◇サクラ視点◇
木ノ葉の里を歩きながら、私は買い物を済ませた帰り道を進んでいた。
そんなとき、聞き慣れた大きな声が耳に飛び込んできた。
「だからよ、オレが火影になったら、里のみんなに認めさせてやるんだってばよ!」
「さすがナルト兄ちゃん! オレも火影になるぜ!」
声のした方を見ると、ナルトが小さな男の子と楽しそうに話していた。
確か、三代目火影様のお孫さんの木ノ葉丸くんだったはず。
「ナルト!」
私が声をかけると、ナルトは勢いよく振り返った。
「おっ、サクラちゃん!」
ナルトは満面の笑みを浮かべ、大きく手を振ってきた。
すると、木ノ葉丸くんがナルトに向かって小指を立てた。
「ナルト兄ちゃんのコレか?」
「……は?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
しかし、すぐに意味を理解した私は、木ノ葉丸くんの前まで歩み寄る。
「ちょっと、木ノ葉丸くん! 何言ってるのよ!」
「い、いや、だって……」
「だってじゃない!」
ゴツンッ!
「いってぇぇぇ!」
木ノ葉丸くんの頭に、私の拳骨が落ちた。
「女の子に向かって、何てこと言うのよ!」
木ノ葉丸くんが頭を押さえて涙目になる。
その様子を見ていたナルトが、木ノ葉丸くんの肩に手を置いた。
「木ノ葉丸、よく聞けってばよ」
「な、何だよ、ナルト兄ちゃん……」
「サクラちゃんはな、サスケにぞっこんなんだってばよ!」
「ちょっ、ナルト!」
思いがけない言葉に、私は顔を真っ赤にした。
「そ、そんな大きな声で言わなくてもいいじゃない!」
「え? だって本当のことだろ?」
「そ、それは……その……!」
サスケくんの顔が頭に浮かぶ。
クールで格好よくて、ちょっと近寄りがたいところもあるけれど、そこも素敵で……。
「えへへ……サスケくぅん……」
気づけば、私は頬を赤くしながら体をくねくねさせていた。
「うわぁ……」
木ノ葉丸くんが、心底呆れた顔をする。
「何だよ、こいつ。気持ち悪ぃ……」
「なっ……!」
ピキッ。
私の額に青筋が浮かんだ。
「木ノ葉丸くん……今、何て言ったの?」
「だって、気持ち悪――」
「このガキィィィッ!」
「うわあああっ! 逃げろぉぉぉ!」
木ノ葉丸くんは、私が拳を振り上げるより早く走り出した。
「待ちなさーい!」
「嫌だぁぁぁ!」
追いかける私の声を背に、木ノ葉丸くんは勢いよく角を曲がった。
そして――。
「うわっ!」
ドンッ!
誰かにぶつかった。
「てめぇ……どこ見て歩いてやがる!」
そこにいたのは、見慣れない格好をした忍者だった。
背中には大きな人形のようなものを背負っている。隣には、金髪の長い髪を四つにまとめた女の人もいた。
木ノ葉丸くんは尻もちをつき、慌てて立ち上がる。
「ご、ごめんなさい!」
「謝って済むと思ってんのか?」
男の忍者は木ノ葉丸くんの襟首をつかみ、片手で軽々と持ち上げた。
「このガキ……!」
拳を振り上げる。
「木ノ葉丸!」
ナルトが駆け寄った。
「やめろってばよ!」
しかし、男はナルトに視線を向けると、足元の砂を動かした。
「うわっ!?」
ナルトの足元で砂が盛り上がり、バランスを崩したナルトは地面に転んでしまう。
「いってぇ……!」
「ナルト!」
私は思わず叫んだ。
男は再び木ノ葉丸くんに向き直り、拳を振り上げた。
「ガキが……!」
その瞬間だった。
「……え?」
男の手から、木ノ葉丸くんの姿が消えた。
次の瞬間には、木ノ葉丸くんは少し離れた場所に立つ少年のそばにいた。
片手に買い物袋を提げた、金髪の少年。
「心……!」
私が声を上げると、心は木ノ葉丸くんの肩に手を添えた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「う、うん……ありがとう、兄ちゃん!」
「それならよかった」
心は穏やかに微笑んだ。
一方、木ノ葉丸くんをつかんでいた男は、自分の手を見つめたまま固まっていた。
「な……何だ、今のは……?」
男は信じられないものを見るような目で心を見た。
「いつの間に……!」
隣にいた金髪の女の人も、心をじっと見つめている。
「へぇ……いい男じゃない」
彼女は感心したように言ったあと、心の持つ買い物袋へ視線を落とした。
「……だけど、なんで買い物?」
少し残念そうな声だった。
「おい、テマリ! 何を呑気なこと言ってやがる!」
男が声を荒らげる。
「うるさいわね、カンクロウ。見ればわかるでしょ」
「そういう問題じゃねぇ!」
私は二人のやり取りを見ながら、心が木ノ葉丸くんを助けたときの動きを思い返した。
まったく見えなかった。
カンクロウと呼ばれた男だって、まるで気づいていなかった。
心は普段、私たちと一緒に訓練しているときも、どこか余裕がある。
でも今の動きは……。
◇心視点◇
木の上にいる二人の気配を、俺は最初から感じ取っていた。
一人はサスケ。もう一人は、砂隠れの忍びたちと行動を共にしている少年――我愛羅だ。
「そこの木にいる二人、そろそろ出てきたら?」
木の上で、二人の気配がわずかに揺れた。
最初に姿を現したのはサスケだった。
サスケは軽やかに地面へ降り立つと、俺を一瞥する。
「……気づいていたのか」
「うん。二人とも、隠れているつもりだったんだろうけどね」
「二人?」
サスケが眉をひそめた。
どうやら、同じ木にもう一人が潜んでいたことに気づいていなかったらしい。
その直後、もう一人の少年が木から降りてきた。
赤茶色の髪に、額の砂隠れの額当て。そして背負った大きなひょうたん。
我愛羅。
原作で知っている姿と、ほとんど変わらない。
サスケは我愛羅を見て、わずかに目を見開いた。
「お前も、そこにいたのか……」
我愛羅はサスケの反応など気にも留めず、カンクロウへ視線を向けた。
「カンクロウ」
「が、我愛羅……!」
「何をしている」
「い、いや、こいつがぶつかってきやがって……!」
「関係ない」
我愛羅の声は、驚くほど冷たかった。
「木ノ葉の里で騒ぎを起こすな。そいつらに謝れ」
「はぁ!? 何で俺が――」
我愛羅の視線が、カンクロウを射抜く。
「……謝れ」
「っ……!」
カンクロウの顔が引きつった。
「わ、悪かったな……」
彼は木ノ葉丸たちに向かって、ぎこちなく頭を下げた。
「す、すみませんでした!」
木ノ葉丸はナルトの背後に隠れながらも、ほっとしたように息をついた。
ナルトは立ち上がり、服についた砂を払い落とす。
「ったく、いきなり転ばせるなんてひでぇってばよ!」
カンクロウが何か言い返そうとしたが、我愛羅の視線に気づき、口を閉じた。
その様子を見ていたサクラが、不思議そうに首を傾げる。
「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
テマリがサクラに目を向けた。
「何?」
「どうして砂隠れの忍びが木ノ葉の里にいるの?」
テマリは当然のことを聞かれたとでも言いたげに、肩をすくめた。
「中忍試験を受けに来たに決まってるでしょ」
「中忍試験……?」
サクラが目を丸くした。
「それって、何なの?」
「えっ?」
テマリも意外そうな顔をした。
ナルトもサスケも、サクラと同じく初めて聞いたという反応だった。
「ちょっと、あんたたち。中忍試験も知らないの?」
「し、知らねぇってばよ!」
ナルトが慌てて答える。
「中忍試験っていうのは、下忍が中忍に昇格するための試験よ。ほかの里からも参加者が集まるの」
「中忍に昇格……!」
ナルトの目が輝いた。
「それに合格すれば、オレも中忍になれるってことか!?」
「合格すればね」
テマリはあっさりと答えた。
「ただし、簡単な試験じゃないわよ」
「へっ! そんなの関係ねぇってばよ! オレなら余裕で合格してやる!」
ナルトが胸を張る。
「まだ受けるとも決まってないでしょ、ナルト!」
サクラが突っ込んだ。
俺は二人のやり取りを聞きながら、静かに我愛羅を見ていた。
我愛羅もまた、こちらに視線を向けている。
「お前、名は?」
我愛羅が尋ねた。
「枢流陀心」
「枢流陀……心」
我愛羅は俺の名前を確かめるように繰り返した。
次に、我愛羅はサスケへ目を向ける。
「お前は?」
「うちはサスケ」
サスケは短く答えた。
我愛羅はその名を記憶するように、しばらくサスケを見つめていた。
「お、おい! 俺は!? 俺の名前も聞けってばよ!」
ナルトが我愛羅の前に身を乗り出した。
「俺はうずまきナルト! 未来の火影だってばよ!」
我愛羅はナルトを一瞥した。
「……興味ない」
「なっ……!?」
我愛羅はそれ以上何も言わず、踵を返した。
「行くぞ」
「お、おう……」
カンクロウは慌てて我愛羅の後を追い、テマリもその後に続いた。
残されたナルトは、目に見えて落ち込んでいた。
「……聞いてもくれなかったってばよ」
「まあまあ、ナルト。気にしないで」
「気にするに決まってるだろ! 未来の火影だぞ、俺は!」
サクラが呆れたようにため息をつく。
サスケは我愛羅たちが去っていった方向を見つめていた。
「……中忍試験か」
「ああ。参加するかどうかは、カカシ先生に聞いてみないとね」
俺はそう答えながら、我愛羅たちの姿が消えた道を見つめた。
中忍試験。
原作を知っている俺にとって、それは単なる昇格試験ではない。
大蛇丸が木ノ葉へ入り込み、サスケに呪印を刻み、やがて里を襲撃する。
その先には、サスケが里を抜ける未来も待っている。
もちろん、すべてが原作通りに進むとは限らない。波の国での出来事だって、俺が介入したことで大きく変わった。
それでも、油断はできない。
「心?」
サスケの声に、俺は思考を切り上げた。
「どうした?」
「……いや。さっきの砂隠れの奴、妙な気配だった」
「そうだね。気をつけた方がいいと思う」
サスケは一瞬だけ俺の顔を見て、小さく頷いた。
「……わかった」
こうして、俺たちは中忍試験という新たな目標を知ることになった。
◇イルカ視点◇
木ノ葉隠れの里、火影邸。
会議室には、三代目火影をはじめ、多くの上忍や関係者が集まっていた。
議題は、間近に迫った中忍選抜試験について。
各里から参加者が集まり、試験の準備は着々と進められている。
イルカもまた、アカデミーの教師として会議に出席していた。
「それでは、新人の担当上忍に確認する」
三代目火影が、手にした書類を置いて口を開いた。
「今年、担当している下忍たちを中忍試験に参加させるかどうか、意見を聞きたい」
最初に呼ばれたのは、夕日紅だった。
「第八班は参加させます」
続いて、猿飛アスマが頷く。
「第十班も参加させるつもりです」
そして最後に、はたけカカシが片手を軽く上げた。
「第七班も参加させます」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
思わずイルカは声を上げていた。
一斉に視線が集まる。
「イルカ、どうした?」
三代目火影に問われ、イルカは一度息を整えた。
「まだ、アカデミーを卒業して間もない子たちです! 実戦経験も十分とは言えません。そんな子たちを中忍試験に参加させるのは、危険すぎます!」
イルカの脳裏に、真っ先に浮かんだのはナルトの顔だった。
確かに、あいつは以前と比べれば格段に成長している。
仲間を思いやる心も、忍者としての実力も、少しずつ伸びてきた。
しかし、まだ十二歳だ。
中忍試験は、ただの腕試しではない。命の危険を伴う試験なのだ。
「特に、うずまきナルトは……!」
イルカはカカシを睨みつけた。
「カカシさん! あなたは、あの子たちを本当に参加させるつもりなんですか!?」
カカシは、いつもの気の抜けた様子でイルカを見返した。
「うん。そのつもりだけど」
「そのつもりだけど、じゃありません!」
「イルカ先生」
カカシの声が、わずかに真面目なものへ変わった。
「君が心配するのはわかる。でも、あの子たちが参加するかどうかを決めるのは、本人たちだ」
「しかし……!」
「もちろん、実力が足りないと判断すれば、途中で辞退することもできる。けど、最初から機会を奪うつもりはないよ」
イルカは言葉に詰まった。
中忍試験は危険だ。だが、忍者として成長するための機会でもある。
それでも――。
「……ナルトは、まだ無茶をするところがあります」
イルカは拳を握った。
「仲間を助けるためなら、自分の危険を顧みない。私は、あの子に無事でいてほしいんです」
その言葉に、会議室が一瞬だけ静かになった。
カカシはイルカを見つめ、やがて小さく息を吐いた。
「だからこそ、見守ってやってほしいんだ」
「……っ」
「それに今年は試験を受ける下忍に余りがいない。まあ、おかげで第七班は4人一組の許可がおりています。サスケとサクラ、それと心もいる。四人で支え合えば、できることも増えるはずだよ」
イルカは、すぐには返事をしなかった。
心の実力については、彼も聞き及んでいる。だが、どれほど優秀でも、試験で何が起こるかはわからない。
三代目火影が静かに口を開いた。
「イルカ。お前の心配はよくわかる。だが、彼らもまた、木ノ葉の忍びだ」
「三代目……」
「試験への参加は、本人たちと担当上忍の判断に任せよう。ただし、必要な警戒は怠らぬように」
「……わかりました」
イルカは渋々ながらも、頭を下げた。
会議はそのまま進み、各班の参加方針が確認されていく。
だが、イルカの胸には不安が残っていた。
ナルト。
どうか、無茶だけはしないでくれ。
お前が目指す火影への道は、まだ始まったばかりなのだから。
◇心視点◇
翌日。
俺はナルト、サスケ、サクラと一緒に、指定された場所でカカシ先生を待っていた。
「カカシ先生、遅いってばよ!」
ナルトが腕を組み、不満そうに頬を膨らませる。
「いつものことじゃない」
サクラが呆れた声で返した。
「それに、今日は大事な話があるって言ってたんでしょ? 少しくらい静かに待ちなさいよ」
「だからって遅すぎるってばよ!」
「ナルト、落ち着け」
サスケは壁にもたれたまま、目を閉じている。
俺も周囲の気配を探りながら、カカシ先生が来るのを待っていた。
昨日、我愛羅たちとの邂逅で中忍試験の存在を知った。
おそらく、今日の話はそれに関係するものだろう。
やがて、のんびりした足取りでカカシ先生が姿を現した。
「やあ。待たせたね」
「遅いってばよ、カカシ先生!」
「いやあ、ちょっと道で迷っちゃって」
「絶対ウソだろ!」
ナルトの突っ込みを軽く受け流し、カカシ先生は懐から数枚の紙を取り出した。
「今日は君たちに、これを渡しておこうと思ってね」
差し出された紙を、俺たちはそれぞれ受け取った。
そこには、中忍選抜試験への参加申請に関する内容が記されていた。
「中忍試験……!」
ナルトの顔が、ぱっと明るくなる。
「これに参加すれば、オレも中忍になれるってことか!?」
「まあ、合格すればね」
「よっしゃあ! 絶対に受けるってばよ!」
ナルトは拳を握り、勢いよく宣言した。
サクラは用紙に目を落とし、真剣な表情になる。
「中忍試験って、危険なんですよね?」
「危険がないとは言えないね」
カカシ先生は、いつもの気の抜けた口調で答えた。
「参加するだけなら簡単だけど、合格するのは別の話だ。試験の内容も、君たちが想像しているものとは違うかもしれない」
サスケは用紙を見つめたまま、口を開いた。
「……参加する」
その声には迷いがなかった。
強くなりたい。
兄に近づくために。復讐を果たすために。
サスケにとって、この試験もまた、自分を鍛えるための機会なのだろう。
サクラも少し考えたあと、用紙を握りしめた。
「私も受けます。もっと強くなりたいから」
「オレもだってばよ!」
ナルトが大声で続く。
「絶対に合格して、中忍になってやる!」
三人の決意を聞き、俺は小さく笑った。
「俺も参加するよ」
カカシ先生が俺に視線を向ける。
「心もか。まあ、君ならそう言うと思ってたよ」
「試験の内容には興味がありますから。それに、みんなと一緒なら、学べることも多そうですし」
「ふむ……」
カカシ先生は少しだけ目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。
「受けると決めたなら、用紙に必要事項を記入して、指定された場所に来ること。詳しい説明は、そこで受けられるはずだ」
「わかったってばよ!」
ナルトは、今にも走り出しそうな勢いで答えた。
「ただし」
カカシ先生の声が、わずかに低くなる。
「中忍試験は、遊びじゃない。危険な目に遭う可能性もある。参加するかどうかは、自分の実力と覚悟をよく考えて決めること」
今度は、誰も軽口を叩かなかった。
俺たちはそれぞれの用紙を見つめた。
原作での中忍試験は、ここから始まる。
だが、俺がいることで変わる未来もあるはずだ。
サスケを大蛇丸に渡すつもりはない。
木ノ葉を襲撃させるつもりもない。
ただし、原作を知っているからといって、すべてを一人で解決しようとするのは違う。
仲間がいる。
カカシ先生がいる。
俺はもう、一人で未来を抱え込む必要はないのだ。
「よし!」
ナルトが用紙を掲げた。
「みんなで中忍になろうぜ!」
「まだ合格したわけじゃないでしょ」
サクラが笑いながら返す。
サスケは小さく鼻を鳴らした。
「足を引っ張るなよ」
「それはこっちの台詞だってばよ!」
二人の言い合いを聞きながら、俺は笑った。
中忍試験が、いよいよ始まろうとしていた。