八人目の食卓 作:もちもちほっぺ
クロエは、朝から機嫌が悪かった。
理由は、はっきりしている。袖が合わないのだ。
窓際の作業台に肘をついて、クロエは、布の山の向こうをじろりと睨んだ。台所のほうでは、シオンとミウが並んで朝食の後片付けをしている。ミウが着ているのは、アヤが昔着ていたという、薄い若草色のワンピースだった。丈が少し長く、袖口が余って、手の甲まで隠れてしまっている。ミウはそれを何度もまくり上げては、水仕事のたびにずり落ちてくるのを、そのつど直していた。
ぶかぶかなのだ。
肩の縫い目は二の腕のあたりまで落ちているし、腰の位置もずれている。裾は、歩くたびに足にまとわりついていた。ミウが家に来てから、もう六日。その間ずっと、あの人は、体に合わない服を、何食わぬ顔で着続けている。
クロエは、ぬいぐるみのセバスチャンを膝の上に引き寄せて、ぎゅっと抱え直した。
「……見てるだけで、落ち着かないの」
誰にともなく、小声で呟く。
クロエは、仕立て屋だった。少なくとも、本人はそのつもりでいる。布と糸と針があれば、どんな服でも作れる。自分の服も、セバスチャンの服も、家の誰かが破いた服の繕いも、全部あちしの仕事、と思っている。その自分の目の前で、あんなに合っていない服を着ている人間がいるのが、どうにも我慢ならなかった。
けれど、それを口に出すのは、なんとなく癪だった。
拾われてきた子だ。素性もわからない。記憶がないなんて話、鵜呑みにしたわけじゃない。ヴィヴィ姉さんの心配は、もっともだと思う。そんな相手に、わざわざ「服を作ってあげる」なんて、言えるはずがない。
クロエは、手元の針を、布にぷすりと刺した。
作業は、ちっとも進んでいなかった。
*
昼前、クロエは、庭の裏手でミウを見つけた。
見つけた、というより、鉢合わせた、と言うほうが近い。洗い終わったシーツを干し終えたらしいミウが、空の籠を抱えて、裏木戸のほうへふらふらと歩いていくところだったのだ。
「ちょっと」
背後から声をかけると、ミウが振り返った。
「あ、クロエ」
「どこ行くの」
「え? ええと、ちょっと、散歩に」
「散歩?」
クロエは、眉をひそめた。
「シオン姉さんは?」
「裏の畑に、アヤ姉さんの手伝いに行ってるよ。お昼までは、自由にしてていいって言われたの」
「……ふーん」
クロエは、腕を組んで、ミウをじろじろと眺めた。
空の籠を抱えた若草色のワンピースの子は、きょとんとした顔で、クロエの視線を受け止めている。袖口が、また手の甲まで落ちてきていた。
「ねえ」
「うん?」
「あんたさ、あちしの目は、ごまかせないからね」
唐突に、そう言った。
ミウが、目を瞬かせる。
「ごまかす、って?」
「あんたが、何者なのかは知らないけど。いい人のふりをして、この家に入り込んだんだとしたら、許さないの」
口に出してから、自分でも、少し言い過ぎたかもしれない、と思った。けれど、一度出した言葉は、引っ込められない。クロエは、顎をつんと上げて、続けた。
「アヤ姉さんは優しいから、誰でも信じちゃうの。シオン姉さんは、人のことを見すぎて、自分のことを後回しにしちゃうの。ヴィヴィ姉さんは、あんなふうに怖い顔してるけど、みんなのことを、ほんとに心配してるの。エピカ姉さんは、物語のことになると、周りが見えなくなるの。イード姉さんは、ほっとくとすぐ寝ちゃうし、ウイは、小さいの」
一気に言って、息を継ぐ。
「だから、みんなが傷つくようなことしたら、あちしが、絶対に許さないの。わかった?」
しん、と静まった庭に、風が吹いた。
ミウは、しばらく何も言わなかった。クロエの顔を、まっすぐ、じっと見つめていた。怒るでも、怯えるでもなく、ただ、言葉を最後まで受け止めるように。
それから、ふっと、柔らかく笑った。
「クロエは、みんなのことをよく見てるんだね」
「は?」
「アヤ姉さんのことも、シオン姉さんのことも、ヴィヴィ姉さんのことも。ちゃんと、わかってるんだなって、思った」
ミウは、あっさりと、そう言った。
クロエは、一瞬、言葉に詰まった。叱られるか、言い返されるか、あるいは、悲しそうな顔をされるか。どれかだと思っていたのに、返ってきたのは、感心したような、あたたかい声だったからだ。
「べ、別に、見てるっていうか。一緒に住んでるんだから、当たり前でしょ」
「そうなんだ」
「そうなの!」
クロエは、頬が熱くなるのを感じて、ふいと横を向いた。
「だから、何よ。その、わかった、かどうかを聞いてるんだけど!」
「うん。わかった」
ミウは、真面目な顔で頷いた。
「みんなを傷つけるようなことは、しないよ。それは、約束する」
「……」
「でも、クロエが私のことを疑うのは、当たり前だと思う。だから、疑ったままでいいよ。ちゃんと、見ててほしい」
素直すぎる答えだった。
クロエは、むっとして、唇を尖らせた。この子は、どうして、こんなに簡単に、人の言葉を受け取ってしまうのだろう。もう少し、反発したり、取り繕ったりしてくれれば、こっちだって、言い返せるのに。
「……ほんと、変な子」
「そうかな」
「そうなの」
クロエは、ぬいぐるみを抱え直して、ふん、と鼻を鳴らした。
「それで? 散歩って、どこ行くつもりなの」
「え? 特に決めてないよ。ただ、歩きたいなって」
「決めてないの? 目的地もなく?」
「うん」
ミウは、当たり前のように頷いた。
クロエは、あきれて、ぽかんと口を開けた。
「意味、わかんない。目的もなく歩いて、何がおもしろいの」
「おもしろいよ。どこに行くか決めてないと、どこにでも行けるから」
「……」
「クロエも、行く?」
その一言が、唐突に降ってきた。
クロエは、固まった。
「は?」
「散歩。一緒に、行かない? クロエ、さっき、私のこと見張るって言ってたでしょう。だったら、一緒に歩いたほうが、見張りやすいと思って」
「み、見張るなんて、言ってないの!」
「そうだっけ。でも、疑ってるんでしょう」
「疑ってる、けど」
「だったら、ちょうどいいよ」
にこにこと、悪びれもせずに笑う顔を前に、クロエは、盛大にため息をついた。
断る理由は、いくらでもあった。作業があるし、そもそも、散歩なんて、意味がない。ヴィヴィ姉さんが知ったら、きっと、危ないからやめなさい、と言うだろう。
けれど、同時に、胸のどこかで、小さな声が囁いていた。
この子が、ひとりでふらふら歩いて、どこかで迷子になったり、変なものに出くわしたりするのは、それはそれで、後味が悪いの、と。
「……見張りよ」
クロエは、そっぽを向いたまま、低い声で言った。
「ただの、見張りなの。あんたが、変なことしないように。それだけ」
「うん。ありがとう」
「お礼を言われることじゃないの!」
クロエは、ずかずかと木戸のほうへ歩き出した。
背後から、ミウの小さな足音が、とことことついてくる。ぶかぶかの袖口が、ひらひらと風に揺れていた。
クロエは、ちらりと振り返って、そのみっともない袖を、じろりと睨んだ。
——帰ったら、ちゃんと測ってやるの。
心の中で、そう決めた。誰にも、言うつもりはなかった。
*
裏木戸を抜けると、そこは、緩やかな起伏の続く、広い草原だった。
家のある窪地から、少しずつ上っていく道が、白い小石の混じった土の筋になって、草の海を縫っている。初夏の陽射しは、まだそれほど強くはなく、風が時折、頬をひんやりと撫でていった。草の先が、さらさらと波のように揺れて、その上を、黄色い蝶が二匹、ふらふらと追いかけ合っている。
ミウは、道の真ん中を、ゆっくり歩いていた。
ゆっくり、というのは、遅い、という意味ではなかった。何かを見つけるたびに、ふい、と足を止めるのだ。
「あ、クロエ、見て。蟻の行列」
道の脇にしゃがみ込んだミウが、指をさす。
「……蟻でしょ」
「うん、蟻。でも、見て。すごく長いよ。あそこの石の下から、ずっとあっちまで続いてる」
「そんなの、どこにでもいるの」
「そうだね。でも、おもしろいなって思って」
ミウは、飽きもせずに蟻の行列を目で追って、それから、ぱっと立ち上がって、また歩き出した。数歩進んで、今度は、道端の白い小さな花に顔を寄せる。
「いい匂い。これ、なんて名前?」
「知らない」
「クロエも知らないんだ」
「いちいち、名前なんて覚えてないの。それより、色よ」
クロエは、思わず口を滑らせた。
「その花、染め粉にすると、きれいな淡い黄色が出るの。昔、あちしが一度、煮出してみたことあるの。ちょっと、くすんだ色になったけど、あれはあれで悪くなかったの」
「へえ。クロエ、そういうこともするんだ」
「当たり前でしょ。仕立て屋なんだから。布の色が決まらないと、何も始まらないの」
つい、饒舌になっている自分に気づいて、クロエは、ごほんと咳払いをした。
「そ、そんなことより。ちゃんと、前を見て歩きなさいよ。ふらふらしてると、転ぶの」
「うん。気をつけるね」
そう答えたそばから、ミウは、道の脇の窪みに、片足を突っ込んだ。
「わっ」
「ほら、言わんこっちゃない!」
窪みの底には、先日の雨の名残で、薄く水が溜まっていた。ミウは、右の靴を泥水の中にずぶりと沈めて、きょとんとした顔で、自分の足元を見下ろしている。
「……濡れちゃった」
「そうでしょうね!」
クロエは、呆れて叫んだ。
「もう、その服! ただでさえ合ってないのに、泥まで跳ねて、ぐちゃぐちゃじゃない!」
「あ、ほんとだ」
ミウは、ワンピースの裾に飛んだ泥の染みを、のんびりと眺めた。
「どうしよう。アヤ姉さんの服、汚しちゃった」
「あんたの姉さんじゃないでしょ!」
「あ、ごめん。つい、みんなが呼んでるから」
ミウは、照れたように頬を掻いた。
クロエは、その仕草を見て、なんとなく、毒気を抜かれた。この子は、本当に、悪意というものを持ち合わせていないように見える。だからこそ、余計に、腹が立つのだ。
「……貸して」
クロエは、ぶっきらぼうに言って、腰に下げた小さな布袋から、清潔な布切れを取り出した。
「足、出して。拭いてあげるの」
「え、いいよ。自分でやるから」
「いいから出すの!」
押し切られて、ミウは、素直に濡れた靴を差し出した。クロエは、しゃがみ込んで、泥だらけの靴を丁寧に拭き取った。靴底に挟まった小石を、指先でほじり出す。
その間、頭の上から、ミウの声が降ってきた。
「クロエは、優しいんだね」
「うるさいの」
「ありがとう」
「うるさい、って言ってるの」
クロエは、顔を上げずに、ごしごしと布を動かした。耳のあたりが熱いのは、陽射しのせいだと、自分に言い聞かせながら。
*
ふたりは、さらに、道を進んだ。
草原を横切り、小さな林を抜けると、目の前に、緩やかな丘が現れた。その中腹あたりに、一本だけ、大きな樫の木が立っている。幹は太く、枝は広く張り出して、地面に涼しい影を落としていた。
クロエは、その木の下で、足を止めた。
「着いたの」
「え、ここが、目的地だったの?」
「目的地なんて、ないって言ったのは、あんたでしょ。あちしは、ただ、歩いてきただけなの」
そう言いながらも、クロエは、慣れた足取りで、木の根元を回り込んだ。
幹の裏側には、背丈ほどもある、平たい大きな岩が、斜めに寄りかかるようにして鎮座している。その岩と地面の間に、子どもがひとり、膝を抱えて入り込めるくらいの隙間が、ぽっかりと空いていた。
「ほら。こっち」
クロエは、ちらりと振り返って、手招きした。
ミウが、おそるおそる近づいてくる。岩の隙間を覗き込んで、目を丸くした。
「わあ。こんな場所があったんだ」
「……あちしの、秘密の場所なの」
クロエは、声を落として言った。
「ここ、風が当たらないし、木の葉っぱが日除けになってくれるの。針仕事をするのに、ちょうどいいの。だから、時々、ひとりで来るの」
「そうなんだ」
「アヤ姉さんも、他のみんなも、知らないの。だから、あんたも、誰にも言っちゃだめなの」
言ってしまってから、クロエは、はっとした。
なんで、この子に教えてしまったんだろう。信用していないはずなのに。見張りに来ただけ、のはずなのに。
けれど、ミウは、そんなクロエの内心の動揺には気づかないふうで、ただ、静かに頷いた。
「うん。言わない」
「……ほんとに?」
「約束する。私、ここのことは、ちゃんと覚えておくよ」
ミウは、岩に手を添えて、ざらざらとした表面を、ゆっくりと撫でた。
「秘密の場所を教えてもらえたの、嬉しいな」
「べ、別に、教えたくて教えたわけじゃないの。たまたま、通りかかっただけで」
「そっか。でも、嬉しい」
ミウは、にこにこと繰り返した。
クロエは、返す言葉を探して、結局、見つけられなかった。代わりに、ぬいぐるみを胸に抱えて、岩の隙間に、ちょこんと腰を下ろした。ミウも、隣に、すとんと座り込む。
ふたりの頭の上で、樫の葉が、さわさわと鳴った。
隙間から見える景色は、草原と空だけだった。遠くに、家の煙突から立ちのぼる白い煙が、細く、小さく見える。風が吹くたびに、草の海が、ゆっくり傾いては、元に戻る。
しばらくの間、どちらも、何も言わなかった。
静かだった。
けれど、それは、居心地の悪い静けさではなかった。クロエは、自分でも意外なほど、この沈黙が苦にならないことに気づいていた。いつもなら、誰かと一緒にいるとき、何かしゃべっていないと落ち着かないのに。
「ねえ、クロエ」
先に口を開いたのは、ミウだった。
「クロエは、どうして、洋服を作るの?」
「どうして、って」
クロエは、少し考えた。
「作りたいから、作ってるの。それだけなの」
「そっか」
「だって、布って、何にでもなるの。同じ布でも、切り方と縫い方で、全然違うものになるの。ふわっとしたドレスにも、動きやすい上着にも、小さな袋にも。しかも、着た人によって、また違って見えるの」
つい、熱が入った。
「うまく仕立てた服を着た人が、ぱっと、いい顔になる瞬間があるの。それを見るのが、好きなの。誰かが、自分のために作られた服を着て、嬉しそうにしてるのを見ると、ああ、これでよかったんだなって、思うの」
言い終えてから、クロエは、またもや、自分が饒舌になっていたことに気づいた。
ちらりと隣を見ると、ミウが、真剣な顔で、こちらを見つめていた。
「すごいね」
「べ、別に、すごくないの」
「ううん。クロエは、ちゃんと、好きなことがあるんだね。それって、素敵だと思う」
ミウは、少しだけ、遠くを見るような目をした。
「私は、まだ、何が好きなのか、よくわからないから。クロエが、羨ましいな」
「……あんた、記憶がないんだっけ」
「うん」
「じゃあ、これから見つければいいの」
気がつけば、そう言っていた。
「あちしだって、最初から、仕立て屋だったわけじゃないの。何かを作るのが好きだな、って思って、やってみて、うまくいかなくて、悔しくて、また、やってみて。それを繰り返してるうちに、気づいたら、仕立て屋になってたの」
ミウは、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「そっか。そういうものなんだ」
「そういうものなの」
「……クロエは、頼もしいね」
「だ、だから! そういうのは、いいの!」
クロエは、また、ぷいと顔を背けた。
けれど、背けた顔が、自然と緩んでしまっているのが、自分でもわかった。この子と話していると、どうも調子が狂う。警戒しなければいけないはずなのに、気がつくと、ついしゃべってしまっている。
それが、なんとなく悔しくて、けれど、悪い気分ではなかった。
*
帰り道は、陽が少し傾き始めていた。
草の影が長くなり、風の匂いが、昼間とは変わってきている。昼の乾いた匂いの底に、夕方の、湿った土の匂いがうっすらと混じり始めていた。遠くで、鳥の群れが、茜色に染まりかけた空を横切っていく。
クロエは、ミウの少し前を、黙って歩いていた。
ミウは、後ろから、ぶかぶかの袖を揺らしながら、ついてくる。道端の花や虫に、相変わらず、いちいち足を止めながら。そのたびに、クロエは、立ち止まって、待たされることになった。
「ほら、早くするの。もう、夕方なの」
「ごめん、ごめん。つい」
「ついじゃないの! ちゃんと、前を見て歩きなさいよ!」
文句を言いながらも、クロエは、なぜか、置いていく気にはなれなかった。ミウが追いつくのを待って、また、並んで歩く。そんなことを、何度も繰り返した。
家の屋根が見えてきたあたりで、ミウが、ふと足を止めた。
「クロエ」
「何なの」
「今日は、ありがとう。連れてきてくれて」
「連れてきたんじゃなくて、見張ってただけなの」
「うん。それでも、ありがとう」
ミウは、にこっと笑った。
「楽しかったよ」
クロエは、むっとして、何か言い返そうとした。けれど、その笑顔が、あまりにも屈託なく、素直だったので、結局、口をつぐんだ。
ぬいぐるみを抱え直して、前を向く。
夕焼けの光が、草原の向こうの家の窓を、橙色に染めていた。煙突からは、晩ごはんの支度の煙が、まっすぐ立ちのぼっている。誰かが、庭で洗濯物を取り込んでいる姿が見えた。シオン姉さんだろうか。それとも、アヤ姉さん。
クロエは、しばらく黙って歩いてから、低い声で言った。
「……別に、あんたのためじゃないけど」
「うん?」
「また、歩いてもいいの」
言ってしまってから、顔が、かっと熱くなった。
背後で、ミウが、何かを言いかけた気配がした。クロエは、振り返らなかった。聞きたくなかったからだ。きっと、嬉しそうな声で、ありがとうとか、楽しみだとか、そんなことを言うに決まっている。
代わりに、早足になって、言い足した。
「ただし、今度は、ちゃんと服に気をつけるの! 泥だらけで帰ってこないでよね!」
「うん。わかった」
ミウの声が、後ろから、弾むように響いた。
*
その夜。
窓際の作業台で、クロエは、ひとりで、針と糸を手にしていた。
皆が寝静まった家の中は、ランプの小さな灯りだけが、ぼんやりと手元を照らしている。ぬいぐるみのセバスチャンは、作業台の端にちょこんと座らされて、じっとクロエの手元を見守っていた。
クロエは、紙に、鉛筆で、さらさらと数字を書きつけていた。
肩幅。胸囲。腕の長さ。丈。昼間、ミウの後ろを歩きながら、目で測り続けた寸法だった。実際に巻尺を当てたわけではないから、正確ではない。けれど、仕立て屋の目は、だいたい、外さない。
「……ちっちゃいの」
小さく呟いて、また数字を書き足す。
布の山の中から、淡い色の生地を、二、三枚、引っ張り出した。薄い空色。若草色。それから、昼間の道端に咲いていた小さな花と、同じような、淡い黄色。
どれが似合うだろう、と考えかけて、はっとして、手を止める。
別に、作るなんて、決めたわけじゃない。ただ、あの服が気に入らないだけだ。ぶかぶかの袖が、見ていて落ち着かないだけだ。あの子のためじゃない。あちしの、仕立て屋としての、矜持の問題なの。
そう、自分に言い聞かせる。
「……ねえ、セバスチャン」
ぬいぐるみに、小さく話しかけた。
「あの子、どう思う?」
セバスチャンは、いつものように、何も答えない。
クロエは、ふっと小さく笑った。
「あちしにも、よくわかんないの」
針に糸を通して、そっと、布に刺す。
ぷすり、と小さな音がした。
窓の外では、夜風が、庭の草を、さらさらと揺らしている。家の奥の、小さな部屋のほうからは、かすかに、紙をめくるような、鉛筆を走らせるような、ささやかな音が聞こえていた。
あの子は、まだ、起きているらしい。
クロエは、聞こえないふりをして、黙って、縫い進めた。