心は、ずっと考えていた。
――本当に、この二人を原作通りに死なせていいのか。
目の前では、霧隠れの抜け忍・桃地再不斬と、彼に付き従う少年・白が、それぞれの信念を懸けて戦っている。
再不斬は冷酷な忍だ。 白は、その再不斬のためなら自分の命さえ惜しまない。
だが、心は知っていた。
この戦いの結末を。 そして、二人が迎える未来を。
第四次忍界大戦。
薬師カブトの穢土転生によって、死者たちは戦場へと呼び戻される。
その中には、再不斬と白もいた。
死してなお、戦いに利用される二人。 かつて自分たちが生きた世界で、今度は操り人形として戦わされることになる。
もちろん、心が知っている未来が、必ずしもこの世界で再現されるとは限らない。
それでも、二人が死ねば、その可能性は生まれてしまう。
ならば――。
(……助けるべきなのか?)
心は何度も自分に問いかけていた。
再不斬と白を救えば、原作の流れは変わる。
それは、波の国だけの問題ではないかもしれない。 この先に待つ出来事にも、少なからず影響を与える可能性がある。
原作を知っているからこそ、余計な介入を避けるべきなのか。 それとも、救える命を目の前にして、知っている未来を優先すること自体が間違いなのか。
(俺は、原作を再現するためにこの世界にいるわけじゃない)
心は目の前の戦場を見据えた。
(……それでも、今までは変えることを恐れていた)
自分が動いた結果、何が起こるのか分からない。 その不安が、心の判断を鈍らせていた。
だからこそ、これまでサポートに徹していたのだ。
サスケの成長を見守るため。 ナルトたちに経験を積ませるため。
それだけではない。
カカシと再不斬の戦い。 サスケと白の戦い。 そして、ナルトたちがどのように戦い、何を選ぶのか。
すべてを見届け、自分が介入すべき瞬間を見極めるためでもあった。
そして今――その瞬間が、目の前に迫っていた。
◇
「はあっ!」
ナルトの拳が、氷の鏡を砕いた。
氷片が飛び散り、白がわずかに距離を取る。
「サスケ! 今だってばよ!」
「ああ!」
サスケが地面を蹴った。
開眼したばかりの写輪眼が、白の動きを捉える。
これまで、目で追うことすら難しかった白の高速移動。 その動きが、ほんのわずかずつ見えるようになっていた。
完全に対応できるわけではない。
それでも、今までとは違う。
「見えてきた……!」
サスケは歯を食いしばり、白の動きを追い続けた。
ナルトも影分身を使い、外側から白に攻撃を仕掛ける。
内と外。
二人の連携によって、白は次第に鏡の中を自由に移動できなくなっていた。
やがて、ナルトの一撃が白の体勢を崩し、サスケの攻撃がその逃げ道を塞いだ。
「これで……終わりだ!」
ナルトが叫ぶ。
白は体をひねって攻撃をかわそうとしたが、間に合わなかった。
地面に倒れ込む白。
周囲を覆っていた氷の鏡が、次々と崩れ落ちていった。
「はぁ……はぁ……」
ナルトは肩で息をしながら、倒れた白を見下ろした。
「やった……のか?」
「油断するな、ナルト」
サスケは警戒を解かなかった。
写輪眼はまだ白を捉えようとしていたが、白はすぐには立ち上がらない。
それでも、心には分かっていた。
この戦いは、もう決着している。
少なくとも、ナルトとサスケは勝利した。
だが――。
(……まだだ)
心の視線は、倒れた白から離れなかった。
原作では、ここから先に悲劇が待っている。
そして、もう一方の戦場でも、同じ結末が近づいていた。
◇
「くっ……!」
再不斬の動きが止まった。
地中から飛び出した忍犬たちが、手足に食らいつき、身動きを封じていたのだ。
「捕まえたよ、再不斬」
カカシは額当てを上げ、露わになった写輪眼で再不斬を見据える。
「相変わらず、厄介な術を使いやがる……!」
再不斬が歯を剥き出しにした。
「さて。これで終わりにしようか」
カカシの右手に、青白い雷光が集まり始める。
バチバチバチバチッ!
激しい音が周囲に響き渡った。
千鳥。
いや、カカシの代名詞ともいえる雷切。
その威力を前に、再不斬は動けない。
忍犬たちの拘束を振りほどこうにも、わずかな隙さえ与えられていなかった。
「……ちっ」
再不斬が悔しげに顔を歪める。
カカシは一歩、また一歩と距離を詰めた。
そして、雷光をまとった右手を構える。
「終わりだ、再不斬」
その瞬間だった。
倒れていた白が、ゆっくりと顔を上げた。
白の視線が、拘束された再不斬と、その胸元を狙うカカシの右手を捉える。
状況を理解するのに、時間はかからなかった。
「……再不斬さん!」
白は立ち上がった。
体の痛みなど、気にしていなかった。
自分の命がどうなるかも、考えていなかった。
ただ一つ。
再不斬を死なせたくない。
その思いだけが、白の体を動かした。
「待て!」
心が声を上げた。
だが、白は止まらない。
カカシが雷切を再不斬へと突き出す。
白が、その間に割り込もうと駆け出す。
原作で見た、あの光景。
何度も記憶の中で思い描いた、変えられなかった悲劇。
――今度こそ、変える。
心の瞳が、鮮烈な緋色に染まった。
世界が、ひどくゆっくりに見えた。
カカシの右腕。 再不斬を庇おうとする白。 拘束を続ける忍犬たち。
そのすべてを視界に収め、心は地面を蹴った。
「水遁――!」
印を結ぶ時間すら惜しい。
心は蓄えていたチャクラを一気に放出し、水を操った。
地面を這うように走った水流が、再不斬の体を包み込む。
同時に、白の足元から水が噴き上がり、両腕と胴体を絡め取った。
「なっ……!?」
カカシの目が見開かれた。
雷切の切っ先が、再不斬へ届く寸前で止まる。
白もまた、突然の拘束に身をよじった。
「これは……!」
心が放った水遁は、二人の動きを完全に封じていた。
再不斬は忍犬たちに拘束されたまま、さらに水流に絡め取られている。
白も、再不斬のもとへ駆け寄ることができず、宙に浮くような姿勢で動きを止めていた。
カカシは雷切を消し、心へと視線を向けた。
「……心。これは、どういうことだ?」
普段の気の抜けた口調ではなかった。
静かだが、明確な警戒が込められている。
「先生、すみません」
心は二人を拘束したまま、カカシに向き直った。
「戦いはひとまず休戦です」
「休戦?」
カカシの眉がわずかに動く。
「君、自分が何をしているのか分かっているのかい? そいつらは敵だ。今、再不斬を仕留めていれば、この戦いは終わっていた」
「分かっています」
心は、まっすぐにカカシを見返した。
「ですが、どうやらお客様が来たみたいなんでね」
そう言って、視線をある方向へと向ける。
カカシは一瞬だけ心を見つめたあと、その視線を追った。
そして、表情を険しくした。
橋へ続く道の向こう。
武器を手にした男たちが、ぞろぞろと姿を現していた。
その先頭に立つのは、派手な毛皮のコートをまとった男。
その顔には、下卑た笑みが浮かんでいる。
「おいおい……なんだよ、こりゃあ」
男は周囲を見回し、倒れた白、拘束された再不斬、そして疲弊した第七班の面々を眺めた。
「ずいぶん派手にやってくれたじゃねえか」
ガトー。
そして、その背後には大勢の手下たちがいた。
刀や棍棒を持つ者。 短刀を握る者。 明らかに忍ではないが、人を殺すことにためらいのなさそうな者たち。
数は多い。
橋の上だけでなく、周囲の道にも人影が見える。
心の緋の眼は、彼らが近づいてくることをずっと前から捉えていた。
「カカシ先生」
心は低い声で告げた。
「再不斬と白の相手をしている場合じゃありません。あいつらが、この国を食い物にしている張本人です」
「……そうみたいだね」
カカシは雷切を消した右手を下ろし、ガトーたちを見据えた。
「まったく。最後まで面倒なことをしてくれる」
ガトーはカカシの言葉など気にも留めず、手下たちの前へ出た。
「お前ら、よく聞け。あの忍どもを全員始末しろ。生きて帰す必要はねえ」
その言葉を合図に、手下たちが武器を構えた。
ナルトが顔をしかめる。
「な、なんだよ、こいつら……!」
「ナルト、下がって。サスケも、無理はしないで」
心が二人に声をかける。
「でも、心! あいつらを放っておくのかってばよ!」
「放っておくわけないだろ」
心は、わずかに笑った。
「ただ、ここからは忍同士の戦いじゃない。相手が何人いようと、俺たちが守るべきものは変わらない」
その言葉に、ナルトは拳を握り締めた。
サスケもまた、黙って構えを取る。
カカシは心の横顔を一瞥した。
心が再不斬と白を拘束した理由は、まだ分からない。
なぜ敵を救うような真似をしたのか。 なぜ、決着寸前の自分を止めたのか。
問いただしたいことは山ほどあった。
だが、今はその時ではない。
目の前に、倒すべき相手がいる。
「みんな、気を抜くなよ」
カカシはいつものように片目を細めた。
「相手は忍じゃない。でも、だからといって油断していいわけじゃないからね」
その声を聞き、心は小さく息を吐いた。
(……ここからだ)
原作の流れを変えた。
再不斬と白が死ぬはずだった未来を、心は自分の手で止めた。
これから先、何が起こるかは分からない。
それでも――後悔はなかった。
心は水流による拘束を維持したまま、ガトーたちを見据えた。
今度こそ、二人を死なせない。
そして、この波の国で起こる悲劇を、ここで終わらせる。
心は、その決意を胸に刻んだ。