「お前……心たちを……傷つけやがって……!」
ナルトの身体を包む赤いチャクラが、さらに勢いを増していた。
縦に細くなった瞳孔。逆立つ金髪。全身から立ち上る、禍々しいほどのチャクラ。
普段のお調子者のナルトとは、まるで別人のようだった。
だが、心にはわかっていた。
ナルトは、まだ自分の意識を保っている。
怒りに呑まれかけているものの、完全に理性を失ったわけではない。
「心……!」
隣にいたサスケが、緊迫した声で呼びかけた。
「ナルトのあの状態は何だ? お前は何か知っているのか?」
サスケの視線は、目の前で大蛇丸と戦うナルトから離れない。
その表情には、困惑と警戒が入り混じっていた。
無理もない。
つい先ほどまで、ナルトは自分たちと同じように戦っていた。それが突然、異様なチャクラを身にまとい、大蛇丸を圧倒し始めたのだ。
「私も知りたい……。ナルト、どうしちゃったの……?」
サクラも不安そうに心を見つめた。
心は一瞬、言葉に詰まった。
ナルトの出生に関わる秘密だ。里の中でも、知る者は限られている。
だが、目の前で起きていることを考えれば、二人に何も伝えないわけにはいかなかった。
「……四代目火影が、ナルトの中に九尾を封印したんだ」
「……は?」
サスケが目を見開いた。
サクラは、すぐには言葉の意味を理解できなかったようだった。
「九尾って……あの、九尾の狐のこと?」
「ああ。かつて里を襲った九尾だ。四代目火影は、里を守るために自分の命と引き換えに、生まれて間もないナルトへ九尾を封印した」
「そんな……! じゃあ、ナルトの中に、あの九尾が……?」
サクラの顔から血の気が引いた。
サスケも驚愕を隠せない様子だった。
九尾といえば、木ノ葉の里を壊滅寸前に追い込んだ伝説の怪物だ。その力が、ずっと一緒に過ごしてきたナルトの中に封じられている。
簡単に受け入れられる話ではない。
心は二人の反応を見ながら、説明を続けた。
「おそらく、長年の封印に何らかの綻びができていたんだと思う。そこにナルトの怒りが引き金となって、九尾のチャクラが噴き出した……そんなところじゃないか」
心は、知っていることをすべて話したわけではない。
前世の記憶にある物語の展開を、そのまま二人に明かすことはできなかった。
だからこそ、確実にわかる部分と推測を混ぜて伝えた。
「ただ、ナルトにも負担がかかっているはずだ。それに、今のところ九尾のチャクラはある程度安定しているように見えるが、いつ暴走するかわからない」
心は二人の目を見た。
「ナルトを敵だと思うな。けど、何が起きても対応できるように、気を引き締めてくれ」
「……わかった」
サスケは短く答えた。
まだ困惑は消えていない。それでも、今は心の言葉を信じて警戒を続ける。
「私も……わかった」
サクラも頷き、ナルトと大蛇丸へ視線を戻した。
今は考え込んでいる場合ではない。
ナルトがどんな秘密を抱えていようと、彼は自分たちの仲間なのだから。
◇
「うふふ……これは、予想外ねぇ」
大蛇丸は口元を歪めながら、ナルトを観察していた。
先ほどの一撃は、確かに効いていた。
ナルトの身体能力を見誤ったのだ。
あの一瞬で間合いを詰め、顔面へ拳を叩き込んだ速度と威力。普通の下忍に出せるものではない。
しかも、ナルトの攻撃は一度きりではなかった。
「うおおおおっ!」
ナルトが地面を蹴る。
赤いチャクラをまとった拳が、大蛇丸へと迫った。
大蛇丸は身体を反らしてかわし、反撃に転じる。しかし、ナルトはその動きに反応して身をひねり、追撃を避けた。
心との修行で身につけた足運び、間合いの取り方、そして身体の動かし方。
それらが、今は無意識のうちにナルトの身体を動かしていた。
頭に血が上っている。
怒りで冷静さを失いかけている。
それでも、身体に染みついた技術が決定的な隙を生ませなかった。
むしろ、九尾のチャクラによって底上げされた身体能力が加わり、ナルトは大蛇丸を圧倒し始めていた。
「ちっ……!」
大蛇丸が舌打ちする。
このままでは面倒だ。
ナルトの身体能力だけなら、いくらでも対処できる。だが、九尾のチャクラが攻撃を重ねるごとに増しているように見えるのが厄介だった。
ならば、動きを封じる。
大蛇丸はナルトの攻撃を受け流しながら、隙を見て懐へ踏み込んだ。
「少し、おとなしくしていなさい」
五本の指が、ナルトの腹部へ伸びる。
五行封印。
大蛇丸が施そうとしているのは、九尾のチャクラを封じる封印術だった。
だが――。
ガッ!
「なっ……!?」
大蛇丸の指先が、ナルトの腹に届かなかった。
赤いチャクラが壁のように立ちはだかり、指を押し返したのだ。
まるで、ナルトの身体そのものが大蛇丸の術を拒絶しているかのようだった。
「九尾のチャクラが、封印を妨害している……?」
大蛇丸の目が細くなる。
想定していたよりも、九尾の力が強い。
五行封印を無理に押し込むのは難しいだろう。
「仕方ないわねぇ」
大蛇丸は一歩距離を取り、大量のチャクラを練り上げた。
「今度は、動けなくしてあげる」
地面が揺れる。
次の瞬間、地面から無数の蛇が這い出し、ナルトの手足へと絡みついた。
「なっ……くそっ!」
ナルトが暴れる。
赤いチャクラが蛇を押し広げようとするが、次々と伸びてくる蛇が身体を締め上げ、動きを封じていく。
大蛇丸が放った拘束術は、九尾のチャクラによる力任せの抵抗を想定して、相応のチャクラを注ぎ込んだものだった。
ナルトの身体が、ついに地面へと押さえつけられる。
「ぐっ……! 離せってばよ!」
ナルトが力を込めるたび、蛇の身体が軋んだ。
しかし、拘束はまだ解けない。
大蛇丸はその様子を観察し、すぐに異変を察知した。
蛇の拘束が、少しずつ崩れ始めている。
赤いチャクラが蛇の身体を内側から押し広げ、術そのものを侵食していた。
「……長くはもたないわね」
時間をかければ、ナルトは自力で抜け出す。
ならば、今のうちに目的を果たすだけだ。
大蛇丸の視線が、心、サスケ、サクラへと移った。
「せっかくの機会だもの。あなたたちにも、プレゼントをあげなくちゃねぇ」
大蛇丸の口元が、三日月のように歪む。
次の瞬間、彼女の袖口や足元から蛇が放たれた。
「来るぞ!」
心が叫ぶ。
同時に、自分へ向かってくる蛇へと踏み込んだ。
蛇の口が開き、牙が迫る。
心は身体をわずかに傾けて攻撃をかわし、その頭部へ拳を叩き込んだ。
鈍い音が響く。
蛇は地面へ叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
だが、心は立ち止まらない。
すぐさま視線を巡らせ、仲間の状態を確認した。
「サクラ!」
サクラへ向かった蛇は、すでに彼女の目前まで迫っていた。
彼女は迎撃しようとしていたが、身体が思うように動いていない。
先ほどまでの戦闘で負った傷と蓄積した疲労。その両方が限界に達していたのだ。
膝が震え、手足に力が入らない。
それでも、サクラは歯を食いしばり、どうにかクナイを構えようとしていた。
しかし、間に合わない。
「くっ……!」
心は即座に地面を蹴った。
蛇の牙がサクラへ届く寸前、心がその間へ割り込む。
拳が蛇の頭部を打ち抜き、胴体が弾き飛ばされた。
「大丈夫か、サクラ!」
「ご、ごめん……身体が……!」
「謝るな。今は動かなくていい!」
心はサクラをかばうように立ち、すぐに別の方向へ目を向けた。
サスケの方にも、蛇が迫っている。
「サスケ、避けろ!」
心が叫んだ。
だが、サスケは動けなかった。
彼もまた、満身創痍だった。
呼吸は荒く、身体には傷が刻まれている。先ほどまで無理を押して戦っていたせいで、限界を超えていたのだ。
それでもサスケは、迫る蛇を睨みつけた。
動け。
動け、俺の身体……!
心が戦っている。
ナルトも拘束されている。
サクラも動けない。
ならば、自分が戦わなければならない。
そう思っているのに、身体は言うことを聞かなかった。
「サスケ!」
心が再び叫ぶ。
しかし――遅かった。
蛇がサスケの首筋へと噛みついた。
「ぐっ……ああああっ!」
激痛が走る。
蛇の牙が離れた直後、サスケの首筋に三つの黒い模様が浮かび上がった。
呪印。
大蛇丸が、サスケへと刻んだ力の印だった。
「サスケェッ!」
心はすぐに駆け寄ろうとした。
だが、サスケの身体が大きく傾き、そのまま地面へ膝をつく。
「ぐ……ああっ……!」
サスケが首筋を押さえて苦しむ。
心には、その光景が何を意味するのか、嫌というほどわかっていた。
原作通りだ。
あれだけ必死に戦った。
自分の知識を頼りに、未来を変えようと動いた。
ナルトを守り、サスケとサクラを守り、誰一人として失わないように戦った。
それでも、結局――。
「……くそっ!」
心は奥歯を噛み締めた。
変えられなかった。
サスケに呪印が刻まれる未来を、変えることができなかったのだ。
悔しさが胸の奥から込み上げる。
だが、今は立ち止まっている場合ではない。
大蛇丸はまだ目の前にいる。
ナルトの拘束も、もう長くはもたない。
そして――。
「……来たか」
心は顔を上げた。
複数のチャクラが、こちらへ近づいてくる。
そのうちの一つは、よく知っているものだった。
大蛇丸もまた、接近する気配を察知したらしい。
「あらあら……もう時間切れねぇ」
残念そうに呟きながら、大蛇丸は心たちを見回した。
「今回はここまでにしておきましょうか」
大蛇丸は心へ視線を向けた。
「心ちゃん。あなたの力、実に興味深かったわ。次に会う時は、もっとじっくり見せてもらうわね」
「……次は、逃がさない」
心は低く言い放った。
大蛇丸は楽しそうに笑った。
「うふふ。そういうところも素敵ねぇ」
そして、今度はサスケへと目を向ける。
「サスケ君。あなたにも、また会った時に素敵なプレゼントをあげるわ。今は、その力を大切に育てておきなさい」
「……この蛇野郎……!」
サスケは苦痛に顔を歪めながらも、相手を睨みつけた。
大蛇丸はその視線を愉快そうに受け止め、最後に心へと意味ありげな笑みを向けた。
「それじゃあ、またね」
次の瞬間、大蛇丸の姿が蛇の群れとともに消えた。
残されたのは、荒れ果てた森と、傷ついた四人の下忍たちだった。
◇
「蛇野郎は!? どこ行ったんだってばよ!」
大蛇丸の気配が消えた直後、拘束されていたナルトが雄叫びを上げた。
「うおおおおおっ!」
全身から噴き出す赤いチャクラが、蛇の拘束を内側から押し破る。
絡みついていた蛇が次々と弾け飛び、ナルトはようやく自由を取り戻した。
「逃げたよ、ナルト。もう大丈夫だ」
心が答えた。
ナルトは荒い息を繰り返しながら、心たちを見た。
そして、サクラが倒れ込むように座り込み、サスケが首筋を押さえて苦しんでいる姿を目にした瞬間、顔色が変わった。
「お、おい! サクラちゃん! サスケ!」
駆け寄ろうとしたナルトだったが、心は片手を上げて制した。
「待て、ナルト。まずは落ち着け」
「でも!」
「大丈夫だ。二人とも生きている。今は余計な刺激を与えない方がいい」
心はそう言いながら、サスケの首筋に視線を落とした。
三つの黒い模様。
呪印。
この先、サスケがどんな道を辿ることになるのか。
心には、ある程度わかっていた。
だが、それを今ここで話すわけにはいかなかった。
まずは、仲間たちを無事にこの森から連れ出すこと。
それが最優先だ。
「心!」
森の奥から、聞き慣れた声が響いた。
次の瞬間、銀髪の忍が木々の間を抜けて現れた。
はたけカカシ。
その後ろには、複数の暗部が続いている。
カカシは現場の惨状を目にすると、すぐに表情を引き締めた。
「……こりゃ、ひどいな」
普段の気の抜けた口調とは違い、その声は鋭かった。
傷ついた四人。抉れた地面。折れた木々。そして、周囲に残る異様なチャクラの痕跡。
カカシは一瞬で状況を把握しようとし、心へと視線を向けた。
「心。何があった?」
「大蛇丸です」
心は簡潔に答えた。
「大蛇丸が、ここに現れました」
「……やっぱりか」
カカシの目が細くなる。
暗部たちも一斉に周囲を警戒した。
「現在は撤退しました。ただ……」
心は言葉を切り、サスケへと目を向けた。
カカシもその視線を追い、サスケの首筋に刻まれた模様を見つけた。
「……呪印か」
声が低くなる。
カカシはすぐにサスケの傍らへ膝をつき、状態を確認した。
「サスケ、聞こえるか?」
「……ああ」
サスケは苦しそうに答えた。
「今は無理に話さなくていい。医療班に診せる。暗部、周囲の警戒を続けろ。敵が戻ってくる可能性もある」
「了解」
暗部たちが散開する。
カカシはサクラの状態も確認し、彼女が意識を保っていることを確かめると、ひとまず安堵したように息を吐いた。
「サクラもよく頑張ったな。もう大丈夫だ」
「……カカシ先生……」
サクラの声は弱々しかった。
「私……」
「今は反省会をする時間じゃない。よく生き残った。それで十分だ」
カカシはそう言い切った。
それから、ナルトへと目を向ける。
「ナルト。お前も大丈夫か?」
「あ、ああ……オレは平気だってばよ!」
ナルトは答えたものの、身体を包んでいた赤いチャクラは、少しずつ薄れていた。
心はそれを注意深く見守る。
九尾のチャクラが消えていく。
ナルトの意識も、今のところははっきりしている。
ひとまず、最悪の事態は避けられた。
しかし、心の胸中は晴れなかった。
大蛇丸の襲撃を防ぐことはできなかった。
サスケに呪印が刻まれることも、防げなかった。
原作の知識があっても、すべてを思い通りに変えられるわけではない。
むしろ、自分が介入したことで、予想外の事態を招く可能性すらある。
心は拳を握り締めた。
――それでも。
ナルトは生きている。
サスケも、サクラも生きている。
自分も生き残った。
ならば、ここで諦めるわけにはいかない。
カカシはサスケの肩に手を添えた。
「サスケ、歩けるか?」
「……ああ」
サスケは答えたものの、立ち上がろうとして顔を歪めた。
首筋の呪印が脈打ち、再び激痛が走ったらしい。
「ぐっ……!」
「無理するな」
カカシはすぐにサスケを支えた。
「この状態で試験を続けるわけにはいかない。医療班に診せたら、そのまま森の外へ出るぞ」
「……待て」
サスケがカカシの腕を振り払おうとした。
「俺はまだ……!」
「サスケ君!」
サクラが思わず声を上げる。
だが、サスケは歯を食いしばり、カカシを睨みつけた。
「俺は棄権しない……!」
その声には、悔しさと怒りが込められていた。
「まだ第二次試験は終わっていないだろ! こんなところで棄権してたまるか!」
「サスケ、今の君の状態がわかっているのかい?」
カカシは普段よりも低い声で言った。
「大蛇丸に呪印を刻まれたんだ。原因も影響も、まだはっきりしていない。まずは治療を受ける必要がある」
「そんなことはわかっている!」
サスケは叫んだ。
「だが、ここで棄権したら……!」
言葉が途切れる。
サスケは拳を握り締めた。
大蛇丸を前にして、思うように動けなかった。
心が戦っている間、自分は恐怖に縛られていた。
そして最後には、呪印を刻まれるのを防ぐことさえできなかった。
そんな自分を認めたくないのだろう。
心は、サスケの気持ちを理解していた。
ここで無理やり諦めさせても、サスケは納得しない。
それに、呪印を放置して試験を続けるのは危険すぎる。
「カカシ先生」
心が口を開いた。
「サスケの治療について、ひとつ試してみたいことがあります」
「……試したいこと?」
カカシがこちらを向いた。
「はい。大蛇丸が話していた、枢流陀一族の力に関係することです」
心はサスケの首筋へ視線を向ける。
「呪印そのものを消せるとは思っていません。でも、呪印による影響を少しでも抑えられる可能性があるかもしれません」
カカシは黙って心を見つめた。
心が無謀なことをしようとしているのか。それとも、何か確かな考えがあるのか。
今の言葉だけでは判断できない。
「……心。その方法は安全なのか?」
「正直に言えば、まだ確証はありません。ただ、大蛇丸から聞いた話を考えると、試す価値はあると思っています」
「そうか……」
カカシは目を閉じた。
そして、深いため息を吐いた。
「はぁ……。まったく、君たちは次から次へと……」
ぼやくような声だったが、すぐに真剣な表情へ戻る。
「わかった。君の試みを認めよう」
「ありがとうございます」
「ただし、私の監督下で行うこと。それと、サスケの容態が悪化する兆候があれば、すぐに中止する。いいね?」
「はい」
「それから、君の試みとは別に、呪印を封じる処置も必要になる。そちらは私が対応する」
カカシはサスケへ視線を向けた。
「サスケ。まずは医療班の治療を受けるんだ。第二次試験のことは、その後で考える」
「……くそっ」
サスケは悔しそうに顔を背けた。
それでも、今度は反論しなかった。
心は静かに息を吐いた。
サスケの呪印を防ぐことはできなかった。
だが、これからできることまで諦めるつもりはない。
大蛇丸が語った、枢流陀一族と自然エネルギーの関係。
その情報から、心の中にはひとつの考えが浮かんでいた。
成功する保証はない。
それでも、試してみる価値はある。
「……サスケ、少しだけ協力してくれ」
心が声をかけると、サスケは不機嫌そうにこちらを見た。
「何をするつもりだ?」
「それは、実際にやりながら説明する。無茶はさせない」
サスケはしばらく心を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……わかった。お前に任せる」
その言葉を聞き、心は頷いた。
医療班が到着し、サスケたちの治療が始まろうとしている。
カカシもすぐそばで見守っていた。
心はサスケの首筋に刻まれた呪印を見つめ、意識を集中させる。
今度こそ、何かを変えるために。
心は、自分の考えた方法を試そうとしていた。