波の国での任務を終えた第七班は、数日間の帰路を経て、ようやく木ノ葉隠れの里へと戻ってきた。
「っしゃあああ! やっぱり木ノ葉が一番だってばよ!」
里の門をくぐった途端、ナルトが両手を上げて叫んだ。
「ナルト、うるさいわよ!」
「なんだよ、サクラちゃん! 久しぶりに帰ってきたんだからいいだろ!」
「数日しか経ってないじゃない!」
「数日もだってばよ!」
いつもの言い合いが始まる。
サスケはそんな二人を無視して歩き、カカシは相変わらずのんびりとした足取りでついていく。
心は仲間たちの様子を眺めながら、小さく笑った。
波の国での戦いは、四人にとって大きな経験になったはずだ。
ナルトは、守りたいもののために戦うことを改めて学んだ。
サスケは、写輪眼を開眼し、自分の未熟さと向き合うことになった。
サクラもまた、二人の戦いを間近で見て、自分に足りないものを痛感していた。
そして心自身も、原作の流れを変えるという決断を下した。
再不斬と白を救ったことが、未来にどんな影響を及ぼすのか。
それはまだ分からない。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
この先、もっと強い敵が現れる。
今の自分たちでは、太刀打ちできない相手が。
◇
一、再開される日常
木ノ葉へ帰還してから数日後。
心の家には、いつもの顔ぶれが集まっていた。
「よし。今日もよろしく頼むってばよ!」
ナルトが庭で拳を握る。
「……朝から元気だな、お前は」
サスケが呆れたように言った。
「当たり前だろ! 強くなるって決めたんだからな!」
「口だけにならなければいいがな」
「なんだとぉ!?」
「はいはい、二人とも。始める前から騒がないの」
サクラが間に入った。
以前なら、ナルトとサスケの修行を見守ることが多かった彼女だが、今は違う。
波の国から戻って以来、サクラも心の家で修行するようになっていた。
きっかけは、波の国での戦いだった。
自分は二人のように戦えなかった。
危険な状況で、誰かを守るために動けるほどの実力がなかった。
その事実を、サクラは受け入れた。
だからこそ、強くなることを決めたのだ。
「心、今日も体術から?」
「そうだね。まずは体を動かして、それからチャクラの修行に入ろう」
「分かったわ!」
心は三人を見渡した。
「サスケは写輪眼に頼りすぎないこと。見えていても、体が反応できなければ意味がない」
「分かっている」
「ナルトは、影分身を使う時に一体一体の動きを意識すること。数を増やせば強くなるってわけじゃないからね」
「おう!」
「サクラは、今まで通りチャクラコントロールを続けながら、体術を重点的にやろう。基礎ができている分、伸ばせるところは多いよ」
「うん!」
心は三人の修行を見守りながら、それぞれの課題を指摘していく。
ナルトは持ち前の体力と発想力があるが、動きが大きくなりやすい。
サスケは動きの精度が高い反面、相手の予想を上回ろうとするあまり、時に無理をする。
サクラはチャクラコントロールに優れているが、実戦での経験がまだ足りない。
三人とも、伸びしろは十分にある。
だからこそ、今のうちに基礎を固めておきたかった。
「よし、次は実戦形式だ。二人一組でやってみよう」
「おっしゃあ!」
ナルトがサスケに向かって構える。
「お前と組むくらいなら、一人でやった方がましだ」
「なんだと、サスケェ!」
「ナルト、サスケ。喧嘩するなら、二人とも追加メニューね」
心が笑顔で告げた。
「「……はい」」
二人は、ぴたりと口を閉じた。
サクラは思わず笑ってしまった。
そんな日常が、しばらく続いた。
しかし、心の胸中には、誰にも見せていない焦りがあった。
◇
二、山中いのとのデート
修行が休みの日。
心は木ノ葉の商店街を歩いていた。
隣にいるのは、山中いの。
「ねえ、心。今日はどこに行くの?」
「いのが行きたいところでいいよ」
「本当? じゃあ、まずはお花屋さん!」
いのは嬉しそうに笑った。
山中家の花屋に立ち寄り、店先に並ぶ花を眺める。
彼女は花の名前や特徴を教えてくれた。普段の明るい調子とは少し違い、花について話す時のいのは、どこか真剣だった。
「この花、かわいいでしょ?」
「うん。いのに似合いそうだね」
「えっ……!」
いのの頬が一気に赤くなる。
「も、もう! そういうこと、さらっと言わないでよ!」
「何か変なこと言った?」
「変じゃないけど……!」
いのは顔を背けた。
その反応に、心は苦笑する。
その後、二人は甘味処に寄り、街を歩きながら他愛もない話をした。
修行のこと。 アカデミー時代のこと。 同期の仲間たちのこと。
いのは、心が修行に打ち込んでいることを知っていた。
それでも、こうして自分との時間を作ってくれるのが嬉しかった。
「ねえ、心」
「ん?」
「最近、前よりずっと忙しそうだけど……ちゃんと休んでる?」
心は一瞬だけ返事に詰まった。
「……休んでるよ」
「本当に?」
「本当」
いのはじっと心を見つめた。
「嘘だったら怒るからね」
「ははっ。気をつけるよ」
心は笑って答えた。
けれど、胸の奥では別のことを考えていた。
(……時間が足りない)
いのと過ごす時間は楽しい。
こうした日常を守りたいとも思う。
だが、心には知っている未来があった。
その未来が、少しずつ近づいている。
大蛇丸。
木ノ葉崩し。
中忍試験で起こるはずの、あの惨劇。
(原作通りなら、中忍試験で大蛇丸が動き出す)
心は、歩きながら拳を握った。
今の自分は、同年代の忍と比べれば相当に強い。
緋色の瞳を発動させれば、身体能力もチャクラ量も大幅に上昇する。
五大性質の適性も高い。
影分身を活用した修行もできる。
それでも――大蛇丸は別格だ。
伝説の三忍の一人。
数々の禁術を研究し、幾度もの死線をくぐり抜けてきた怪物。
正面から戦って勝てる相手ではない。
今の自分にできることは何か。
大蛇丸を倒すことができなくても、対抗できる手段を用意することはできないか。
せめて、仲間たちを守れるだけの力を。
「……心?」
いのの声で、心は我に返った。
「どうしたの? 急に黙っちゃって」
「ごめん。ちょっと考え事をしてた」
「また修行のこと?」
「……うん。そんなところ」
いのは少しだけ不満そうに頬を膨らませた。
「今日はデートなんだから、難しいことは後回し!」
「そうだね。ごめん」
「もう。謝るくらいなら、今は私のことだけ考えてよね」
心は彼女の顔を見て、今度は素直に笑った。
「分かった。今日は、いのとの時間を大事にするよ」
「……っ、そういうところよ!」
いのはまた顔を赤くした。
二人は再び歩き始めた。
この穏やかな時間を守るためにも、心は強くならなければならない。
その思いは、ますます強くなっていた。
◇
三、迫る中忍試験
その日の夜。
いのと別れた心は、自宅の庭に一人で立っていた。
月明かりが庭を照らしている。
家の中は静かだった。
心は目を閉じ、記憶をたどる。
(中忍試験……)
原作では、木ノ葉の若き忍たちが集まり、試験が始まる。
だが、その裏では大蛇丸が暗躍している。
サスケに呪印を刻み、木ノ葉を襲撃するための準備を進める。
そして試験の最終段階では、砂隠れと音隠れの忍たちによる木ノ葉崩しが起こる。
多くの人々が傷つく。
三代目火影も、大蛇丸との戦いで命を落とす。
(俺が知っている展開が、この世界でも起こるとは限らない。波の国だって、もう原作とは違っている)
再不斬と白は生きている。
ガトーの一味も、原作とは異なる形で無力化した。
小さな変化は、すでに始まっている。
それでも、大蛇丸が中忍試験を狙う可能性は高いと心は考えていた。
サスケを狙う理由もある。
写輪眼。 うちは一族の血。 そして、将来性。
大蛇丸がサスケを放っておくとは思えない。
(サスケに呪印を刻ませない。できるなら、大蛇丸の計画そのものを崩す)
だが、何も考えずに正面から挑めば、自分が殺される可能性が高い。
必要なのは、勝てなくても生き残るための手段。
大蛇丸の動きを少しでも制限する術。 逃走を阻止する、あるいは仲間を逃がすための術。 そして、自分自身の実力を底上げすること。
「……やるしかないか」
心はゆっくりと息を吐いた。
これからは、今まで以上に厳しい修行が必要だ。
明日からではない。
今からだ。
◇
四、五つの性質変化
翌朝。
心は日の出前から修行場に立っていた。
緋の眼を発動させ、チャクラの流れを整える。
「まずは、性質変化だ」
水遁はすでに実戦で使える。
水陣壁、水乱波、そして自分で編み出した渦流弾。
水の性質変化については、一定の水準に達している。
しかし、残る四つの性質変化は、まだ十分とはいえなかった。
緋の眼によって、五大性質すべてへの適性が高まっている。
だが、適性が高いことと、自在に扱えることは別だ。
チャクラの性質を変える感覚。 変化させたチャクラを術として形にする技術。 そして、実戦で使える威力と速度。
どれも、鍛えなければ身につかない。
「影分身の術!」
ボンッ!
白煙とともに、庭に何十人もの心が現れた。
その数は、さらに増えていく。
修行場の一角が、心の影分身で埋め尽くされた。
それぞれが別の修行を担当する。
水。 雷。 火。 土。 風。
五つの性質変化を並行して鍛えるためだった。
「水の性質変化は、精度を上げる。雷は、チャクラを一点に集める感覚からだ」
心は分身たちに指示を出す。
「火は温度と放出量の制御。土は硬度と形状の変化。風は薄く鋭く、チャクラを練り上げる」
分身たちは一斉に修行を始めた。
水を操る者。 手のひらに雷の性質を帯びたチャクラを集める者。 火遁の基礎となるチャクラ変化を繰り返す者。 土の性質を意識してチャクラを変化させる者。 風の性質を持つチャクラを練り上げ、葉や木片を切る練習をする者。
すべてが順調に進むわけではない。
性質変化を誤れば、チャクラが霧散する。
集中力が途切れれば、制御が乱れる。
特に雷と火は、チャクラの扱いを誤ると自分の体にも負担がかかる。
それでも、心は修行を止めなかった。
影分身が得た経験は、術を解いた時に本体へ戻る。
もちろん、疲労も集中力の消耗も無視できない。
無限に分身を増やせるわけではないし、数を増やしすぎれば、一体あたりの修行効率も落ちる。
だからこそ、心は数を調整しながら、五つの性質変化を同時に進めていた。
「……まだだ」
心は手のひらに意識を集中させる。
緋の眼が、チャクラの流れを捉える。
チャクラを変化させる感覚を、より深く理解する。
ただ術を覚えるのではない。
性質変化そのものを、自分の技術として身につける。
それが心の狙いだった。
◇
五、練の先へ
性質変化の修行を一区切りさせた心は、続いて別の修行へ移った。
「次は、練だ」
心が目指しているのは、チャクラをただ練るだけではない。
自分の全身に、必要な量のチャクラを安定して巡らせ、状況に応じて瞬時に出力を上げられるようにすること。
心の中では、前世で知っていた別の世界の技術が、参考になっていた。
念の四大行でいう、練。
もちろん、ここは忍の世界だ。
念そのものを使えるわけではない。
だが、チャクラの練り上げ方や、全身へ巡らせる感覚には、応用できる部分がある。
心は両足を肩幅に開き、静かに呼吸を整えた。
体の中心からチャクラを生み出し、全身へと巡らせる。
量を増やすだけではない。
密度を高め、流れを安定させ、必要な部位へ瞬時に集中させる。
指先。 腕。 脚。 背中。 そして、全身。
チャクラが乱れれば、やり直す。
流れが滞れば、原因を探る。
何度も繰り返す。
やがて、心の全身を巡るチャクラが、以前よりも安定していく。
(……これを、実戦で瞬時にできるようにする)
敵の攻撃を受ける直前に防御へ回す。
踏み込みの瞬間に脚へ集中させる。
攻撃を放つ瞬間に、腕と拳へ出力を集める。
それができれば、体術の威力も防御力も上がる。
心はさらに、緋の眼を維持したまま修行を続けた。
発動状態に慣れるための訓練も、欠かしていない。
ただし、緋の眼による強化に頼りきりにならないことも重要だった。
瞳を発動させている時だけ強くても、意味がない。
通常時の実力も高めなければならない。
心は瞳を一度閉じ、緋の眼を消した。
その状態で、再びチャクラを練り上げる。
通常時と発動時。
両方を鍛える。
どちらでも戦えるようになるために。
◇
六、休む暇のない日々
それから、心の生活は大きく変わった。
朝は日の出前から修行。
五大性質変化を影分身で並行して鍛え、体術の反復練習を行う。
昼には忍術の訓練。
水遁の精度を高めながら、雷遁や風遁などの基礎を積み上げる。
夕方にはナルト、サスケ、サクラの修行に付き合う。
三人の訓練が終わった後も、自分の修行を続ける。
多重影分身による経験の蓄積。
チャクラの練り上げ。
体術。
忍術。
そして、緋の眼の制御。
心は、使える時間をすべて修行へと注ぎ込んでいた。
もちろん、無理をすれば効率は落ちる。
疲労が蓄積すれば、集中力も判断力も鈍る。
心もそれを理解していた。
だから、最低限の睡眠と食事は確保する。
だが、それ以外の時間は、できる限り修行へ回した。
(大蛇丸を倒せなくてもいい)
心は木人を殴り、体術の型を繰り返しながら考える。
(あいつの動きを止められなくてもいい。せめて、サスケを連れ去らせない。仲間を殺させない。そのための力が欲しい)
原作を知っているというだけでは、未来を変えられない。
知識を、実際に使える力へ変えなければならない。
心は一撃を放ち、間合いを取り、次の攻撃へ移る。
何度も。 何度も。
汗が流れ、腕が重くなっても、動きを止めない。
その姿を、少し離れた場所からカカシが見ていた。
「……まいったね」
カカシは小さく呟いた。
波の国から戻ってきて以来、心の修行量は明らかに増えている。
何かに追われているような、切迫した修行だった。
(何か、気になることでもあるのかな)
カカシは心に声をかけようとしたが、思いとどまった。
今は、無理に聞き出すべきではない。
ただし、限界を超えて倒れるようなことがあれば話は別だ。
カカシはしばらく心の様子を見守り、それから静かにその場を離れた。
心は、まだ気づいていなかった。
自分が修行に没頭するその姿を、仲間たちもまた、心配そうに見つめていることに。
◇
夜。
修行を終えた心は、庭に座って空を見上げていた。
月が浮かんでいる。
今日も、できる限りのことはやった。
だが、満足はできない。
(……まだ足りない)
大蛇丸という存在を考えれば、どれだけ鍛えても不安は消えない。
けれど、立ち止まるつもりもなかった。
中忍試験が始まるまで、残された時間は限られている。
その間に、少しでも強くなる。
仲間を守れる力を手に入れる。
心はゆっくりと立ち上がった。
「……明日も、やるか」
緋の眼が、月明かりの中で静かに輝いた。
木ノ葉の里では、まだ誰も知らない。
近づきつつある中忍試験の裏で、伝説の三忍の一人が、再び動き出そうとしていることを。
そして、その未来を変えるために、一人の少年が限界を押し広げようとしていることを。