波の国――タズナの家
「だあああっ! 今度こそ!」
ナルトの声が、朝の森に響き渡った。
木の幹を蹴り、ナルトは一気に駆け上がる。
以前は途中で足を滑らせていたが、今では枝の近くまで安定して登れるようになっていた。足の裏に流すチャクラの量を細かく調整し、幹を蹴る力も無駄なく使っている。
やがて、ナルトは枝の上に飛び乗った。
「よっしゃあ! 木登り、完全攻略だってばよ!」
地面から見上げていたサスケは、悔しそうに眉を寄せながらも、どこか満足げだった。
「騒ぐな。そんなの、できて当然だ」
「なんだとー! サスケだって、この前まで何度も落ちてたじゃねえか!」
「それはお前も同じだろうが」
「んだとー!」
いつものように言い争いを始めた二人を、心の影分身が呆れた様子で見守っていた。
「二人とも、木登りはもう十分だ。次の修行に進むぞ」
「次って……水面歩行か?」
サスケが尋ねた。
「そうだ。前にも挑戦しただろう? 木登りを完璧にできるようになった今なら、前よりも上手くいくはずだ」
心の影分身は、近くの小川へ二人を案内した。
水面歩行は、木登りと同じく足の裏からチャクラを放出する技術だ。ただし、木の幹と違って水面は不安定だ。流れや揺れに合わせてチャクラを調整しなければ、すぐに沈んでしまう。
「いいか。水面を歩くためには、足の裏にチャクラを流し続ける必要がある。ただし、木登りよりも細かな調整が必要だ。水に沈まないように、かといって水面を弾き飛ばさないように。必要な量を維持するんだ」
「分かってるってばよ!」
ナルトは気合を入れて水面に足を踏み出した。
一歩。
二歩。
三歩目で、足元のチャクラが乱れた。
「うわあああっ!」
ナルトは水しぶきを上げて小川に落ちた。
「ぶはっ! ちくしょう! あとちょっとだったのに!」
「今のはチャクラを増やしすぎだ。水面を押し返そうとするんじゃない。水面に立つ感覚をつかめ」
影分身の助言を聞き、ナルトは濡れた服を気にすることもなく立ち上がった。
「もう一回だってばよ!」
サスケも水面へ足を踏み出す。
彼はナルトよりも慎重にチャクラを調整していた。数歩進むことには成功したものの、流れに意識を向けた瞬間に足元のチャクラが乱れ、膝まで水に沈んでしまう。
「……くそっ」
「悪くない。今の感覚を忘れるな。水面の揺れに気を取られすぎず、足元のチャクラを維持するんだ」
影分身の言葉に、サスケは黙って頷いた。
二人とも、まだ水面歩行を安定して行うことはできない。
しかし、以前に初めて挑戦した時と比べれば、その上達ぶりは明らかだった。
木登りを習得したことで、チャクラを足の裏に集中させる感覚が身についている。その経験が、水面歩行の修行にも活かされていた。
「よし! 次は落ちねえぞ!」
ナルトは再び水面へ挑戦する。
サスケも負けじと、黙々と練習を続けた。
その様子を見ながら、心の影分身は静かに頷いた。
二人は確実に成長している。
焦る必要はない。今のうちに基礎を徹底しておけば、いずれ実戦で必ず役に立つ。
そして、もう一人の仲間であるサクラもまた、着実に成長していた。
◇サクラの才能と、未来につながる修行◇
「はっ!」
サクラの拳が、心の影分身の構えた腕へと打ち込まれた。
影分身はそれを受け流し、サクラの足元へ軽く踏み込む。
サクラはすぐに体勢を立て直し、距離を取った。
「今のは、少し力が入りすぎたな」
「はい。分かっているんですけど……」
サクラは悔しそうに拳を握った。
「力を入れようとすると、どうしてもチャクラを一か所に集めすぎてしまって」
「それなら、力を入れることばかり考えないことだ。身体全体の動きを意識してみろ。必要な瞬間に、必要な場所へチャクラを集中させるんだ」
「はい!」
サクラは改めて構えた。
彼女はもともとチャクラコントロールに優れていた。
木登りは、修行を始めたその日に習得。水面歩行も、木登りで身につけた感覚を応用することで、短期間のうちに完璧にこなせるようになっていた。
水面の上を歩くサクラの姿を見た時、心は改めて彼女の才能を実感したものだ。
だが、心がサクラに教えているのは、それだけではない。
「サクラ。もう一度、身体強化の練習をしよう」
「身体強化……はい!」
心はサクラの将来を考えていた。
原作の未来では、サクラは五代目火影・綱手の弟子となり、優れた医療忍術と、チャクラコントロールを応用した強力な怪力を身につける。
ならば、その基礎を今から練習しておいても損はない。
もちろん、十二歳のサクラが今すぐ綱手と同じ力を発揮できるわけではない。
それでも、チャクラコントロールの精度をさらに高め、身体の動きに合わせてチャクラを集中させる感覚を覚えれば、将来の成長につながるはずだ。
「まずは、拳を振る瞬間にだけチャクラを集中させてみろ。最初から全力で流す必要はない」
「分かりました!」
サクラは拳を握り、ゆっくりと腕を引いた。
そして、拳を突き出す瞬間にチャクラを集中させる。
ドンッ!
以前よりも重い音が響いた。
しかし、まだ心が想定しているほどの威力ではない。チャクラの集中がわずかに遅れ、力が拳に伝わりきっていなかった。
「今の感覚だ。悪くない。もう一度やってみよう」
「はい!」
サクラは何度も繰り返した。
失敗しても、どこが悪かったのかを考え、チャクラの流れを修正する。
心自身も、チャクラコントロールの修練を長く続けてきたことで、身体強化をある程度使いこなせるようになっていた。まだ綱手のような圧倒的な威力には遠いが、身体の動きに合わせてチャクラを集中させる技術は身についている。
だからこそ、サクラに教えられることがあった。
「焦らなくていい。強い力を出すことより、狙った場所に正確に力を伝えることを意識しろ」
「はい、心くん!」
サクラは額の汗を拭い、再び拳を構えた。
まだまだ未熟だ。
けれど、拳を振るうたびに、わずかずつチャクラの集中が正確になっている。
心は、その変化を見逃さなかった。
――やっぱり、サクラはチャクラコントロールの才能がある。
今の修行を続けていけば、将来、綱手のもとで本格的な修行を始めた時にも、きっと大きな力になる。
心は影分身を通じて、サクラの成長を見守り続けた。
◇心自身の修行――水遁の完成と性質変化◇
その頃、本体の心もまた、修行を続けていた。
「水遁・水陣壁!」
心の前に水の壁が立ち上がり、飛来した木片を受け止める。
続けて印を結ぶ。
「水遁・水乱波!」
勢いよく放たれた水が地面を走り、設置された標的を押し流した。
さらに、心は水遁・渦流弾を発動させる。
複数の水流が分かれ、それぞれ異なる軌道を描きながら標的を取り囲んだ。
一つの水流が進路を塞ぎ、別の水流が側面から打ち込まれる。残る水流は逃げ道を制限するように動き、最後には標的の周囲を包囲した。
「……よし」
心は術を解除した。
カカシから教わった水遁の術は、すべて問題なく扱えるようになっていた。
ただ、単に術を発動できるだけではない。
水の動きや形状、放出する方向、チャクラの消費量まで細かく調整できるようになり、術の精度と威力は確実に向上していた。
「これなら、実戦でも使えるな」
心は自分の手を見つめた。
次は性質変化だ。
水の性質に適性があることは、すでに確認している。
だが、適性があることと、チャクラそのものを水の性質へ変化させられることは別だった。
そこで心は、多重影分身を利用して修行を続けていた。
分身たちがそれぞれ試行錯誤を重ね、その経験を本体へと持ち帰る。
一度の修行で得られる情報量が増えたことで、心は性質変化の感覚を少しずつつかみ始めていた。
そして、ついに――。
心は静かに呼吸を整え、手のひらにチャクラを集めた。
今度は忍術を発動するのではない。
チャクラそのものを、水の性質へ変化させる。
最初は、何も起こらなかった。
しかし、集中を続けていると、手のひらに集まったチャクラの感覚がわずかに変わった。
さらりと流れるような、柔らかい感触。
水のような性質が、確かにチャクラの中に現れ始めていた。
「……できた!」
心は思わず声を上げた。
もっとも、まだ完全ではない。
性質変化させたチャクラの量は少なく、維持できる時間も短い。威力に関しても、実戦で直接使えるほどではなかった。
それでも、確かな一歩だった。
心はすぐに、分身たちが得た経験を整理し始める。
チャクラの流れをどう変えればよいのか。どの程度の集中が必要なのか。どこで失敗しやすいのか。
それらの情報を組み合わせることで、次の修行に活かしていく。
性質変化を習得したからといって、すぐに強力な水遁が使えるようになるわけではない。
だが、チャクラそのものを水の性質へ変化させられるようになったことで、今まで使っていた水遁の術にも変化が現れ始めていた。
水流の制御がより繊細になり、放出する水の勢いも調整しやすくなったのだ。
「これを磨けば、もっと強くなれる……!」
心は再び修行を始めた。
多重影分身たちも、それぞれの場所で水遁と性質変化の修行を続けている。
ナルトたちの指導も、タズナたちの護衛も、今のところ問題はない。
だが、心は決して油断していなかった。
この国には、まだ再不斬がいる。
そして、彼を助けた仮面の少年も。
再び戦う時は、そう遠くない。
◇カカシ、復活へ◇
数日が経過した。
タズナの家で休養していたカカシは、ようやく身体の調子が戻りつつあった。
「……よし。そろそろ動けそうだな」
軽く身体を動かし、チャクラの流れを確認する。
以前のような倦怠感は薄れ、写輪眼を使用したことによる負担も少しずつ回復していた。
庭先に目を向けると、ナルトとサスケが水面歩行の修行をしている。
二人とも、以前よりずっと上達していた。
まだ長時間安定して歩くことはできないものの、水に落ちる回数は減っている。失敗しても、すぐに原因を考えて再挑戦していた。
少し離れた場所では、サクラが心の影分身と体術の練習をしている。
そして、心の本体は別の場所で水遁の修行を続けていた。
――本当に、よくやるものだ。
カカシは感心すると同時に、気を引き締めた。
再不斬が生きている可能性は高い。
あの仮面の少年が、再不斬の首元に千本を打ち込んだ時の手際。あれは単なる偶然ではない。少なくとも、相応の技量を持つ忍だろう。
次に戦う時は、前回と同じようにはいかない。
カカシは四人の下忍たちを見渡した。
彼らは、短い期間で確実に成長している。
だが、相手は経験豊富な抜け忍だ。油断すれば命を落としかねない。
「……次の戦いまでに、できることはやっておくか」
カカシは額当てを直し、静かに立ち上がった。
その時、家の中からタズナの孫、イナリが顔を出した。
そして、庭先で修行するナルトたちを見つめ、冷めた声を投げかけた。
「……まだそんなことやってるの?」
◇再不斬視点――仮面の少年と、再びの計画◇
一方、その頃。
波の国のとある隠れ家では、桃地再不斬が寝台に腰掛けていた。
首元には、千本を受けた跡が残っている。
「……あの写輪眼の男、思った以上に厄介だったな」
再不斬は低く呟いた。
木ノ葉の上忍、はたけカカシ。
写輪眼を持つ男として名を知られているだけあり、その戦闘能力は予想以上だった。
水遁の応酬だけでなく、こちらの動きを見切る判断力。こちらが隙を作るのを待つ冷静さ。どれを取っても、簡単に仕留められる相手ではない。
そして、もう一人。
「……あの金髪のガキも、妙な目をしてやがった」
再不斬の記憶に、緋色の瞳を持つ少年の姿が浮かんだ。
心。
年齢に見合わない反応速度と、優れたチャクラコントロール。さらに、複数の水流を操る独特の水遁。
下忍と侮っていたが、あれは普通の子供ではない。
「ガキどもも、ただの下忍ってわけじゃねえな」
再不斬は舌打ちした。
本来なら、タズナを始末するだけの簡単な任務になるはずだった。
しかし、護衛についている木ノ葉の忍たちは予想以上に手強い。
特にカカシが復活すれば、正面から戦うのはさらに危険になる。
その時、部屋の入口に仮面の少年が姿を現した。
白い仮面に、柔らかな声。
「再不斬さん。お身体の具合はいかがですか?」
「問題ねえ。お前のおかげで助かったぜ、ハク」
ハクは静かに頭を下げた。
「お役に立てたのなら、何よりです」
再不斬は腕を組み、考え込む。
「木ノ葉の連中は、まだタズナを守っている。橋が完成する前に始末しなきゃならねえ」
「はい」
「カカシが復活する前に仕掛けるか、それとも奴らが油断するのを待つか……」
再不斬は口元を歪めた。
「どちらにしても、次は確実に仕留める」
ハクはその言葉を聞き、静かに頷いた。
「再不斬さんの望むように」
その返事に、再不斬は満足そうに笑った。
だが、ハクの仮面の下にある表情は、誰にも見えなかった。
彼はただ、再不斬のために動く。
その決意に、揺らぎはなかった。
再不斬は立ち上がり、窓の外を眺めた。
波の国の空は、どんよりと曇っている。
橋の完成を望む者たち。
それを阻もうとする者たち。
そして、その狭間で戦う木ノ葉の忍たち。
「……待ってろよ、カカシ」
再不斬の口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。
「次こそ、てめえらをまとめて始末してやる」
再戦の時は、確実に近づいていた。