修行を始めてから、数日が過ぎた。
心の毎日は、少しずつ変わり始めていた。
朝は走り込みと筋力トレーニング。昼には緋色の眼を制御する練習。そして、時間があればチャクラについて調べようとしていた。
体力は少しずつついてきたものの、緋色の眼は相変わらず思うように発動できない。
チャクラに至っては、感覚すらつかめていなかった。
「……本だけでもあれば、もう少しわかるんだけどな」
木陰で休憩しながら、心はぼやいた。
知識として知っていることと、実際に使えることの間には大きな壁がある。
チャクラは身体エネルギーと精神エネルギーを練り合わせて生み出す。
理屈は知っている。
だが、どうやって自分の中のエネルギーを感じ、練り合わせるのか。それがわからないのだ。
「やっぱり、誰かに教わるのが一番か……」
忍者学校に通うという選択肢もある。
しかし、枢流陀一族の生き残りである自分が、すんなり受け入れられるとは限らない。
何より、緋色の眼のことを知られたくなかった。
「さて、どうするかな」
心は立ち上がり、気分転換に公園を歩くことにした。
◇
公園に入ってすぐ、心は妙な光景を目にした。
木の下に、一人の少年が寝転がっている。
灰色がかった髪。額当ては身につけていない。年齢は心やナルトと同じくらいだろうか。
少年は両手を頭の後ろで組み、実に気持ちよさそうに昼寝をしていた。
「……公園で昼寝か。ずいぶん自由な生活だな」
心が近づいても、少年は起きる気配がない。
よく見ると、どこかで見たことのある顔だった。
「この髪型……」
記憶を探る。
そして、すぐに答えにたどり着いた。
奈良シカマル。
ナルトの同期であり、IQ二百以上ともいわれる天才少年だ。
面倒くさがりで、何かにつけてやる気がなさそうにしている。だが、その頭脳は木ノ葉の忍たちの中でも際立っている。
「まさか、こんなところで会うとはな」
心にとっては、都合のいい出会いだった。
シカマルはチャクラの扱い方を知っているはずだ。忍者学校で学んでいるなら、基礎についても理解しているだろう。
もちろん、初対面の相手にいきなり教えてくれと頼んで、受け入れてもらえるかは別問題だが。
心は少し考えてから、声をかけた。
「おい、ちょっといいか?」
「…………」
返事はない。
「聞こえてるか?」
「…………」
「おーい」
「……うるせぇな」
ようやく少年が片目を開けた。
「なんだよ。人が気持ちよく寝てんのに」
「悪い。ちょっと聞きたいことがあってさ」
「聞きたいこと?」
シカマルは面倒くさそうに心を見上げた。
「お前、誰だ?」
「枢流陀心。心でいいよ」
「クルタ……?」
その名前を聞いた瞬間、シカマルの表情がわずかに変わった。
ほんの一瞬だったが、心は見逃さなかった。
やはり、この一族の名前は知られているらしい。
だが、シカマルは噂について口にすることなく、再び心を見た。
「で、何の用だ?」
「チャクラについて教えてほしいんだ」
「……は?」
シカマルは身体を起こした。
「いきなり何だよ」
「チャクラの使い方を知りたいんだ。基本的なことでもいい。自分で練習してるんだけど、どうもうまくいかなくてさ」
「忍者学校には行ってねぇのか?」
「今は通ってない」
「ふーん……」
シカマルは心をじっと観察した。
年齢は自分たちと大差ない。身体つきも普通の子供だ。
ただ、金髪にサングラスという格好は少々目立つ。
そして、枢流陀という名前。
面倒な事情がありそうだ。
「チャクラの基礎くらいなら、忍者学校で習う内容だぞ」
「そうなのか?」
「お前、本当に何も知らねぇんだな……」
シカマルは大きくため息をついた。
「教えるだけなら別にいいけどよ。オレも専門の先生ってわけじゃねぇからな」
「それでも助かる!」
心の顔がぱっと明るくなる。
シカマルは少しだけ目を丸くしたあと、照れ隠しのように頭をかいた。
「そんなに喜ぶことかよ。めんどくせぇな……」
そう言いながらも、彼は立ち上がった。
「じゃあ、まずは基本からだ。チャクラってのは、身体エネルギーと精神エネルギーを練り合わせて作るもんだ」
「それは知ってる」
「知ってるなら話が早い。問題は、その二つをどうやって練り合わせるかだな」
シカマルは地面に腰を下ろし、心にも座るよう促した。
「まず、身体の中にあるエネルギーを意識する。身体エネルギーは、身体を動かすことで生まれる力や、細胞に蓄えられた力に関係してる。精神エネルギーは、経験や知識、意志なんかに関係する」
「なるほど……」
「それを意識して練り合わせる。最初からうまくできるとは限らねぇけどな」
シカマルは目を閉じた。
「余計なことは考えず、身体の内側に意識を向けてみろ。力を無理やりひねり出そうとするんじゃなくて、まずは自分の中にあるものを感じるんだ」
心も目を閉じた。
呼吸を整える。
身体の内側に意識を向ける。
これまで何度も試してきたことだ。
しかし、今回は違った。
シカマルの説明を聞いたことで、何に意識を向ければいいのかが少しだけ明確になっていた。
身体を動かしたときの感覚。
考えごとをしているときの意識。
それぞれを別々に捉え、そこから一つにまとめるようなイメージを作る。
「……っ」
微かな感覚があった。
腹の奥。
そこに、はっきりとは形を持たない何かがある。
掴もうとすると、すぐに消えてしまう。
それでも、確かに何かを感じた。
「今、少しだけ……!」
「お、何か感じたのか?」
シカマルが目を開ける。
「腹のあたりに、何かあるような気がした」
「なら、そこからだな。焦って大量に作ろうとするなよ。感覚がわかってきたら、少しずつ練習すればいい」
「わかった」
心は再び目を閉じた。
さっきの感覚を思い出しながら、呼吸を繰り返す。
すぐにうまくいくわけではない。
何度も意識が逸れ、感覚を見失う。
それでも、最初から何もわからなかったときとは違う。
自分が何を探せばいいのか、その手がかりをつかめたのだ。
◇
しばらく練習を続けたあと、シカマルは立ち上がった。
「今日はこのくらいにしとけ。最初から長時間やっても、集中力が切れるだけだ」
「そうだな。ありがとう、シカマル!」
「……なんでオレの名前を知ってんだ?」
「あっ」
しまった。
心は内心で顔をしかめた。
ナルトから聞いたことにすればいい。いや、まだナルトからシカマルの話を聞いたことにするのも不自然だろうか。
「えっと……有名だから?」
「オレが?」
シカマルは露骨に嫌そうな顔をした。
「勘弁してくれよ。目立つのはめんどくせぇんだ」
「ははっ、悪い悪い」
「ま、いいけどよ」
シカマルはあくびを一つした。
「明日もここに来るなら、気が向いたときくらいは教えてやるよ。ただし、毎回付き合うとは限らねぇからな」
「十分だよ。助かる!」
「へいへい」
シカマルは再び木の下へ戻り、そのまま寝転がった。
どうやら、本当に昼寝を再開するつもりらしい。
心は苦笑しながら、その場を離れた。
思いがけない収穫だった。
チャクラの扱い方について、ようやく具体的な手がかりを得られたのだ。
しかも、教えてくれる相手は奈良シカマル。
将来、数々の戦いで優れた判断力を発揮する天才である。
「……この世界、思ったより何とかなるかもしれないな」
心は空を見上げた。
もちろん、油断はできない。
枢流陀一族への偏見もある。緋色の眼も、まだ制御できていない。
それでも、少しずつ前に進んでいる。
体力は鍛え始めた。
緋色の眼の制御にも取り組んでいる。
そして、チャクラの修行にも道筋が見えてきた。
明日からは、今日教わったことを繰り返し練習しよう。
焦らず、着実に。
「よし、帰ったら復習だな」
心は拳を握り、歩き出した。
その背後では、シカマルが薄目を開けて、遠ざかる金髪の少年を眺めていた。
「枢流陀……ねぇ」
小さく呟く。
一族の噂なら、シカマルも聞いたことがある。
だが、目の前の少年は、噂から想像していた人物とは少し違っていた。
少なくとも、今のところは。
「……ま、考えても仕方ねぇか」
シカマルは再び目を閉じた。
「めんどくせぇし……」
木々の間を、穏やかな風が吹き抜けていった。