「第五試合、始め!」
審判の声が響いた瞬間、テマリが背負っていた大きな扇を手に取った。
「悪いけど、さっさと終わらせてもらうよ」
テマリは扇を構え、サクラとの距離を測る。
対するサクラは、両手を構えながら相手の動きを注視していた。
大蛇丸との戦い。
それは、サクラにとって初めての、文字どおり命を懸けた戦いだった。
波の国で再不斬と戦ったとき、サクラはタズナを護衛していた。けれど、実際に敵と命を懸けて戦ったわけではない。
あのときの自分は、ただそこに立っていただけだった。
仲間が戦う姿を見つめながら、自分には何もできないことを悔しがるしかなかった。
だからこそ、心の修行に参加した。
もう、仲間に守られているだけの自分ではいたくなかったから。
そして、死の森で大蛇丸と遭遇した。
圧倒的な実力差。肌を刺す殺気。いつ命を落としてもおかしくない状況。
それでも、サクラは逃げなかった。
震える足を奮い立たせ、心とサスケの隣に立った。
あの死闘は、サクラの中に確かな変化をもたらしていた。
「行くよ!」
テマリが扇を振るう。
風が唸り、鋭い風遁がサクラへと襲いかかった。
普通なら、真正面から受ければ吹き飛ばされかねない攻撃だ。
しかし――。
サクラは、わずかに身体を傾けた。
風が頬のすぐ横を通り抜ける。
続けて飛んでくる二撃目。
サクラは足を半歩引き、攻撃の軌道から身体を外した。
三撃目。
今度は腰を落とし、風の下をくぐり抜ける。
「……っ?」
テマリの眉が動いた。
避けられた。
それも、紙一重のところで。
だが、偶然だろう。
テマリはそう考え、さらに扇を振るった。
右から左へ。
今度は間髪入れず、斜め上から。
風の刃が連続してサクラを襲う。
それでも、サクラは避け続けた。
大きく飛び退くことも、無駄に走り回ることもしない。
肩をわずかに引き、足を数センチずらし、上体を捻る。
必要最小限の動きだけで、すべての攻撃をかわしていく。
まるで、テマリの攻撃がどこへ飛んでくるのか、最初からわかっているかのようだった。
「な、何だい、あいつ……?」
テマリの表情から余裕が消え始める。
会場にも、ざわめきが広がっていた。
「春野の奴、全部避けてるぞ……!」
「今の風遁も、ぎりぎりじゃなくて余裕を持って避けてなかったか?」
観客たちの驚きの声を聞きながら、サクラは自分の身体に意識を向けていた。
見える。
テマリが扇を動かす角度。
肩に入る力。
足の位置。
攻撃が放たれる直前の、ほんのわずかな予備動作。
それらが、以前よりもずっと明確にわかる。
そして、わかった情報を身体が正確に処理してくれる。
焦らなくていい。
慌てなくていい。
最小限の動きで避けられる。
サクラは心の修行で、基礎的な体術だけでなく、チャクラコントロールを利用した身体能力の強化にも取り組んできた。
最初は、ほんの少し力を込めるだけでも制御が難しかった。
けれど、死の森での戦いは、彼女の成長をさらに加速させた。
極限状態で、ほんのわずかな判断の遅れが命取りになることを知った。
仲間を守るためには、恐怖に呑まれている暇などないことを知った。
そして、何より――。
自分の身体とチャクラを、思いどおりに操る必要性を痛感した。
あの経験が、サクラの優れたチャクラコントロールを、戦いの中で活かせる技術へと押し上げていた。
サクラは心の教えを思い出す。
『チャクラを扱うのが上手いことと、戦いでそれを活かせることは別だ。実戦で使えるようになって、初めて自分の力になる』
あのときは、言葉の意味を完全には理解できていなかった。
でも、今ならわかる。
自分は、確実に変わっている。
――私、強くなってる。
サクラの瞳に、確かな自信が宿った。
◇
「ちょこまかと……!」
テマリが苛立ちを露わにする。
何度攻撃しても当たらない。
相手は自分より体格も小さく、忍としての経験も浅いはずだ。
それなのに、攻撃のことごとくを見切られている。
「これならどうだい!」
テマリは扇を大きく振り抜いた。
風が一気に広がり、サクラの逃げ場を塞ぐように迫る。
会場の観客たちが息を呑んだ。
今度こそ、避けきれない。
そう思われた瞬間。
サクラは前へ踏み込んだ。
「なっ!?」
風が身体の横をすり抜ける。
攻撃の広がりを見切り、そのわずかな隙間へ飛び込んだのだ。
サクラは一気に距離を詰める。
テマリが慌てて扇を引き戻そうとした。
だが、間に合わない。
サクラは拳を握り締めた。
拳に、チャクラを集中させる。
これまで何度も練習してきた動作。
必要以上にチャクラを流さず、必要な場所へ、必要な瞬間に、正確に集める。
身体の動きとチャクラの制御を一致させる。
その感覚が、今は驚くほど鮮明だった。
「これで――!」
サクラの拳が、テマリの腹部へと突き刺さった。
ドゴォォォンッ!!
轟音が会場に響き渡った。
「がっ……!?」
テマリの身体が宙を舞った。
まるで砲弾のように吹き飛ばされ、そのまま試合場の壁へと激突する。
壁が大きく砕けた。
破片と砂埃が舞い上がり、衝突した場所には、はっきりとしたクレーターが刻まれていた。
会場が、完全に静まり返る。
誰もが目の前の光景を理解できずにいた。
あの小柄な少女が。
先ほどまで風遁を避け続けていた少女が。
たった一発の拳で、あのテマリを壁まで吹き飛ばしたのだ。
サクラは拳を見下ろした。
「……え?」
自分でも驚いていた。
これほどの威力が出るとは思っていなかったのだ。
以前から身体能力を強化する訓練は続けていた。
しかし、実際の戦闘でここまでの力を発揮できるとは、サクラ自身も予想していなかった。
砂埃の向こうで、テマリが苦しそうに身じろぎする。
だが、すぐに立ち上がることはできなかった。
審判が慌てて駆け寄り、状態を確認する。
そして、サクラへと向き直った。
「勝者――春野サクラ!」
その宣言と同時に、会場が爆発したような歓声に包まれた。
「うおおおおっ!」
「何だ、今の一撃は!?」
「木ノ葉のくノ一、化け物みたいな怪力じゃねえか!」
サクラは少し困ったように頬をかいた。
「え、えっと……勝った、のよね?」
観戦席では、ナルトが口を大きく開けていた。
「サクラちゃん、すっげええええ!!」
サスケも驚いた表情を浮かべていたが、すぐに小さく笑った。
「……やるじゃないか」
そして、心は静かにうなずいた。
サクラのチャクラコントロールは、もともと優れていた。
そこへ、実戦経験と身体能力の強化が加わった。
今の一撃は、その成果だ。
もちろん、まだ荒削りなところはある。
力の加減も、実戦での経験も、これから積み重ねていく必要がある。
それでも――。
サクラはもう、ただ守られるだけの仲間ではなかった。
隣に並んで戦える忍へと、一歩踏み出したのだ。
「よく頑張ったな、サクラ」
心がそうつぶやくと、サクラは観戦席を見上げた。
目が合った瞬間、彼女の顔がぱっと明るくなる。
そして、少し誇らしげに胸を張った。
◇
「……ねえ」
いのが、ぽつりとつぶやいた。
その視線の先には、拳を握り締めて喜ぶサクラの姿がある。
「もし本戦でサクラと当たったら……棄権しよ」
「おいおい、いの。さっきまであんなに威勢がよかったじゃねえか」
シカマルが呆れた声を出す。
「うるさいわね! あんなの食らったら死ぬでしょ!」
「まあ……否定はできねえな」
シカマルは、壁に刻まれた大きなクレーターを見た。
あの一撃をまともに受けたら、ただでは済まない。
いのの判断は、決して大げさではなかった。
心は苦笑する。
――サクラ、力加減はこれからの課題だな。
もっとも、今は勝利を喜ばせてやるべきだろう。
サクラが戻ってくると、ナルトが真っ先に駆け寄った。
「サクラちゃん、すげえってばよ! あんな一撃、オレも食らいたくねえぞ!」
「ちょっと、ナルト! 私だっていつもあんなことするわけじゃないわよ!」
「いや、十分すげえよ……」
サスケもそう言いながら、サクラを見た。
サクラは照れくさそうに笑った。
心は彼女の頭に軽く手を置く。
「よくやった。訓練の成果が出たな」
「……うん!」
サクラは嬉しそうにうなずいた。
その笑顔には、かつて仲間の後ろで悔しさを噛み締めていた少女の面影は、もうほとんど残っていなかった。
サクラとテマリの試合が終わり、会場に歓声が響き渡っていた。
続いて、次の対戦カードが発表される。
「第六試合! 奈良シカマル対、キン・ツチ!」
シカマルは面倒くさそうに頭をかいた。
「はぁ……次はオレかよ。ったく、面倒くせぇな」
対戦相手のキン・ツチは、音隠れの額当てを身につけた少女だった。彼女はクナイと仕込まれた鈴を手に、余裕のある笑みを浮かべている。
「ふうん。あんたが相手ね」
「そりゃ、こっちのセリフだろ」
シカマルは気のない返事をしながら、試合場へ降りた。
キンも反対側から進み出る。
「始め!」
合図と同時に、キンが動いた。
彼女はクナイを投げると同時に、鈴のついた武器を使って音を響かせる。
その音は、聞く者の感覚を惑わせる幻術を引き起こす。
シカマルは一瞬、動きを鈍らせた。
「どう? 私の術は」
キンが得意げに笑う。
しかし、シカマルはすぐに体勢を立て直した。
「……なるほどな。音を使うわけか」
シカマルは相手の攻撃を警戒しながら、試合場を移動する。
キンは鈴を鳴らし、さらに攻撃を仕掛けた。
シカマルは幻術に惑わされながらも、相手の位置と影の動きを観察し続ける。
そして、キンが攻撃のために距離を詰めた瞬間。
シカマルの影が伸びた。
「影真似の術!」
「えっ!?」
影がキンの影とつながる。
キンは身体を動かそうとしたが、すでに自由を奪われていた。
「な、何なの、これ……!」
「悪いな。オレ、こういう面倒な駆け引きの方が得意なんだ」
シカマルはキンの動きを操り、彼女を戦闘不能に追い込む。
キンは必死に抵抗するが、影真似の術から逃れることはできなかった。
「そこまで! 勝者、奈良シカマル!」
試合終了の宣言が響く。
シカマルは影を解くと、大きく息を吐いた。
「ふぅ……。やっと終わった。もう帰って寝たいぜ」
観戦席から、チョウジが嬉しそうに声をかける。
「シカマル、やったね!」
「まあな」
いのも拍手を送った。
「さすがシカマルね!」
「お前も勝ったんだから、偉そうに言うなよ……」
「何ですって!?」
いつもの調子で言い合いを始める二人を見て、心は苦笑した。
これで第六試合も終了した。
そして、次の対戦カードが発表される。
「第七試合――うずまきナルト対、犬塚キバ!」
「よっしゃあああ! やっとオレの番だってばよ!」
ナルトが勢いよく立ち上がった。
対するキバも、牙を見せるように笑う。
「へっ、ナルト。お前には負けねえぜ!」
肩に乗った赤い子犬、赤丸も「キャン!」と鳴いた。
ナルトは拳を握り締め、試合場を見下ろす。
「キバ! 絶対に勝ってやるからな!」
「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ!」
二人の視線がぶつかる。
ナルトは心たちを振り返った。
「見てろよ、みんな! オレが勝つところ、ちゃんと見せてやるってばよ!」
心はうなずいた。
「焦るなよ、ナルト。相手をよく見て戦え」
「おう!」
サスケは腕を組み、短く言った。
「負けたら承知しねえぞ」
「誰が負けるかってばよ!」
サクラも笑顔で声をかける。
「頑張って、ナルト!」
「任せとけ!」
ナルトは胸を張って試合場へ降りていく。
キバも赤丸を連れて、反対側から進み出た。
審判が二人の間に立つ。
会場のざわめきが、少しずつ静まっていった。
「第七試合――始め!」
こうして、うずまきナルトと犬塚キバの戦いが始まった。