――『中世ヨーロッパ』的なファンタジー異世界、と聞くと、日本人はどう思うだろうか。
――剣と魔法。ヨーロッパの伝統ある街のような綺麗な街並み。牧歌的な農村。
――そんなものは、全部、物語の中にしかない世界だよ。
深い茂みを突き破って現れた影に、とっさに盾を構えて受け止めようとした騎士が吹き飛ばされた。別の騎士がその影に反射的に投げつけた槍は、硬い鱗に弾かれる。
その影の正体に気付いた時、皆が血の気を失った。
「
「退却だ、退却!!!俺たちの敵う相手じゃねえ!!!」
大人が両手を回しても届かないような大木が、細枝のようになぎ倒される。体長、およそ七セード(約5m25cm)。竜種としては小さい方だ。炎や毒を吐いたりもしない。しかし、突進を受ければ人など容易く跳ね飛ばされ、その顎は軽々と体を噛み千切るだろう。
それは、魔力によって強化された人体であろうと、例外ではない。
「信号弾を打ち上げろ!!!」
誰かが叫ぶと、一人が上空へ赤い魔弾を放った。『赤』の魔弾は、不測の事態が起きたことの合図。
「前線で何か起きた模様!!!」
木の上から前線を見張らせていた斥候は、それを確認して叫ぶ。本陣にいたのは少年と言うべき年頃の男と、同年代の少女二人。身なりからして貴族の少年と、その従者だろうか。
「若様、私達で片付けます」
「……いや、俺にやらせろ。エイミィ、エミリィ」
止めるのも聞かず、少年は前線に向かう。
「ぎゃあああぁぁぁぁ!!!!」
脚に力が入らない。魔力の流れが崩れて、手が震える。視界が狭まっていく。見えているのは地竜の口だけだ。頭では立て直せと言い聞かせても、体が動かない。
「………ひっ!」
訓練と実戦は違う。それを本当に理解した時には、死が迫っていた。食われる。
――次の瞬間、
「ディム、無事か?」
「わ、若様……」
あっという間に前線まで駆け付けた少年の背後に、三本の黒い
(若様の
黒い雷を纏った武具を創り出し、操る魔法。
そして、その少年は自分より四つ年下の、十六歳にも関わらず。
「………」
指が動いた。二本の投擲鎗が、
「す、凄い……」
ディムが呆然と呟く。
「……これが、『祝福の子』」
領主の跡継ぎが大功を立てたことが知れ渡ると、大歓声が上がった。だが、シェゼルは倒れた大型地竜ではなく、折れた木々の向こうを見ていた。
この巨体が、もう半日早く村へ出ていればどうなっていたか。その想像だけで、胸の奥が冷える。
シェゼル・シーフェルド・アルドハル。三つの名はそれぞれ個人名・家名・領地名を表す。つまり「アルドハル領主シーフェルド家のシェゼル」という意味である。領地を持たない騎士や平民は領地名が無いので、三つの名を持つというのはそれだけでも上級貴族であることを表す。
「ほら、立て」
シェゼルはその手を、ディムに差し伸べた。未だ腰を抜かしてへたり込んだままのディムであったが、一瞬迷った上で跳ね起きた。さすがに主君の子に引き起こしてもらうなど、恐れ多くてできるはずがない。
「……い、いえ、大丈夫であります!!!」
ディム・モーリアックはそこまで弱い騎士ではない。
だが、
それでいて、奢らず、威張らず、自分のような存在を気にかけ名前も覚えてくれる。貴族らしくないとも、未だ現実を知らぬ少年らしい潔癖とも、未来の名君の資質とも言えた。
「流石でございますな。シーフェルド家の跡継ぎとして、お見事な武勲。旦那様もお喜びになりましょう。……それに引き換え、お前は何をしている」
「申し訳ございません、グレーム様」
ディムを叱った男は、グレーム・カウナス・マドーナという。シーフェルド家に仕える太守の一家で、ディムの本来の主君である。見どころある若者、ということで若君の下に付けてみたが、とんだ恥を晒したものだ。
「そう叱ってやるな。初めて
あなたがそれを言いますか、と言いたげにグレームはシェゼルを見る。初めて
「俺は魔法を投げつけただけだ」
シェゼルはあっさりと言う。遠隔攻撃系の魔法だから、恐怖も薄いだけだと。
――この世界の魔法には、二種類ある。
まず、『
一方で、汎用魔法は他人に使うことができない。
もう一つが、『
どのような『
「
グレームが今回の討伐結果を纏めていく。
というより、今回騎士団を派遣するような事態に陥ったのは、間違いなく
「村まで撤収する」
これで終わりとしよう、と考えたグレームは、撤収の合図を出した。
大きな収穫と言えることは、シェゼルという存在を間近で見れたことか。重臣たるグレームに物怖じすることもなく、それでいて高慢でもない。少なくともそうならないよう、自分を律しようとしているのは明らかだ。
(流石、名家の血を引くだけはある)
十六歳にしては大人びている…、いや、大人であり過ぎる、と言えるかもしれない。が、シーフェルド家を継いでもらう立場なのだから、暗愚では困る。
懸念があるとすれば、従者の二人か。
「若様!」
その従者――、エイミィ、エミリィと呼ばれた二人の女の子が、シェゼルの傍に侍る。エイミィはサイドポニーテール、エミリィはロングストレートと髪型は変えているが、顔立ちはよく似ていた。双子だと聞けば、大いに頷く者しかいないだろう。
「もう!若様、勝手に前へ出ないでください!」
先に口を尖らせたのは、姉のエイミィだった。
「怪我はありませんか?」
妹のエミリィは、叱るより先にシェゼルの袖口と手元を確かめる。
アーネスト・シュラント子爵家の令嬢、というのが、二人の本来の立場である。従者としろ侍女としろ、家格も魔力量も高すぎる。二万強という
この二人を送り込んできたアーネスト家の意図がどこにあるかなど、誰にでも分かる。
と言って、グレームが彼女たちを排斥しようとしているわけではない。そもそもグレームより二人の方が貴族としての格も
それでもグレームの懸念するのは、『祝福の子』の才がどこの血に回収されるのか、という点にある。
(アーネスト家の血が
本当の問題は、シェゼルが
――ヴェルディア暦、1004年。
人類は、魔法と魔物が現れてから千年余りを生き延びてきた。
■ヴェルディア世界観
・魔法がある。
・文明度、風俗などは中世ヨーロッパに近い。
・「なろう系小説」でよく出る中世ヨーロッパ風の世界ではなく、ガチの中世ヨーロッパがモデル。衛生環境は「終わってる」レベル。
・当然ながら電気などは存在しない。明かりにも調理にも火を熾して薪をくべる必要がある。
・貴族制、封建制、宗教勢力などが存在。
・魔法、魔力、魔力量などは、一般的に全て『メギス』という言葉で表す。
・魔法には『