◇カカシ視点――三代目火影との密会◇
木ノ葉隠れの里。
夕暮れ時、火影の執務室には、三代目火影・猿飛ヒルゼンと、はたけカカシの二人だけがいた。
「……それで、カカシ。あの子は何と言っておった?」
ヒルゼンの問いに、カカシは先日、心から聞いた話を思い返した。
「繰り返し、同じ夢を見るそうです。冷たい目をした、蛇のような男。木ノ葉が襲撃される光景。そして、その男がサスケを連れ去ろうとする……と」
「蛇のような男、か」
ヒルゼンの表情から、穏やかさが消えた。
しばしの沈黙。
やがて、ヒルゼンは低くつぶやいた。
「……大蛇丸か」
その名前を聞いた瞬間、カカシも小さく息を吐いた。
「やはり、そうですか」
心の話を聞いたときから、カカシの頭にもその人物が浮かんでいた。
冷たい目。蛇を思わせる雰囲気。そして、うちはサスケを欲しがる理由を持ち得る男。
大蛇丸。
かつて木ノ葉を抜けた、伝説の三忍の一人。
そして、目の前にいる三代目火影の元弟子だった男だ。
「もちろん、夢の話だけで大蛇丸と断定することはできません。心自身も、男の正体を知っているわけではないようでした」
「うむ。夢というものは、曖昧なものじゃ。未来を映しているとは限らぬ」
ヒルゼンはそう言ったものの、その声には迷いがあった。
「しかし……あの子が見たという光景が、もし本当に起こり得るものならば、看過するわけにはいかん」
「俺も同意見です」
カカシは片目を細めた。
「ただ、気になることがあります。心は、かなり追い詰められていました。夢の内容を話すのも、ずいぶん迷っていたようです」
「自分だけで何とかしようとしておったのじゃろうな」
「ええ。あの年齢で、何もかも背負い込もうとしている」
心は優秀だ。
忍としての能力も、判断力も、同年代の子供たちとは比較にならない。
だが、優秀であることと、すべてを一人で背負えることは違う。
カカシは、それをよく知っていた。
「ところで、火影様。一つ確認したいことがあります」
「何じゃ?」
「枢流陀一族に、未来を見通すような能力があったという記録は?」
ヒルゼンは、ゆっくりと首を横に振った。
「わしの知る限り、そのような能力が伝わっていたという話は聞いたことがない。枢流陀一族については、緋の眼に関する伝承も含め、分かっておらぬことが多いのじゃ」
緋の眼。
強い感情をきっかけに発現し、身体能力や知覚能力を大きく引き上げるという、枢流陀一族特有の瞳。
心の目が緋色に染まるところを、ヒルゼンも報告で知っている。
「わしらが把握しているのは、あくまで断片的な情報にすぎぬ。未来を見通す力が存在しないと断言することも、逆に、あると決めつけることもできん」
「つまり、夢が単なる夢なのか、それとも何か別の意味を持つのか、今は判断できない……ということですね」
「そういうことじゃ」
ヒルゼンは立ち上がり、窓の外へ視線を向けた。
木ノ葉の里には、いつもと変わらぬ日常が広がっている。
だが、その平穏の裏側で、何かが動き始めているのかもしれない。
「カカシ。中忍試験に向けて、警戒を強めてくれ」
「分かりました」
「各国から忍が集まる。普段以上に不審な動きに注意せねばならん。特に、うちはサスケと心の周囲については気を配ってほしい」
「サスケだけでなく、心も、ですか」
「うむ。夢の内容が正しいかどうかは分からぬ。じゃが、仮に大蛇丸が動いておるのなら、あの二人が巻き込まれる可能性は十分にある」
ヒルゼンは目を伏せた。
大蛇丸。
かつて、自分が弟子として育てた男。
才能に恵まれ、誰よりも多くのことを学びながら、やがて道を踏み外していった男。
自分は、あの男を止められなかった。
師として、何かを見落としたのではないか。
そんな後悔は、今も消えていない。
「……もしものときは」
ヒルゼンは静かに口を開いた。
「わしが、大蛇丸を止める」
カカシは黙って、その背中を見つめた。
「火影様……」
「たとえ、この命と引き換えになろうともじゃ」
その声には、火影としての責任だけではないものが込められていた。
「それが、あの男を弟子にしたわしの責任でもある」
かつて愛弟子だった男が、再び木ノ葉に牙をむくのなら。
今度こそ、自分が決着をつけなければならない。
ヒルゼンの目には、老いた忍の静かな覚悟が宿っていた。
カカシは深く頭を下げた。
「……了解しました。俺も、できる限りのことをします」
「頼んだぞ、カカシ」
密会は、それ以上の言葉を交わすことなく終わった。
執務室を出たカカシは、廊下を歩きながら空を見上げた。
心が見たという夢。
それが本当に未来を示しているのかは、まだ分からない。
だが、もしもあの少年が何かを感じ取っているのだとしたら。
そして、その未来を変えようとして、一人で無理を重ねているのだとしたら。
「……まったく。困った教え子だよ」
カカシは小さくつぶやいた。
あの少年に必要なのは、力だけではない。
一人で戦わなくてもいいのだと、知ることなのかもしれなかった。
◇心視点――俺たちはチームだ◇
翌日。
俺は自宅の庭で、ナルト、サスケ、サクラの三人と修行をしていた。
今日の課題は水面歩行。
木登りはすでに三人とも習得している。今は、足裏から放出するチャクラの量を調整し、水面の上で安定して立ち、歩き続ける練習をしていた。
「うおおおっ! 今度こそ、絶対に落ちねーぞ!」
ナルトが気合いを入れて水面に足を踏み出す。
最初の数歩は順調だった。
しかし、途中で足裏のチャクラが乱れた。
「うわっ、またかよー!」
ナルトの身体が水に沈む。
「だから、チャクラを一気に放出しすぎなんだって。水面の状態に合わせて、足裏から放出する量を調整しないと」
「分かってるってばよ! でも、動くと難しいんだよ!」
「それができるようになるための修行だろ」
サスケは淡々と答えながら、水面の上を慎重に歩いていた。
サクラも、足裏のチャクラを細かく調整しながら、一歩ずつ進んでいる。
三人とも、確実に成長していた。
俺はその様子を見て、少しだけ笑みを浮かべた。
本来なら、こうして仲間たちと修行している時間を大切にすればいい。
それなのに、俺の頭の中は、どうしても別のことに引っ張られてしまう。
中忍試験。
大蛇丸。
サスケが狙われる可能性。
木ノ葉への襲撃。
前世で読んだ原作の展開が、頭の中に浮かんでくる。
このままいけば、中忍試験で大蛇丸が動く。
サスケは呪印を刻まれ、力を求めるようになる。
そして、やがて里を抜ける未来へとつながっていく。
もちろん、すべてが原作どおりに進むとは限らない。
波の国での出来事だって、俺が介入したことで変わっている。
それでも、危険が迫っていることは間違いない。
俺は、何とかしなければならないと思っていた。
もっと強くならなければ。
もっと早く準備を進めなければ。
影分身を使って修行を重ね、五大性質変化を習得する。
纏や練の応用を研究し、堅や凝の感覚を磨く。
やるべきことはいくらでもあった。
身体は回復しても、精神の疲労は簡単には消えない。
影分身が消えるたびに流れ込む膨大な情報が、頭の中に積み重なっていく。
それでも、止まれなかった。
俺が強くなれば、未来を変えられるかもしれない。
俺が準備を整えておけば、誰も傷つかずに済むかもしれない。
そう思っていた。
「……心」
サスケの声が聞こえた。
「何?」
「お前、また影分身を使っているだろ」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
「少しだけだよ」
「嘘つけ!」
ナルトが水から上がり、こちらを指差した。
「最近ずっとそうじゃねーか! 修行が終わったあと、フラフラになってるぞ!」
「顔色も悪いわ。ちゃんと休んでるの?」
サクラも心配そうに尋ねた。
「……休んでるよ」
「本当に?」
三人の視線が集まる。
……これは、誤魔化せそうにない。
俺は小さく息を吐いた。
「少し、無理をしていたかもしれない」
「少しじゃないだろ」
サスケが即座に返した。
「お前は、何でも一人でやろうとしすぎなんだよ」
その言葉に、胸の奥がわずかに痛んだ。
「心」
サクラが一歩近づいてきた。
「私たち、そんなに頼りない?」
「え?」
「心が強いのは知ってる。私たちよりずっと先を進んでいることも分かってる。でも、だからって何でも一人でやろうとしないでよ」
「サクラ……」
「私たちだって強くなりたいの。心に守ってもらうだけじゃなくて、一緒に戦えるようになりたい」
サスケが腕を組み、俺をまっすぐに見つめる。
「俺は、お前に追いつくつもりだ」
その目には、いつもの負けず嫌いな光が宿っていた。
「お前が何を考えているのか、全部は分からない。だが、一人で先に進んで、勝手に倒れられるのは気に入らない」
「サスケ……」
「仲間を頼るのが嫌なら、せめて俺たちを置いていくな。俺は、置いていかれるつもりもない」
最後に、ナルトが俺の前に立った。
「オレだっているってばよ!」
ナルトは拳を握りしめ、真剣な顔をしていた。
「心が何を心配してるのか、全部は分かんねーよ。でもさ、心が一人で無理してんのを見るのは嫌なんだ!」
「……」
「オレたちはチームだろ? だったら、困ったときは一緒に考えればいいじゃねーか!」
ナルトらしい、まっすぐな言葉だった。
何も難しいことは言っていない。
それでも、その言葉は俺の胸に深く響いた。
「私たちがいるわ」
サクラも続けた。
「ナルトも、サスケも、私も。それに、カカシ先生だっている。心が全部を背負う必要なんてないのよ」
俺は、三人の顔を見つめた。
俺は前世の記憶を持っている。
この世界でこれから何が起こるのか、ある程度知っている。
だからこそ、他の誰よりも早く動かなければならないと思っていた。
未来を変えなければならない。
仲間を守らなければならない。
自分が何とかしなければならない。
そんな考えばかりが、頭の中を埋め尽くしていた。
けれど――。
「……俺さ」
気づけば、口を開いていた。
「みんなを守りたいんだ」
三人は何も言わず、俺の言葉を待ってくれた。
「これから先、何か大変なことが起こるかもしれない。俺がもっと強ければ、誰かが傷つくのを防げるかもしれない。だから、少しでも早く強くなりたかった」
すべてを話すわけにはいかない。
前世の記憶も、原作で知っている展開も、簡単には打ち明けられない。
それでも、今の気持ちだけは嘘ではなかった。
「……でも、焦りすぎていたのかもしれない」
口に出して、ようやく気づいた。
俺は、未来を変えることばかり考えていた。
けれど、未来を変えるために、今の自分を壊してしまったら意味がない。
仲間を守りたいと思いながら、仲間の言葉を聞かず、一人で突っ走っていたら意味がない。
「心」
サクラが優しく微笑んだ。
「私たちだって、守られるだけじゃ嫌なの。少しずつでも強くなるから。一緒に頑張ろう?」
「……ああ」
サスケが短くうなずいた。
「お前が無理をするなら、俺も無理をするぞ」
「いや、それはやめてくれ」
思わず即答してしまった。
「なんでだよ!」
「お前まで倒れたら、誰がナルトの面倒を見るんだ」
「おい! オレは子供じゃねーぞ!」
「ナルト、さっき水面歩行で何回落ちたと思ってるの?」
サクラが呆れた顔で言う。
「それは関係ねーだろー!」
三人のやり取りを見て、俺は思わず笑った。
胸の奥にあった重いものが、少しずつほどけていく。
未来を変えなければならないという焦り。
誰かを失うかもしれないという恐怖。
自分が何とかしなければならないという責任感。
それらが一度に消えたわけではない。
けれど、今まで俺を縛りつけていた重りが、少しだけ外れたような気がした。
俺は一人じゃない。
ナルトがいる。
サスケがいる。
サクラがいる。
カカシ先生もいる。
これから先、何が起こるのかは分からない。
俺が知っている原作の展開と、実際の未来が同じになる保証だってない。
波の国で、すでに原作とは違う結果を生み出している。
ならば、これから先だって変えられる可能性はある。
ただし、それは俺一人の力で成し遂げなければならないことではない。
仲間と一緒に考えればいい。
力を合わせればいい。
俺自身も、仲間を頼っていい。
「……ありがとう、みんな」
そう言うと、ナルトはいつもの笑顔を浮かべた。
「おう! 任せとけってばよ!」
サスケは小さく鼻を鳴らす。
「礼を言うくらいなら、さっさと修行を再開するぞ」
「もう、サスケったら。心、今日は無理しちゃ駄目だからね?」
「分かってるよ」
俺は笑いながら答えた。
これからも強くなる。
大蛇丸への警戒も、サスケの未来への不安も、簡単には消えない。
けれど、もう一人で何もかも解決しようとは思わなかった。
俺には、仲間がいる。
その事実が、何よりも心強かった。
◇中忍試験、間近◇
それから数日。
俺は修行のやり方を少しずつ見直した。
影分身の数を減らし、精神的な負担が大きくなる前に修行を切り上げる。
五大性質変化の訓練も、一度にすべてを進めようとはせず、水遁を中心に、ほかの性質を少しずつ試していく。
もちろん、焦りが完全に消えたわけではない。
俺は、これから起こる出来事をある程度知っている。
だが、知っているからといって、すべてを思いどおりに変えられるわけではない。
中忍試験では、大蛇丸が動く可能性がある。
サスケが呪印を刻まれる危険もある。
木ノ葉そのものが襲撃される未来も、頭から消えない。
けれど、だからこそ、今できることを一つずつ積み重ねるべきなのだ。
自分の力を磨くこと。
仲間たちとともに成長すること。
危険が迫ったときには、迷わず助けを求めること。
そして、未来を変えるために、今ある仲間との時間を犠牲にしないこと。
俺は、そう決めた。
木ノ葉の里には、各国から忍たちが集まり始めていた。
中忍試験の開催が、目前に迫っていたのだ。
他里の忍たちが行き交う街並み。
いつもより増えた人の気配。
その中には、俺の知る物語に登場する者たちもいるはずだった。
この試験をきっかけに、物語は大きく動き始める。
大蛇丸の計画も。
サスケの運命も。
そして、俺が知っている未来も。
すべてが、少しずつ近づいてきていた。
俺は空を見上げる。
穏やかな青空の向こうに、何が待っているのか。
まだ、誰にも分からない。
それでも今度は、一人ではない。
「……行こうか」
俺は仲間たちの待つ場所へと歩き出した。
中忍試験の開始は、もうまもなくだった。