――いる。
心は、森の中を進みながら微かに眉をひそめた。
地中に、何者かの気配がある。
巧妙に隠されているが、完全には消しきれていない。地面の下から伝わってくる、異質なチャクラの存在。
(……この気配。まさか、大蛇丸か?)
心の脳裏に、前世の記憶がよみがえる。
木ノ葉の伝説の三忍。その中でも、とりわけ危険な男。
もし本当に大蛇丸なら、狙いはおそらく――サスケだ。
心は隣を歩くサスケへ、ほんの一瞬だけ視線を向けた。
サスケもまた、心の視線に気づく。
そして、わずかに頷いた。
どうやら、サスケも何かを察しているらしい。
心は視線だけで意思を伝える。
サスケはそれを理解したように、自然な動作で口を開いた。
「……そういえば、万が一に備えて合言葉を決めておいた方がいいんじゃないか?」
「合言葉?」
ナルトが不思議そうに聞き返す。
「ああ。敵が俺たちの誰かに化けて、仲間のふりをするかもしれないだろ」
「なるほどね。確かに、その可能性はあるわ」
サクラも話に乗った。
「じゃあ、今ここで決めておこうよ」
「そうだな。簡単なものにしよう」
サスケとサクラは、あくまで自然に会話を続ける。
ナルトだけは、二人の言葉をそのまま受け取っていた。
しかし、心には分かっていた。
サスケもサクラも、敵の存在に気づいている。
そして、この合言葉は本物の確認に使うものではない。
敵を欺くための、フェイクの合言葉だ。
彼らには、もっと確実な確認方法がある。
試験前、心は三人にある技術を教えていた。
自分の気配を極限まで抑え、存在感を消す技術ーー絶。本来は体から出ているオーラを断ち、オーラを漏らさないようにする技術。
チャクラでも出来るか試したところできた。隠遁に近い感じだった。
やっぱり忍びだからか、3人はあまり時間をかけずに習得することができた。
その感覚を、三人は何度も練習して覚えている。互いがその状態になったとき、どのような気配の変化が起きるのか。どのような感覚で相手を捉えられるのか。
それを利用すれば、姿や声を偽装されても、本物かどうかを判断できる。
もちろん、その確認方法を敵に知られるわけにはいかない。
だからこそ、誰もその技術の名前を口にしない。
会話の中で確認方法を明かすこともない。
サスケとサクラは、心と視線を交わすことなく、自然に話を進めていた。
「よし、これでいいだろ」
サスケが話を締めくくる。
「覚えたってばよ!」
ナルトが得意げに胸を張った。
心は内心で小さく息を吐く。
(……これで、向こうも油断してくれればいいんだが)
その直後だった。
――地面が、大きく揺れた。
「なっ!?」
次の瞬間、轟音とともに大地が盛り上がる。
巨大な蛇が地面を突き破り、四人へ襲いかかってきた。
「うわああああっ!」
ナルトの叫び声が響く。
「散れ!」
サスケの声を合図に、四人はそれぞれ別方向へ飛び退いた。
巨大な蛇の頭が地面を砕き、太い胴体が木々をなぎ倒す。
心は木の枝を蹴って距離を取りながら、蛇の動きと周囲の気配を確認した。
サスケは右手側へ。
サクラは左手側へ。
ナルトは蛇の進行方向へと巻き込まれるように、遠くへ吹き飛ばされていった。
土煙が森を覆い尽くす。
巨大な蛇は、まるで四人を追い立てるかのように森の奥へと進んでいった。
やがて、周囲に静寂が戻る。
心は木々の陰に身を潜め、気配を殺したまま様子を窺っていた。
すぐに動くつもりはない。
相手の狙いが分からない以上、こちらから仕掛けるのは危険だった。
それに――。
(……やっぱり、あいつか)
地中から感じていた気配は、巨大な蛇が現れた瞬間に大きく動いた。
ただの野生動物が偶然襲ってきたわけではない。
明らかに、誰かの意図がある。
心は周囲の気配を探り続けた。
サスケとサクラは、比較的近い場所にいる。
一方、ナルトの気配はかなり遠ざかっていた。
(大蛇に運ばれたか……)
心は、ナルトの気配が消えた方向を一度だけ確認した。
しかし、追いかけようとはしなかった。
(ナルトなら大丈夫だ。あいつは、必ず自分の力で戻ってくる)
ナルトのしぶとさは、心が誰よりもよく知っている。
どんな状況でも諦めず、最後には自分の力で道を切り開いてくる。
今は、こちらに近づいている敵への対処が先だ。
心は木の影に潜んだまま、じっと待った。
攻撃の気配が生まれる、その瞬間を。
◇
サスケとサクラは、倒れた木々の間で合流していた。
「サスケ君、無事?」
「ああ。お前は?」
「大丈夫」
二人は互いの顔を確認しながらも、すぐには警戒を解かなかった。
巨大な蛇の襲撃。
そして、あの異様な気配。
敵がまだ近くに潜んでいる可能性は高い。
「……さっきの合言葉、覚えているな?」
「もちろん」
サスケが確認すると、サクラも頷いた。
二人は、周囲を警戒しながらフェイクの合言葉を交わした。
それと同時に、一瞬だけ互いの気配を確かめる。
――互いに、存在感を消した状態へ切り替える。
ほんの一瞬。
だが、二人にはそれで十分だった。
何度も練習した、仲間の気配。
その特徴に間違いはない。
(……本物だな)
サスケは心の中で確信した。
サクラも同じ結論に至っていた。
二人はすぐに元の状態へ戻り、何事もなかったかのように警戒を続ける。
この確認方法を知っているのは、心と三人の仲間だけだ。
敵に情報を与えるつもりはない。
「……来るわ」
サクラが小さく告げた。
サスケも気配を察知し、クナイを構える。
木々の向こうから、一人の少年が姿を現した。
「サスケー! サクラちゃーん!」
聞き慣れた声。
見慣れた金色の髪。
間違いなく、ナルトの姿だった。
だが、サスケはクナイを下ろさなかった。
「止まれ!」
鋭い声が森に響く。
ナルトの姿をした少年が、ぴたりと足を止めた。
「……合言葉を言え」
「えーっ、なんだってばよ? オレ、ナルトだぞ?」
「いいから言え」
サスケは一歩も引かない。
サクラも拳を握り、いつでも動けるように身構えていた。
ナルトの姿をした少年は、少しだけ困ったような顔をした。
そして――。
「分かったってばよ。合言葉は――」
その瞬間。
ナルトの頭上、木の影に潜んでいた心が動いた。
最大速度。
枝を蹴った音すら、ほとんど聞こえない。
心の身体が一瞬で空間を駆け抜ける。
全身のチャクラを練り上げ、攻撃する一点へ集中させる。
纏、練、絶、堅、凝――。
念の基礎をすべて応用し、一点へと力を集約させる技術。
硬。
心が修得を目指している、攻撃に特化した応用技だ。
防御を犠牲にする危険な技術だが、その一撃に込められた威力は凄まじい。
「――ッ!」
心の拳が、ナルトの姿をした敵の頭部を捉えた。
そして、そのまま地面へと叩きつける。
ドゴォォォォンッ!!
轟音が死の森を揺るがした。
地面が砕け、土砂が吹き飛ぶ。
周囲の木々が震え、地表には巨大なクレーターが生まれた。
「……は?」
サスケが目を見開く。
「ちょっ……心!?」
サクラも、あまりの威力に言葉を失った。
心は着地すると同時に、クレーターの中心へ視線を向けた。
拳を構えたまま、一切の警戒を解かない。
「サクラ、今のは……」
「やりすぎでしょ!」
サクラが思わず叫んだ。
「いくら敵かもしれないからって、地面があんなことになるまで殴る!?」
「まだ生きてる!」
心が鋭く告げた。
「二人とも、警戒しろ!」
その声に、サスケとサクラの表情が一変する。
サスケはクナイを構え直し、サクラもすぐに戦闘態勢へ移った。
土煙が、ゆっくりと晴れていく。
クレーターの底。
そこから、ゾッとするような声が響いた。
「……何で、分かったのかしらねぇ……?」
声の主が、ゆっくりと身体を起こす。
金色の髪が黒く変わり、ナルトの顔が崩れるように別人のものへと変化していく。
細長い瞳。
不気味な笑み。
そして、蛇を思わせる異様な雰囲気。
変化が解けた男は、何事もなかったかのように立ち上がった。
木ノ葉の伝説の三忍。
大蛇丸。
心が前世の記憶で知っていた、最悪の敵がそこにいた。
大蛇丸は首を傾け、心をじっと見つめる。
「あなた……面白い子ねぇ」
その視線が、心の全身を舐めるように動いた。
「少し、調べてみたくなったわ」
心は返事をしなかった。
ただ一歩、サスケとサクラの前に出る。
大蛇丸の狙いは、サスケ。
そして今、自分はその邪魔をした。
(……ここからが本番だ)
心は拳を握り直した。
目の前の相手は、簡単に倒せるような忍ではない。
それでも――。
仲間を、好きにはさせない。
心は大蛇丸を睨み据えた。