翌朝。
心はいつもより少し早く目を覚ました。
窓から差し込む朝日を浴びながら、軽く身体を伸ばす。昨日の鈴取り演習で、上忍であるはたけカカシと本気で戦った影響はほとんど残っていなかった。
もっとも、緋の眼を長時間維持した後には、まだわずかな疲労が残る。
こればかりは、今後も鍛錬を続けていく必要があるだろう。
「……今日から正式に任務か」
木ノ葉隠れの里で暮らし始めて、もう何年になるだろうか。
この世界に生まれ変わったと気づいたときは、正直、戸惑いしかなかった。
だが、今は違う。
火影を目指す友人がいて、競い合えるライバルがいて、少しずつではあるが自分を受け入れてくれる仲間もいる。
前世で知っていた物語とは、少しずつ違う道を歩み始めている。
それでも――。
「俺は俺にできることをするだけだ」
心は額当てを身につけ、忍具を確認すると家を出た。
待ち合わせ場所に向かうと、そこにはすでに見慣れた金髪の少年がいた。
「おーい、心!」
「おはよう、ナルト。早いな」
「へへっ! 今日から任務だってばよ! オレ、すっげー楽しみなんだ!」
ナルトは満面の笑みを浮かべていた。
昨日、忍者学校を卒業したばかりだというのに、すっかり一人前の忍者になった気分らしい。
「どんな任務が来ると思う? いきなり強い敵と戦ったりするのかな?」
「最初は簡単な任務だと思うぞ」
「えーっ! なんだよ、それ! オレたちはもう下忍なんだぞ!」
「下忍になったばかりだからこそ、だよ」
「うぐっ……」
心が苦笑すると、ナルトは不満そうに頬を膨らませた。
「まあ、どんな任務でもオレはやってやるけどな! どんどん任務をこなして、火影に近づくんだってばよ!」
「その意気だ」
二人は並んで歩き出した。
集合場所に到着すると、すでにサスケとサクラが来ていた。
サスケは壁にもたれ、腕を組んでいる。
サクラは彼の隣で、嬉しそうに話しかけていた。
「サスケくん、おはよう!」
「……ああ」
素っ気ない返事にもかかわらず、サクラはまったく気にしていない。
ナルトはそんな二人を横目で見たものの、いつものように騒ぎ立てることはなかった。
「よっ、サスケ! サクラ! おはよう!」
「おはよう、ナルト。心も!」
「おはよう」
心が挨拶を返すと、サクラは少しだけ頬を赤くした。
昨日の演習で、心が上忍相手に互角に近い戦いを見せたことは、彼女にとっても印象的だったらしい。
「カカシ先生、遅いわね……」
「いつものことだろ」
サスケが淡々と言った、そのときだった。
「いやぁ、すまないすまない。ちょっと道に迷っちゃってね」
「絶対うそだろ!」
ナルトが即座に突っ込んだ。
カカシは気にする様子もなく、片手を上げる。
「それじゃあ、行こうか。今日は火影様から任務を受けるよ」
四人はカカシに続き、火影の執務室へと向かった。
* * *
「来たか。第七班」
火影の執務室では、三代目火影・猿飛ヒルゼンが穏やかな表情で四人を迎えた。
机の上には、いくつもの書類が積まれている。
「お前たちも、今日から正式に木ノ葉の忍として任務に就くことになる。まずは簡単な任務から経験を積んでもらおう」
「簡単な任務ですか?」
サクラが尋ねる。
「ああ。里の住民の手伝いや、荷物の運搬、清掃、迷子の捜索などだな」
「ええええっ!?」
ナルトの叫び声が部屋に響き渡った。
「そ、そんなの忍者の仕事じゃないってばよ! もっとこう、敵の忍者と戦ったり、危険な任務をやらせてくれよ!」
「ナルト」
心が隣から声をかける。
「まずは信頼を積み重ねるところからだ。任務を任せてもらえるようにならなきゃ、先には進めない」
「うっ……わ、わかってるってばよ!」
「それに、迷子を見つけるのだって、簡単とは限らないぞ」
「え? そうなのか?」
「相手が見つからなければ、どれだけ走り回っても終わらないからな」
「そ、それは……確かに大変そうだってばよ」
ナルトが少しだけ納得した様子を見せる。
ヒルゼンはそのやり取りを微笑ましそうに眺めていた。
「心の言う通りだ。どんな任務にも意味がある。小さな仕事を確実にこなせる忍こそ、いずれ大きな任務も任されるようになる」
「……わかりました」
サスケも異論はないようだった。
「では、最初の任務を伝えよう」
ヒルゼンは一枚の書類を手に取った。
「里の南側にある倉庫で、荷物の整理を手伝ってもらいたい。運搬用の木箱が大量に届いていて、人手が足りないそうだ」
「木箱……」
ナルトの顔があからさまに曇る。
「その任務、どのくらいで終わりますか?」
心が尋ねると、ヒルゼンは少し考えた。
「順調に進めば、昼過ぎには終わるだろう」
「よしっ! じゃあ、さっさと終わらせて次の任務に行こうぜ!」
「まだ最初の任務だぞ、ナルト」
カカシが呆れたように言った。
「わかってるってばよ!」
ヒルゼンは四人を見渡し、最後にカカシへ視線を向けた。
「カカシ。任務中も、彼らの様子をよく見ておくように」
「了解です」
カカシの声はいつも通り気の抜けたものだったが、その目はしっかりと教え子たちを見ていた。
昨日の鈴取り演習で、心が見せた実力は確かに際立っていた。
しかし、忍者に必要なのは戦闘能力だけではない。
仲間との連携、状況判断、そして任務を最後までやり遂げる責任感。
それらを、これから確かめていく必要がある。
「それじゃあ、行ってきます!」
ナルトが元気よく挨拶し、四人は執務室を後にした。
* * *
倉庫に到着すると、そこには想像以上の量の木箱が積み上がっていた。
大小さまざまな箱が、倉庫の入口から奥まで並んでいる。
「うわぁ……多すぎだろ、これ!」
ナルトが思わず声を上げた。
「文句を言っても減らないわよ。ほら、始めましょう」
サクラは腕まくりをする。
サスケは黙って近くの木箱を持ち上げ、指定された場所へ運び始めた。
心も箱の大きさと重さを確認し、効率よく運べるように積み方を考える。
「サスケ、重い箱は奥に置いてくれ。軽いものは手前にまとめよう。あと、通路は空けておいたほうがいい」
「……わかった」
サスケは短く答え、指示に従った。
ナルトも木箱を持ち上げようとするが、勢いをつけすぎて箱を傾けてしまう。
「うおっ!? あぶねっ!」
「ナルト、ゆっくり運べ。中身が入っているかもしれないぞ」
「お、おう!」
心の声に、ナルトは慎重に箱を抱え直した。
作業は思ったよりも順調に進んだ。
サクラは箱の数を数え、サスケが運び、ナルトが空いた場所を整理する。そして心は全体の配置を確認しながら、無駄な動きが出ないように役割を調整していた。
カカシは少し離れた場所で、その様子を眺めている。
「ふむ……」
四人の性格は、それぞれ違う。
サスケは能力が高いが、基本的に単独行動を好む。
サクラは慎重で、周囲をよく観察する。
ナルトは勢い任せになりがちだが、指示を受ければ素直に動ける。
そして心は、自分が目立つことよりも、全体が効率よく動くことを優先している。
昨日の演習でも感じたが、心は仲間を動かすことに長けているようだ。
単に強いだけではない。
それは、忍者として大きな長所になり得る。
「よし! これで最後だってばよ!」
ナルトが最後の箱を所定の位置へ運び終えた。
「お疲れさま。思ったより早く終わったわね」
サクラが額の汗を拭う。
サスケも軽く息を吐いた。
「当然だ。これくらいならな」
「へへっ、オレだってやればできるんだってばよ!」
「最初から最後まで、箱を落とさなかったのは偉いな」
心が笑って言うと、ナルトは得意げに胸を張った。
「だろ!? もっと褒めてもいいんだぞ!」
「調子に乗るな」
サスケが冷たく言い放つ。
「なんだとー!」
いつものように言い合いが始まりかけたところで、倉庫の管理人が四人のもとへやって来た。
「いやあ、助かったよ。まさか午前中に終わるとは思わなかった。ありがとう、忍者さんたち」
「いえ、これが任務ですから」
心が礼儀正しく答えると、管理人は感心したように頷いた。
「しっかりした子だねえ。ほかの三人もよく働いてくれた。火影様にも、きちんと報告しておくよ」
「ありがとうございます」
四人は礼を言い、倉庫を後にした。
里の通りを歩きながら、ナルトは両手を頭の後ろで組んだ。
「なあ、心。次はもっとすげー任務が来るよな?」
「どうだろうな。まずは今日の任務を報告してからだ」
「えー、また簡単な任務だったらどうするんだよ!」
「そのときは、その任務を頑張るだけだ」
「うーん……心って、たまに火影みたいなこと言うよな」
「そうか?」
「そうだってばよ!」
心は苦笑した。
その言葉を聞いて、サスケがちらりと心を見る。
「お前は、強くなることだけが目的じゃないのか?」
「強くなることも目的だよ。でも、それだけじゃない」
心は歩みを止めずに答えた。
「力があっても、使い方を間違えたら意味がないだろ。俺は、自分の力で守れるものを守りたい」
サスケは何も言わなかった。
だが、その表情にはわずかな変化があった。
うちは一族を失い、復讐を胸に抱いているサスケにとって、心の言葉は簡単に受け入れられるものではない。
それでも、否定する気にもなれなかった。
「……綺麗事だな」
「そうかもしれない」
心はあっさりと認めた。
「でも、綺麗事を本当にできるくらい強くなりたいんだ」
サスケは一瞬だけ目を見開き、それから視線をそらした。
「……勝手にしろ」
そう言いながらも、その声には先ほどまでのような棘はなかった。
ナルトは二人の会話を聞き、勢いよく拳を握った。
「オレだってそうだ! 強くなって火影になって、みんなに認めてもらうんだってばよ!」
「ええ、私も頑張るわ!」
サクラも明るく応じる。
四人はそれぞれ違う目標を持っている。
けれど、今は同じ班の仲間だ。
その事実は、これから彼らが歩む道に、少しずつ影響を与えていくことになる。
そして心は、まだ知らなかった。
この平穏な日々の先に、彼らの忍としての価値を大きく変える任務が待っていることを。