大蛇丸と心の戦いが始まった。
「さあ、どこまで楽しませてくれるのかしら?」
大蛇丸が舌先で唇を舐め、心へと迫る。
その動きは、人間離れしていた。
長く伸びる腕。あり得ない角度から繰り出される攻撃。蛇のようにしなやかで、予測の難しい体術。
心は後方へ跳び、迫る腕を紙一重でかわした。
直後、地面から蛇が飛び出してくる。
「水遁・水乱波!」
心が口から大量の水を放つ。
水流が蛇を押し流し、大蛇丸の視界を遮った。
しかし、土煙と水飛沫の向こうから、鋭い刃が飛んでくる。
キィン!
心はクナイで弾き、横へ跳んだ。
その着地点を狙うように、大蛇丸の拳が迫る。
「くっ……!」
心は身体を捻り、直撃を避けた。
それでも、拳が肩をかすめ、鈍い痛みが走る。
「ふふふ……いい反応ねぇ」
大蛇丸は楽しそうに笑った。
心は距離を取り、呼吸を整える。
(正面からやり合うのは論外だ)
大蛇丸の攻撃を受け止めることなど、今の自分にはできない。
先ほどの硬による一撃でさえ、ほとんど効いていなかったのだ。
ならば、真正面から力比べをする意味はない。
勝つためではなく、生き残るために戦う。
そして、可能な限り時間を稼ぐ。
心はその方針を徹底していた。
全身を覆うチャクラは、堅ではなく纏。
堅を使えば、より強固にチャクラを維持し、防御力を高められる。しかし、今の心では長時間その状態を維持するのは難しい。
まして、相手は大蛇丸。
いつ、どこから致命的な攻撃が飛んでくるか分からない状況で、集中力を消耗するわけにはいかなかった。
纏で身体能力を底上げし、必要な瞬間にだけチャクラを集中させる。
その方が、今の自分には合っている。
「水遁・水陣壁!」
心の周囲に水の壁が立ち上がった。
大蛇丸の放った苦無が水壁に弾かれ、軌道を逸らす。
心はその隙に印を結んだ。
「影分身の術!」
煙とともに、二体の影分身が現れる。
一体が大蛇丸の正面へ。
もう一体が側面へ回り込む。
そして本体の心は、後方から水を操った。
「水遁・渦流弾!」
回転する水流が、大蛇丸の死角から襲いかかる。
「おっと」
大蛇丸は身体を捻って回避した。
だが、完全には避けきれない。
水流の一部が腕をかすめ、衣服を裂いた。
その瞬間、二体の影分身が左右から攻め込む。
大蛇丸は片方の分身を蹴り飛ばし、もう片方の攻撃を軽々とかわした。
分身が消える。
だが、心はその結果を確認するよりも早く、次の手を打っていた。
手裏剣を数枚、指の間に挟む。
チャクラを手裏剣の表面へと薄く纏わせた。
周のように、武器の外側にチャクラを巡らせる。
チャクラを大量に消費する方法ではない。
しかし、武器の威力を底上げし、軌道をわずかに変化させることもできる。
心は手裏剣を放った。
普通なら大蛇丸の動きに合わせて避けられる。
だからこそ、心は手裏剣を直線的には飛ばさなかった。
水の性質変化を応用し、手裏剣に纏わせたチャクラの流れを微妙に変える。
手裏剣が不自然な軌道を描き、大蛇丸の逃げ道を塞ぐ。
「へぇ……!」
大蛇丸は目を細めた。
手裏剣を弾きながら後方へ跳ぶ。
その着地点へ、心が水遁を放った。
大蛇丸は再び回避する。
攻撃は決定打にならない。
それでも、心は手を止めなかった。
水遁。
体術。
影分身。
チャクラを纏わせた手裏剣。
それらを組み合わせ、真正面からの勝負を避けながら、ひたすら隙を探す。
攻めているように見えても、心の目的は違う。
相手の動きを観察し、攻撃の癖を見抜き、少しでも有利な状況を作る。
そして、時間を稼ぐ。
今の自分にできることを、一つずつ積み重ねていくしかなかった。
「ふふふふ……あはははは!」
大蛇丸の笑い声が、森に響いた。
「素晴らしいわ! その年齢で、チャクラコントロールだけで身体にチャクラを纏わせるなんて!」
大蛇丸は、心の攻撃をかわしながら歓喜の声を上げた。
「しかも、水の性質変化まで使いこなしている! その水遁の精度……ただ術を覚えただけでは、到底たどり着けない領域よ!」
大蛇丸の目が、興奮に輝く。
「いい、いいわ! あなた、本当にいいわねぇ!」
その声には、純粋な喜びがあった。
目の前にいる少年の才能を、心の底から面白がっている。
「もっと見せてちょうだい! あなたがどこまで成長できるのか、私に見せて!」
(……勘弁してくれ)
心は内心で悪態をついた。
相手が楽しめば楽しむほど、こちらの状況は悪くなる。
大蛇丸は遊んでいる。
それなのに、こちらは必死に攻撃を避け、少しでも傷を負わないように立ち回っている。
その差が、あまりにも大きかった。
心の額を汗が伝う。
腕に傷が増えていた。
脇腹にも浅い切り傷がある。
肩には鈍い痛みが残り、動くたびに身体のあちこちが悲鳴を上げていた。
急所だけは、どうにか避けている。
だが、それもいつまで続くか分からない。
(……まずいな)
暗部の増援が来るまで、一人で持ちこたえられるのか。
心は、初めてその可能性に疑問を抱き始めていた。
◇
◇――サスケ視点。◇
目の前で、心が戦っている。
サスケは震える脚に力を込めながら、その姿を見つめていた。
心と、あの男。
一見すると、互角に戦っているように見える。
心は攻撃をかわし、術を放ち、手裏剣を使って相手の動きを制限している。
何度も攻撃を仕掛け、そのたびにあの男へと迫っていた。
しかし、サスケには分かっていた。
互角ではない。
あの男は、最初から一度も余裕を失っていない。
心の攻撃を受け流し、避け、時には楽しそうに笑っている。
まるで、心の実力を確かめるために遊んでいるかのようだった。
一方、心の表情には余裕がない。
攻撃を避けるたびに傷が増えていく。
呼吸も少しずつ乱れている。
それでも、心は戦い続けていた。
(……俺も、戦わないと)
サスケは拳を握った。
心一人に戦わせるわけにはいかない。
あの男がどれほど強かろうと、何もせずに見ているだけなんて、もう嫌だった。
身体を動かそうとする。
前へ出ようとする。
しかし――。
「……っ!」
膝が震えた。
足に力が入らない。
頭では分かっている。
今、心を助けなければならない。
それなのに、身体が恐怖に支配されていた。
サスケの脳裏に、過去の記憶がよみがえる。
あの日。
家族が、仲間が、そして一族が失われた日。
自分は何もできなかった。
目の前で起きていることを理解することさえできず、ただ震えていた。
そして今も、同じだ。
目の前で仲間が戦っている。
自分を守るために、傷つきながら戦っている。
なのに、自分は動けない。
(……ふざけるな)
サスケは歯を食いしばった。
心は、自分と似ていると思っていた。
特殊な眼を持つ一族。
滅びた一族。
そして、孤独を知る者。
同じ班になる前から、心には自分と似たものを感じていた。
唯一違うのは、復讐に生きているか、そうでないか。
心は一族を失っても、前を向いていた。
自分は兄への復讐だけを考え、強くなることだけを求めていた。
だからこそ、同じ班になってから、心のことをもっと知りたいと思った。
一緒に修行するようになって、心の凄さを知った。
努力を惜しまないこと。
仲間のためなら、自分のことを後回しにしてでも動くこと。
どれだけ強くなっても、決して慢心しないこと。
そして、誰かを守るために力を使うこと。
心と、サクラと、ナルト。
四人で過ごす日々は、思っていた以上に心地よかった。
くだらないことで騒ぐナルト。
時々、口うるさいサクラ。
そして、そんな二人を見ながら苦笑する心。
いつしか、サスケにとって、それは当たり前の光景になっていた。
心と一緒なら、どこまでも強くなれる気がした。
兄のように頼れる存在。
自分がいつか追いつきたいと思える存在。
だからこそ――。
(死なせない)
サスケの瞳が揺れた。
(絶対に、死なせたくない)
心は、自分を守るために戦っている。
ならば、自分も戦わなければならない。
守られているだけでいいはずがない。
また、あの時のように何もできず、ただ震えているのか。
違う。
違うだろう。
うちはサスケ。
お前は、何のために強くなろうとしている?
復讐のためか。
兄を倒すためか。
それだけなのか。
今、目の前で戦っている仲間を見捨てるために、強くなろうとしていたのか。
「……ふざけるなよ」
サスケは震える脚に、力を込めた。
「俺は……!」
顔を上げる。
恐怖は消えていない。
身体の震えも、完全には止まっていない。
それでも、サスケは前を見た。
その瞬間。
サスケの両目に宿る写輪眼が、変化した。
それぞれの瞳に、一つだった巴が二つへと増える。
――写輪眼、二つ巴。
サスケの視界が、鮮明になった。
心と大蛇丸の動きが、先ほどよりもはっきりと見える。
すべてを見切れるわけではない。
相手との実力差が消えたわけでもない。
それでも、サスケはもう目を逸らさなかった。
(待ってろ、心)
クナイを握る手に、力が戻る。
(今度は、俺も一緒に戦う)
◇
◇――サクラ視点。◇
怖い。
どうしようもなく、怖かった。
目の前で戦っている男は、今まで自分が出会ってきた忍とはまるで違う。
その存在だけで、身体がすくんでしまう。
心がいなければ、今頃自分は立っていることさえできなかったかもしれない。
それなのに、心は戦っている。
自分よりもずっと強い相手に。
傷つきながら。
それでも、仲間を守るために。
(……なんで?)
サクラは、心の背中を見つめた。
(なんで、心は戦えるの?)
自分は恐怖で震えている。
頭では、何かしなければいけないと分かっている。
でも、身体が動かない。
波の国での任務を思い出す。
再不斬との戦い。
そして、再戦。
自分はタズナの護衛をしていた。
それは事実だ。
けれど、周囲の危険に気を配り、仲間を守りながら戦っていたのは、いつも心だった。
自分は何度も助けられた。
そのたびに、何もできない自分が嫌になった。
だからこそ、心が自分にチャクラコントロールの才能があると教えてくれたとき、嬉しかった。
これなら、みんなの足を引っ張らずに済むかもしれない。
そう思った。
木登りも、水面歩行も、誰よりも早く習得できた。
体術も、少しずつ上達してきた。
心の家での修行にも、毎回参加するようになった。
自分なりに努力してきたつもりだった。
けれど、今はどうだろう。
また、心に守られている。
サスケも、恐怖と戦いながら前を見ようとしている。
自分だけが、ここで立ち尽くしている。
(……嫌よ)
サクラは唇を噛んだ。
守られてばかりなのは、もう嫌だ。
自分だって、みんなと一緒に戦いたい。
心に守ってもらうだけじゃなく、自分も心を守りたい。
サスケを助けたい。
ナルトだって、きっとどこかで頑張っている。
だったら、自分だけが何もしないままでいいはずがない。
サクラは震える手を、ぎゅっと握り締めた。
(震えるな、春野サクラ!)
恐怖は消えない。
足だって、まだ震えている。
それでも、前を向くことはできる。
(女は度胸よ!)
サクラは一度、深く息を吸った。
そして、心の背中を見据える。
(しゃんなろー!)
その表情から、少しずつ恐怖だけではない感情が浮かび上がってきた。
自分も戦う。
みんなと一緒に。
その決意が、サクラの目に宿った。
◇
◇――心視点。◇
(このままじゃ、まずい……!)
心は、大蛇丸の攻撃を避けながら焦りを抑えていた。
時間を稼ぐつもりだった。
しかし、現実は厳しい。
大蛇丸の攻撃は、速いだけではない。
こちらの動きを見て、次の一手を先回りするように仕掛けてくる。
影分身を使えば、すぐに見破られる。
水遁で攻撃しても、決定打にはならない。
手裏剣の軌道を変えても、致命傷を与えるには至らない。
こちらの手札を一つずつ見せるたびに、大蛇丸は対応してくる。
しかも、まだ余力がある。
心は纏を維持しながら、必死に攻撃を避け続けた。
堅を使えば、防御力は上がる。
だが、今の自分では長時間の戦闘で維持できない。
大蛇丸相手に、途中で集中が切れるわけにはいかなかった。
だからこそ、纏を維持し、必要な瞬間にだけチャクラを集中させている。
それでも、傷は増えていた。
腕。
肩。
脇腹。
脚。
どれも致命傷ではない。
しかし、確実に身体を蝕んでいる。
(暗部が到着するまで……持つのか?)
心は、初めて明確な危機感を覚えた。
このまま一人で戦い続ければ、増援が来る前に力尽きる。
それどころか、サスケとサクラを守りきれなくなる可能性さえある。
その考えが脳裏をよぎった瞬間、大蛇丸が笑った。
「どうしたの? 少し疲れてきたのかしら?」
「……まだまだ、これからですよ」
心は軽口を返し、横へ跳んだ。
直後、地面から蛇が飛び出す。
身体を捻って避けるが、蛇の牙が腕をかすめた。
血が飛び散る。
「くっ……!」
着地した瞬間、大蛇丸が眼前に迫っていた。
速い。
避けきれない。
心はとっさに腕を交差させ、防御しようとした。
だが、間に合わない。
大蛇丸の攻撃が、心の身体を捉えようとした――その瞬間。
「火遁・豪火球の術!!」
横合いから、巨大な火球が飛来した。
大蛇丸の身体を炎が包み込む。
さらに、複数の手裏剣が炎の中へと飛び込んだ。
キィン、キィン、キィン!
大蛇丸は攻撃を受け、後方へと飛び退いた。
「……っ!」
心はすぐさま距離を取り、攻撃が飛んできた方向へ目を向けた。
そこに立っていたのは――。
「心! 悪い! 待たせた!」
クナイを構えたサスケだった。
その両目には、二つの巴を宿した写輪眼が輝いている。
そして、心の反対側へサクラが駆け寄ってきた。
「私も一緒に戦う!」
サクラは、まだ震えの残る拳を握り締めながらも、まっすぐ前を見ていた。
「もう、守られてばかりなんて嫌なの! 私だって、みんなと一緒に戦う!」
「サクラ……サスケ……」
心は二人を見つめた。
正直なところ、二人を巻き込まずに済むなら、それが一番よかった。
だが、そんなことを言っている場合ではない。
一人では、限界が近い。
大蛇丸を前にして、三人で戦ったところで勝てる保証はない。
それでも。
仲間が隣に立ってくれた。
その事実が、心の胸に熱を灯した。
(……まったく。頼もしくなったじゃないか)
心は小さく笑った。
不思議だった。
身体は傷だらけだ。
相手は化け物のように強い。
状況は、相変わらず最悪だ。
それなのに、さっきまで胸を締めつけていた焦りが、少しだけ薄れていた。
一人で耐え続ける必要はない。
隣にはサスケがいる。
サクラもいる。
そして、ナルトだってどこかで必死に戦っているはずだ。
「……ありがとう、二人とも」
心は、改めて大蛇丸へ向き直った。
「ただし、無茶はするなよ。あいつは本当に危険だ。俺が隙を作る。二人は無理に仕留めようとせず、援護に徹してくれ」
「分かった」
サスケが即答する。
「うん!」
サクラも頷いた。
大蛇丸は、三人を見比べながら楽しそうに笑っていた。
「あらあら……。仲間が増えたのねぇ」
炎の残滓を払い落とし、首を傾ける。
「いいわ。三人まとめて、相手をしてあげる」
心は拳を構えた。
サスケはクナイを握り直し、写輪眼で大蛇丸の動きを見据える。
サクラもまた、震える身体を奮い立たせ、一歩前へ出た。
三人が並び立つ。
まだ、勝ち目は見えない。
それでも――。
今度は、一人ではない。
◇
一方、その頃。
「うおおおおおおっ! 出やがれぇぇぇぇっ!!」
巨大な蛇の腹の中で、ナルトは怒りの声を上げていた。
狭く、ぬめった空間。
周囲は柔らかい肉壁に覆われ、まともに動くことも難しい。
しかし、ナルトは諦めていなかった。
「こんなところで終わってたまるかってばよ!!」
ナルトは両手で印を結ぶ。
「多重影分身の術!!」
白煙が、蛇の腹の中を埋め尽くした。
一人、二人、十人、二十人――。
次々と現れるナルトの分身たち。
逃げ場のない空間に、膨大な人数のナルトがひしめき合う。
「全員、いくぞぉぉぉ!!」
「「「おおおおおおっ!!」」」
無数の拳と蹴りが、蛇の内側へと叩き込まれた。
逃げ場のない巨体の内部で、衝撃が連続する。
巨大な蛇の身体が、外側から見ても分かるほど大きく膨らんだ。
そして――。
ドォォォォンッ!!
轟音とともに、蛇の腹が破裂した。
肉片と土煙が舞い上がる。
その中から、ナルトが勢いよく飛び出した。
「はぁっ……はぁっ……! ざまあみろってばよ!!」
地面に着地したナルトは、息を切らしながらも拳を突き上げた。
「待ってろよ、みんな! 今、戻るからな!!」
ナルトは仲間たちのいる方向を見定め、森の中を走り出した。