第二試験会場――死の森。
巨大な森を囲むように設置されたフェンスの前で、受験者たちは御手洗アンコの説明を受けていた。
「今回の試験は、天の書と地の書を使った巻物争奪戦よ!」
アンコは二本の巻物を掲げ、楽しそうに笑った。
「受験者には、天の書か地の書のどちらか一つが渡される。自分たちが持っていない方の巻物を、他のチームから奪いなさい!」
心は静かに説明を聞いていた。
原作通りなら、第七班に渡されるのは天の書。
「制限時間は五日間! その間に、天と地、二つの巻物を揃えて中央の塔までたどり着くこと!」
アンコは人差し指を立てた。
「ただし、巻物を奪い合う以上、戦闘は避けられないわ。死ぬ危険だってある。巻物を開くのも禁止。開いたら失格よ!」
その言葉に、受験者たちの表情が引き締まる。
アンコは一人ひとりの顔を見渡し、口元を吊り上げた。
「ここは死の森。何が起きても不思議じゃない場所よ。覚悟ができている奴だけ、入ってきなさい!」
そして、試験開始の合図が鳴り響いた。
「第二試験――開始!」
受験者たちが一斉に森へと飛び込んでいく。
第七班の四人も、他の受験者たちに続いて森の中へと入った。
心は周囲を警戒しながら、仲間たちに声をかける。
「まずは拠点を探そう。ここで五日間過ごすことになるし、巻物を奪うためにも、体力を無駄に消耗したくない」
「そうだな。巻物を手に入れたとしても、塔に着く前に力尽きたら意味がない」
サスケが同意する。
「それに、他のチームがどんな忍術を使うかも分からないしね」
サクラも周囲を見回した。
「よーし! じゃあ、さっさと地の書を手に入れて塔に行こうぜ!」
「ナルト、声が大きい。敵に位置を知らせてどうするんだ」
「うっ……わ、分かってるってばよ!」
サスケに指摘され、ナルトは慌てて声を潜めた。
心はその様子に苦笑しながらも、森の奥へと視線を向ける。
(さて、どう動くか……)
この試験で重要なのは、ただ相手を倒して巻物を奪うことではない。
相手の位置を把握し、戦闘を避けるべき場面では避け、必要なときにだけ戦う。五日間を生き延びるための判断力が必要になる。
そして、心にはもう一つ気がかりがあった。
――自分たちを追跡している気配だ。
(……一人。かなり前からついてきているな)
気配の主は、距離を保ちながらこちらを追っている。
まだ仕掛けてくる様子はない。
だが、こちらの移動に合わせて位置を変えている以上、偶然ではないだろう。
(原作通りなら、あのガスマスクの忍者か?)
心は記憶を探る。
ナルトが用を足そうとした隙を狙い、襲いかかってくる奇妙な忍者がいたはずだ。
名前は思い出せない。
ただ、妙に印象に残っている口癖があった。
(確か……「アンラッキー」だったか?)
記憶は曖昧だ。
それに、今回の心たちは原作とは違う行動を取っている。敵が同じ場所から襲ってくるとは限らない。
(まあ、来るなら来るで対処するだけだ)
心は気配を意識の端に置きながら、探索を続けた。
しばらく進むと、木々が密集し、周囲から見えにくい場所が見つかった。近くには小さな岩場もあり、身を隠すには悪くない。
ただし、ここを拠点にするかどうかは、まだ決められない。
「もう少し先まで調べよう。水場があるかもしれないし、逃げ道も確認しておきたい」
「了解」
サスケが短く返事をする。
サクラも頷いた。
ナルトだけは、少し落ち着かない様子だった。
「なあ、心……」
「どうした?」
「オレ……その……」
ナルトはもじもじと足を動かした。
嫌な予感がした。
「……トイレに行きたいってばよ」
心は、思わず空を仰ぎそうになった。
(原作通りかよ……)
どうしてこういうところまで変わらないのだろう。
「ナルト! こんなときに何言ってるのよ!」
案の定、サクラが怒鳴った。
「し、仕方ねえだろ! ずっと我慢してたんだってばよ!」
「だからって、敵がいるかもしれない場所で――!」
「分かった、分かった。サクラ、少し落ち着いて」
心は二人の間に入った。
「ナルト、遠くへ行くなよ。すぐ戻ってこい。サスケとサクラは周囲の警戒を続けてくれ」
「おう!」
ナルトは勢いよく返事をすると、近くの茂みへと走っていった。
その瞬間。
心が捉えていた気配が動いた。
それまで距離を保っていた敵が、ナルトの方へ向かっている。
(来たか)
心の表情から、わずかに笑みが消えた。
試験開始前、四人は不測の事態に備え、簡単なハンドサインを決めていた。
心はサスケとサクラに視線を向け、指先を素早く動かす。
――敵、一人。
――ナルトの方へ接近中。
――俺が対処する。
――他の敵に警戒を続けろ。
二人は一瞬だけ驚いたものの、すぐに表情を引き締めた。
サスケは周囲を探るように視線を走らせ、サクラはクナイを抜いて警戒態勢に入る。
心は二人が理解したことを確認すると、音もなく動き出した。
足音を消し、気配を薄める。
木々の間を縫うように進み、ナルトが入っていった茂みの手前までたどり着いた。
そこには、予想通りの光景があった。
「ふぅー……。やっぱ、我慢するもんじゃねえな……」
ナルトが呑気に用を足している。
そして、その背後。
奇妙なガスマスクをつけた忍者が、木の陰から姿を現していた。
「……アンラッキー」
男は小さく呟き、ナルトの背後から忍具を構える。
ナルトは気づいていない。
男が攻撃に移ろうとした、その瞬間。
心が動いた。
地面を蹴る音すら、ほとんど聞こえない。
男が振り向くよりも早く、心の一撃がその首筋へと叩き込まれた。
「ぐっ……!?」
男の体から力が抜ける。
そのまま倒れかけた体を、心は片手で受け止めた。
あまりにも一瞬の出来事だった。
「……ん?」
ナルトが振り返る。
そこには、倒れたガスマスクの男を支える心の姿があった。
「……え?」
ナルトは目を瞬かせた。
「えええええっ!? 心!? 何だってばよ、今の!?」
「声が大きい」
「いや、だって! いきなり人が倒れてんだぞ!?」
「お前を襲おうとしていたから、先に倒した。それだけだ」
「お、オレを……?」
ナルトはようやく状況を理解し、顔を青くした。
もし心が来ていなかったら。
そう考えたのだろう。
「……あ、危なかったってばよ」
「まったくだ。だから、敵がいるかもしれない場所で一人になるなと言っただろう」
「うっ……。わ、悪かったってばよ」
心はため息をついた。
そして、気絶した男の体を地面に寝かせると、手早く拘束を始めた。
腕を背中側へ回し、忍具を取り上げ、逃げられないように縛り上げる。
男の持ち物を確認すると、巻物が一つ見つかった。
心はそれを手に取り、表面に書かれた文字を確認する。
――天。
(天の書か)
心たちが持っているのも、天の書だ。
今回必要なのは地の書なので、これだけでは意味がない。
しかし、予備として持っておく価値はある。
(もう一つの天の書はサスケが持っている。こっちは俺が預かっておこう)
心は巻物をしまった。
「よし、戻るぞ」
「ちょ、ちょっと待てってばよ! こいつ、どうするんだ!?」
「縛っておいたから、しばらくは動けない。試験が終わったら、試験官に引き渡せばいい」
「そ、そうか……」
ナルトはまだ少し落ち着かない様子だったが、心の後について歩き始めた。
心は歩きながら、男の口癖を思い出していた。
(やっぱり、あの「アンラッキー」の男だったか。名前は最後まで思い出せなかったけど……)
原作の知識があっても、全ての人物の名前を覚えているわけではない。
ましてや、登場時間の短い脇役ならなおさらだ。
だが、少なくとも一つ分かったことがある。
自分たちが原作とは違う動きをしていても、襲撃そのものは起こり得る。
(これから先も、知識に頼り切るのは危険だな)
心は気を引き締め直した。
* * *
「ナルト!!」
拠点候補の場所に戻った瞬間、サクラの怒声が飛んできた。
「ちょっと、何やってるのよ! 敵がいるかもしれないって分かってるでしょ!」
「わ、悪かったってばよ!」
「しかも、心に助けてもらったんでしょ!? 少しは反省しなさい!」
「うぐっ……!」
ナルトは縮こまった。
サスケは腕を組み、呆れたように言った。
「まったく。お前は本当に世話が焼けるな」
「うるせー! 仕方なかったんだってばよ!」
「仕方がないで済むなら、忍者は苦労しないわよ!」
「サクラちゃんまでひでえってばよ!」
心は三人のやり取りを見て、苦笑した。
「まあまあ。ナルトも反省しているみたいだし、今回はこれくらいにしておこう」
「心がそう言うなら……」
サクラはまだ不満そうだったが、ひとまず怒るのをやめた。
心は、先ほど奪った巻物を取り出した。
「それと、こいつが持っていた巻物は天の書だった」
「天の書? オレたちが持ってるのと同じか?」
ナルトが首を傾げる。
「ああ。地の書が必要だから、これだけでは試験を突破できない。ただ、予備として俺が持っておく」
「分かった」
サスケが頷く。
「これで天の書が二つか。地の書を持っている相手を見つける必要があるな」
「そういうこと。だから、拠点を決めたら、周囲の探索と警戒を続けよう。無理に戦う必要はないけど、地の書を持っているチームを見つけたら、状況を見て判断する」
「おう!」
ナルトは元気よく返事をした。
今度こそ、余計なことをしないでほしい。
心はそう願いながら、森の奥を見つめた。
死の森での五日間は、まだ始まったばかりだった。
◇カカシ視点――休憩所にて◇
第二試験会場から少し離れた場所に、試験を監視する上忍たちのための休憩所が設けられていた。
その一角で、三人の上忍が顔を合わせていた。
夕日紅、猿飛アスマ、そしてはたけカカシ。
「いやぁ、今年の受験者はなかなか面白そうだな」
アスマは煙草を指で挟み、気楽な調子で言った。
「そうね。まだ若い子たちばかりだけど、目を引く子も何人かいたわ」
紅が頷く。
カカシは椅子に腰掛けたまま、手元の資料に目を落としていた。
「まあ、試験は始まったばかりだからね。実力があるからって、最後まで残れるとは限らないさ」
「お前のところの班は四人だったな」
アスマがカカシに視線を向けた。
「ああ。ナルト、サスケ、サクラ、それから心だよ」
「四人とも受験させるとは、思い切ったわね」
紅が言った。
「本人たちが参加したいと言ったからね。止める理由もないし」
カカシはいつもの気の抜けた口調で答えた。
「それに、あの四人なら、この試験で学べることも多いだろう」
「特に、うずまきナルトはどうなの?」
紅が尋ねる。
「九尾の人柱力という事情もあるし、まだ危なっかしいところがあるんじゃない?」
「危なっかしいのは否定しないよ。でも、あいつは土壇場で妙な粘りを見せる。今回も、そう簡単には諦めないだろうね」
カカシは肩をすくめた。
アスマは煙を吐き、少し考えるような顔をした。
「それで、心の方はどうなんだ?」
その名前が出た途端、紅の表情も真剣になった。
「私も気になっていたの。枢流陀一族――その名前は知っているわ。緋色の瞳を持つ一族として、古い記録にも残っているもの」
「俺も知っている。だが、心について聞いている話は、どうも昔の記録と合わない」
アスマは腕を組んだ。
「アカデミーにいた頃から、成績も実技も優秀だったそうだな。ところが、下忍になってからの噂はさらに妙だ。水遁の腕が相当なものだとか、同期の面倒をよく見ているとか、そういう話ばかりだ」
「それだけなら、優秀な子供というだけで済むわ。でも、あの子の一族についての記録と、本人の能力がどう結びつくのかが分からないのよ」
紅はカカシを見た。
「カカシ、あなたは心の担当上忍でしょう? 何か知っているんじゃない?」
カカシはしばらく黙っていた。
心のことを、全て話すわけにはいかない。
特に、あの夢の話については。
心が見たという夢――これから起こるかもしれない出来事を、あまりにも具体的に語ったあの話。
それを聞いて以来、カカシは彼の言葉を軽く扱えなくなっていた。
「そうだね……。まず、心は努力家だよ。体術も忍術も、できないことがあれば自分で考えて、何度も繰り返す。同期の面倒を見るのも、本人が進んでやっていることだ」
「それは聞いているわ」
「それと、チャクラコントロールが非常に優れている。水遁の扱いも、年齢を考えればかなり高い水準にある。ただし、何でもできるわけじゃない。苦手な性質変化もあるし、本人もそれを自覚して鍛えている」
アスマが眉を上げた。
「なるほどな。自分の得意分野に胡座をかかず、苦手なところも伸ばそうとしているわけか」
「そういうこと」
カカシは頷いた。
「それから、チームの連携を大事にしている。自分だけが強くなればいい、とは考えていないようだね」
「……一族の伝承と関係があるのかしら?」
紅が尋ねた。
「緋の眼が、感情の高まりによって能力を引き上げるという話は聞いたことがあるわ。けれど、実際にどこまで能力が変化するのか、詳しい記録は少ないのよ」
「俺も、そこまでは分からない」
カカシは正直に答えた。
「本人が一族について、どこまで知っているのかも含めて、まだ分からないことが多い。だから、今は本人の成長を見守りながら、必要なときに支えるつもりだよ」
アスマは納得したように頷いたが、紅はまだ考え込んでいた。
「アカデミー時代の話と、今の心の評判。その両方を知っていると、確かに気になるわね。普通の成長だけでは説明できない部分もあるように思える」
「まあ、あの年頃の子供は、突然伸びることもあるさ」
カカシは軽く返した。
「俺たちだって、子供の頃は今の自分を想像できなかっただろ?」
「それはそうだけど……」
紅が言いかけた、その時だった。
休憩所の入口に、暗部の忍が一人、音もなく現れた。
仮面をつけたその忍は、まっすぐカカシのもとへ歩いてくる。
「カカシ隊長」
その声を聞いた瞬間、カカシの表情からわずかに緩さが消えた。
「……どうした?」
暗部は紅とアスマに一瞬だけ視線を向け、それからカカシの耳元へ顔を寄せた。
「ご依頼の件で、報告があります」
カカシの目が細くなる。
今回の中忍選抜試験に際して、カカシは暗部時代の仲間に警備を頼んでいた。
理由は、心が話した夢の内容だ。
心が語った未来が本当に起こるのなら、試験会場で何らかの事件が起きる可能性がある。
カカシは、万が一に備えて警戒を強めていたのだ。
「何があった?」
カカシは小声で尋ねた。
暗部は声を潜め、短く告げる。
「――三人の遺体が発見されました」
カカシの目つきが変わった。
「三人?」
「はい。死の森の外縁部で発見されました。いずれも忍者と思われますが、身元の確認はまだ終わっていません」
カカシは立ち上がった。
紅とアスマも、ただならぬ気配を察して表情を引き締める。
「何が原因だ?」
「詳しい状況は調査中です。ただ、三人とも通常の戦闘で倒されたとは考えにくい状態でした」
カカシは黙り込んだ。
死の森では、受験者同士の戦闘によって命を落とす者が出ることもある。
だが、試験開始からそれほど時間が経っていない。
しかも、暗部がわざわざ報告に来たということは、単なる受験者同士の争いではない可能性が高い。
(……まさか)
カカシの脳裏に、心が語った夢の内容がよぎる。
蛇のような男。
木ノ葉に潜む危険。
そして、これから起こるかもしれない事件。
カカシは表情を引き締めた。
「遺体の周辺を調べろ。痕跡を消されないように注意してくれ。身元が分かり次第、すぐに報告を」
「了解」
暗部は一礼し、音もなく姿を消した。
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがてアスマが、低い声で尋ねる。
「……カカシ。何か知っているのか?」
カカシはすぐには答えなかった。
心が語った夢を、どこまで信じるべきなのか。
そして、その夢が現実になり始めているのだとしたら――。
「まだ、確かなことは何も分からないよ」
カカシは静かに答えた。
「でも、警戒は強めた方がいい。紅、アスマ。受験者たちの様子にも注意してくれ。特に、外部から入り込んだ人間がいないか確認してほしい」
二人は表情を引き締めて頷いた。
「分かったわ」
「任せろ」
カカシは窓の外、死の森の方向へ目を向けた。
(心……。お前が見たという夢は、本当に未来を示しているのか?)
答えはまだ出ない。
だが、三人の遺体が発見された以上、ただの偶然として片づけることもできなかった。
死の森では、すでに何かが動き始めている。
そしてカカシは、その正体を突き止めるため、警戒を一段と強めるのだった。