バクスターが41歳で少佐と読み取っているためです。
年齢はその下かつターシャ・コスターよりある程度上である事、階級はバクスターを差し置いて隊長となる事から最低でも同格と考えて少佐としています。
あぁ、これは走馬燈というやつだろうか……。
薄れゆくアタシの意識は過去の記憶を遡っていく。
不思議とその気分は悪くなかった。
最初に浮かんできた光景は喧騒に包まれた病院。
2000年1月3日、未だユリシーズ落下の混乱が続くファーバンティの軍病院でアタシは産まれた。
エルジア空軍パイロットの父と旧エルジア周辺国出身の母との間に生まれた一人娘だった。
当時のエルジアはユリシーズの被害もさることながら周辺国(主にFCU)の難民流入に悩まされていたというが、少なくとも空軍パイロットである父が爆弾を投下しなければならないような事態では無かったらしい。
少なくともこの頃の写真には家族3人で撮ったものがよく現れており、父はファーバンティ近郊の空軍基地から毎日帰宅してはアタシをあやしていたらしかった。。
もっとも、幼子だったアタシにそんな記憶が残っている訳が無いのだから走馬燈にしたって幻想じゃないのか……。
続いて浮かんでくる情景には覚えがある。
物心ついた頃、今でも記憶に残る印象的な出来事だったからだ。
アタシが3歳になりトテトテと歩き回るようになった頃の話だ。
2003年春のエルジアには不穏な空気が流れていたが士気高揚と市民の支持を得るための軍事パレードや基地航空祭が開かれていた。
父の所属していた航空基地もその会場となり、デモンストレーション飛行する父の姿を見るべく母とアタシの2人で訪れていた。
色々な催しが行われていたがアタシが気になったのはパイロット体験のできる操縦シミュレーターだった。
しかし当然ながら3歳児に座れるサイズではなく、拒否されて駄々をこねるアタシを見かねてか一人のパイロットが声を掛けてくれた。
「よかったら私の膝に乗って体験してみませんか?」
アタシに優しく声を掛けてくれたのは当時のエルジアでも珍しい女性パイロットだった。
あそこに座れるのならとアタシは喜んで即答した。
母は困惑していたが周りのパイロット達も黄色中隊なら、彼女なら大丈夫だ等と話を進めてしまったので断りきれない様子だった。
かくしてアタシの初飛行体験が始まった訳であるが、平和な飛行体験はすぐさま終わりを告げた。
最初の方は流れ行く空の景色、3DCGで再現されたファーバンティの空をゆったりと眺めていられたのだが……何故だかロックオンされた事を告げる警報が鳴り彼女が旋回をかける。
体験用のコクピットはご丁寧に彼女の操縦に合わせて左右に傾くものだからアタシも左右に揺さぶられる、しかし不思議な事にそんなに気分は悪くなかった。
「隊長!」
彼女が呆れと怒りを混ぜた声で隣の席に声を掛けるとイタズラがバレた少年の様な顔で一人の男性パイロットが笑っていた。
お嬢さんを護ってやれよ、などと言いつつもシミュレーター上で彼女の機体を追い立てる男性パイロット。
どうやら二機の動きはいつの間にか大型モニターに投影されて群衆の注目の的にされていた様だった。
だが当時のアタシにとってはそんな周囲の事はどうでも良くて……目まぐるしく変わり始めるシミュレーターの空の世界から全く目を逸らすことが出来なかった。
「その場でグルっと回る?」
背後を取られた展開から加速、機体を左右に振ってロックオンを躱しつつ隙を伺う彼女。
その膝の上でボソリと呟いたアタシの言葉と彼女がクルビット機動をかけたのはほとんど同時にタイミングだったかもしれない。
位置関係を逆転させた彼女は今度は男性パイロットを猛追し、遂には撃破判定をもぎ取ることに成功したのだ。
女性パイロットの勝利に沸き上がる会場。
栄えあるエルジア空軍は幼子を敵機から守ってみせたぞ!等とまくし立てる声に会場は大盛り上がりとなり、見事このデモンストレーションは成功となったのだった。
しかしながら当事者の彼女は釈然としない気持ちであったようで男性パイロットに手加減しましたねと詰め寄っていた。
男性パイロットの側も悪ふざけから始まっていた訳であるし、アタシを膝に乗せているハンデもあったから本気で戦っていた訳では無いのは後から考えてみれば当然であったかもしれない。
そして、彼女らの話題はアタシの方に戻ってきて何故クルビットを知っていたのかと問われた。
当時のアタシにはそんな知識は毛頭なく、ただ単純に相手が後ろにいるんだから振り向けたら良いのにと思っただけだと言うと、2人は笑い合ってアタシの頭を撫でてくれた。
「この後のアクロバット飛行を見ておいてくれ。さっきのクルッと回るやつを実際に見せてあげるよ。」
2人から貰ったワッペンを握りしめつつ彼女らを見送る。
アタシはそのワッペンに描かれたエンブレムを生涯忘れることはない。
黄色中隊と描かれたそれを……。
なお、後日父から聞いた話では予定にないクルビット機動を披露したことによって男性パイロットの方、隊長には数日の飛行禁止処分が下ったそうである。
アタシは可哀想だと最初に思ったが、父は規律違反だから当然としていたし、母は娘を危険に晒した当然の報いだと言っていた。
子供心に両親が正しいのだろうなとも思った。
2030年1月11日 南部ワイアポロ地域 リオバオ上空
「口だけは達者な共和国空軍とやらが苦戦していると聞いて来てみれば……どうやら相手はFCUの凄腕らしいぞ。」
「シーヴの翼って事っすか?奴らは4機編隊じゃなかったでしたっけ?」
「仮にシーヴの翼なら格好のチャンスだがこの戦闘は契約範囲外だぞ。どうする隊長?」
「決まってるだろうが……やるよ。今の翼があの時の逃げ腰野郎と同じかアタシが確かめてやる。」
〘ゼネラルエアセキュリティズ第8警備飛行隊 スパイダー隊〙
リオバホ上空でレジスタンスの護衛を全うした直後、無人空中給油機との合流を果たそうとしていた時に彼らはやって来た。
「レックス、バクスター、新手の戦闘機だ。方位270…機数4…機種は…なんだコレ?バラバラだぞ。」
「ディーラー、報告は的確に行ってくれ。」
「了解……あー、新手はSu35SとF15CのペアとF/A18とF2のペアに分かれてる。
恐らくマルチロール編成のF/A18とF2のペアがレジスタンスへの対地攻撃を意図していると考えられる。」
不味いな。
【不味いな。】
自分の思考とコープ中佐の思念がほぼ同時に同じ答えにたどり着いたが、思念の方が情報量が多かった。
【その編成は一度見たことがある。ソトアに雇われてる傭兵の筈だ。1番機の黄色い奴はしつこくて怖いタイプの女だぞ。】
「その編成はソトア側の傭兵部隊の連中だな。さっきの南部ワイアポロ空軍の連中が増援を呼び寄せたんじゃないか?」
我が僚機のバクスターからも指摘が入り、敵の正体が分かったところで通信が入る。
「レジスタンスの為にもマルチロール隊の方は止めてやる必要があるだろう。……レックス、分散して対処するのはどうだ?好きな方を選んでくれ。残りを俺が担当する。」
その案でいこう。
【別れるなら制空隊の相手はお前がした方が良いぞ。】
「俺がマルチロール隊の方だな。」
「バクスター、マルチロール隊の方が変針した。回り込むつもりだ。」
「了解した。……さっきの連中の練度は低かったが連戦になる。無理はしないでくれよ、レックス。」
レジスタンスの車列は既に走り始めている。
地の利のある彼らなら時間を稼ぐだけでも身を隠す場所を選べるだろう。向こうの出鼻を挫ければ十分だと考えると優先すべきは空中給油機の安全だ。
その意味では制空隊を自分が担当して早急に撃破すべきだろう。
だが、バクスターと行動を分けて少しすると事態が急変した。
「ジョーカー2よりディーラー、マルチロール隊の姿が見えない。もう一度ターゲットの位置を確認してくれ。」
「そんなバカな!レーダーでははっきりと……あぁ、ヤバいッ!」
何がヤバいなのかはすぐに分かった。レーダーレンジを広くしていたお陰だ。
「敵のF/A18は電子戦機だ!バクスターの方はデコイの無人機!レックスの方に4機全部来てる!退避してくれ!」
「レイ!交戦を避けて逃げるんだ!」
「もうアンタはアタシの巣の中だよ。囲みな、カウボーイ共!スパイダー4、コイツを電子妨害範囲から逃がすなよ!」
「了解っす。スパイダー2、いつも通り俺は編隊を離脱しますからアネさんの援護を。」
「スパイダー2、了解。戻ってくるヤツに落とされるなよ。」
レジスタンスを攻撃してくるという読みが外れていたんだ。
【どうやら最初からお前が狙いだった様だな。俺も逃げるのを推奨する。】
……ダメだな。コイツら連携が上手い。仕掛けてくる3機は互いの隙を潰し合ってるし、電子戦機はソイツらを確実に支援しつつこっちの反撃の芽を摘んできてる。
「スパイダー2、3、アタシが追い込むからいつも通り仕掛けろ。翼が前に戦ったやつと同じならなら避けてくるから着実に追い詰めろ!」
特に厄介なのはやはり隊長機の黄色いSu35Sだ。
持ち前の機動性でこっちに絡みつく様に追い立ててくる。
そして、こっちがその機動に付いていこうとして速度を落としてしまうと電子支援を受けたミサイルを他の2機が時間差をつけて浴びせかけてくる。
「スパイダー2、FOX2。……なんて奴だ。強引なPSMで避けやがった!」
「スパイダー3、FOX2!……だがチャフは撒かせた。次は当ててやる。」
「すまないバクスター、急いでくれ!」
「分かっている!……頼むぞレックス、持ち堪えてくれよ……。」
ダメだな。このままでは逃げられない。
逃げれないなら……喰い破るだけだ。
「ッ!敵機急上昇!……スパイダー4!お前が狙われてる!」
「えぇ!?俺っすか!?」
【やはりお前は俺とは違う選択をするのだな。】
「その動き……やっぱり前のやつとは違う!各機注意しろ、コイツは以前の逃げる翼じゃない!」
先ずは厄介な電子支援を潰させてもらう。
「そう簡単に射程に捕まったりは……うぐっ!?」
「スパイダー4!」
「翼の機銃、射程が長いっす!主翼を吹き飛ばされました!脱出するっす!!」
電子戦機を撃墜した。DDの仕入れてくれた機銃の射程延長モジュールが役に立ったな。
ミサイルでは狙えない状況を考慮したら今後は必須のパーツかもしれない。
「よくもスパイダー4を!」
「待て、スパイダー2!……クソっ!スパイダー3援護しろ!」
これでミサイルも使いやすくなった。
Su35Sが援護に来ているがF2が少し突出している。QAAMの残弾は少ないが使いどころだろう。
「高機動ミサイル!?……グッ!?すみません、脱出します!」
「そんな、あの一瞬でスパイダー2を!?」
「呆けている暇はないぞ、スパイダー3。最大推力で追い縋るれ!」
残りは2機。
F15Cの動きは悪くないがシャーク隊には少し劣る程度かもしれない。隊長機のSu35Sとの練度の差と機動性能の差で僅かに隙がある。
6AAMの残弾も少なくなってきたが今が使い時だろう。
「正面からミサイル!ブレイクしろ!」
「この程度!……ッ!しまった隊長から引き剥がされて……うわっ!?」
「スパイダー3!」
「脱出は出来てます。隊長、撤退を!」
「シーヴの翼ぁ!お前はアイツらと同じ存在だとでも言うのか!
認められるものか!」
【まだ戦意を失ってないな。だがお前に呑まれてるぞ。】
もう癖は見抜けている。
マニューバに自信があるからこちらのマニューバに対抗して乗ってくる。
「コブラ?……舐めるなよ!」
クルビットから反転してミサイルを撃つつもりだろうが……こちらの機銃の方が僅かに早い。
「クソっ!クソっ!クソっ!……アタシはあの領域には届かないって言うのか……。」
【脱出はしたようだな。……俺なら逃げ切れるだけだった。誇れよ、エースパイロット。】
「全機撃墜を確認。……すまないレックス。俺のプレイングミスだった。その全てをひっくり返す最高の結果を引き寄せてくれてありがとう。」
「大変だったのはお前だが僚機として気が気じゃなかったぞ。……だがまだ任務は半ばだ。反省会は後にして気を引き締めていこう。」
バクスターの言う事は最もだ。
だけれど……まさかこの後給油機からの出火で機体を捨てる羽目になるとは想像もしていなかった。
今まさしく撃墜した彼らと同じ大地に降り立つ事が何を意味するのか。
俺はまだ知らなかったのだ。