月に変わって⚪︎⚪︎よ! 作:彩葉とヤチヨはどれだけ曇らせてもいい
※ みんな感想評価ここすきありがとねえ!!
「───FU〜SHI〜、ヤッチョ変じゃない? 大丈夫? かわいい?」
「このやり取り何回目だと思ってるんだ! いい加減、自信持ちやがれ!」
「だ、だって〜」
ここは、ツクヨミ───プライベートルーム。
私は
だというのに、このウミウシは私の心配なんて知らんとばかりの言い様───いと心づきなしである!
「だってもヘチマもない! ボクはヤチヨがいつも可愛いって言ってるんだ! そんなにボクのこと信じられないのかい!?」
「でも、
それが乙女心というものだよ、FUSHI!
そう一息に言い放ち、目の前で指を振って管理画面を操作する。取り出した『手鏡』を覗き込めば、そこに映るのはいつも通りの私。
後ろでFUSHIが「毎年同じこと言ってる」とか何とか言ってるけど、全然聞こえない〜。
う〜ん、今日もヤッチョはビジュが良いなぁ。
……いやいや、そういうことじゃない!
ウダウダしていても仕方がない。
こうしている間にも時間は過ぎていく。日付が変わってしまったら、せっかくの誕生日が終わってしまうではないか!
そう覚悟を決め、管理者画面からフレンドリストの『お気に入り欄』を開く。そこから幽を選択し、メッセージとルームへの招待をチョチョイのチョイっ!
これでよし!
「ヤチヨ、去年掛けてたやつは掛けないの?」
「おっと〜、忘れてた。ヤッチョとしたことが───」
FUSHIに言われて、私は思い出したようにアイテム欄を開く。そこから取り出したのは、去年も使った誕生日用のバースデーグッズを、今年仕様にリメイクしたものだ。
大きなフレームの上には、キラキラと輝く数字の『21』。
そう、幽の年齢である───!
お祝いの文字まで添えられた、サイコーのパーティー仕様のメガネである。
それを両手で持ち、そっと顔に合わせてみる。
「ふふんっ。FUSHI、これでどう?」
そう言ってFUSHIへと見せれば、
「サイコーにバカっぽい!」
「なんだとぉ〜!?」
「いや、だから……ヤチヨらしい! ってことだよ!」
「むむむ……それ、褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。タブンな!」
まったく、素直じゃない相棒である。
けれど、鏡に映る姿をもう一度確認してみれば、なるほど、確かに少々おバカっぽいかもしれない。
……でも、いいのだ!
今日は幽の誕生日なのだから。
いつもより少しだけ浮かれていたって、誰にも文句は言わせないのである!
そうして、もう一度手鏡を覗き込んでいると、管理画面に通知が表示された。
『ゴースト が ルームに入室しました』
「っ!」
思わず背筋が伸びる。
招待に応じてくれた。
幽が、ここに来てくれたのだ───。
「来たぞ、ヤチヨ」
「わ、わかってるよ! ちゃんとわかってる!」
慌てて手鏡をしまい、姿勢を正す。別に、今さら取り繕う必要なんてないのに。
ここでは付くはずもない埃を払うように、手で着物の裾を叩き、そこはかとなく衣装の形を整える。
意味がないと分かっている行為───だけど、彼を迎える瞬間くらいは、ちゃんとしていたかった。
プライベートルームの入り口に、ひとりのアバターが姿を現す。
私の知っている幽が、そこにいた。
「こんばんは、ヤチヨ。招待ありがとう」
「───幽っ!」
気づけば、声が弾んでいた。
彼がこちらを向く。私の顔を見て、ほんの少しだけ目を丸くした。
「……なぁにそれ、バースデーメガネ?」
「ふっふっふ! よくぞ気づいたね!」
「いや、さすがに気づくよ。かなり目立ってるし」
「えへへ〜。今日は幽の誕生日だから特別仕様だよ!」
胸を張ってみせる。
FUSHIが横から何か言いたげな視線を向けてくるけれど、今は気にしないことにした。
……痛い痛い、矢印飛ばしてこないでよ。後で覚えとけ!
「それにしても、来てくれてありがとう。ライブのあとで疲れてるんじゃない?」
「大丈夫だよ。
「そっか。──────
「うん。すごく喜んでくれたよ。誘ってよかった───招待してくれてありがとうね、ヤチヨ」
その返事に、胸の奥がふわりと温かくなる。
彼が
「それならよかった!」
私は一歩、幽へと近づく。
そして、彼の顔を見上げた。
「───改めて、お誕生日おめでとう! 幽!」
今度は、さっきまでのようにふざけた調子ではなく。
心からの言葉を、まっすぐに届ける。
「ありがとう。まさか、ヤチヨも覚えていてお祝いしてもらえるとは思わなかったな」
「むむっ! まさかとは失礼な! ヤチヨが大切な人の誕生日をお祝いしないわけないでしょ!」
「大切な人、か」
「そうだよ!」
迷いなく答える。
幽は少しだけ目を細めた。笑っているようにも、何かを懐かしんでいるようにも見える表情だった。
その表情に、私の胸はぎゅーっと締め付けられる。
「……そっか。ありがとう」
その言葉に、私は小さく頷く。
伝えたいことは、まだまだたくさんある。
けれど、まずは今日という日を一緒に過ごしたかった。
「それじゃあ、さっそくお祝いを始めよう! FUSHI、準備はいい?」
「とっくにできてるよ。誰かさんが何度も確認してる間にな」
「むむっ! それは言わないお約束!」
FUSHIが呆れたように息を吐く。
幽はそんな私たちのやり取りを見て、楽しそうに笑っていた。
その笑顔を見て、ようやく肩の力が抜けた気がした。
今日は、幽が生まれた日。
私にとって、とても大切な日。
本当は
幽がツクヨミに初めてログインした日───幽が十八歳の時から、三年。
──────
でも、だからこそ。誰にも渡せない。譲るわけにはいかない。
この役割を私が、私以外がやるわけには。
気を抜けば沸々と湧き上がる暗い情念を、心の奥底に仕舞い込んで、私は
「───ねぇ、幽」
「どうしたんだい、ヤチヨ」
「
「急にどうしたの、それは僕の台詞だよ。───ヤチヨ、僕と出逢ってくれて、僕に
お互いそう言って、私の視線が幽の琥珀の瞳と交わる。
「ヤチヨっ、ヤチヨっ。そんな見つめてるだけでいいのか?」
足元から上がってきたFUSHIが、私の頬っぺたをツンツンとつついてきたことで、そのひと時も終わりを迎える。
───もう少し、見つめ合いたかったのにFUSHIのバカ。
八つ当たりだと分かっているが、FUSHIにつんっとデコピンをして吹き飛ばす。
「うわああ───!? 痛いよヤチヨ、何するんだ!」
「FUSHI生意気!」
「なにおうっ!?」
何万回目かのFUSHIとの言い合いに、幽が笑って止めに入る。
「まぁまぁ、そこまでにしよ? ね、FUSHI」
私が吹き飛ばしたFUSHIを、幽がひょいと拾い上げて、その背中をゆっくりと撫でる。
む、む、む。
「──────ふっ」
「FUSHIぃいいいい!!!」
ずるいずるいずるいずるいずるい──────!!!
ヤッチョも幽に撫でてほしいのに! あぁ、なんで五感機能まだ作れないの!!
私も触れたい撫でられたいハグしたい匂いかぎたい───!
「ふんっ、いいもん。ヤッチョは大人の女だからね、今回はおとなしく引き下がるよ」
「歯食いしばってるのバレてるよヤチヨ〜」
「うるさいっ!」
指先を振るって管理画面を叩き、コマンドを実行する。
私のプライベートルームであるこの天守閣の
「……凄いな、わざわざ用意してくれたんだ?」
「そうだよ〜。ヤッチョお手製の料理の数々をお楽しみあれ! ───といっても、味覚も嗅覚も実装できてないから、あくまで雰囲気だけどね」
「それでも、嬉しいよヤチヨ。本当に、美味しそうだね」
FUSHIへの怒りは飛んでいった。
あぁ、私も彩葉に言えないな。ちょろいなんて。だって、こんなにも幽の言葉で心が簡単に乱される。
「───っっ! でしょでしょ〜? AIじゃなかったらなぁ、きっと幽はヤッチョの手料理に胃袋掴まれてたのに」
もしも、もしもそういう未来があったなら───。
「───そうだね。きっとそうなんだと思う」
幽が悪い人だ、こんなにも。
こんなにも、ヤチヨの心を、
「その時が来たらヤチヨ、手料理作ってくれる?」
───私をいつも救ってくれるのだから。
「うん、うんっ! あっと言わせてみせマッスル〜! ヤッチョにお任せあれ〜!」
気づけば、弾むような声が出ていた。
そんな未来が本当に訪れるかどうかなんて、今は分からない。
それでも、幽がそう言ってくれたことが嬉しかった。
だから今は、その言葉を信じていたい。
私は彼の前で、いつものように胸を張ってみせた。
「それじゃあ、乾杯しようか」
和風なツクヨミ空間と、今並んでいる料理の品々は、ちょっとばかし雰囲気が合わないかもしれない。
それでも、今夜は特別なのだ。
シャンパンのグラスを掲げて、私は声を上げる。
「幽の二十一歳の誕生日に───乾っ杯!」
幽と私のグラスが軽く触れ合い、澄んだ音を奏でる。
もう時刻は遅いけれど───二人きりの夜の幕開けである。
何気ない会話から始まって、昔の話や最近のこと。
私と幽が話して、FUSHIが合いの手を入れてくれる幸せな時間。
味覚なんて勿論ないのに、料理を口に運んでは「気持ちが感じられておいしいよ」なんて言ってくれる幽に、ドキドキが止まらない。
こ、こいつ。今日でヤッチョのことを殺す気なのでは……?
でも、本当に───。
幽がログインして、少ししてからすぐに
あれがあったからこそ今がある。
それがどれだけ幸せなことなのか、私はよく知っている。
でも、たまーに
確かにヤッチョにとっても大事な人だし、掛け替えのない人には変わりないけど。
今は私のことだけ見てくれてもいいんじゃないかなぁ!?
……なんて。
そんなことを思ってしまう自分に、少しだけ苦笑する。
大切な人が増えることは、きっと良いことなのに。
それでも、今夜くらいは欲張りになってもいいよね?
「それじゃあ、ケーキを切ろうか」
宴もたけなわ。
一頻り料理を口に運び終わった頃、幽はナイフを手に取り、テーブル中央にあるケーキへと刃先を伸ばした。
今だ、ここしかない!
「待った! その前に、もう一つ!」
私は管理画面を操作して、テーブルの上に小さなプレゼントボックスを出現させた。
紺色を基調にした包装に、銀色のリボン。結び目には小さな月の飾りを添えている。
「はい、幽。これ、ヤチヨからのプレゼント!」
「プレゼントまで用意してくれたんだ」
「もちろん! 誕生日だからね!」
差し出した箱を、幽は両手で受け取った。
「開けてもいい?」
「どうぞどうぞ!」
幽が、
箱の中に収められていたのは、ひとつのピアスだった。
銀色の細い縁取りに、淡く輝く月の意匠。形は半月。華美ではないけれど、角度によって光を受け、静かに存在を主張する。
月の内側には、夜空を閉じ込めたような淡い青紫の輝きがある。下には小さな星の飾りが添えられていて、揺れるたびに控えめな光を返す。
それは、もう片方と合わせることで、ひとつの満月を形作るものだった。
「これは……月?」
「うん! 半月のピアスだよ!」
幽がピアスを手に取り、光にかざす。
その仕草を、私は少し緊張しながら見つめていた。
「綺麗だね」
「えへへ。気に入ってくれた?」
「うん。ありがとう」
その返事に、胸の奥がふわりと温かくなる。
でも、まだ終わりじゃない。
「実はね───ヤチヨも同じもの作ったんだ!」
そう言って、私は管理画面からアイテムを呼び出した。
そこには、彼に贈ったものと対になる、もう片方の半月のピアスが揺れている。
私が身につけていたものと、彼に贈ったもの。
ふたつの半月は、向かい合わせれば満月になるように作られていた。
ふっふっふ、ヤチヨ渾身の力作である。
「……おなじ?」
「そう! せっかくのプレゼントだし、ヤッチョから贈ったこと覚えといてくれるように、ヤチヨと幽でお揃いにしたかったんだ!」
幽は私の手元を見て、それから自分のピアスへと視線を戻した。
「なるほど。だから半月なんだ」
「おっ、気づいた?」
私は嬉しくなって、もう少しだけ身を乗り出す。
「二つを合わせると、満月になるんだよ。別々だと半分ずつ。でも、二つ揃えばちゃんと一つの月になるの!」
「素敵なデザインだね」
「でしょ!」
えへへ。
この意味に気づいてもらえたことが、何より嬉しい。
「それでね……せっかくだから、つけてあげてもいい?」
これが本題である。
「いいの?」
そう言いつつ、身長差があるから幽の方が私より幾分視線が高いのに、なぜか上目遣いで見られているように錯覚する。
ぐぐぐ、その顔はヤッチョに特効すぎる……っ。
「もちろん! そのために用意したんだから!」
私の内心がバレないように、幽の手からピアスを受け取った。
彼は少しだけ、私がつけやすいようにと白い髪を耳にかけてくれる。
露わになった耳元へ、そっと手を伸ばした。
い、色気すっごぉ───!?
八千年も私の方が歳上なのに、ドキドキさせてくるなんて。幽、なんて罪な男なの!?
「う、動かないでね」
緊張と羞恥と嬉しさで手が震える。バレないように、伝わらないように。
想いで焦りに蓋をして。
ピアスをつける。
小さな金具を留めるだけなのに、妙に緊張した。指先が触れるたび、仮想空間だからその体温も触感もわからないはずなのに、彼の存在をいつもより近くに感じてしまう。
動かないはずの心拍が、ドクドクと鼓動する。
「……はい、できた!」
少し離れて、仕上がりを確認する。
白色の髪に、銀色の半月の装飾が、まるで雲に掛かった月のように見えた。
「うん! 似合ってる!」
「ありがとう。じゃあ、次はヤチヨの番かな」
そう言って幽が微笑んだ後、私の方へと近づいて来た。
「へっ?」
何を言ってるかわからない───っ。
いつの間にか、その長い指先には私の手元にあったはずのピアスがあって、
「せっかくだから、僕もつけてあげるよ」
思いがけない申し出に、心臓が跳ねた。
「い、いいの?」
だ、だめ。
これ以上は心が持ちそうにない。
でもでもでもでも───っ! ここを逃せば、これから先こんな嬉しい申し出はこないと思う。
「もちろん。つけ合いっこするために、お揃いにしたんじゃないの?」
「そ、そうだけど!」
まさか、そんなことを言ってくれるとは思わなかった。
なんだ「つけ合いっこ」って、可愛いの権化かこん
あああ! でも、幽だからそんなに深い意味はないんだろうなああああ!
心の中でもう一人のヤチヨが雄叫びを上げている中、私は慌てて髪を耳にかけ、彼の前に立つ。
「じゃ、じゃあ……お願いします!」
この仮想空間は、感情をダイレクトに表現できるようになっている。
だから───私はバレないように、自分の感情表現を出力する機能を最低値に変更する。
卑怯とはいうまいな! これもいと仕方なしなのだ!
これで、ヤッチョは無敵。どんな色仕掛けで来ようと敗北は───
「───じっとしててね」
「ひゃい……っ」
急に接近する幽の存在に意識を奪われる。全然そんなことはないのに、耳元で囁かれているような背徳感。
ゆっくりと幽の指が、私の髪を掻き分けて耳へと触れる。
「っあ……」
「ごめん、痛かったりした?」
「う、ううん! 全然そんなことないよ! そもそもツクヨミに痛覚含む五感に関わる機能はまだ搭載されてないし! ちょっと、というかかなりヤッチョ的には役得すぎて心が追いついてないというか、AIだから心臓なんてないのに爆発バーニングしちゃいそうというか!」
あーもう!
「そ、そう? じゃあ───」
私の早口に押されて、幽が戸惑いながらも右手で髪を巻き込まないように抑え、左手で持ったピアスを私の耳元へと近づける。
「───つけるね?」
ピアスを留める間、私はなるべく動かないようにじっとしていた。むしろ息すら止めていた気がする。
一瞬だけど、全然そんなことはない。限りなく一秒という時間が引き延ばされたような空間で。
近い。
いつもより、ずっと近い。
普段なら何でもないような顔でいられるはずなのに、今はどうにも落ち着かない。
彼の指先が離れたとき、ようやく息を吐いた。
「できたよ」
「……ありがと」
そっと耳に触れる。
そこには、幽とお揃いの半月が揺れていた。
「ど、どうかな?」
思い切って、そう聞いてみる。
もちろん、幽は優しいから言うことなんて決まって───
「うん。似合ってる」
思わず頬が緩む。
あー、よかった! 感情値を下げておいて、絶対ヤチヨ今顔真っ赤だよ。
「えへへ……!」
これで、二人とも同じ月を身につけている。
それだけのことなのに、どうしてこんなにも嬉しいのだろう。
「そうだっ、幽! もう一つ伝えておくことがあるんだ」
「なに?」
聞いて驚け!
「そのピアスね、ツクヨミの中だけじゃなくて、現実でも使えるようにしてあるの!」
私の言葉に、琥珀色の瞳が満月のように丸くなった。
「現実でも?」
「うん! ちゃんと本物を用意して、幽のお家に届くように手配してあるよ。ちなみに、もうそろそろ着くと思う! だから、そっちでも身につけられるのです!」
「そこまでしてくれたんだ」
「もっっちろん! せっかくの誕生日プレゼントだもん。ツクヨミの中だけで終わっちゃうのはもったいないでしょ?」
幽はもう一度、耳元のピアスに触れた。
それから、少しだけ目を細める。
「ありがとう。大切にするよ」
「うん!」
その言葉が聞けただけで、十分だった。
現実でも彼がこれを、肌身離さず身につけてくれたら。
いつかその隣に、私も同じ月をつけていられたら。
そんな叶わない夢を想像して、少しだけ頬が熱くなった。
──────蛇足だけど、幽とお別れしたあと感情値を元に戻そうとしたら、逆に振り切ってたみたいで。
幽に「顔の赤みひいて良かった」なんて心配された時は、顔から火が出るかと思った。
全部バレバレだよっ! うわーん!
※
「───本当だ、届いてる」
ヤチヨの言っていた通り、玄関先に小さな箱が置かれていた。中身は、ツクヨミで貰ったものと同じ半月のピアスだろう。
彩葉ちゃんが帰った後、入れ違いになるように届いたらしい。そうでなければ、あの子はきっと気づいていたはずだ。
箱を開けると、そこにはツクヨミで見た銀色の半月が収められていた。
手に取って掲げてみれば、ベランダから差し込む月明かりを受け、表面が煌びやかに反射する。まるで、ようやく持ち主に出会えたことを喜んでいるかのようだった。
「……考えすぎかな」
一人呟き、せっかくだからと身につけてみることにする。
元々つけていた黒いリングピアスを外し、アクセサリートレイに置く。
立ち鏡の前に立ち、左耳に半月を通してみれば───。
「良い感じじゃん」
ヤチヨ様々と言うべきだろう。
黒髪を背景に、銀色の装飾がよく映えている。派手すぎず、それでいて目を引く。なかなか僕好みのデザインだった。
もう日付も変わり───六月五日。
誕生日は三十分ほど前に終わってしまった。これから
彩葉ちゃんと二人で食べたケーキの箱をゴミ箱に捨て、使った皿とティーカップをシンクに運ぶ。水に浸してから、ふと手を止めた。
「タバコ、吸うか」
そういえば、タバコを吸おうと思ってベランダに出たところで、彩葉ちゃんにケーキを渡されたんだったか。
思わず苦笑する。
それと同時に、どうして僕みたいな人間に、あれだけ一喜一憂してくれるのかと考えてみる。
謎だ。
何でだろう。
確かに、僕の容姿は以前と比べるとかなり良くなった。第一印象としては、多少なりともプラスに働くのかもしれない。
それでも、彩葉ちゃんみたいにアイドルと見紛うほど整った子が、僕を特別に思うとは考えにくかった。
いつも何かにつけて、お礼だと言って色々なものをくれようとする。
けれど、僕としては貰っているものの方が大きすぎるというものだ。
「
その名前は、僕にとって少し特別な響きを持っている。
一人呟いて、作業机に置いていたタバコとライターを手に取る。視界の端で、長らくを共にしたアコギが月光を受けて光るのが見えた。
窓を開け、ベランダへ出れば───蒸し暑い。
昼間に比べれば幾分マシだが、如何せん都会ゆえか、未だ湿気が残っている。じめっとした不快な空気が、肌にまとわりつくようだった。
ライターを鳴らし、火をつける。
煙を吐き出しながら、ぼんやりと夜空を見上げた。
少しでも湿気が飛んでいかないかな、なんて考えてみる。
もちろん、そんな都合の良いことが起きるはずもない。薄く広がった煙は、夜の空気に紛れて消えていった。
隣の部屋にちらりと目を向ければ、まだ明かりがついている。
「……まだ起きてるのか」
本当に頑張りすぎである。
酒寄彩葉。
今、色々あって仲良くさせてもらっているその女の子と出逢ったのは、去年の三月下旬のことだった。
※
少しずつ気温が上がり、冬の名残が遠ざかっていく。
それまでの生活に区切りをつけ、新しい暮らしが始まる。そんな季節を祝うように、桜のつぼみも膨らみ始めていた。
数ヶ月前まで住んでいた隣人が引っ越してから、しばらく空いていた隣室。
次はどんな人が来るのだろうか、などと考えながら、僕はいつものようにベランダで一服していた。
自分の作業も少しばかり行き詰まっていた頃、外からトラックの停車音が聞こえてきた。
ガタガタガタ───。
続けて、ドタドタドタと年季の入った階段を駆け上がる音。
引っ越し業者だろうか。運搬員らしき男性の声と、それに応える若い女の子の声が聞こえてくる。
「───うるさくない人だといいなぁ」
何歳かは分からないが、とにかく若そうだった。
声にフレッシュさがある。自分の存在意義すらよく分かっていない僕からすれば、なんとも生命力に満ち溢れていそうな声だ。
ただ、友人を呼んで夜な夜な騒いだりしない子であれば、それでいい。
───まあ、そういう子だったとしても、とやかく文句を言うつもりはないのだけど。
そうして二十分、三十分ほど経っただろうか。
手元のタバコに三度目に手を伸ばした頃、隣のベランダがガラガラガラガラッ! と勢いよく開いた。
「───こっから私、一人で生きていくんや」
隣に越してきた女の子が、そう言いながらベランダの手すりにもたれかかる。
関西から越してきたのかな。イントネーションが西よりだ。
学校指定のジャージだろう、紺色の上下に身を包み、引っ越し作業のためか、黒髪を高い位置でポニーテールにまとめていた。
日差しを受けた髪には、天使の輪が浮かんでいる。
横顔を見るに───。
え、若すぎない?
中学生? いや、一人暮らしをするなら高校生くらいか?
「あー、自由や! サイコー!」
両手を突き伸ばして、晴れやかな声を上げる女の子。
そのあまりにも遠慮のない喜びように、僕はしばらく呆気に取られていた。
……元気だなぁ。
そんなことを考えていたのも束の間。
どうやら、こちらのタバコの煙が届いたらしい。
女の子が匂いに気づき、くるりとこちらへ振り返る。
───目が合った。
「───………ぁっ」
「……えっと、こんにちは?」
小さく声を漏らした彼女に、ひとまず挨拶をしてみる。
すると、女の子はその場でぴたりと動きを止めた。
目をしぱしぱと開いては閉じてを繰り返している。
まるで、目の前にいる僕が本当に人間なのか確かめているみたいだった。
なんだこの子。少し面白いな。
そう思っていたのも束の間。
彼女の白い肌が、みるみるうちに赤く染まっていく。まるで、ストーブの上に置いたヤカンが沸騰するみたいに。
「急に大声をあげて、す、すみませんでしたー!」
そう叫ぶなり、女の子は逃げるように部屋の中へと引っ込んでしまった。
……何だったんだ、今の。
何だかよく分からないうちに、どうやら僕のファーストインプレッションは、気恥ずかしいものになったらしい。
なんとなく、そのまま吸い続けるのも気が引けた。
推定高校生の女の子に、このまま煙を届けるのもよろしくないだろう。
僕は火をつけたばかりのタバコを灰皿に押しつけ、揉み消した。
「───はは、退屈しなさそう」
何だかこれからの生活が少し変わる気がして、思わず声が漏れた。
※
それから数日が経った。
隣室からは、相変わらず慌ただしい物音が聞こえてくる。
段ボールを運ぶ音や、家具を動かす音。時折、何かを落としたような鈍い音が響いてくることもあった。
一人暮らしを始めたばかりなのだから、色々と大変なのだろう。
そう思いつつ、僕は特に気に留めることもなく、自分の作業を続けていた。
そんなある日の夕方。
お腹が空いて、冷蔵庫に食料はあるものの、自分一人のために作るのも面倒くさい。作り置きしているものも飽きてきたし、適当にコンビニで済ませよう。
そう考えて外に出て数分。
「あっ」
色々と買い出しをしてきた帰りだろうか。隣人となった女の子が、動きやすそうなパーカーのセットアップに身を包み、両手に大きな荷物をいくつも持っていた。
向こうも僕に気づいたらしい。
一瞬だけ目を見開き、それから何かを思い出したように、ぴしりと背筋を伸ばした。
「あ、あのっ!」
……隣を通り過ぎようと思っていたら、僕の背中に声が掛かった。
こうなると思わず、声を上げた僕にも非があるが、何かしただろうか。
「この前は、すみませんでした!」
そう思っていると、急に深々と頭を下げられた。
はて、この前……?
何かこの子に迷惑をかけられただろうか。
「この前?」
「ベランダで、その……大きな声を出してしまったので」
「ああ、あれか」
どうやら、まだ気にしていたらしい。
「別に気にしてないよ。引っ越しの日だったんでしょ? 嬉しくなるのも分かるし」
「そ、それはそうなんですけど……!」
「なら、もういいんじゃないかな」
そう言って通り過ぎようとすると、彼女は慌てて顔を上げた。
「あっ、待ってください!」
今度は何だろう。
「私、酒寄彩葉っていいます。隣に引っ越してきたので、その、ご挨拶をしておこうと思って!」
なるほど。
そういえば、まだ名前も知らなかった。
「水無月幽って言います。こちらこそよろしくね」
「水無月さん……! よろしくお願いします!」
名前を繰り返した彼女は、どこかほっとしたように笑った。
それにしても、
思いがけず耳にしたその苗字に、意識が引っかかった。
どこか懐かしい。聞き覚えがあるというだけではなく、妙に心に残る響きだった。
そういえば、昔───。
音楽を始めるきっかけになった人も、同じ苗字だった。
もちろん、目の前の彼女と何か関係があるわけではない。そんな偶然があるとも思っていない。
ただ、あの頃のことを思い出して、少し懐かしくなった。
「───あ、あの。どうかされましたか……?」
声を掛けられた。
どうやら考えに耽ってしまい、立ち止まっていたのが不審に見えたらしい。
「あ、ごめんね。ちょっと懐かしいな、と思って」
「懐かしい……? そ、そうですか」
まずい、変に思われただろうか。
「急に止まってごめんね。引っ越したばかりで大変でしょ? その荷物、少し持つよ」
「えっ? い、いえいえ! そんなご迷惑かけるには、これぐらい全然私一人で───」
「───迷惑なんて、人間生きてたらいくらでもかけるんだし。これぐらい何とでもないよ」
何気なく返した言葉だった。
懐かしい名前に、勝手に恩を感じて返したくなっただけかもしれない。
僕だって普段はしないようなことをしている自覚はある。そんな僕の言葉を聞いた彼女は、まるで予想もしていなかったものを受け取ったように、少しだけ目を丸くした。
手を伸ばし、見るからに重そうな方の荷物に触れる。
長い道のりを持って歩いてきたのだろう。握力もなくなっていたのか、彼女の手からビニール紐がするりと僕の手へ移った。
それを持ち上げ、踵を返してアパートへ向かう道を引き返せば、
「あ、の。本当に大丈夫なので、これぐらい」
そう消え入りそうな声で呟き、ぎゅっと唇を噛んで俯く彼女の姿に、少し驚いた。
───多分、この子は色々大変なことがあったんだろう。
なんとなく。
施設にいた頃、同じような顔をしていた年下の子たちを思い出した。
だからだろう。
「へっ、あ、あの?」
「これぐらい本当に大丈夫だから。僕は誰かが大変そうにしていたら、助けてあげたくて仕方ないんだ。だから、そんな僕を助けると思ってくれたらいいよ」
なんて、苦しい言い訳だし、そんな事実も全くないのだが。
こんな若い女の子が、親元を離れて一人で暮らしていくのだ。心細いに違いない。誰かが手を差し伸べなければ、いつか折れてしまうかもしれない。そんな未来を想像すると、どうにも心苦しかった。
施設にいた頃、小さい子にしていたのと同じように、思わず空いた片手で目の前の少女の頭を撫でる。
困惑した声をあげていたが、その後三十秒ほどは、僕の手に委ねるように撫でられ続けていた。
「せっかく隣人になったんだ。僕の方が歳上だし。それに、こんな重たいものを持ってるのを見過ごしてたら、男が廃るでしょ?」
「───ふふ。なんですか、それ」
僕の茶目っ気を含めた言葉に、彼女はふふっと、ようやく笑ってくれた。
……良かった。
「じゃあ───お言葉に甘えます。すみません」
「全然いいよ。でも、こういう時は謝られるよりも違う言葉がいいかな?」
少しだけ屈んで、酒寄さんと目を合わせて軽くウィンクを一つ。
「っ。……あ、りがとうございます」
「───どういたしまして」
年相応。
お礼を言うことが、なのか。見知らぬ人に頼ることの気恥ずかしさなのか。どもりながらでもお礼を述べてくれた。
そのことに、心のどこかが少しだけ暖かくなった。
「本当にありがとうございました、助かりましたっ!」
あれから五分ほど、何気ない世間話をしながらアパートへの帰路についた。
おすすめのスーパーや、近くにある学生が遊べそうな場所を教えつつ、酒寄さんの部屋の前まで荷物を運ぶ。
流石に部屋に入るわけにはいかないので、少しずつ荷物を運び入れるのを待っていたところだった。
先程出会った時とは違う、心の底からの言葉に思わず笑みがこぼれる。
「全然。本当に気にしなくていいよ。僕が勝手にしたことだからね」
「そ、そんなこと。───あ、そうだ」
少し待っていてください。
そう言って会話を切り上げ、部屋に戻っていく酒寄さんを尻目に、何を食べようかなと考えていた時だった。
がたんっ!
音が鳴り、次いで彼女の声が上がる。
「……痛っ!? あー、もう。なんでここにこれが」
………何かに躓いたんだろうな。痛そうな音と声だった。
大丈夫だろうか。そんなに急がなくてもいいのに。
少し心配になっていると、扉が開き、そこに何やら箱を手に持った酒寄さんの姿があった。
「お待たせしましたっ。あの、これ、どうぞ。本当は引っ越しした日に渡せたら良かったんですけど、あの後少し顔を合わせるのが……その、恥ずかしくて」
「あぁ」
「な、なので! 受け取ってください。遅くなりましたが、挨拶回りの粗品です!」
そう言って突き出してきたそれは、これからの時期に使えそうなハンカチを詰めた箱だった。
いや、でもなぁ。
受け取るのが礼儀ではあるのだけど、これから一人で生きていく高校生の女の子からこれを貰うなら、自分で使ってもらった方がいいんじゃないだろうか。
「……あの、水無月さん? お気に召さなかったですか?」
「あ、ごめんごめん。そうじゃないよ、本当に」
また一人で考えていて返事ができていなかった。
友達を作らず、あまり人と会話をしていなかったこの二年で、変な癖がついてしまったようだ。直していかねば。
「気持ちは嬉しいんだけど、酒寄さんも大変だろうし。自分で使った方が色々いいんじゃないかな、と思ってね」
「大変なのは、そうなんですけど。これぐらい全然っ! ───そうだ、お礼です!」
「お礼……?」
「はい。今日、荷物を運ぶのを手伝ってくれたお礼。こうでもしないと私の気が済まないので、私を助けると思って受け取ってくれないですか?」
そう言われると。
僕が苦し紛れに言った言葉をそっくりそのまま返されては仕方ない。ここまで年下の女の子に気を遣わせるのも格好がつかないし。
「そこまで言ってくれるなら、受け取るよ。ありがとう、酒寄さん。大切に使うね」
そう言って、笑ってお礼を言えば、僕の顔を見た彼女が急に動きを止めた。
「───………」
目の前で手を振っても反応がない。
おかしいな。
「……あの? 酒寄、さん?」
「はい、酒寄です! え? あ、あははー、大丈夫です。気にしないでください、本当に!」
両手をわたわたと目の前で振り、顔を赤くする彼女に、つられて笑う。
それじゃあ、貰うものも貰ったし、ここでお別れかな。
そう思っていると。
……ぐぅ。
可愛い腹の虫が鳴いた音がした。
「──────っっ!!」
顔を真っ赤にして、恥ずかしさからやや涙目になりながら僕のことを見上げる酒寄さん。
「……あはははっ。あ、ごめんね、笑うつもりじゃなかったんだけど。つい、可愛くて」
「か、かわいっ!? わ、忘れてください!」
「そんな、必死にならなくても───ふふ」
「も、もぅ! 水無月さん!」
そんなこんなのやり取りがあり、僕が作り置きしていたカレーをお裾分けして食べてもらったり、学生の頃にアルバイトをしていた縁で元バイト先を紹介したり───この一年と少し、本当に色々あった。
多分、きっと。
あの時、手を差し伸べたのは間違いじゃなかった。
酒寄という名前に縁を感じ、勝手に当時の恩返しのつもりで手を差し伸べただけの関係が、今の関係になるとは思いもしなかった。
生きることに特段何も理由を見出せず、だらだらと過ごしていた日々に彩りが生まれたのは、間違いなくあの子のお陰でもあるのだから。
だから、僕は、水無月幽は恩を返すのだ。
酒寄彩葉に。
一人の隣人として、一人の友人として。
これからも、手が伸ばせる限りは。
⚪︎月見 ヤチヨ
言わずとしれた仮想空間ツクヨミの管理人兼世界トップのライバー。
どっからどう見ても儚い、古民家に行ってももう出会えなさそうな儚さを持つ白髪美人。
どうやら、幽に色々思いがあるみたいで───。
重ためな感情が隠しきれない。
異性へのピアスの贈る意味は、
『いつも自分の存在を感じて欲しい』
⚪︎水無月 幽
今作主人公の割にあまり視点がない。
なぜなら今作のコンセプトは、幽以外が主人公であるから(?)
誕生日は6月4日、21歳。
何やら転生したらしく、転生特典らしくチートを二つ持ってるらしい。
その特典も拍車をかけて、あまり自分自身に意義を見出していない。
180センチを超える身長に、特に何もしてないが筋肉質な体。宵闇色の髪に、金にも見える琥珀色の瞳。(酒寄特攻秘伝の垂れ目属性)
施設出身(家庭のじじょーってやつ)
死にたいわけではないが、生きる理由もないため施設出た後タバコを吸い始める。(※ みんなは未成年喫煙絶対ダメだぞ、お兄さんとの約束ナ!)
そのため、今話での彩葉との出会い時は19歳。後に彩葉にバレてお叱りを受ける。
控えめにはなるが、その後すぐに20になったためタバコを公に吸うも、彩葉や未成年の前ではタバコをつけてもすぐ消す模様。
何やら酒寄という苗字に縁があるようで。
⚪︎酒寄彩葉
言わずも知れた超かぐや姫の超担当。
毒親から解放され、自由だー!とベランダに出て京都弁で叫んだ所、隣でタバコをぷかぷかと蒸すやたらと顔面のいい隣人に見られ気恥ずかしさで死亡。
なんやかんやあり、数日後、親への反発心をバネに強く生きようと都会を散策するも道に迷ったり、物価の高さやらで打ちひしがれてるところに幽に出会し手を差し伸べられる。
助け云々の言葉に例に漏れず、母の言葉を思い出し泣きそうになったところ激メロお兄さんに頭を撫でられ安定した。むかし泣いてた時に慰めてくれた兄を思い出したが、その後無駄にいい顔面からへにゃりとした満面の笑み(酒寄特攻つき)をもろにくらい、色々価値観が歪む音がした。
なんやかんや世話焼いてくれたり甘やかしてくれる事に不思議に思いつつ、助かっており、仲良くなれた事が嬉しくて寝る前に思い出し笑いしている。
日間乗ってる間に薪だぁ!(感想)薪を(評価)をくべろぉ!
もっとちょーだいちょーだい、そういうのちょーだいよ!! やる気ブーストかかるから!
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