ガトーたちが橋の上へと押し寄せる。
その数は、ざっと見ただけでも数十人。
武器を手にした男たちは、カカシたちを取り囲むように広がっていった。
「へっへっへ……。ずいぶんとご苦労なこったな、再不斬」
ガトーは、拘束された再不斬を見下ろして、醜悪な笑みを浮かべた。
「まさか、お前がこんなガキどもに負けるとは思わなかったぜ」
「……ガトー」
再不斬の声が低くなる。
「てめえ、何をしに来やがった?」
「何をしに来たかだと?」
ガトーは大げさに両手を広げた。
「決まってんだろ。お前らを始末しに来たんだよ!」
手下たちが下卑た笑い声を上げる。
「お前にはずいぶん期待してたんだがな。木ノ葉の忍を始末するどころか、逆に捕まっちまうとは。使えねえ奴だ」
「……」
「まあ、最初からお前らを信用しちゃいなかったがな」
ガトーは再不斬の顔を覗き込んだ。
「お前が木ノ葉の忍を殺そうが、殺されようが、俺にはどうでもいい。お前らが邪魔になった時点で、まとめて始末するつもりだったんだよ!」
その言葉に、再不斬の目が細くなった。
「……そういうことか」
「そういうことだ。霧隠れの抜け忍だか何だか知らねえが、所詮は使い捨ての駒だ。お前らを始末したら、あとは俺の天下だ!」
ガトーは笑い続けた。
この場にいる者たちの実力など、まるで分かっていない。
数で圧倒できると信じ切っているのだ。
再不斬はしばらく黙っていたが、やがて心へと視線を向けた。
「おい、ガキ」
「……俺ですか?」
「ほかに誰がいる」
心は少しだけ肩をすくめた。
「何でしょう?」
「この術を解け」
再不斬の手足には、心が操る水流が巻きついたままだった。
「俺はもう、お前らと敵対する理由がねえ。少なくとも、あのクソ野郎どもは別だ」
再不斬はガトーたちを睨みつけた。
その目には、明確な殺意が宿っている。
「……俺が何をするつもりか、分かってんだろ?」
「ええ。ガトーたちを殺すつもりなんでしょう?」
「だったら話は早え。さっさと解け」
心は再不斬を見つめた。
原作でも、再不斬はガトーに裏切られたことを知り、最後には自らの意志で立ち上がった。
その結末を、心は覚えている。
だが、今回は違う。
もう再不斬は動けないわけではない。 白も生きている。 そして、ガトーたちを排除する手段なら、心にはいくらでもあった。
「解いてもいいですが、あなたが戦う必要はないですよ」
「あ?」
再不斬が眉をひそめた。
その瞬間だった。
「ぐあっ!」
「な、何だ!?」
「後ろだ! 後ろに誰か――!」
ガトーの手下たちが、次々と倒れていった。
橋の脇から飛び出した男が、何かを叫ぶ間もなく地面に沈む。
別の男は背後から足を払われ、武器を落としたところを一撃で意識を失った。
さらに数人が、ほぼ同時に倒れる。
「な、何が起きてやがる!?」
ガトーの顔から笑みが消えた。
手下たちは慌てて周囲を見回す。
だが、彼らを襲っている者の姿は、一人ではなかった。
金髪の少年が、橋の欄干の陰から姿を現す。
また一人、別の方向から同じ顔の少年が現れた。
さらにもう一人。
もう一人。
そこにいるのは、すべて枢流陀心だった。
「か、影分身だと!?」
カカシが目を見張る。
心は視線を向けずに答えた。
「ええ。念のため、先に何人か潜ませておきました」
「……いつの間に?」
「皆さんが戦っている間に、少しだけ」
心は平然と言った。
実際には、ガトーたちが近づいてくることを緋の眼で捉えた時点で、影分身たちを周囲へ配置していたのだ。
橋の両側。 手下たちが進んでくる道。 そして、逃げ道になりそうな場所。
敵の数が多いことは分かっていた。
だからこそ、正面から全員を相手にする必要などなかった。
「くそっ! 何をぼさっとしてやがる! ガキ一人に何を手こずってんだ! さっさと殺せ!」
ガトーが怒鳴る。
しかし、手下たちの勢いは完全に失われていた。
何しろ、倒しても倒しても同じ顔の少年が現れるのだ。
しかも、その一人一人が、そこらの素人とは思えない動きで襲いかかってくる。
「お、おい! こいつ、どこから出てきやがった!」
「そっちにもいるぞ!」
「逃げろ! こいつら、ただのガキじゃねえ!」
「逃がしませんよ」
心が静かに告げた。
両手を合わせ、印を結ぶ。
「水遁――」
橋の上にあった水分が、心のチャクラに呼応するように動き始めた。
次の瞬間、周囲の水が一気に盛り上がる。
「水乱波!」
激しい水流が橋の上を駆け抜けた。
「うわあああっ!」
「た、助け――!」
手下たちは次々と水に押し流され、足場を失って転倒した。
心は水流の勢いを細かく制御し、橋から落ちないようにしながら、男たちをまとめて無力化していく。
水が引いた時には、ガトーの手下たちは一人残らず地面に倒れていた。
意識を失った者。 身動きが取れず、うめき声を上げる者。 恐怖に震えながら、武器を手放した者。
もはや、戦える者は誰もいなかった。
その光景を見て、ナルトは口をぽかんと開けていた。
「……え?」
サスケもまた、信じられないものを見るように心を見つめている。
「……一瞬で、全員を?」
サクラは言葉を失っていた。
カカシでさえ、心の術の規模と制御の精密さに感心していた。
(影分身を事前に配置しておいて、敵が集まったところで一斉に無力化……。しかも、あの人数を相手にしてこの短時間か)
カカシは心を見た。
(本当に、底が知れない子だね)
そして、最後に残ったガトー。
「ひ、ひいいっ!」
ガトーは腰を抜かし、後ずさった。
「な、何なんだ、お前は!? たかがガキのくせに……!」
「その台詞、さっきも聞きましたよ」
心は淡々と近づいていく。
「人を雇って、国を食い物にして、邪魔になった人間は消す。ずいぶん好き勝手やってきたみたいですね」
「ま、待て! 金ならいくらでも出す! お前ら忍にとって、金は大事だろう!?」
「残念ですが、間に合っています」
「ひっ……!」
心が手をかざすと、水が縄のように伸び、ガトーの両腕と胴体を縛り上げた。
「これで終わりです」
ガトーは水の拘束から逃れようともがいたが、びくともしなかった。
周囲には、すでに心の影分身たちも集まっている。
完全に詰みだった。
◇
戦闘が終わり、橋の上には静けさが戻った。
あまりにもあっけない幕切れだった。
先ほどまで大勢で押し寄せてきたガトーの一味は、全員が無力化されている。
カカシは拘束されたガトーを確認し、それから心へと視線を向けた。
「……心。君、いつの間にこんなことを覚えたんだい?」
「修行の成果ですよ、先生」
「そういうことにしておこうか」
カカシは、いつものように目を細めた。
ただし、その内心では、心の成長速度に驚きを隠せなかった。
一方、再不斬はというと――。
「……おい」
心へ向けた声には、先ほどまでの殺気がなかった。
「何ですか?」
「お前、歳はいくつだ?」
「十二歳ですが?」
「……は?」
再不斬の表情が固まった。
十二歳。
まだ子供と呼ばれる年齢だ。
それなのに、先ほどの術の規模と精度。 影分身を使った戦術。 そして、大勢の大人を相手にして一人も逃がさなかった手際。
どれを取っても、並の忍の域を超えている。
(……こいつが、十二歳だと?)
再不斬は、初めて心をまともに見た。
緋色の瞳を持つ金髪の少年。
その姿からは、年齢相応の幼さも感じられる。
だが、先ほどの戦いぶりは、そんな印象を完全に覆していた。
「……化け物かよ」
思わず、再不斬の口から本音が漏れた。
「失礼ですね。普通の十二歳ですよ」
「どこが普通だ!」
再不斬が即座に言い返す。
そのやり取りを見て、ナルトが吹き出した。
「ははっ! 再不斬、お前もそう思うよな! 心って、たまに俺たちと同い年なのが信じられねえんだってばよ!」
「ナルト。君まで何を言っているんだい?」
「いや、だって本当のことだろ!」
サスケは小さく鼻を鳴らした。
「……俺も、まだまだだな」
悔しさはある。
だが、心の強さを目の当たりにした今、その言葉には以前よりも確かな決意が込められていた。
いつか追いつく。
そして、追い越す。
サスケはそう心に決めていた。
◇
ガトーたちを無力化し、タズナの橋を脅かす最大の障害を取り除いたことで、波の国での任務は終わりを迎えた。
ガトーの身柄と手下たちについては、波の国の人々に引き渡すことになった。彼らが犯してきた罪を明らかにし、二度と同じことを繰り返させないためだ。
タズナたちは、完成した橋の上でカカシたちを見送った。
「本当に、ありがとう……!」
タズナは深く頭を下げた。
「お前たちが来てくれなかったら、この国はどうなっていたか……」
その声は震えていた。
隣に立つツナミも、目に涙を浮かべている。
イナリは、少し離れたところからナルトを見つめていた。
以前の彼なら、忍など信じなかっただろう。
英雄などいないと、そう言い切っていた。
けれど今、目の前には、最後まで諦めずに戦った少年がいる。
「……ナルト」
「ん? どうしたってばよ、イナリ」
「……ありがとな」
イナリは、照れくさそうに顔を背けた。
「おう!」
ナルトは満面の笑みを浮かべた。
「また何かあったら、俺たちを呼べよ! すぐに助けに来てやるってばよ!」
「ナルト、勝手に約束しないの」
サクラが呆れたように言う。
「いいじゃねえか!」
「まったく……」
カカシは小さくため息をついた。
その様子を見て、心は微笑んだ。
原作とは、少し違う結末になった。
再不斬と白は生きている。
ガトーの一味も、二人の命を奪うことなく無力化できた。
この先、何が変わるのかは分からない。
それでも、心は後悔していなかった。
(……これでよかったんだ)
心は橋を振り返った。
波の国の人々が、完成した橋の上で笑っている。
その光景を目に焼きつけてから、心は仲間たちのもとへ戻った。
「よし、帰るぞ。木ノ葉までが任務だ」
カカシの言葉に、四人の下忍が返事をする。
「はい!」
ナルトは元気よく答え、サスケは静かに頷き、サクラは笑顔でタズナたちに手を振った。
心もまた、最後に一度だけ波の国を振り返る。
そして、仲間たちと共に歩き出した。
波の国での任務は終わった。
だが、心が変えた未来は、ここから少しずつ動き始めることになる。
その変化がどこへ向かうのか――今は、まだ誰にも分からなかった。