五日後に世界が終わるらしいから好き勝手に生きた結果 作:青春草男
あと五日で世界が滅ぶってなったら、みんなは何をする?
飲みの場でたまに語られるよくわからない話題だ。
そんなこと、起こりえるはずもないのに、みんな案外真剣に考えて答える。
悪の限りを尽くすとか、性欲の限りを尽くすとか。
大抵みんな普段はできないようなことをしようとする。
でも俺は、いつも「普段と変わらない生活を送る」なんてつまらない回答をしていた。
実際にあと五日で世界が滅ぶってなったら、やっぱりみんな普段と変わらない生活を送るらしい。
そもそもこの話を信じている人は半分くらいしかいないだろう。
巨大な隕石が近づいてきているらしい。
地球が一瞬にして滅ぶほどの。
ネットやテレビで死ぬほどニュースが流れている。
それでもみんなどこか半信半疑だし、治安が崩壊するなんてことは起こらなかった。
普通に暮らし、普通に生活している。
学校も普通にあるし、両親もいつも通り会社に行っている。
変わらない日常。
このニュースが流れ始めたのが十日前。
最初はやっぱりネットでも世間でもこの話題で持ちきりだった。
しかし今では時折思い出したかのように語られるだけ。
みんな慣れてきてしまっている。
……のに。
俺だけがその事実を受け入れられなかった。
いつもは「普段と変わらない生活を送る」とか言っていたくせに。
いざってときはおもっくそ信じてしまって、真に受けてしまう。
俺は本当に世界が滅ぶものだと感じていた。
世界がせっかく滅ぶのなら。
やりたいことをやっておくべきなのではないか。
普段できなかったようなことをしておくべきなのではないだろうか。
そう思った。
俺には好きな子がいる。
同じ大学に通っている、朝倉美咲だ。
一年のときにたまたま隣の席になって、それからなんとなく話すようになった。
講義が被れば一緒に受けるし、時間が合えば一緒に昼飯も食べる。
俺が風邪で休んだときには、頼んでもいないのにノートの写真を送ってくれた。
『ここ、試験に出すって言ってたよ』
『あと、ちゃんと寝なよ』
そのメッセージが嬉しくて何度も読み返した結果、全然寝られなかった。
朝倉の親切を無駄にしたのは俺だ。
まあ、そういう感じで。
俺は朝倉が好きだった。
ただ、告白するつもりはなかった。
今の関係が壊れるのが怖かったからだ。
好きだと伝えて、断られる。
そこまでは、まあいい。
よくないけど、まだいい。
問題はそのあとだ。
次の講義で会ったらどうするのか。
今までどおり隣に座っていいのか。
昼飯に誘っていいのか。
ノートを借りていいのか。
最後のは自分で取れって話だけど。
とにかく、考えなきゃいけないことが多すぎた。
だから、何も言わなかった。
けれど。
あと五日で世界が滅ぶのなら。
気まずくなるとしても、たった五日だ。
来週の講義でどこに座るかなんて、考えなくていい。
来週そのものが来ないのだから。
そう気づいたとき、俺は少しだけ気が楽になった。
ちょうどそのとき、前の席からプリントが回ってきた。
期末レポートの課題だった。
提出期限は来週の月曜日。
世界が終わったあとの話だ。
先生は何を言っているんだろう。
「三浦、止まってる」
隣から朝倉に小声で言われて、慌てて後ろに回す。
「今回、結構面倒そうだね」
朝倉はプリントに目を落としたまま、そう言った。
「三浦、いつからやる?」
「やらない」
「またそういうこと言って」
また、ではない。
今回は本気でやらない。
「泣きついてきても見せないからね」
「わかってる」
俺がそう答えると、朝倉はちょっと意外そうな顔をした。
たぶん、いつもの俺ならここでお願いしていた。
まだ何も書いていない相手に、今のうちからお願いしていたと思う。
でも、今日の俺は違う。
レポートなんて書かない。
その時間で、もっと大事なことをする。
「朝倉」
「ん?」
「今日、講義のあと時間ある?」
言った。
言えた。
これだけで心臓がうるさい。
まだ空き時間を確認しただけなのに。
「あるよ。どうしたの?」
「ちょっと、話したいことがある」
「今じゃだめ?」
「今は、ちょっと」
先生が目の前で、参考文献の書き方について説明している。
さすがに告白する環境ではない。
「……わかった」
朝倉はそう言って、プリントを鞄にしまった。
そのあと俺は、先生の話を一言も聞いていなかった。
まあ、いつもあんまり聞いてないけど。
今回は理由が違う。
***
講義棟の裏に、あまり人が来ないベンチがある。
昼休みならそこそこ混んでいるけれど、夕方になるとほとんど誰もいない。
俺はそこまで朝倉についてきてもらった。
「それで、話って?」
朝倉が俺を見る。
やっぱりかわいい。
さっきまで隣に座っていたのに、こうして向かい合うと、なんだか別の人みたいだった。
「えっと」
口の中が乾いていた。
あと五日で世界が滅ぶ。
断られても五日で終わり。
何も怖くない。
そう自分に言い聞かせる。
「俺さ」
「うん」
「その」
怖い。
普通に怖い。
世界が滅ぶという情報が、全然役に立たない。
朝倉は急かさずに待ってくれていた。
それがまた申し訳なくて、余計に何を言えばいいのかわからなくなる。
いや、言うことは決まっているんだけど。
「……世界、終わるじゃん」
違う。
そういう話から始めたいわけじゃなかった。
「隕石のこと?」
「うん」
「三浦、結構気にしてたもんね」
気づかれていたらしい。
「あと五日しかないなら、やり残したこと、やっといたほうがいいかなって思って」
「うん」
朝倉が、鞄の持ち手を握り直した。
俺は一度だけ息を吸った。
「朝倉のことが好きです」
言った。
今度こそ、言った。
「ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください」
頭を下げる。
ベンチの脚と、その脇に生えている雑草が見えた。
変なところから生えているな、と思った。
もっとほかにも土があるのに。
わざわざコンクリートの隙間を選ばなくてもいいだろう。
どうでもいいことばかり考えていた。
「……それって」
朝倉の声がして、肩が跳ねた。
「五日間だけ、ってこと?」
顔を上げる。
朝倉は笑っていなかった。
「いや、違う。そうじゃなくて」
「世界が終わるまでに、彼女がほしいとか?」
「違う」
今度はすぐに言えた。
「彼女がほしいのも、まあ、そうなんだけど」
正直に言わなくていいところまで言ってしまった。
「でも、朝倉がいい。世界が終わるって話が出る前から、ずっと好きだったから」
朝倉が黙る。
俺は慌てて続けた。
「世界が終わるって聞いて、ようやく言う気になっただけで。別に、誰でもいいとか、五日だけでいいとか、そういうんじゃなくて」
しゃべりながら、自分でも情けなくなってきた。
要するに俺は、巨大な隕石に背中を押してもらわないと、告白の一つもできなかったらしい。
「じゃあさ」
朝倉が言った。
「もし、世界が終わらなかったら?」
そんなことを考えているのか、と思った。
俺はもう、終わるものだとばかり思っていた。
でも、答えは決まっている。
「それでも付き合ってほしい」
朝倉の顔を見て言った。
「来週も、そのあとも」
言ってから、急に恥ずかしくなった。
なんだ、そのあともって。
まだ今日の分すら了承されていないのに。
朝倉はしばらく俺を見て、それから、ゆっくりうつむいた。
「……そっか」
鞄の持ち手を握る指に、ぎゅっと力が入る。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「…………え?」
「付き合うんでしょ」
朝倉が顔を上げた。
耳が赤かった。
たぶん俺も、同じくらい赤かったと思う。
「いいの?」
「いいって言ってるじゃん」
「俺と?」
「ほかに誰かいる?」
振り返りそうになって、やめた。
そういう意味じゃない。
「私も、三浦のこと、いいなって思ってたし」
朝倉は俺から目をそらした。
「……全然、そういう話してこないから。友達としか思われてないのかなって」
「いや、そんなことは」
「この前、映画誘ったときも、佐藤くん連れてきたじゃん」
連れていった。
朝倉と二人きりで映画なんて、緊張して内容が頭に入らないと思ったからだ。
「あれ、二人で行くつもりだったんだけど」
「……そうだったの?」
「そうだったの」
佐藤。
お前、あの日「俺、行かないほうがよくない?」って言ってたな。
よくなかったらしい。
俺が無理やり連れていったせいで、あいつは一度観た映画をもう一度観ることになった。
今度、飯をおごろう。
五日以内に。
「じゃあ、今度は二人で行こう」
「うん」
「明日とか」
「早いね」
朝倉が笑った。
「でも、空いてるよ」
明日。
明日、朝倉とデートをする。
その予定ができただけで、さっきまでどうでもよかった明日が、とんでもなく大事な一日になった。
***
駅までは、二人で歩いた。
いつも一緒に帰るときと同じ道だった。
話している内容も、明日の天気とか、どの店に行くかとか、そんなことばかり。
なのに、腕が触れそうになるたびに変な声が出そうになる。
付き合うって、具体的に何をすればいいんだろう。
告白するところまでは何度も想像した。
断られるところも、かなり想像した。
その先の準備が何もなかった。
「三浦はさ」
朝倉が、歩きながら聞いてきた。
「ほかには何したいの?」
「ほか?」
「やり残したこと。あるんでしょ?」
「ああ」
俺はスマホを取り出した。
昨日の夜、眠れなくてメモに書いた。
世界が終わるまでに、やっておきたいこと。
朝倉への告白は、一番上にある。
「ちゃんと書いてるんだ」
「忘れたら嫌だから」
「見てもいい?」
俺は軽い気持ちで画面を傾けた。
朝倉がのぞき込む。
『朝倉に告白する』
『彼女とデートする』
『彼女と手をつなぐ』
そこまで読まれたところで、俺はスマホを引っ込めた。
まずい。
もう一つ下まで見られたら、付き合って十分でいろいろ終わるところだった。
「……なるほど」
朝倉は前を向いた。
口元を押さえている。
「笑うなよ」
「笑ってない」
「笑ってるだろ」
「だって、こんなにちゃんと書いてあると思わなくて」
俺だって、本人に読まれると思って書いていない。
隕石が来る前にスマホを破壊したくなった。
「三浦」
呼ばれて顔を向けると、朝倉が右手を出していた。
「一個、今できるよ」
俺はその手を見た。
それから朝倉を見た。
「……いいの?」
「さっきから、そればっかり」
笑われた。
恐る恐る、手を伸ばす。
指が触れたところで、朝倉のほうから握ってくれた。
温かかった。
好きな子の手って、温かいんだな、と思った。
当たり前のことなのに、知らなかった。
そのまま、少し歩いた。
正直、にやけるのを我慢できなかった。
「なんか、嬉しそう」
「嬉しいから」
「……そっか」
朝倉まで笑った。
俺はたぶん、このとき調子に乗ったのだと思う。
だって、仕方ないだろう。
ずっと好きだった子が、俺の彼女になった。
今、その子と手をつないで歩いている。
しかも、あと五日で世界は終わる。
恥ずかしがっている時間なんて、もったいなかった。
「朝倉」
「ん?」
「俺、絶対大事にするから」
朝倉が足を止めた。
俺も止まる。
「……急にどうしたの」
「いや、ちゃんと言っとこうと思って」
一度口に出すと、続きも出てきた。
「一生大事にする。絶対、後悔させない」
言った。
言ってしまった。
普段の俺なら、思いついても絶対に口にしないようなことを。
朝倉は目を丸くしたあと、つないでいないほうの手で口元を隠した。
「……そういうの、普通に言えるんだ」
「今日は言える」
「何それ」
声が少しだけ上ずっていた。
それが嬉しくて、俺はますます自分が何かすごいことを成し遂げたような気になった。
「今の、あとでメッセージでも送って」
「なんで?」
「もう一回読みたいから」
朝倉はそう言って、俺の手を引いた。
俺は断らなかった。
***
家に帰ると、母親がいつもどおり夕飯を作っていた。
「おかえり。ご飯できるまでにお風呂入っちゃって」
「うん」
いつもどおりの家。
いつもどおりの匂い。
テレビでは、隕石のニュースが流れていた。
俺は自分の部屋に入り、鞄を置くより先にスマホを出した。
朝倉とのトーク画面を開く。
少しだけ迷った。
駅までの道では言えたのに、文字にすると破壊力が違う。
でも、約束したのだ。
『今日はありがとう』
『朝倉のこと、一生大事にする。絶対に後悔させない』
送信。
すぐに既読がついた。
『こちらこそ、ありがとう』
『保存した』
続けて、俺のメッセージのスクリーンショットが送られてきた。
保存した証拠まで見せてくれなくていい。
『世界が終わらなくても、有効だからね』
俺は画面を見て、笑った。
朝倉はまだ、そんなことを言っている。
『もちろん』
『任せろ』
勢いで返信して、スマホをベッドに放った。
顔が熱かった。
枕に顔を押しつけて、しばらく動けなかった。
でも、後悔はしていない。
ちゃんと好きだと言えた。
明日の約束もできた。
手までつないだ。
やっぱり、やりたいことはやるべきなのだ。
俺はスマホを拾い、メモを開いた。
一つ目と、三つ目にチェックをつける。
たったそれだけのことが、どうしようもなく嬉しかった。
明日はデートだ。
そのあとも、できる限り朝倉と過ごそう。
一生大事にする。
ずいぶん大きなことを言ってしまったけれど。
あと五日なら、俺にだって守れるはずだった。