた。
これ以上競り上がるのは好ましくない。だが、ここで引くつもりもなかった。
「五万ガリオン」
その声に、会場が一瞬静まった。
他の客たちは互いの顔を見合わせ、次々と手を下ろしていく。
司会の男が満面の笑みを浮かべた。
「おお! 五万ガリオン! 五万ガリオンが出ました! ほかにいらっしゃいませんか?」
そのときだった。
「七万」
聞き慣れない声が、会場の奥から響いた。
一斉に視線が向けられる。
そこに立っていたのは、黒い外套をまとった奇妙な男だった。
頭部は人間のものではない。大きな角を持つ、獣とも骸骨ともつかない頭蓋骨。暗い眼窩の奥では、赤い光がかすかに揺れている。
会場がざわついた。
「……誰だ、あれは」
「まさか、あの頭は……」
ルシウスの表情がわずかに強張る。
彼もその名を知っていた。
エリアス・エインズワース。
魔法界において、その名を知らぬ者は少ない。だが、その正体を知る者はほとんどいない。
人間なのか、魔法生物なのか。それとも、魔法界の分類にすら当てはまらない何かなのか。
だが、確かなのは彼がこの場の誰と戦っても遠く足元にも及ばない大魔法使いだということ。
「七万ガリオン! 七万ガリオンが出ました!」
司会の男が興奮した声を上げる。
「ほかにいらっしゃいませんか?」
ルシウスはエリアスを睨んだ。
「七万五千」
「八万」
即座に返された。
「……九万」
「十万」
「十一万!」
ルシウスの声に苛立ちが混じり始める。
「十五万」
エリアスの声は変わらない。
まるで、値段などどうでもいいとでも言うように。
ルシウスは歯を食いしばった。
「……十七万!」
「二十万」
しばしの沈黙。
ルシウスは目の前の存在を睨み続けたが、やがて手を下ろした。
「二十万ガリオン! 二十万ガリオンで落札です!」
司会の声が会場に響いた。
エリアスは特に喜ぶ様子もなく、舞台へと歩いていく。
檻の前に立ち、少女を見下ろした。
「こんにちは」
少女はゆっくりと顔を上げた。
「……こんにちは」
「君の名前は?」
「チセ……チセ・ハトリ」
「そう。チセというんだね」
エリアスは少し首を傾けた。
「私はエリアス。エリアス・エインズワースだ」
そう言って、檻の鍵を開ける。
チセはすぐには動かなかった。
自分がどこへ連れていかれるのか、何をされるのかを考えているようだった。
「出ておいで。もうここにいる必要はないよ」
差し出された手を、チセはしばらく見つめた。
そして、ゆっくりとその手を取り、舞台を降りて行った。
その後のオークションはほどほどの盛り上がりをみせ、終了した。多くの参加者が去り、エリアスも帰宅の準備をしていたその時。
「待て」
エリアスが振り返った。
「何か用かな?」
「その娘を渡せ」
「どうして?」
「ふざけるな。こちらが先に競り落とそうとしていたのだぞ」
「でも、最終的に私が落札した。そういう決まりだろう?」
「金の問題ではない!」
ルシウスの声が空っぽの会場に響いた。
「その娘には価値がある。お前のような得体の知れないものが連れ去っていい存在ではない!」
エリアスは黙ってルシウスを見つめていた。
「……なるほど。君も彼女に興味があるんだね」
「当たり前だ。スレイベガなど、そう簡単に手に入るものではない」
「そうか」
エリアスはチセの肩に手を置いた。
「でも、この子は私が連れて帰るよ」
「貴様……!」
ルシウスの顔が歪む。
「そもそも、お前は何者なんだ。人間でもない、魔法生物でもない。」
エリアスは答えない。返答がないエリアスを見てルシウスの言葉はどんどん激しくなっていく。
「人間にもなれず、妖精にもなれない。どちらにも属せない半端者が!」
その言葉が口から出た瞬間、ルシウスはわずかに顔を強張らせた。
言ってはならないことを言った。
そう理解したのは、言葉を発した後だった。
エリアスの赤い眼が、ゆっくりとルシウスを捉える。
「……ああ」
低い声だった。
「君は、そう考えているんだね」
次の瞬間、会場の空気が変わった。
蝋燭の炎が一斉に揺れる。
音が遠のき、空気そのものが重くなったようだった。
ルシウスは思わず杖を握り直す。
目の前にいる存在から、何か得体の知れない圧力が放たれている。
それは、彼がこれまで対峙してきたどの魔法使いとも異なっていた。
呪文を唱えようとしても、身体がそれを拒む。
人間としての根源的恐怖。
「誰に物を言っているかよく考えたほうがいい、小僧」
エリアスは静かに言った。
「……っ」
「私のことをどう呼ぼうと構わないよ。今さら気にすることでもないからね」
赤い眼が細められる。
「ただ、その子の邪魔をするのはやめてもらおうか」
ルシウスはエリアスの発する圧を前に指一つ動かせなかった。
やがてエリアスは興味を失ったように視線を外す。
「行こう、チセ」
「……はい」
二人が会場を出ていく。
ルシウスはその背中を睨みつけたまま、しばらく立ち尽くしていた。
やがて、手にしていた杖を強く握りしめる。
「……忌々しい」
彼は知らなかった。
あの奇妙な魔法使いが、なぜスレイベガの少女を買ったのか。
そして、その少女がこれから魔法界にどのような影響を及ぼすことになるのかも。
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オークション会場から離れた路地。
エリアスはチセの歩幅に合わせて歩いていた。
「チセ」
「はい」
「お腹は空いているかい?」
少女は少し考えてから、小さく頷いた。
「そう。では、何か食べよう」
「……あの」
「何かな?」
「どうして、私を買ったんですか?」
エリアスは足を止めた。
少しだけ考えるように、頭を傾ける。
「君が珍しかったから、という理由もあるかもしれないね」
チセは俯いた。
「でも、それだけではないよ」
「……?」
「君のような子供を、あのような場所に置いておくわけにはいかないと思ったんだ」
そう言って、エリアスは再び歩き始めた。
「それに、君にはこれから学ぶことがたくさんある」
「学ぶ……?」
「そう。魔法についても、この世界についてもね」
チセはその背中を追いかける。
「まずは家に帰ろう。話はそれからだ」
エリアスはふと空を見上げた。
「それから、アルバスにも連絡をしておかないといけないね」
「久しぶりに、面白い話ができそうだ」
チセには、その言葉の意味は分からなかった。
ただ、この奇抜な恰好の男が自分に危害を与える存在とはどうしても思えなかった。
TSするかは知りません