「なあ、お前!」
心は、歩き出そうとしていたナルトに声をかけた。
「ん? オレ?」
ナルトが振り返る。
間近で見ると、やはり見覚えのある顔だった。アニメで何度も見た少年が、今は目の前で不思議そうにこちらを見ている。
「そう、お前。うずまきナルトだろ?」
「おっ、オレの名前知ってんのか?」
ナルトは一瞬驚き、それから得意げに胸を張った。
「そうだってばよ! オレはうずまきナルト! 未来の火影になる男だ!」
「火影か。いい目標だな」
「へへっ、だろ!」
あっさり肯定されると思っていなかったのか、ナルトは少し照れくさそうに鼻をこすった。
心は笑みを浮かべた。
この年頃のナルトは、周囲から冷たい目を向けられることが多い。だからこそ、火影になるという夢を笑われずに受け止めてもらえることが、嬉しいのかもしれない。
「俺は枢流陀心。心って呼んでくれ」
「クルタ……? シン?」
ナルトは聞き慣れない名前を繰り返した。
「心でいいよ。お前と同じくらいの年だと思うし、普通に話そうぜ」
「おう! じゃあシンな!」
ナルトはにっと笑った。
心もまた笑い返す。
まずは一歩。
この世界で、まともに会話を交わした同年代の相手ができた。
それだけのことなのに、少しだけ気持ちが軽くなった。
「なあ、シンは何してたんだ?」
「買い物。サングラスを買いに行ってたんだ」
「サングラス? なんで?」
「目を隠したくてな」
「ふーん?」
ナルトは不思議そうに心の顔を見つめたが、深く追及することはなかった。
「ま、いっか! なあ、シン。お前、暇か?」
「今のところはな」
「だったら一緒に遊ぼうぜ!」
あまりにも迷いのない誘いだった。
心は思わず目を瞬かせる。
前世の記憶を持つ自分からすれば、ナルトは物語の主人公だ。これから数々の困難を乗り越え、強くなっていく少年。
そんな相手に、こうして気軽に誘われるとは思っていなかった。
「いいぞ。何して遊ぶんだ?」
「それは……えーっと、どうするかな!」
「決めてなかったのかよ」
「いいじゃねえか! 今から考えれば!」
「ははっ、確かにそうだな」
二人は顔を見合わせて笑った。
その後、里の中を歩き回りながら、いろいろな話をした。
ナルトは自分の好きな食べ物や、いつか火影になったらやりたいことを次々と語った。心も、木ノ葉に来たばかりでまだ知らない場所が多いことなどを話した。
もちろん、前世の記憶や枢流陀一族の事情については伏せておいた。
まだ出会ったばかりだ。
すべてを話す必要はない。
それでも、ナルトと過ごす時間は思っていたより楽しかった。
気を遣いすぎる必要もない。
相手の反応を必要以上に気にすることもない。
少なくとも、ナルトは心の髪や顔を見て怖がることはなかった。
そして、別れ際。
「なあ、シン! また明日も会おうぜ!」
ナルトがそう言った。
「いいぞ。明日もこの辺りに来ればいいか?」
「おう! 約束だってばよ!」
ナルトは小指を差し出してきた。
心は少し笑いながら、その小指に自分の小指を絡めた。
「約束な」
「絶対だぞ!」
「ああ」
こうして、心には初めての友達ができた。
その事実は、思っていた以上に嬉しいものだった。
◇
翌朝。
心は日の出とともに起きた。
「よし、始めるか」
今日から本格的に修行を始める。
今の自分に必要なものは、はっきりしていた。
体力。
緋色の眼の制御。
そして、チャクラの扱い方。
どれか一つだけ鍛えても不十分だ。
緋色の眼を発動できても、身体が耐えられなければ意味がない。チャクラが多くても、扱い方を知らなければ宝の持ち腐れだ。
まずは基礎から積み上げていく。
心は動きやすい服装に着替え、家を出た。
里の外れにある、人通りの少ない場所を探す。
木々が並び、足元には柔らかな土が広がっている。修行をするにはちょうどよさそうだった。
「まずは体力作りだな」
いきなり無茶をするつもりはない。
昨日、緋色を発動しただけで意識を失ったのだ。身体の状態を考えれば、最初は慎重に進めるべきだろう。
心は軽く準備運動をしてから、走り始めた。
最初はゆっくり。
呼吸を整え、一定の速度を保つ。
しかし、幼い身体は思った以上に体力がなかった。
数分もしないうちに息が上がり、足が重くなる。
「はぁ……はぁ……。マジかよ……」
前世では、多少の運動なら問題なくこなせていたはずだ。
だが、今の身体は別物だ。
頭の中にある感覚と、実際の肉体の性能が一致していない。
「こりゃ、鍛えがいがあるな……!」
心は速度を落とし、呼吸を整えながら走り続けた。
苦しくなったら歩き、落ち着いたらまた走る。
それを繰り返し、無理のない範囲で身体を動かした。
最後には、軽い腕立て伏せと腹筋を行い、初日の体力作りを終えた。
地面に座り込むと、全身から汗が流れ落ちる。
「……疲れた」
正直な感想だった。
それでも、不思議と気分は悪くない。
昨日までの自分は、何もできないまま状況に戸惑っていた。
だが、今日は違う。
少しでも前に進んでいる。
その実感が、心を前向きにさせていた。
◇
休憩を終えると、次は緋色の修行だ。
心は木の幹に背中を預け、静かに目を閉じた。
昨日の感覚を思い出す。
恐怖。困惑。焦り。
それらの感情が高まった瞬間、瞳は緋色に変わった。
だが、あのときは感情に振り回されただけだった。
自分の意思で力を引き出したわけではない。
「感情を高ぶらせればいい……ってだけじゃないんだよな」
むやみに怒りや恐怖を煽れば、また身体に負担がかかる。
必要なのは、力が発動する仕組みを理解し、少しずつ制御することだ。
まずは、緋色になる直前の感覚を思い出す。
胸の奥が熱くなる感覚。
全身に力が満ちていく感覚。
そして、視界が妙に鮮明になったこと。
あのとき、確かに自分の身体は変化していた。
「もう一度、試してみるか……」
心はゆっくりと目を開け、鏡の代わりに水たまりを覗き込んだ。
自分の青い瞳が映っている。
その瞳を見つめながら、意識を集中させる。
強い感情を無理やり呼び起こすのではなく、昨日の発動時に感じたものを思い出す。
だが――。
何も起きない。
瞳は青いままだった。
「……そう簡単にはいかないか」
心は苦笑した。
一度発動できたからといって、自由に使えるようになるわけではない。
それでも、焦る必要はない。
何度か試してみて、身体に違和感が出る前に中断する。
今日のところは、発動を無理に成功させるよりも、感覚を探ることを優先する。
それが今の自分にできる修行だった。
◇
昼過ぎ。
心は家に戻り、軽く食事を取った。
午後からは、もう一つの課題に取り組む。
チャクラだ。
『NARUTO』の世界で生きていく以上、避けては通れない。
忍者たちはチャクラを練り、忍術や体術、幻術などに活用する。
自分も、いずれはそれを身につけなければならない。
とはいえ、今の段階では何から始めればいいのかもわからない。
「まずは、チャクラを感じるところからか」
心は静かに座り、身体の内側に意識を向けた。
チャクラは、身体エネルギーと精神エネルギーを練り合わせて生み出すもの。
そういう基本設定は知っている。
だが、知識があることと、実際にできることは別だ。
頭の中で仕組みを理解していても、身体の中で何が起きているのかはわからない。
心は深呼吸を繰り返した。
身体の感覚を確かめ、手足の先から胸の中心へと意識を巡らせる。
けれど、何も感じられない。
「うーん……」
何度やっても同じだった。
「やっぱり、実際に教わらないと厳しいか?」
忍者学校で学ぶような基礎知識も、今の自分にはない。
本来なら、アカデミーで教わるのが一番確実だろう。
しかし、枢流陀一族の生き残りである自分が、普通に入学できるのかはわからない。
それに、緋色の眼のこともある。
できれば、力をある程度制御できるようになってから、周囲に自分の能力を見せたい。
「……まあ、焦らずやるしかないな」
今日だけで何もかもできるようになるはずがない。
そう割り切り、心は基礎的な呼吸と集中を繰り返した。
やがて夕方になる頃には、身体も頭もすっかり疲れ切っていた。
「よし。今日はここまで」
体力作りに、緋色の制御の練習。
そして、チャクラの感覚を探る訓練。
どれも、まだ成果と呼べるほどのものはない。
だが、修行の初日としては十分だろう。
心は汗を拭い、空を見上げた。
明日も続ける。
その次の日も。
地道な積み重ねが、いずれ大きな力につながるはずだ。
◇
それから数日間、心は同じ生活を繰り返した。
朝は走り込みと筋力トレーニング。
その後、緋色の発動と制御を試す。
午後にはチャクラの感覚を探り、集中力を鍛える。
もちろん、毎日ナルトと会う約束も忘れなかった。
「おーい、シン!」
ある日、待ち合わせ場所に現れたナルトが、遠くから手を振ってきた。
「おう、ナルト」
「今日も修行してたのか?」
「ああ。体力作りとか、いろいろな」
「へえー! すげえな!」
ナルトは感心したように目を輝かせた。
「オレも強くなりてえ! いつか火影になるんだからな!」
「だったら、一緒に鍛えるか?」
心がそう提案すると、ナルトは一瞬きょとんとした。
次の瞬間、顔いっぱいに笑みを浮かべる。
「いいのか!?」
「もちろん。ただし、無理はするなよ」
「おう! 任せとけってばよ!」
こうして、心の修行にナルトが加わることになった。
もっとも、二人の目的は少し違う。
ナルトは火影になるため。
心は、この世界で生き抜き、枢流陀一族の力を制御するため。
それでも、同じ目標に向かって努力する仲間がいるのは悪くない。
心は隣で張り切るナルトを見て、笑みを浮かべた。
まだ始まったばかりだ。
今は小さな一歩でも、積み重ねれば必ず変化は訪れる。
そして心は、まだ知らなかった。
この地道な修行の日々が、やがて自分の中に眠る力を目覚めさせることになるのを。