結論から言えばこの場所に、いやーーこの時代に人はいない。
断言できよう。
私は遥か昔に飛ばされたらしい。
痕跡すら見つからないのだ。認めざるを得ない。
無惨は、あれから人ならざる速度で片っ端から探索して回ったが、成果は何もなかった。
恐竜が世界を支配していた時代に、人間どころか猿もいないのであれば、当然の結末と言える。
「............」
無惨は、眼前に広がる果てしない草原を眺めていた。
風が吹き抜け、草木がざわざわと揺れる。遠方では、巨大な生物が悠然と歩き、木々の葉を食んでいた。
どこまでも広がる大地。
人間の手が一切加えられていない自然。
そして、見渡す限り、己以外に知性を持つ存在の気配はない。
かつての無惨であれば、これほど広大な土地を自由に歩き回れることを喜んだかもしれない。
何しろ、今の彼には太陽を恐れる必要がないのだ。
鬼としての最大の弱点を克服し、誰にも怯えることなく、昼夜を問わず行動できる。かつては喉から手が出るほど欲していた自由が、ようやく手に入ったのである。
しかし。
「......くだらん」
口から漏れたのは、そんな一言だった。
有象無象の連中でも、急にその存在がなくなると私と言えども感覚が狂うな。
太陽の下で誰にも邪魔されず、完全な状態で永遠を満喫しようとすれば、この有様か。
そもそも長年の願望こそ叶ったがその後、私は何をしたかったのだろうか?
無惨は、ふとそんなことを考えた。
ーー千年以上。
それだけの年月を彼は青い彼岸花の捜索と、自らの完全なる存在への到達に費やしてきた。
人間を利用し、鬼を生み出し、邪魔する者を排除する。目的を果たすためならば、どれほどの犠牲を払おうと構わなかった。
鬼狩りとの戦いもその一環にすぎない。
すべては太陽を克服するため。
すべては永遠の命を手に入れるため。
そして、その願いは叶った。
だが、どうだ。
いざ手に入れてみれば周囲には誰もいない。青い彼岸花を探す必要もなければ太陽を恐れる必要もない。鬼狩りどもに怯える必要もなければ、己の命を脅かす存在を警戒する必要もない。
いや、正確にはこの世界にどのような脅威が潜んでいるのかすら分からないのだが。
「......ふん」
無惨は鼻を鳴らした。
別に、寂しいわけではない。
人間など所詮は目的を果たすために利用する道具にすぎなかった。鬼どもも同様だ。上弦の鬼であろうと例外ではない。
あれほど長く生きてきたのだ。誰かを必要とした覚えなどない。
必要なのは自分自身の命と、その永続性だけだった。
それなのに。
「............」
無惨は、静かに目を閉じた。
脳裏に浮かんだのはかつて己に仕えていた鬼たちの姿だった。
猗窩座。童磨。黒死牟。
そして、数え切れないほどの鬼ども。
どいつもこいつも、最後まで役に立つとは限らなかった。期待を裏切った者もいれば、己の命令に従いながら無様に敗れ去った者もいる。
思い返すだけで腹立たしい記憶ばかりだ。
だが、あの連中が存在していたからこそ無惨は千年以上もの間、己の目的に向かって進み続けることができたのも事実だった。
利用できるものがあり排除すべき敵があり、果たすべき目的があった。
毎日がその繰り返しだった。
では、今はどうだ?
敵はいない。
味方もいない。
目的さえ、すでに達成してしまった。
いや、達成したはずだった。
「閻魔大王め!?」
無惨の顔が歪む。
あの忌々しい存在のせいですべてが台無しになった。地獄へ落とされ、首から下を消し飛ばされ、挙げ句の果てにはこんな訳の分からない世界へ放り出された。
あの存在さえいなければ。
そう考えたところで、無惨は思考を止めた。
…違う。
今考えるべきことは過ぎ去った出来事への怒りではない。
この世界で、これからどう生きるかだ。
太陽を克服した自分が、ただ無意味に時間を過ごすなどあってはならない。永遠を手に入れたからにはそれに相応しい生き方があるはずだ。
しかし、その答えはすぐには浮かばなかった。
無惨は再び目を開いた。
そして、遥か遠くまで広がる大地を見渡す。
「......まずは、この世界を知ることからか」
人間がいないのであれば探す必要はない。
少なくとも、今は。
それよりもこの世界の地理や生物、そして自分をここへ送り込んだ存在について調べる方が先決だろう。あの閻魔大王が、どのような意図で自分をここへ送り込んだのか。
そして、この世界には自分以外にどのような存在がいるのか。
無惨はゆっくりと歩き出した。
その足取りには先ほどまでの苛立ちとは異なる、冷静な決意が宿っていた。
突如として、地球全体が激しく揺れた。
「何が起きた? この私ですら、これほどの地震は経験したことがないぞ!」
無惨が激しく動揺するほどの地震が、地球規模で発生した。生物が立っていられないほどの揺れである。
無惨のいる地点からは分からないがこのとき、とある場所に歴史に名を残す巨大隕石が落下していた。恐竜を絶滅させたあの隕石である。直撃を受ければ今の無惨であっても命の保証はない。とてつもないエネルギーと熱が落下地点の周辺を襲っている。
「一体なんだというのだ!? こちらに来てから、良いことが何一つ起きない! もしや、これが私に対する裁きのつもりでいるのか!? 地獄の王!」
閻魔大王に対してありったけの愚痴をこぼしたいところだが、今はそれどころではない。
経験上、このような地震が起きた場合、津波が発生することも多い。それも、この規模となればどれほどのものになるか予想もつかない。
死ぬことなどないとはいえ、わざわざ津波をくらってやる気もない。山の方へ急いで走るか。
地震が今もなお続く中、無惨は津波への対策として標高の高い山岳地帯へ移動することを決めた。
◇
名前のない山岳地帯の中でも1番高い山にある洞窟の中に1人の鬼が身を潜み続けていた。
「ーーいったい、いつになれば日の光が見える。潜み続ければならない。今日で何日目だ?どれくらい経った…」
巨大な地震が起きた後無惨はこの洞窟に逃げ込んだ。判断は正しかったようで1日経過した後津波が押し寄せた。10メートル以上はある津波が押し寄せ巻き込まれた恐竜達がなすすべなく流されていったのが見えた。
ーーだが、それだけならまだマシだった。
空を微小な何かが覆い尽くし日の光が地上に届かなくなった。数日もすれば元に戻るだろうと無惨は当初想定していたがその見積もりは甘かった。どれくらい経っても全く空を覆い尽くすそれらは消えない。
日の光が地上に届かなくなった影響で植物は枯れ果てそれらを食料とする草食系の恐竜達は全滅し、その草食動物を獲物とする肉食系の恐竜も結果的に共に全滅した。洞窟から外の様子を見ても辺りは肉が削げ落ちた骨の山ばかりである。
「なんだというのだ!?私は後どれくらいこのような惨めな生活をすればいい!?これでは永遠を手に入れた意味がないではないか!?」
無惨の叫び声が洞窟に響くが誰も返答するものはいない。いたら八つ当たりで殺されていただろうが、もうこの周辺の世界には無惨しか生きてはいないのだ。
「これが狙いであったのか?罰だと言うのか?答えろォ!!」
怒りをぶつける相手もいないため壁をひたすらに殴り続ける。洞窟内は無惨の見た目に反した人外の力で殴り続けられているため激しく揺れている。下弦の鬼達はもちろん上弦の鬼達であってもこの場には絶対にいたくはないだろ。そのぐらいに今の無惨の不機嫌さは極まっていた。
「絶対に許さん!私の血を取り込ませ死ねなくした上で何度も殺してやる!許しを乞うても何度でもだ!待っていろ閻魔大王!?」
ひとときは勝てぬと本能で理解していた相手に啖呵を切る。
しかし、この静寂な世界にその声を拾う者は誰1人も一匹たりともいない。無惨は正しくひとりぼっちであった。
ーー誰でもいい、私を助けてくれ…
ーー私を、置いていかないでくれ…
◇
「猗窩座、報告をしろ。外の様子はどうだった?人間はいたのか?」
「………」
「青い彼岸花はもうどうでもいいのだ、それくらい猗窩座…貴様にもできるだろう?」
「………」
「私を無視するとはいい度胸だ、私が欲する情報が得れるまで戻ってくるな!?」
外に通じる目の前の空間に向かって触手をムチのように振るう。無惨は弾き飛ばしたつもりであるがそこにはー誰もいない。
「ハッ!?私は何を…」
…気づけば何も無い場所に向かって話すことが多くなった。自覚はあるがおかしくなってきたようだ。回数も増えてきている気がする。
「また…寝るか。来るべき日に備え休むのも悪くはない。」
外からは光が薄く漏れていたが今の無惨は知っているのか知らないのか…認識できていなかった。
◇
「やはり来たか?鬼狩りの柱ども。このようなつまらないところまで追いかけてくるとはいい度胸だ。肩慣らしにはちょうど良い。特別に相手をしてやる。」
無惨の目の前には最後の決戦で戦った柱達がいた。
岩柱・悲鳴嶼行冥。 風柱・不死川実弥。 水柱・冨岡義勇。 蛇柱・伊黒小芭内。 恋柱・甘露寺蜜璃。
そして、その背後には鬼殺隊の一般隊士達の姿もあった。
「雑魚まで連れてくるとは、肉の盾にでもするつもりか?産屋敷もそうであったが貴様らもアイツの子というわけか…」
柱が動いた。悲鳴嶼が巨大な鉄球を振り回し、実弥が風を切るように斬り込む。義勇の剣が正面から迫り、伊黒の刃が蛇のように死角を狙う。蜜璃もまた、しなやかな刀を振るって無惨へと襲いかかった。
「何度現れようと同じことだ! 私を倒すことなどできん!」
無惨の身体から無数の触手が伸び、柱たちの攻撃を迎え撃つ。
刃と肉がぶつかり合い洞窟の壁が大きく砕けた。
だが、どれだけ斬られようとも無惨は倒れない。傷すらつかず反撃の触手が柱たちを薙ぎ払う。
「消えろ! 異常者どもが!」
怒号が洞窟に響く。
しかし、柱たちは何度倒されても立ち上がり、無惨へと向かってくる。
無惨は再び触手を振るった。
――何度でも殺してやる。
そう思いながら、彼は目の前の幻影と戦い続ける。
ーーそして、気づいたらいつの間にか柱を含めた鬼殺隊は居なくなっていた。
「呆気ない、かすり傷すら負わせられないのか?貴様らの執念はその程度であったのか…」
ーー私の命にその鬼滅の刃は届かないのか
◇
「珠世!今の私を殺せる薬はまだか!?聞いているのだろう!?私の中で!!」
「………」
「憎んでいたのだろう?私をその手で殺したかったのだろう?今なら抵抗はしない、思う存分試してくれて構わない…だから、頼む」
吸収した際、記憶や知識を読み取ったため材料さえあれば以前の不完全な無惨であれば自身の手で薬を改良を重ねて再現し自滅する事はできたかもしれない。しかし、今の無惨は違う。取り込んだ相手の発想力や技術までは持ち得ていないため、どうしても助けが必要であった。
ーー仮に珠世がいたとしても嘲笑っていただけであっただろうが
「……そうか、もういい。私に味方がいるはずもないのだからな。私自身でどうにかすればいい事だ。」
…それに、以前の私ですら殺せない薬しか作れなかった女だ。意味がない…。何故私は頼ろうとしたのか、私が作った方がいいものを作れる。きっとそうだ…そうに違いない
そう結論づけ試験管に入れた薬品と別の薬品を調合する無惨。しかし、実際には目の前に何も存在しない。ただ手をそれらしく動かしているだけである。
ー無惨の目はもう虚であり何も写してはいなかった。
◇
そこそこ巨大な洞窟の入り口前に異なる種族の生物が並ぶ。
「ねぇここなの?」
「ーーーーーーーーー!」
植物の繊維で作られた服を着た男とその肩に乗っているウミウシ。
そのウミウシは現代人では分からない言葉を喋っている男の話を聞きここまでやってきた。
そもそも何故ウミウシが人の言葉を話し人の言葉を理解できるのかというと、このウミウシが8000年後の未来からやってきた元月人のお姫様『かぐや』だからである。
隕石にぶつかったせいでタイムスリップに失敗し8000年前に辿り着いたが、乗っていた宇宙船『もと光る竹』は機能のほとんどが故障した。搭乗していたもう片方の犬DOGEと呼ばれる後のFUSHIだけはなんとか機体に残された力を振り絞りウミウシの体を得られた。
かぐやは現在そのウミウシの体を借りているというわけだ。
ーードン!ドンドン!!
「本当だ!けどモジャが言ってた人の声は聞こえないね?」
「ーーーーー?」
1番最初に出会った人間の『モジャ』。出会った当初は警戒心MAXで危うく雑に作られた石槍で殺されかけたものの、今となっては逆に皆から神様のように扱われなんだか複雑な心境である。皆の中でもとりわけ髭が濃かったからそう命名した。
本人は気に入ってくれたから良かったけどやっぱりもっと考えた方が良かった。
「うーん、かぐやは危ないと思うからいったん戻って人集めてから来た方がいいと思うけど…どうする?モジャ?」
「ーーーーー!!」
モジャは俺に任せな!!と言う。村の中でも1番森の中を動き回れるから万が一熊が現れてもやり過ごせると考えているのだろう。
「じゃあもうちょい前に進んで?かぐやちゃんの透き通った大声で確かめてみるから…いざって時は任せるね!!」
「ーーー!」
覚えさせたピースで了解と伝えてくるモジャ。
「じゃあいくよ〜せーの!かぐやっほーーー!!!」
こういう未知との遭遇はやったことがないのでとりあえず自身の配信でお馴染みの挨拶をその場のノリでやってみたかぐや。
ドン!………
さっきまで鳴っていた壁を殴るような音が止まり洞窟の中からこちらに向かって誰かが歩いてくる音が聞こえる。
「一体誰だ?また私の幻聴か??」
…西洋風の服を着た男が中から出てきた。ていうか服着てる!?日本語喋ってる!?もしかして私と同じ!!?もしかして帰れる!!!?
「ねぇ名前は!私はかぐや!!歳は月での年齢入れると分からないけど…乙女だから秘密!好きな食べ物はパンケーキで、好きな事はライバーとして配信する事!何よりも好きなのは彩葉だけどね!!」
「………」
謎の男が目を見開きながら固まった。
「喋っているのは男ではなくそこのウミウシか?幻覚でも無く血鬼術でもない!?……おい、ウミウシ!話を詳しく聞かせろ」
「ウミウシじゃなくてかぐやー!名前で呼んでくれないとお話聞かないよ!!」
鬼の王と月のお姫様がここでこの時初めて出会った。