タズナの家に到着してからも、カカシはしばらく目を覚まさなかった。
心は定期的に呼吸や顔色を確認し、仲間たちにも交代で周囲を警戒させた。
翌朝。
カカシはようやく目を覚ました。まだ体を起こすのもつらそうだったが、意識ははっきりしている。
「……まいったな。しばらくは本調子に戻れそうにない」
「先生、無理しないでください」
心が声をかけると、カカシはナルトたちを見回した。
「まず、昨日の戦いについて説明しておこうか」
その言葉に、ナルトが身を乗り出す。
「再不斬のことか?」
「ああ。あの男は、まだ生きている可能性が高い」
「ええっ!? でも、首に千本が刺さって倒れただろ!?」
「追い忍が使った千本は、急所を正確に突いていた。だが、あの攻撃だけで死亡したと断定するのは早い。あの追い忍が現れたタイミングも不自然だった」
カカシは真剣な声で続けた。
「再不斬が生きているなら、次はもっと確実に俺たちを仕留めに来るかもしれない。俺が回復するまで、お前たちが自分の身を守れるようになっておく必要がある」
サスケが腕を組んだ。
「修行、ということか」
「そういうことだ」
カカシが説明を始めようとした時、サスケが口を開いた。
「……カカシ。一つ、聞きたいことがある」
「ん? 何だい、サスケ」
「カカシの写輪眼についてだ」
サスケの視線は、カカシの額当てに向けられていた。
「うちは一族の血継限界である写輪眼を、なぜカカシが持っている? 先生はうちは一族ではないはずだ」
ナルトとサクラも、カカシの左目へ視線を向けた。
サスケにとって、写輪眼は特別なものだった。
うちは一族に受け継がれてきた瞳。相手の動きを見切り、チャクラの流れを読み、幻術を見破り、さらには相手の術を写し取ることすらできる力。
その力を、うちは一族ではないカカシが持っている。
サスケが疑問に思うのも当然だった。
カカシは額当てに手を添えた。
「これは、俺自身の眼じゃない」
「え?」
サクラが驚く。
「俺はうちは一族じゃない。だから、生まれつき写輪眼を持っていたわけじゃないんだ」
カカシは少し遠くを見るような目をした。
「以前、ある任務で大切な仲間を失った。その仲間は、うちは一族の少年だった」
サスケの表情が変わった。
「仲間が……?」
「ああ。そいつは、俺にとって大切な仲間だった。ある出来事をきっかけに、そいつからこの眼を託されたんだ」
カカシは額当てを少し持ち上げ、左目を見せた。
赤い瞳に、三つの勾玉のような模様が浮かんでいる。
「これが写輪眼だ。うちは一族の血継限界で、相手の動きやチャクラを見極め、幻術を見破ったり、相手の術をコピーしたりすることができる」
サスケは、その瞳をじっと見つめていた。
「ただし、俺の場合は移植された眼だから、うちは一族の人間のように自由に写輪眼を解除することができない。だから普段は額当てで隠しているんだ」
「解除できないってことは……」
「そう。開いたままだと、使っていない時でもチャクラを消耗する。うちは一族ではない俺にとっては、大きな負担になるんだ。昨日倒れたのも、写輪眼を使い続けたことでチャクラを消耗しすぎたのが原因だよ」
ナルトが目を丸くした。
「そんなに大変なのかってばよ……」
「強力な力には、それ相応の負担があるということさ」
カカシは額当てを戻した。
「それでも、俺はこの眼を使い続ける。仲間から託されたものだからね」
サスケは黙り込んだ。
――仲間から託された眼……。
兄への復讐だけを考えていたサスケにとって、その言葉は心に残るものだった。
大切なものを失い、その思いを背負いながら生きている人間がいる。
サスケはカカシの言葉を胸に刻むように、静かに目を伏せた。
心は、そんなサスケを見守っていた。
――今は、何も言わない方がいいな。
* * *
「さて、話を戻そうか」
カカシが手を叩いた。
「まずは、チャクラコントロールの基礎を確認しよう。木登りを使った修行だ」
「木登りなら、やったことあるってばよ!」
ナルトが答える。
カカシは意外そうに片眉を上げた。
「ほう? もう木登りの修行をしていたのか?」
「うん! 心とサスケと一緒に、前から練習してたんだってばよ!」
「……なるほど。心が教えていたのか」
カカシは心へ視線を向けた。
「はい。二人とも何度か成功しています。ただ、まだ安定して登り続けられるわけではありません」
「そうか。俺は初耳だったな」
カカシは特に責める様子もなく頷いた。
「なら、ちょうどいい。俺もお前たちの実力を確認したい。今の木登りを見せてくれ」
「分かったってばよ!」
ナルトは張り切って木の前に立った。
サスケも無言で別の木へ向かう。
二人とも、木登りの感覚をすでに身につけている。しかし、チャクラを集中させる量が少しでも乱れると、途中で足が滑ってしまうことがあった。
ナルトは幹を駆け上がる。
一歩、二歩、三歩。
しかし、途中で足の裏のチャクラが乱れ、ずるりと滑り落ちた。
「うわっ! くそー、またかよ!」
「勢いに頼りすぎだ。足の裏に流すチャクラを一定に保つんだ」
心が助言する。
「分かってるってばよ!」
ナルトは悔しそうに立ち上がった。
一方、サスケは慎重にチャクラを調整し、幹を登っていく。
途中までは順調だったが、上へ進むにつれて集中が乱れ、足を滑らせて地面へ降りた。
「……あと少しだったのに」
「サスケ、途中でチャクラを増やしすぎている。最初から最後まで、同じ感覚を維持することを意識してみろ」
「分かっている」
サスケは短く答え、再び木へ向かった。
二人の様子を見ていたカカシは、少し感心していた。
木登りそのものが初めてというわけではない。失敗しても、二人は自分のチャクラの使い方を理解しようとしている。
心が継続して修行を見てきたことも、二人の動きから伝わってきた。
「なるほど。確かに基礎はできているな。あとは安定性か」
「そうですね。二人とも感覚はつかんでいます」
心が答えたところで、サクラが遠慮がちに手を挙げた。
「カカシ先生。私はどうすればいいですか?」
サクラはナルトやサスケと違い、心と木登りの修行をしていなかった。
「サクラは初めてだな。まずは足の裏にチャクラを集中させ、必要な量を維持する感覚を覚えるんだ。力任せに流すんじゃない。木の表面に張りつくように歩くイメージだ」
「はい!」
サクラは真剣な表情で木の前に立った。
心は彼女の様子を見守った。
サクラは四人の中でも、チャクラコントロールに優れた才能を持っている。ナルトのように大量のチャクラを扱うことに苦労するわけでもなく、サスケのように力を入れすぎることも少ない。
やり方を理解できれば、習得は早いはずだ。
サクラは目を閉じ、足の裏へ慎重にチャクラを集中させた。
一歩目。
木の幹に足が張りつく。
二歩目、三歩目。
サクラは少しずつ上へ進んだが、途中で足を止め、チャクラの量を調整した。
そして、再び歩き出す。
やがて彼女は、ほとんど足を滑らせることなく枝の上へ到達した。
「……できた!」
サクラ自身が驚いたように声を上げた。
「えっ!? サクラちゃん、もうできたのか!?」
ナルトが目を丸くする。
サクラは枝の上でバランスを取りながら、嬉しそうに笑った。
「うん! 最初は少し難しかったけど、チャクラを流す量を調整したら登れたわ!」
カカシは感心したように目を細める。
「見事だ、サクラ。初めてでここまでできるとはな。チャクラコントロールの精度が高い」
「ありがとうございます、カカシ先生!」
サクラは嬉しそうに頭を下げた。
ナルトは悔しそうに拳を握る。
「くっそー! サクラちゃんに負けてらんねえってばよ!」
「焦るな。サクラの成功を見て、何が違うのか考えてみろ」
心が声をかける。
「……チャクラの量、か」
サスケが呟いた。
「そうだ。力を込めることと、正確にコントロールすることは違う。二人とも、成功した時の感覚を思い出してみろ」
ナルトとサスケは改めて木へ向き直った。
サクラも一度地面へ降り、今度は繰り返し登って安定性を確かめ始めた。
「サクラは、何度やっても同じように登れるか確認してくれ。ナルトは、成功した時の感覚を忘れずに。サスケは、途中でチャクラを増やしすぎないことだ」
「分かったってばよ!」
「……ああ」
「はい!」
三人はそれぞれの課題に取り組み始めた。
カカシは、その光景を少し離れた場所から見守っていた。
「心、お前は以前から二人にこういう修行を教えていたのか?」
「はい。体術だけでは、いずれ限界が来ますから。チャクラを正確に扱えるようになれば、戦い方の幅も広がります」
「十二歳にしては、ずいぶんしっかりした考え方だな」
「強くなるだけなら、自分一人で修行すればいい。でも、仲間がいるなら、一緒に強くなった方がいいと思っています」
心の言葉に、カカシは一瞬だけ黙った。
その考え方は、単に自分の能力を誇示したい少年のものではない。
仲間を見て、弱点を理解し、どうすれば全員が生き残れるかを考えている。
「……そうか」
カカシは小さく頷いた。
「なら、俺も指導者として負けてはいられないな」
その後も、四人は木登りの修行を続けた。
ナルトとサスケは、以前から身につけていた感覚を少しずつ磨き直す。サクラは持ち前の優れたチャクラコントロールを活かし、短時間で安定して登れるようになっていった。
心は三人の動きを観察しながら、必要な時だけ助言を送った。
彼自身にとって、木登りも水面歩行も、すでに完全に習得した技術だ。
だが、教える立場になったからこそ、理解できたこともある。
自分にとって簡単なことが、誰にとっても簡単なわけではない。
ナルトにはナルトの課題があり、サスケにはサスケの課題がある。そしてサクラには、優れたチャクラコントロールという強みがある。
それぞれの個性を活かせば、四人はもっと強くなれる。
「よし。今日は木登りを徹底的に練習しよう。ナルトとサスケは成功率を上げること。サクラは安定性を高めることだ」
カカシの言葉に、ナルトは口を尖らせた。
「えーっ、まだやるのかよ!」
「たまたま成功するのと、いつでも成功できるのは違うぞ」
「……分かったってばよ!」
ナルトは再び木へ向かった。
サスケも黙々と練習を続け、サクラも集中を切らさず幹を登っていく。
心は三人の様子を見ながら、小さく頷いた。
木登りを完全に身につけたら、次は水面歩行だ。
ナルトとサスケは、以前に水面歩行にも挑戦している。しかし、チャクラの量を水面の揺れに合わせて調整することができず、何度も水へ落ちていた。
木登りを安定して成功させられるようになれば、次の段階へ進めるだろう。
そして、その先には再不斬との再戦が待っている。
心は静かに拳を握った。
――次は、誰一人として倒れさせない。
その決意を胸に、心は仲間たちの修行を見守り続けた。