大蛇丸が去り、森に静けさが戻った。
しかし、戦いが終わったわけではない。
傷ついた仲間たちを前に、心はサスケの首筋に刻まれた三つの黒い模様を見つめていた。
呪印。
原作の知識が正しければ、これは大蛇丸がサスケに刻みつけたものだ。
そして、放置すればサスケの身体と精神に大きな影響を及ぼす。
心は先ほどの大蛇丸との会話を思い返した。
大蛇丸は、枢流陀一族について知っていた。
それどころか、一族の特殊な能力についても把握していた。
緋の眼を発現させた枢流陀一族は、周囲の自然エネルギーを吸収し、それをチャクラへと変換できる。
その情報が、心の頭の中で一つの可能性につながった。
――呪印も、自然エネルギーに関係しているんじゃないか?
前世の記憶によれば、呪印はある一族の能力を研究した結果、生み出されたものだったはずだ。
その一族は自然エネルギーを取り込む力を持つ一方、殺意に呑まれ、鬼のような姿へと変貌する。
心は、その一族の名前も、生き残りの名前も思い出せなかった。
だが、呪印が自然エネルギーを利用している可能性は十分にある。
もしそうなら、自分の能力を使って何かできるかもしれない。
「……サスケ、少し試してみたいことがある」
「何をする気だ?」
「うまくいくかはわからない。でも、痛みを和らげられる可能性がある」
サスケは首筋に手を当てたまま、心を見つめた。
「……やってみろ」
心は頷き、サスケの首筋へ手を伸ばした。
「少し触れるぞ」
そして、呪印の上に手のひらを置く。
心は静かに緋の眼を発現させた。
意識を集中させるのは、自分の身体に備わった力。
周囲の自然エネルギーを取り込み、チャクラへと変換する感覚を思い描く。
そのうえで、呪印に意識を向けた。
すると――。
「……っ!」
手のひらに、奇妙な感覚が走った。
何かが流れ込んでくる。
普段、自分がチャクラを練り上げるときとは違う、荒々しく不安定な力の流れだった。
心は慎重に、その流れを自分の身体へ引き寄せる。
無理に引き抜くことはしない。
流れを確かめながら、少しずつ吸収していく。
「……痛みが」
サスケが驚いたように声を漏らした。
「痛みが、引いていく……」
苦痛に歪んでいた顔から、少しずつ険しさが消えていく。
身体を覆っていた異様な緊張も、ゆっくりと和らいでいった。
やがて、サスケは大きく息を吐いた。
「……楽になった」
心は手を離し、サスケの様子を慎重に確認した。
呪印そのものが消えたわけではない。
三つの黒い模様は、依然として首筋に残っている。
それでも、サスケの苦痛は明らかに軽減されていた。
――やっぱり、自然エネルギーが関係しているのか。
確証はない。
だが、呪印から感じ取った力を吸収したことで、サスケの苦痛が和らいだ。
少なくとも、試した意味はあった。
「心、今のはいったい何をしたんだ?」
そばで見ていたカカシが、真剣な表情で尋ねた。
心は手を下ろし、カカシへと向き直った。
「……説明します。大蛇丸と戦っているとき、あいつから俺の一族について話を聞きました」
「君の一族?」
「はい。枢流陀一族のことです」
カカシの目が、わずかに細くなった。
枢流陀一族。
その名について知ってはいたが、心から一族の秘密を聞かされたことはない。
「大蛇丸は、枢流陀一族が緋の眼を発現させている間、周囲の自然エネルギーを吸収し、それをチャクラへ変換する能力を持っていると言っていました」
「自然エネルギーを……?」
カカシは初めて聞く情報に、驚きを隠せなかった。
「ええ。俺自身、そこまで詳しくは知りませんでした。ただ、大蛇丸の話を聞いて、自分の力について思い当たることがあったんです」
心は一度、サスケの首筋へ視線を落とした。
「それで、呪印にも何か関係があるんじゃないかと思いました」
「どういうことだ?」
「大蛇丸が呪印を使ってサスケに何かをしたことは明らかです。そして、俺が呪印に触れたとき、そこから自然エネルギーに似たものを感じました」
カカシは黙って耳を傾けている。
「だから、自分の能力を使って、それを吸収できないか試してみたんです。そうしたら、サスケの痛みが和らぎました」
「……なるほどな」
カカシはサスケの首筋を確認した。
黒い模様は消えていない。
しかし、先ほどまで苦しんでいたサスケは、明らかに落ち着きを取り戻していた。
「つまり、君は呪印に自然エネルギーが関係していると考えたわけか」
「はい。ただ、確実にそうだとは言い切れません。俺が吸収したものが本当に自然エネルギーだったのかも、まだ断定できないです」
心は正直にそう付け加えた。
実際、今の段階では推測にすぎない。
前世の知識と大蛇丸の話、そして自分の身体で感じ取った感覚。それらをつなぎ合わせた結果だった。
カカシはしばらく考え込んでいたが、やがて小さく息を吐いた。
「君の一族に、そんな能力があったとはな……」
「俺も、まだ知らないことばかりです」
「そうか。話してくれてありがとう」
カカシはそれ以上、一族の秘密を問い詰めることはしなかった。
代わりに、サスケの首筋へ視線を戻す。
「ただし、呪印そのものが消えたわけじゃない。痛みが引いたからといって、安心はできないぞ」
「わかっています」
「俺が封印を施す。これ以上、呪印の影響が広がらないようにするためだ」
カカシは封印術の準備を始めた。
心は少し離れた場所で、その様子を見守る。
呪印を完全に消すことはできなかった。
それでも、サスケの苦痛を和らげることはできた。
今は、それだけでも十分な成果だろう。
やがて、カカシによる封印が完了した。
首筋に新たな術式が刻まれ、呪印の模様を覆い隠す。
「これで、ひとまずは大丈夫だ。だが、無理はするな。異常を感じたらすぐに知らせろ」
「……わかった」
サスケは短く答えた。
その後、アンブと医療班の手で四人の応急処置が進められた。
心も傷の手当てを受けたが、身体にはまだ疲労が残っている。サスケとサクラも、すぐに激しい戦闘へ戻れる状態ではなかった。
カカシは四人を見渡した。
「本当なら、ここで試験を中止させたいところだが……」
「俺たちは続けます」
サスケが即座に答える。
ナルトも力強く頷いた。
「当たり前だってばよ! ここまで来たんだからな!」
「でも、今すぐ動くのは無理よ。みんな、まだ怪我が治りきってないもの」
サクラの言葉に、心も同意した。
「まずは休みましょう。地の書を手に入れるにしても、この状態じゃ危険です」
カカシは小さく息を吐いた。
「……わかった。だが、無茶だけはするなよ」
そう言い残し、カカシとアンブたちは森の警戒を続けるためにその場を離れた。
四人は、敵に見つかりにくい場所を選んで休息を取ることにした。
心は木の幹にもたれながら、サスケの首筋へ視線を向ける。
呪印は封印された。
だが、完全に消えたわけではない。
そして、先ほど自分が感じ取った力の正体も、まだわからない。
自然エネルギーを吸収する枢流陀一族の能力。
大蛇丸が語った、その秘密。
自分の身体に備わった力を理解できれば、呪印に対抗する方法も見つかるかもしれない。
ただし、今はそれ以上の実験をするべきではなかった。
サスケの身体も、心自身の身体も、限界に近い。
まずは休み、回復すること。
それが最優先だ。
◇
そして――。
第二次試験が始まってから、三日が過ぎた。
死の森に、四日目の朝が訪れる。
木々の隙間から差し込む朝日が、薄暗い森を少しずつ照らしていった。
心は静かに目を開けた。
身体にはまだ疲労が残っている。
だが、昨日よりは確実に回復していた。
隣ではナルトが寝息を立て、サクラも木に寄りかかったまま眠っている。サスケはすでに目を覚ましていたようで、静かに首筋の封印へ触れていた。
「……四日目か」
心は小さく呟いた。
試験の制限時間は五日間。
残された時間は、あと二日もない。
地の書も、まだ手に入れていない。
そして、この森には大蛇丸だけでなく、ほかの受験者たちもいる。
心は立ち上がり、朝の森へ目を向けた。
「……そろそろ、動く時間だな」
第二次試験は、まだ終わっていない。