ナルトとサスケが心の修行に加わるようになって、数日が経った。
三人の朝は早い。
空が白み始めるころには修行場に集まり、体術やチャクラコントロールの鍛錬を行う。それぞれ得意不得意があるため、心は二人の様子を見ながら内容を調整していた。
そして今日も、修行場には三人の姿があった。
「はぁっ!」
サスケの拳が風を切る。
心が繰り出した蹴りを身をひねってかわし、すぐさま反撃に転じた。しかし、心は半歩だけ後ろへ下がり、サスケの攻撃を簡単にいなす。
「力みすぎだ、サスケ。攻撃を当てることばかり考えるな。相手が次にどう動くかを考えろ」
「……わかっている!」
サスケは再び構えた。
その目には、強い闘志が宿っている。
最初のころは、心との体術訓練でも力任せに攻めることが多かった。しかし、毎日繰り返すうちに、少しずつ動きが洗練されてきている。
心はサスケの攻撃を受け流しながら、その成長を感じていた。
「よし、そこまで。次は木登りだ」
「またかよー!」
ナルトが声を上げる。
「お前はまだ、チャクラコントロールが安定していないだろ」
「うっ……」
ナルトは言葉に詰まった。
木登り修行は、以前から心がナルトに教えていたものだ。
足の裏にチャクラを集中させ、木の幹に張りつきながら登っていく。単純なように見えて、チャクラを多く流しすぎれば木を傷つけ、少なすぎれば足が滑る。
ナルトは身体能力こそ高いものの、チャクラコントロールにはまだ課題が多かった。
一方、サスケは忍者学校時代から優秀で、チャクラの扱いも比較的上手い。
……はずだった。
「じゃあ、まずはやってみろ」
心に促され、サスケは木の前に立った。
足の裏にチャクラを集中させ、一歩、二歩と幹を登っていく。
だが、数歩進んだところで足が滑った。
「くっ!」
サスケは地面へ着地し、悔しそうに木を見上げた。
「……もう一度だ」
再び挑戦する。
今度は少し高く登れたものの、途中でチャクラの量が乱れ、身体が傾いた。
それでもサスケは諦めなかった。
何度も失敗し、そのたびに原因を考え、やり直す。
そんなサスケを見ながら、ナルトは得意げに胸を張った。
「へへっ、サスケ! 木登りならオレだって結構できるようになったんだぞ!」
「……うるさい」
「見てろよ!」
ナルトは木に向かって走り、足の裏にチャクラを集中させた。
一歩、二歩、三歩。
以前よりは安定している。
だが、五歩ほど進んだところでチャクラの配分が崩れ、ナルトの身体がずるりと滑った。
「うわああっ!」
地面に着地したナルトは、尻をさすりながら顔をしかめる。
「いってぇ……!」
「……お前も、まだまだだな」
サスケが口元をわずかに上げた。
「なっ!? 今のはたまたまだってばよ!」
「なら、もう一度やってみろ」
「言われなくてもやる!」
二人は再び木へ向かった。
心はその様子を見守りながら、小さく笑った。
サスケは、ナルトが自分と同じ修行をしていることを意識しているらしい。
ナルトが少しでも高く登ると、すぐに自分も挑戦する。
ナルトが失敗しても、自分はもっと先へ進もうとする。
負けず嫌いな性格が、今はいい方向に働いていた。
最初こそサスケも苦戦していたが、繰り返し練習するうちに、チャクラの量を調節する感覚を掴み始めている。
「……よし、そこまで」
心が声をかけた。
「二人とも、最初に比べればかなりよくなっている。特にサスケは、足に集中させるチャクラの量を調整できるようになってきたな」
「当然だ」
サスケは短く答えたが、その表情にはわずかな満足感があった。
「ナルトも、以前より安定している。ただ、勢いで登ろうとする癖がある。焦らず、一歩ずつチャクラの状態を確かめること」
「わかったってばよ!」
心は木々の向こうに見える川へ目を向けた。
「次の段階に進んでもいいかもしれないな」
「次の段階?」
ナルトが首をかしげる。
「水面歩行だ」
二人の目が丸くなった。
「水の上を歩くのか!?」
「そうだ。木登りよりも難しいぞ。水面は木の幹と違って、足場そのものが動く。チャクラを一定に保つだけじゃなく、身体の動きに合わせて細かく調節する必要がある」
「面白そうじゃねえか!」
ナルトはすぐに乗り気になった。
サスケも興味を示したが、すぐに表情を引き締める。
「……木登りを完全にできるようになってからじゃないのか?」
「本当なら、もう少し木登りを続けたほうがいい。でも、水面歩行に挑戦することで、自分のチャクラコントロールの弱点がわかることもある。二人とも、まずは試してみよう」
「よっしゃあ!」
ナルトが拳を突き上げた。
「ただし、失敗しても無理に進もうとしないこと。川に落ちたら、いったん岸へ戻るんだぞ」
「わかってるってばよ!」
「……子供扱いするな」
サスケが不満そうに呟く。
心は苦笑した。
「じゃあ、朝食を食べたら始めよう。それまでは、俺も自分の修行をしておく」
「心も別の修行をしてるのか?」
ナルトが尋ねた。
「ああ。二人が来る前から、ずっと続けているものがあるんだ」
「へえ……どんな修行だ?」
「それは、また今度な」
心はそう答え、二人を連れて修行場を後にした。
彼自身にも、まだ誰にも話していない修行があった。
それは、忍術とも体術とも違う。
前世で知っていた、別の世界の技術に関わるものだった。
* * *
その日の朝食後。
ナルトとサスケが水面歩行の練習に向かう前に、心は一人で少し離れた場所へ移動した。
周囲に人影がないことを確認し、静かに目を閉じる。
――まずは、纏。
心は自分の身体に意識を向けた。
前世の記憶にある『HUNTER×HUNTER』の念。
その基本技術の一つである纏は、オーラを身体の周囲に留め、全身を包み込む技術だ。
もちろん、この世界のチャクラと念は、構造も性質も異なる。
チャクラは身体エネルギーと精神エネルギーを練り合わせて生み出すもの。
一方、念は生命エネルギーであるオーラを扱う技術だ。
本来なら、同じものとして扱うことはできない。
だが、心には一つの考えがあった。
原作のナルトは、九尾のチャクラを身にまとい、その力を身体の外へと現していた。
ならば、チャクラを身体の表面に留め、鎧のようにまとわせることも、理論上は可能なのではないか。
そう考えた心は、かなり前から試行錯誤を繰り返していた。
最初は、チャクラを身体の外側に薄く広げるだけでも難しかった。
少し気を抜けば霧散し、無理に維持しようとすれば、余計なチャクラを消費してしまう。
それでも、何度も試し続けた。
そして、ようやく一つの形にたどり着いた。
「……よし」
心の身体を、薄いチャクラの膜が覆う。
目に見えるほど強く発光するわけではない。
しかし、本人にははっきりとわかる。
身体の周囲に広がったチャクラが、全身を包み込むように留まっていた。
纏。
ただし、厳密には念の纏そのものではない。
心がチャクラを使って再現した、纏に近い技術だ。
心はしばらく維持した後、ゆっくりと解除した。
「これなら、消費を抑えながら維持できる……」
ここまでくるのに、かなりの時間を費やした。
だが、心はそこで満足するつもりはなかった。
纏は、念の技術の入口にすぎない。
次に必要なのは――練だ。
念における練は、体内のオーラを通常よりも多く引き出し、強いオーラを生み出す技術。
チャクラで完全に同じことができるかはわからない。
しかし、チャクラの放出量を増やしながら、身体の周囲に安定して留めることができれば、戦闘に応用できる可能性がある。
「……量を増やすだけじゃ駄目だ。維持する精度も必要になる」
心は再び目を閉じた。
今度は、先ほどよりも多くのチャクラを身体の表面へと広げていく。
最初は安定していた膜が、徐々に揺らぎ始めた。
右腕の周囲に集まったチャクラが強くなりすぎ、反対に左肩の部分が薄くなる。
「くっ……!」
心は慌てず、チャクラの流れを調整した。
均等に。
必要な場所へ。
余計な力を入れずに。
少しずつ、少しずつ。
やがて、身体を覆うチャクラの膜が再び安定した。
「……今の感覚か」
心は息を吐いた。
まだ、安定して長時間維持することはできない。
強くしようとすればするほど、細かな調整が難しくなる。
だが、確かな手応えはあった。
この技術を磨けば、通常時の防御や身体能力の補助に利用できるかもしれない。
緋の眼を発動したときの膨大なチャクラと組み合わせれば、さらに応用の幅が広がるだろう。
ただし、チャクラを増やすことと、それを効率よく使うことは別の問題だ。
心はそのことをよく理解していた。
「焦る必要はない。これも基礎から積み重ねていこう」
心は修行を切り上げ、ナルトとサスケの待つ川へと向かった。
* * *
水面歩行の修行は、想像以上に苦戦を強いられた。
「うわあああっ! 冷てええええっ!!」
川の中からナルトの叫び声が響く。
「……だから、チャクラを一気に流すなと言っただろ」
岸辺に立つ心が呆れたように言った。
「わかってるってばよ! でも、足が沈むんだよ!」
「沈みそうになったからといって、慌ててチャクラを増やせば、今度は水面を弾いてしまう。必要な量を保つんだ」
「む、難しいってばよ……!」
ナルトは岸へ戻り、再び水面に足を乗せた。
一歩。
二歩。
三歩。
しかし、身体の重心がわずかに傾いた瞬間、足元のチャクラが乱れた。
ぼちゃん。
「またかよおおおっ!」
その隣では、サスケも苦戦していた。
木登りではナルトに対抗心を燃やし、かなり上達したサスケだったが、水面歩行は勝手が違う。
水面は常に揺れ、足を置くたびに状態が変わる。
チャクラの量を一定にするだけでは不十分で、身体の動きに合わせて微調整しなければならない。
「……くそっ」
サスケも水に落ちた。
だが、すぐに岸へ戻る。
「もう一度だ」
その姿を見て、ナルトも負けじと立ち上がった。
「オレだって!」
二人は何度も挑戦を繰り返した。
心はそのたびに助言を与え、必要なときには実際に水面を歩いて見せた。
「足裏だけに意識を集中させるな。身体全体のバランスを感じるんだ。チャクラを流すことに気を取られすぎると、今度は身体の動きがぎこちなくなる」
二人は真剣に耳を傾けた。
水面歩行を完全に習得するには、まだ時間がかかりそうだった。
それでも、二人の目には確かな意欲が宿っていた。
こうして三人の修行は、少しずつ内容を増やしながら続いていった。
そして――。
その数日後。
第七班に、これまでとは違う任務が与えられることになる。
* * *
火影の執務室。
「今回、お前たちに依頼するのは護衛任務だ」
三代目火影・猿飛ヒルゼンが、机の向こうから四人を見渡した。
「護衛任務!?」
ナルトの顔が輝いた。
「やっと来たってばよ! そういう任務を待ってたんだ!」
「まだ喜ぶのは早いぞ、ナルト」
カカシが釘を刺す。
「護衛任務といっても、依頼人や目的によって危険度は大きく変わる。相手の話をよく聞き、勝手な行動をしないこと」
「わかってるってばよ!」
ヒルゼンは手元の書類に目を落とした。
「今回の依頼人は、波の国から来た橋造りの技術者だ。名前はタズナ。彼を波の国まで送り届け、橋の完成まで護衛してほしいという依頼だ」
心の表情が、ほんのわずかに変わった。
――波の国。
その名前を聞いた瞬間、前世の記憶が脳裏をよぎる。
原作で、ナルトたち第七班が初めて本格的な戦闘を経験した任務。
桃地再不斬。
白。
そして、ガトー。
心は表情を変えないよう気をつけながら、話の続きを聞いた。
「依頼人の安全を最優先にすること。道中で問題が起きた場合は、カカシの指示に従うように」
「了解しました」
カカシが答える。
「それと、タズナ殿はすでに里の入口で待っている。準備ができ次第、出発してくれ」
「はい!」
ナルトが元気よく返事をした。
サスケも静かに頷く。
サクラは少し緊張した様子だったが、真剣な顔で話を聞いていた。
心は仲間たちの様子を見ながら、内心で考える。
原作通りに進むなら、この任務は単なる護衛では終わらない。
再不斬との戦い。
白との出会い。
そして、忍として何を守るべきなのかを考えさせられる出来事。
しかし、今の第七班は原作とは少し違う。
ナルトは心と修行を重ね、体術もチャクラコントロールも以前より成長している。
サスケもまた、心の指導を受けながら基礎を磨いていた。
そして心自身も、緋の眼という力を持っている。
原作の知識があるからといって、すべてが同じように進むとは限らない。
「……油断はできないな」
心が小さく呟くと、隣のナルトが顔を向けた。
「ん? どうした、心?」
「いや。護衛任務だから、気を引き締めていこうと思ってな」
「おう! 任せとけってばよ!」
ナルトは自信満々に胸を張った。
「オレがタズナのおっちゃんを守ってやる!」
「まだ会ってもいないのに、おっちゃんと呼ぶのか……」
サスケが呆れたように言う。
「いいだろ! これから会うんだから!」
「はいはい。二人とも、出発前から騒がない」
サクラが二人をたしなめた。
カカシはそんな教え子たちを見て、目を細めた。
「それじゃあ、第七班。初めての護衛任務だ。気を引き締めていこうか」
四人は火影の執務室を後にした。
里の入口で待つ依頼人のもとへ。
そして、彼らの忍としての運命を大きく変える任務へと向かっていく。
心は額当てに触れ、前を見据えた。
この世界で何が起きるのか。
誰を救えるのか。
それは、まだわからない。
だが、ひとつだけ決めていた。
知っている物語だからといって、目の前の人間を物語の登場人物として扱うつもりはない。
誰かが助けを必要としているなら、自分にできることをする。
それが、枢流陀心の選んだ道だった。