文学少女なツガイの彼女は編集の私への愛が重い 作:流星の民(恒南茜)
人体と違ってぷかぷかと、桜の花弁は沈まない。
華の高校一年生、春。うら若い私の未来は、端から見ればきっと無限大だ。
淀んだ沼が広がる柵の向こう側。そこへ身を躍らせようとしている私はきっと不可解だ、とか。
そうやってニュースとかで消費される未来を想像すると余計にげんなりしてしまう。
『あなたとはもう、物語を作りたくない』
よぎったその言葉で余計に胸はジンジンと痛む。
これ以上家の名を汚すのも、私自身が恥を掻くのも嫌だ。
だとすれば、弾みをつけて前かがみに。さっさと終わらせてしまうのが──私の望みだった。
「ダメでしょ──死んじゃっ!」
──結果として、それは叶わなかったけれど。
「ひゃ、ひゃうっ!?」
ふんわりラベンダーの香りがする、艷やかな黒髪。それがぶわりと私の顔にかかって思わず息ができなくなった一瞬、心臓が早鐘を打ち出す。
窒息死しそうだから──というのはさておき。
たった今、私を死の淵から引き戻して、そのままの勢いで覆いかぶさった女性。
同性の私から見ても整った顔立ちとは裏腹、満開になった桜のごとくかっ開かれた瞳は爛々と、それとかち合ってしまったから。
「わ、私……ハジメテですのでっ!」
今しがた死のうとしていたお寺の境内。
そこで純潔を散らすのかと悲鳴を上げた私は、すぐに赤っ恥をかくことになる。
◇ ◇ ◇
「……大体ベタ過ぎでしょ。いきなりそんな襲ったりしないって。普通」
「そ、それでも……家では純潔を守り抜くべしと、何度も言い含められておりました。だから、仕方ないと言いますか……」
「何その前時代的なやつ……。お嬢様みたい、やれ規律だ家訓だ〜って」
腰掛けたお堂の階段で思いっきり足を伸ばす彼女。そのしなやかさは軒先で日向ぼっこをする猫にも似ている。
先ほど私を引っ張り上げた女性の言葉に、私はこくりと頷いた。
「まあ……その、恐らく。一般的に見て、お嬢様……で差し支えないかとは思いますが……」
「ほんと? お嬢様!? へぇ〜、あたし初めてみたなぁ」
「そんなにじぃっと見られても、普通の方と変わらないですよ。大体、制服ですし……あなたが着ているのと、同じでしょう?」
推定同じ学校の生徒に対して、そんなに興味津々になるものだろうか。
頭のてっぺんから足の先までを撫でてくる視線があまりにもむず痒い。ずっとそのままなのもどうにも耐え難かった。
「えっと……鶴ノ宮って知ってますか? 自惚れ過ぎかもですけど、小説とか読まれるのならご存知かな……と」
「鶴ノ宮!? あなた、あそこの子なの?」
とはいえ、この業界では有名なだけの家だ。そうそう知られていることはないだろうなと口に出した言葉に、思いのほか女性は食いついてきた。
そんな風に来られてしまっては、ご存じないですかそうですかと切り上げようとしていたのだって上手くいくはずがない。
「……
「またまた〜、一家全員凄腕編集者!の鶴ノ宮でしょ? そう来られたら、あたしだって聞きたいこといっぱい出てきちゃうなぁ。それでそれで? あなたは──」
ぐちゃり。泥まみれの足跡が私の世界につくようだった。
私から話を持ち出したのは確かに良くなかったけれど、だとしてもそれは思っていた以上に踏み込んできて、確かな土足だ。
「──私には、何もありませんからっ!」
久々に叫んだ。喉がジンジンする。
鶴ノ宮に──家庭のことに踏み込まれるのは別に構わない。慣れたものだったし、確かにダルさはあるけれどいくらでも話したっていい。
ただ、私自身のことは……まだ、口にしづらかった。
「もしかしてさ、逢依ちゃん。さっき死のうとしてたのと関係してる?」
「……勝手に名前で呼ばないでください」
「それはごめん。私、
これでおあいこでしょ?とでも言うように、女性は──結生さんは私の前でにっと笑ってみせる。
その細められた瞳は私を捉えて離そうとはしないから……何というか、一度目をつけられたのが運のツキに思えた。
気まぐれな猫ちゃんがたまに見せる興味には真摯に向き合わなければ、みたいな。
「……私の夢、遠くに行っちゃったんです。編集者になる、鶴ノ宮で最高の作品を作る……って」
もしくはそんなの構って欲しいみたいで、あんまりそうとは思いたくないけれど。誰かに聞いて欲しい気持ちだって少しはあったのかもしれない。
「知ってますか? 鶴ノ宮の家訓。ちょっと変わってるんですけど、”ツガイ”っていうのがあって……」
「あれでしょ? 生涯を通して一緒に作品を作り続ける作家が必要、みたいなの」
「よくご存知ですね……今から説明しようと思っていましたのに」
「あたしも小説書いてるし。その道の人なら、みんなうっすら知ってるんじゃないかな」
結生さんもまた、小説を書いている。
道理で鶴ノ宮を知っているわけだ。腑に落ちた反面、家の決まりだとか、そういったのを知っている相手だったから、つい胸の中できゅっと閉じてたものも緩んでしまったのだろう。
「……私には、ツガイがいないんです。少し前に破局してしまって。何とか取り戻そうとしたんですけど、高校入学までに間に合わないと、もう期待してもらえなくなる……将来の保証も、なくなっちゃうんです」
きゅっと噛んだ唇からは僅かな酸っぱさ。
よっぽどこんな話をするのが初めてだったせいか口の中は乾ききっていた。
喉とお腹の間で重いものがずんとのしかかったままだ。目元すらも張ってきてしまう。
「家では爪弾きもの。無能で、夢も叶えられない。だったら死んだ方がマシって……そう考えるのは、自然じゃないですか?」
一つ一つ口にするたびに、喉がきゅうっと締まっては胃に溜まったものを押し出そうとしてくる。
言葉にして整理してみればなおさら、今の私は必要ない。
今みたいにえずこうが、誰に擁護されようが……事実は事実だ。
今の私は、自分で考えうる限りではとびきりに──ドン底だった。
「お話聞かせてくれてありがとね。それと……ごめん。きっと、あたしは月並みなことしか言えない。そんなことされたら腹立つって知ってるから、何も言えることはない」
だよね、と確認を取る結生さん。
いやに気が利いているというか、わかってくれるというか……。
さっきまで土足がどうとか思ってたくせに、いざそうやって距離を取られてしまうとなおさら胸に詰まったものがぎゅっと重くなった気がしてしまう。
それでも、結生さんなりには私を気遣ってくれていたのだ。渋い顔をしすぎるのもよくない。
「ただ、これもまたよしみだとは思うんだ。だから、貸してあげる」
けれど、渡されたノートブック。
中の紙はよれてくしゃくしゃで僅かに浮き上がっている、ふんわりとした一冊だ。
中身はちっともわからなかったけれど、何かしら気を遣ってくれたのぐらいはわかるから、やっぱり私は渋い顔をせざるを得なかったけれど。
「……何ですか、これ」
「それは見てみてのお楽しみということで。一週間後に返して、感想教えて? 言っておくけど、返してくれなかったら祟るからね? それこそ冥府の果てまでさ」
それだけ口にすると、特に深いことは教えてくれずに結生さんはぱっと立ち上がる。
後には手元に残されたノートだけ。
何というか、中身については大方予想がついていた。
ほんの少し頬を赤らめて、早口になった結生さん。よれた紙からわかるその試行錯誤の痕跡。
この中身は、小説に違いない。
そう思うと、開こうとする手すらも重い。未だ私は創作物を読めないままだったのだから。
小説も、随筆も、短歌も、詩も、何もかも……人が思いを紡いで、刻み込んだその文字が。
その思いの丈の強さだけ、ただれて焼き付いて、私の胸にケロイドを残していく。
ツガイと一緒に、数多の文章に触れてきた。
だからこそ、彼女がいなくなった今、読む度に……落とした夢を思い出す。隣にいない彼女の温もりが、指先にこもる。
だから、これはまだ私には早い。何となくの感想だけを伝えてしまえばいい──。
「──あ」
桜色に染まった風が、目の前を通り過ぎた。
ふわりと捲られるページ、一片、栞のようにはらりと落ちていく花弁。
煤けた白の上で存在を主張する、鮮烈さ。
それに目を惹かれた瞬間に、目に止まった一節があった。
『それでも、私はもう一度星を睨んでいたい』
「もう一度」──その言葉に釣られるようにして、パラパラとページを手繰っていく。
一つ、また一つ読み進めていく度に脳裏をよぎるのは、粗への指摘ばかりだ。
出だしは凡庸で、一瞬で目を引くようなレトリックも中々出てこない。立ち止まることなくするすると、視線は滑っていく。
それなのに、どうしてだ。目頭が熱い。
何にもない少女が宇宙に夢を見て、視力を失って、それでも、もう一度夢を追う──。
言葉にしてみればそれだけの物語なのに、単純な言葉が織りなしたその感情が、文章を追う気がなくても勝手に飛び込んでくるその文字列が、私の中で主人公の熱を形作っていく。
目が見えなくても、上を見ろ。そこに間違いなく星はあるはずだから。
ぼやけた視界のど真ん中に映せ、その光彩を瞬かせろ。そうすればまだ夢が見られる──。
「……もう終わってるのになぁ、私」
火照りと共にノートを閉じた。
四月の夕暮れはまだ涼しげなのに、額を伝っていく汗はそれに逆らっている。文字を追っていた瞳の奥、頭蓋の内側で脳髄がじんわりとした熱を帯びていた。
この作中で最後に起きたことと同じ。劇的に私の未来が変わるわけではない。
きっと、明日からもトラウマは消えないし、夢が手元に戻ってくることだってないだろう。
ただ、守ろうとは思った。
ノートを読んで、返さなきゃって……勝手に押し付けられた、ほんの小さな約束を。
◇ ◇ ◇
「あ、あの……鷹峰 結生さんを、ご存知ですか……?」
「ううん、知らないなぁ……ね、どう?」
「ん、私も知らない」
一週間と言わず、翌日のことだった。
一、二年生の教室はあらかた回り終えた。
まだ慣れない校舎だ。迷うことの方がよっぽど多いし、何より入学したばかりの身で変な子だって思われたくない。
相手の素性を全然知らない状態で手当たり次第に人探しをしている不審者……なんて、学校中の人からそう思われてしまったら流石に堪えてしまう。
……いや、死のうとしていた身で何を言っているんだって話ではあるけれど。
「あの……失礼します……。鷹峰 結生さんを──」
ともあれ、次で二年生の教室は最後だ。終わりは確実に見えてきている。
そう自分に言い聞かせて、萎えそうな身体に鞭を打ち、声を出した時だった。
「アンタ、結生センパイを探してるのね? ねっ!」
「ねっ」と念押ししてガッチリホールド。そうされてしまえば、私も逃げられない。
誰かしら反応してくれる人をキョロキョロと、私から探す前に食いついてきた女子生徒がいた。
周りが校則に準じている中で目立つ茶髪、それを隠そうとせずになおさら目立たんとするツインテール。
ふりふりとそれを揺らした彼女は、そのツンと尖った瞳で私を見つめてくる。逃がさないぞとばかりに、ルージュが引かれたその唇をにぃっと吊り上げて。
「え、えっと……探しては、いますけど……ご存知だったり……?」
「ご存知? なんて、とんでもない! 知ってるわ、大知りよ。だって──」
ずいっと顔を寄せてくると、あっけらかんと。
「──アタシ、あの人を恨んでるんだもの!」
過度にしんみりしないようにあえてなのか、それとも性分ゆえなのか。
その言葉の中身と合わないぐらい元気いっぱいに、彼女はそう言い切ってみせた。
「……恨んでいる? というか、そもそもあなたは……」
「名乗り遅れたわね。アタシは
だから何だというのだろう。
私は入学したてのイチ一般生徒に過ぎない。そんな部活動の話をされたって……と、返事に困ったところで、ふと思い当たった。
「……もしかして、結生さんとは文芸部で?」
「ええ。恨んでるって言ったでしょ? あの人ね、アタシたち部員みんなを……捨てたのよ」
瞳を伏せる……ことはなく、むしろ真正面から椎さんは私のことを見つめ返してくる。
結生さんは少なくとも、私の前では努めて親切だった。だからこそ、どうにもそんなことをする人には思えなくて。
「……結生さんは、どうしてそんなことを?」
「知らないわよ。ただ無言で部長も後輩もほっぽりだして、最低限の引き継ぎで前学期の最後に辞めていった。恨む理由なんて、それだけで十分じゃない?」
むしろ接触がある分、私の方が事情には明るいんじゃない?とでもいうように細めた瞳に覗かれていると、どうにも居心地が悪くて。ブンブンと、私は思いっきり首を横に振った。
「そう。てっきり結生センパイを探しているって言うから、文芸部関連なんだと思ってたけど。まあ、それでもいいわ。アンタさ、これを持っていってくれない? あの人なら、三年生の教室にいるから」
「これは……?」
手にしていたノートの上にパサリと置かれたのは、一通の便箋だった。
まさかラブレターとかじゃあるまいし。かと言って、いきなり私がここで開けて内容を確かめるわけにもいかない。
「果たし状よ。来る『手児奈文学賞』、その学校代表を決める戦いをしましょうって!」
「……え?」
てっきり現部長から旧部長に送る手紙……というのだから、ゴタゴタの後処理に必要なもの、だとかそういうものだと思っていたけれど。
返ってきた言葉は、そんな事務的な物からはかけ離れた熱っぽさをはらんでいた。
「それなら、ご自分で渡してはどうでしょう……?」
「イヤ。これでも相当恨んでるのよ? アタシ。顔も合わせたくない気持ちなの!」
「下駄箱とか、他のやり方でも……」
「それだとあの人はどうせ無視するわ。
「果たし状にですか……?」
「ラブレターによ。だから、その辺の女子生徒と同じだと思われたくなくて」
結生さん、確かにモテそうだしな……なんて、そんなことは置いておいて。
椎さんの口元は引き締められて、どこか不服さ全開といった面持ちだ。
「とにかく、捨てられっぱなしっていうのも性に合わないの。だから、まずはこれを渡してほしい」
けれど、そう語る椎さんの瞳は確かに燃えていたのだ。
「そして……勝ちたい! それがアタシにできる復讐なんだから!」
目の前にそびえ立つ結生さんを壁として。
待ち受ける戦いを前に、天をも焦がしてやらんとでも言うように。
「めんどくさっ」
そんな熱っぽい言葉を受けた後だったからか、温度差で風邪を引きそうだった。
お堂の階段、昨日と同じ場所に腰掛けた結生さんはしかし、昨日とは打って変わって物凄いしかめっ面をしている。それに加えて、返ってきた言葉だって冷めきったものだ。
「めんどくさって……すごい辛辣……」
「だって事実だもん。めんどくさい後輩を持っちゃったな〜って」
椎さんの言うことが本当ならば、その後輩を面倒くさくしてしまったのは結生さんの責任ということになる。無言で部活を辞めて、部長まで押し付けて──そこまでされたら恨んでも仕方ないと思う。
きっと、椎さんから見たら、結生さんこそめんどくさい先輩だ。
──どうして、部活辞めたんですか。
そんな言葉が脳裏をよぎるけれど、流石に口にはできない。
まだ関係値が浅い相手だ。向こうから踏み込まれるのはまだしも、私から踏み込んで取り返しのつかないことになったら、凹むだけじゃ済まないと思う。
「……その果たし状、なんて書いてあったんですか?」
「ん? 聞いてたって言わなかったっけ?」
「いえ、細かいことまでは伺っていないので」
代わりに投げかけた質問に、結生さんはこほんと一つ咳払い。
「『
さりげなく結生さんが口にしたその言葉。「文芸部」という単語を彼女から聞いたのは初めてだったけれど、何せ私は椎さんとお話した後だ。
大方もう私が大体の話を聞いてきたことも察しているのだろう。
「……確かに、大変だそうですね。その賞のことなら、私も家で何度か。ただ、確か小説部門はなかったはずじゃ……」
「そ。これが今回の果たし状のミソ。椎ちゃんはさ、学校代表の枠を賭けて、
小説、短歌、川柳に詩、エトセトラ……。一口に文学賞と言っても、部門は多岐に渡る。
小説は募集するけれど、詩は受け付けないなんてこともままある。
だからこそ、基本的には自分の得意部門を募集している賞で戦うのが定石だ。
「自分のフィールドに引きずり込んできたんだよ。椎ちゃんは去年、佳作を取ってる。対してあたしは短歌側では実績ゼロ。どっちが不利かなんて、火を見るよりも明らかだよね」
「その……学校代表の枠、というのは?」
「ん。学校名義で出せる一枠のことだね。文芸部顧問の先生が『数撃ちゃ当たる』ってのが大嫌いでさ。選ばれた一つだけを出せればいいと思ってるわけよ」
「じゃあ、引き分けにすら持っていけないじゃないですか……」
んべー、とばかりに舌を出す結生さん。
話を聞けば聞くほど、結生さんに勝ちの芽はなかった。
彼女の小説は確かによかった。だけれど分野がガラリと短歌に変わってしまえば能力も活かしづらくなる。感情の機微に重きを置く作家なら、なおさらだ。
「それなら、やっぱり出ないんですか?」
「うーん、あたしも暇じゃないし、そうなるかな。ただ、ね?」
そこで、ニヤリと弧を描く瞳。
結生さんの不気味な笑顔に、思わずお尻一歩分の距離を取ってしまう。
「そうなると面倒なことになるんじゃない? 逢依ちゃんがさ」
「私、ですか!?」
「うん。椎ちゃんってめっちゃくちゃ頑固だからさ。もしかしたら逢依ちゃんを追いかけ回してくるかもしれないよ? なんで勝負を受けるよう説得しなかったんだ〜!って」
そこまで話がわからない人……なのかもしれない。
思い返せば、確かに椎さんとの会話は向こうから一方的に捲し立てられてばかりだった。
「やれやれ」したいわけではないけれど、こんなので二年生から追いかけられてしまったら、やたらめったら目立ってしまう。それもあんまり良くない方向で。
「そう思うなら、出てくださいよ……」
「そうだね。それなら椎ちゃんも、逢依ちゃんもみんなハッピー。だけど、あたしにだけはメリットがない。それはやだなぁ。だからね──」
今度こそ、唇を奪われてしまうんじゃないかと思った。
ちらちらと、視界に揺れる黒。触れ合ったまつ毛の向こう側で、その瞳孔は確かな光を湛えている。
その輝きに吸い込まれそうなんて月並みだ。下手すれば、目玉ごと全部取られてしまいそう。
だって、結生さんはきっと、そういう容赦のないタイプだから。
「──あなたが、目になってよ。星を睨むためにさ」
どういうことですか。言葉を口にすると、互いの吐息が混ざってしまう。
堪らなく熱くって、今の私には火傷してしまいそうなほどで。
「手伝ってってこと。あたし一人じゃ勝てなくても、鶴ノ宮と組めば行ける。そう思わない?」
熱病に浮かされた幼子と何ら変わりがなかった。
ましてや私は昨日、彼女の小説を通してその能力の一端に触れている。
だとしたらなおさら、その瞳を捉えたまま、私は他所を向くことができない。
「……わかり、ました」
こくりと頷いた途端にその顔は離れていく。
深く、深く吐いた息は確かな熱をはらんでいて、この一瞬の間に私の身体が燃えていたことを克明に伝えてきていた。
「それじゃ決まりね。打倒、椎ちゃん頑張ってこー!」
おー!と元気いっぱいに腕を振り上げる結生さんは、端から見ているとどうにも子供らしくて。
けれど、私の心臓はまだどくんと、全身に強く血を巡らせている。
それと一緒に込み上げてきた火照りを誤魔化すように、私はモゾリと身を動かした。
椎さんから受けた、ハードな勝負。
私を捕らえてしまった、先輩の瞳。
そのどちらもが、私の胸の中でずしりと重くのしかかっていた。
柵を越えてしまおう、どうやって身内に迷惑をかけないようにしよう……取り敢えずは、そんなことを全部忘れさせてしまうぐらいに。