転生したらオデッサだった~死んで坊ちゃんにリーダーを託す運命なんですが、死にたくないので何とかしたいです~ 作:もめんどうふ
テオ・マクドールの息子の存在は少し前から耳に入っていた。が、その為人については一切把握していなかった。身も蓋もないが、興味がなかったからだ。
だからこうやって目の前に立った彼を見て、私は小さく息を飲んでいた。
『不思議な目をしている』と、よく言われるその目を見て。――って、ん? 良く言われる……? なんではじめて会った子が言われている言葉なんて知っているのだろうか。
確かに不思議な目だ。見ていると勇気が湧いてくるような、落ち着かないような、何もかもがゆるされていくような、そんな目だから、そう思ったのだろうか。
――だからこそ、ビクトールは彼を仲間に引き入れようとしているのかもしれない。
咄嗟にそう気づき、私は彼らを見回して口を開いた。
「”新しい仲間”っていうのはあなたたちでしょう?みんな待ってるわ。ついてきて」
彼らの気配を背後で感じながら、私は完全に思い出していた。
"前世の記憶"って奴を。
そして、同時に襲ってきたのは嫌な感じの焦燥感だ。
ごく普通の会社員だったはずだ。普通に友だちもいて、両親も健在で、彼氏はいなかったけど、地方都市で自分が出来る範囲のことを普通にこなしていた、『善良な一般市民』。
なのに、なんで私は、(多分)生まれ変わってゲームの世界の反乱組織のリーダーなんてやってんだろう?
いや、まあ、私のなかのオデッサ・シルバーバーグの記憶的には私が解放軍を組織したことに矛盾はない。
恋人を殺されて立ち上がるのは当たり前な気丈さはある。それが私だ。何もしないなんて絶対に嫌だ。
――でもさ、私、正史だとこの後子ども庇って死ぬんだよね? 志半ばで?
あ、でも、知っているってことは、歴史を変えることができるかもしれない?
背後にいるのは赤月帝国、マクドール将軍の息子だ。私が亡き後、彼がこの解放軍のリーダーとして赤月帝国を終わらせてくれる。
彼を利用して、私がリーダーのままストーリーを辿って行けば――? ワンチャン生き延びてさらにハッピーエンドに辿り着ける可能性もあるのではないだろうか。
……解放軍、と自分で口にして、彼の顔をこっそりと窺う。
彼がいれば、私たちの悲願はかなう。バルバロッサを倒し、誰もが平穏無事に過ごせるそんな世の中を作れる。
「待って!」
「オデッサさん?」
思わず声を上げてしまい、全員の視線が私に向けられた。
自分の辿り着いた答えに、そして向けられた視線に冷や汗が背中をつたうのがわかった。
怪訝そうに私に声をかけてくるサンチェス――そういえばこいつ裏切りものなんだよなぁ……、いや、今はとりあえずそれは置いておこう。いつかこっそり断罪すればよし。それとも使えるだけ使って放逐すればいい?
今はそれよりも、思いついた考えを振り払うように首を横に振る。
ここは早めに話を進めて、とりあえずこの坊ちゃんの心を揺さぶっておこう。彼を仲間にしないと話が進まない。
問題なのは、彼がリーダーにならないと、歴史どおり話が進まないかもしれないってことだ。
私が生きていることでおこるイレギュラーを、果たして乗り越えることができるのだろうか。
そうだ!
――私、死ねばいいんだわ!
そう閃いたのは、彼らを山賊たちの救出に向かわせてからすぐだった。
私が死んであのお坊ちゃんをリーダーに指名することで、兄マッシュ・シルバーバーグが軍師として解放軍に参加してくれるんだから、それでいいのよ!
私がサブリーダーになってもいいけど、そんなの内部分裂の火種にしかならないし。
だって、彼は将軍の息子でがっつり敵側の人間でしょ? 私が生きていたら彼への反発は強くなる。そうしたら解放どころじゃなくなるし。
私がいない方が――結束は強まる!!
とはいえ、私は死にたくなんかない。
できれば生き残りたい。
圧政から解放されたこの国だって見たい。できればこの手でそれを果たしたいけれど、私が生きていることがその道を阻むというのならば――私の命なんていくらでも捧げてやる!
なぁんて無理に決まってるわあああああ!!!
「火炎槍……ね」
ドワーフ鉱山から買い取った設計図を前に、私は悩んでいた。正史ならば、坊ちゃんたちを連れて秘密工場にこの設計図を運ばなければならない。
「困りましたね、このアジトを空にするわけにもいきませんし」
サンチェスが私の考えを代弁するかのように、眉をひそめつつもそう口にした。
「だが、なるべく早く秘密工場に届けないと」
フリックが苦悶の表情で机の上に置かれた設計図を睨みつけている。ハンフリーも困ってはいるのだろうが無口すぎてよくわからない。
本来ならば、この設計図は坊ちゃんたちに託して、私と一緒にサラディに行くっていうのがこの後の流れだ。
ただ、このサラディから戻った後、私は死ぬ。
ここに残って引継ぎ処理をすべきなのか、それとも、ゲームどおり彼らに同行してイレギュラーを発生させないようにするか……。
悩んでいる間に、坊ちゃんたちが帰還した。
やはり、彼らに託すべきなんだろうとは思うから、さっそく火炎槍の設計図の件を切り出してみる。
テオ・マクドールの部下であるクレオもグレミオもやはり遠慮したいと言う様子が全面に出ている。
そりゃまあ、上司を裏切るなんて、そう簡単に決断できるわけもない。
ましてや坊ちゃんにとっては血のつながった父親なんだもの。たとえ自分の初任務の後に別の女の家にしけこむような父親であっても。――ったくバルバロッサといい、テオ・マクドールといい美人にはころっといっちゃって、情けないったらありゃしないわ。いい様に利用されちゃって、国を滅ぼそうとしてるんだから笑うにも笑えない。――って今はそうじゃなくって。
はっ! そうだった。若い女に振り回されてるおっさんを罵倒してる場合じゃなかった。
今、ここで私がやるべきことは彼らの心をぐらつかせることだわ!
名台詞を吐かねばならないの!
「あなたも見たでしょう、その目で。あなたも聞いたでしょう、その耳で。
自分の見たもの、自分の聞いたものに嘘をつくのですか」
グレミオが顔を伏せる。坊ちゃんは一瞬だけグレミオに視線をやって、すぐに私を真っ直ぐに見た。
「あなたは どう? まだ 帝国に戻りたい? いつまでもマクドール家のぼっちゃんでいたいの?」
やっててよかった、名台詞丸暗記―!
坊ちゃんの視線が揺らぐ。これでリーダーへの道を突き進んでくれるはず。あとは――やっぱりこの子たちに同行してもっと心揺さぶる名台詞を囁き続ける必要がありそうね。
仕方ない。私もサラディに行くしかない、か。
「どうしてそんな奴にこだわるんだ? そいつらは帝国のスパイかもしれない」
今まで黙りこくっていたフリックが突然そんなことを言いだした。
ちょっと!未来のリーダーになんてこというのよ、このバンダナ野郎は!!!!これでやる気をなくしでもしたらどうしてくれんの!
私が同行するから問題ないでしょ? あんたはここを守りなさいよ! リーダーの自覚もて! とほんのちょっぴりオブラートに包んで告げれば、フリックは納得はしてない様子ではあったが、口は閉じた。
何だかなぁ、フリックは優しい人だし、恋人だから本当はもっと大事にしなきゃいけないんだけど、坊ちゃんの立場でゲームをした時の印象の方が強いせいかな。初対面のいけ好かないすかした兄ちゃんって思っちゃって駄目だわ。
もうちょっとでお別れになるんだから、もっと優しくしたいのに。
……そっか、もうすぐお別れになるんだ。
自覚したら急に背筋が寒くなるような感覚に襲われた。
死ぬの、怖い。
この人たちに何も言えないまま、私だけがいなくなるなんて、……辛い。
やっぱり死ねない。私は死ぬわけにはいかない。
どうにかして、私が生きたまま、正史どおり坊ちゃんがリーダーになる道を探らなければ。
サラディに行って帰ってくるまで、時間はあるんだから。
きっと納得できる答えが見つかると信じたい。
魔物を倒しながら虎狼山を登ると、道の途中に一軒家が見えた。近づくと、家の前に立つ人がいて、
「この辺りは物騒だから、うちの宿で一泊していくのはどうです?」
なんて提案をしてきた。
しかし、残念ながら私はこの展開を知っている。この男はこの虎狼山の山賊である。ついて行けば「なんちゃら茶」を飲まされて身ぐるみをはがされそうになる。
一応この男の親分が助けてくれるけど、怪しい毒入り茶を飲みたくなんかないから避けて通りたいところ。
「ごめんなさい、先を急いでるから」
「いいね、いいね、もう足がくたくただぜ」
え、ちょ、ビクトール何言ってんの!? 怪しいでしょ、その男! なんで警戒ゼロなわけ?
グレミオもビクトールに同意しちゃうし!
クレオも……!?
坊ちゃんだけは申し訳なさそうな目を私にむけてきたけれど、ビクトールたちの後を追いかけて宿?に入って行ってしまった。
え、……えええー……!?
そして目の前に置かれてしまったのは、食事の前のお茶。「なんちゃら茶」だ。
みんな苦い苦いと言いつつ、飲んでるけど……。
毒入り茶ってわかってて、飲めるかっつーの。
疑うことなくお茶を飲むことによって、「フリックに良く言われるけど、私ってばお人好しなのかしら?」って反省なのか自己アピールなのかをするのがこのイベント。
別に人が好いのをアピールしたいわけじゃないけど、そのオデッサの言うことだからこそ、信憑性が増すんだから、ここで信頼度を下げちゃ駄目でしょう?
でもさぁ……これを飲む?
出されたお茶の湯飲みを手に取って見下ろした。
飲みたくない。
でも、オデッサのイメージは保ちたい!
「な、何だか変なにおいがするわね……」
……ううん、躊躇っちゃ駄目。行くなら一気よ!
南無三!
ぐいっと飲み干すと、喉の奥から鼻へと何とも言えない薬草臭が抜けて思わずえずきそうになった。
「……オデッサさん……、よっぽど喉が渇いてたいんですね……」
なんかグレミオがかわいそうなものを見るような目で見てきたけど、既に体が動かなくなっていたので何も反論できなかった。
なんかもう、色々、ひどすぎるよお……。泣いていい??