翌朝。
枢流陀心は、部屋の中を物色していた。
「……あった」
机の引き出しから見つけたのは、数枚の紙幣と硬貨。それだけではない。棚の奥にしまわれた小さな袋にも、まとまったお金が入っていた。
「思ったよりあるな……」
正直、ほとんど残っていないと思っていた。
一族を失い、たった一人の肉親まで亡くした少年だ。生活に困っていてもおかしくない。
だが、どうやら枢流陀心の家には、当面の生活に困らない程度の蓄えがあるらしい。
「これなら、しばらくは大丈夫そうだ」
お金の出どころや詳しい事情は、記憶を探ってもまだはっきりしない。それでも、今はありがたく使わせてもらおう。
目的は決まっている。
サングラスだ。
緋色の眼を隠すためにも、早めに手に入れておきたい。
心は身支度を整えると、家を出た。
◇
木ノ葉隠れの里は、思っていた以上に活気があった。
店先から聞こえる店員の声。道を行き交う人々。建物の間を走り抜ける忍者たち。
アニメで見ていた景色が、現実として目の前に広がっている。
「本当にナルトの世界なんだな……」
しみじみと呟きながらも、心の足取りは軽かった。
まずはサングラスを買う。
その後は、チャクラや忍術について調べたい。できることなら、早いうちに忍者としての訓練も始めたいところだ。
そんなことを考えているうちに、眼鏡を扱う店が見つかった。
心は迷わず店内へ入った。
「いらっしゃいませ」
店主が顔を上げる。
「サングラスを探しているんですが」
「サングラスですね。どのようなものをお探しで?」
「できれば、目元をしっかり隠せるものがいいです」
そう答えながら、店内に並ぶ商品を見て回る。
いくつか試着した末、心は黒いレンズのサングラスを選んだ。派手すぎず、顔にもよく馴染む。これなら普段から着けていても不自然ではないだろう。
「これにします」
「……あ、ああ。かしこまりました」
店主は一瞬、妙な反応を見せた。
商品を手渡す指先が、わずかに震えている。
「?」
心は首を傾げた。
何か変なことを言っただろうか。
別に高価なものを要求したわけでもない。商品を壊したわけでもない。
それなのに、店主はどこか怯えたような顔をしていた。
「代金はこちらです」
お金を渡すと、店主はそそくさと受け取った。
「ま、毎度ありがとうございます……」
「どうも」
心は特に気にせず、店を出た。
念願のサングラスを手に入れたのだ。気分がいい。
さっそく掛けてみる。
「おお……」
店の窓に映った姿を確認する。
金髪に黒いサングラス。
自分で言うのもなんだが、なかなか似合っている。
「これで少しは目立たなくなるかな」
満足げに頷く。
もっとも、サングラスを掛けただけで緋色の眼の問題が解決するとは思っていない。発動したときの身体能力の変化まで隠せるわけではないからだ。
それでも、何も対策しないよりはいい。
心は軽い足取りで歩き出した。
――そのときだった。
「ねえ、今の子……」
「ええ。あの髪の色……」
背後から、ひそひそと話す声が聞こえた。
「枢流陀一族の子じゃない?」
心の足が止まる。
「まだ生き残りがいたのね……」
「怖いわね。あの一族、戦闘狂だったっていうじゃない」
「そうそう。緋色の眼を持つ悪魔だって……」
「感情が高ぶると人が変わるらしいわよ」
「近づかないほうがいいんじゃない?」
心はゆっくりと振り返った。
話していたのは、近くを歩いていた二人の女性だった。
二人は心の視線に気づくと、びくりと肩を震わせ、気まずそうに目を逸らした。そして、逃げるようにその場を離れていく。
「…………」
心はしばらく、その後ろ姿を見つめていた。
なるほど。
店主の態度も、これで説明がつく。
枢流陀一族。
この世界では、そう呼ばれる一族は恐れられているらしい。
戦闘狂。
悪魔。
ずいぶんな言われようだ。
だが、心にはその理由に心当たりがあった。
緋色の眼が発動すれば、身体能力や感覚が大きく引き上げられる。そして、感情も普段以上に高ぶりやすくなる。
その力に溺れ、戦いそのものに執着する者がいたのだとすれば……。
周囲から恐れられるのも、理解できなくはない。
もちろん、一族全員がそうだったとは限らない。
それでも、世間の人間が抱く印象は、そんな単純な話では済まないのだろう。
しかも、一族が滅んだのはつい最近のことだ。
人々の記憶には、恐怖も噂も生々しく残っている。
「……なるほどな」
心は小さく息を吐いた。
これでは、サングラスを掛けたところで意味がないのではないか。
目の色を隠せても、顔を見れば枢流陀一族だと気づかれる可能性がある。
実際、さっきの人たちも、緋色の眼を見たわけではないのに自分の正体を察していた。
「参ったな……」
目立たずに暮らすつもりだったのに、出だしからこれである。
もっとも、今さら一族の出自を変えられるわけでもない。
それなら、できることは一つ。
実力を身につけることだ。
誰かに恐れられたからといって、下を向いて生きるつもりはない。
「まあ、何とかするしかないか」
心はサングラスの位置を直し、再び歩き出した。
そのとき。
少し先の道端に、見覚えのある少年がいた。
金色の髪。
青い瞳。
年齢も、自分とそれほど変わらない。
そして、何よりも目を引くのは、その服装と表情だった。
少年は一人で歩きながら、何やら不満そうに頬を膨らませている。
「……あれは」
心は思わず足を止めた。
見間違えるはずがない。
オレンジ色を基調とした服。
頬に刻まれた、三本のひげのような模様。
そして、あの金髪。
うずまきナルト。
この世界の主人公であり、後に火影となる少年。
「まさか、こんなところで会うとは……」
画面越しに何度も見てきた人物が、すぐ目の前にいる。
当然ながら、ナルトは心のことなど知らない。
彼は道端の店をちらりと見たあと、再び歩き出そうとしていた。
その横顔を眺めながら、心は考える。
ナルトと同じ世代ということは、自分もこれから忍者として成長していくことになる。
原作の展開を知っているからといって、すべてが思いどおりに進むとは限らない。
そもそも、自分という存在が加わった時点で、未来は変わるかもしれないのだ。
だが――。
「……面白くなってきたじゃないか」
心の口元に、自然と笑みが浮かんだ。
この世界で生きていく。
強くなる。
そして、枢流陀一族の力を自分の意思で制御できるようになる。
そのための第一歩として、まずは目の前の少年と関わってみるのも悪くない。
何より、同じ金髪同士だ。
少しくらい親近感を覚えてもいいだろう。
心はサングラスを掛け直し、ナルトのほうへ歩き出した。
この出会いが、やがてどんな未来につながるのか。
まだ、誰にもわからない。