◇カカシ視点――底の見えない教え子◇
三次試験予選が始まってから、カカシは観戦席で教え子たちの戦いを見守っていた。
サスケは呪印の影響を抑えられたことで、チャクラを使った戦いを展開し、対戦相手を圧倒した。
シノも持ち前の冷静さと寄壊蟲を駆使し、ザクを下した。
そして、サクラ。
砂隠れのテマリを相手に、ほとんど攻撃を受けることなく接近し、最後には一撃で相手を壁まで吹き飛ばした。
カカシは壁に刻まれたクレーターを思い出し、額当ての下で眉を上げた。
――あれは、なかなかの威力だったな。
サクラのチャクラコントロールが優れていることは、以前から知っていた。
だが、あれほどの威力を正確に引き出せるとは思っていなかった。
身体能力の強化だけでなく、相手の攻撃を見切る判断力も向上している。
短期間で、随分と成長したものだ。
そして、その成長には心の指導が大きく関わっているのだろう。
カカシは、試合場へ向かう心を見た。
あの少年は、教え子たちにただ技術を教えるだけではない。
ナルトには基礎体術とチャクラコントロールを。
サスケには、持ち前の観察眼と戦闘センスを活かすための訓練を。
サクラには、優れたチャクラコントロールを戦闘で活かすための技術を。
それぞれの長所を理解し、必要な訓練を考えているように見える。
その結果は、すでに試合で表れていた。
ナルトもキバとの戦いで、以前とは比べものにならないほど落ち着いた動きを見せている。
勢いだけで突っ込むのではなく、相手の攻撃を見極めて反撃する。
もちろん、まだ荒削りな部分はある。
それでも、着実に成長しているのは間違いなかった。
「……本当に、とんでもない子だね」
カカシは小さくつぶやいた。
心自身の実力も、十分に異常だ。
優れた水遁、並外れた身体能力、そして鋭い感知能力。
死の森では大蛇丸を相手に、仲間を守りながら戦い抜いた。
相手が悪すぎたとはいえ、あの状況で冷静さを失わなかったことは評価に値する。
ただ、カカシには心について、まだわからないことが多かった。
時折、年齢に似合わないほど落ち着いた判断をする。
危険を察知するのも早い。
まるで、数多くの修羅場を経験してきたかのような振る舞いを見せることがある。
しかし、その理由を推測するだけの材料はない。
今は、目の前にある事実を受け止めるしかなかった。
カカシは、対戦相手であるロック・リーへ視線を向ける。
リーの体術は本物だ。
対する心は、第七班として一緒に行動していたが、本気を出しているところを見たことがない。
この二人が戦えば、どのような結果になるのか。
カカシは興味深そうに目を細めた。
――さて。心は、どこまで力を見せるつもりかな。
◇紅視点――仲間を育てる少年◇
夕日紅は、試合場へ向かう心を見つめていた。
彼女の担当する第八班も、今回の予選に参加している。
シノはすでに勝ち上がり、その戦いぶりは実に彼らしいものだった。
だが、紅の意識は次の試合にも向いていた。
枢流陀心。
彼の名前は、最近、木ノ葉の忍たちの間でも話題になることが増えていた。
水遁の技量、身体能力、そして一族に伝わる緋の眼。
紅自身、心が緋の眼を発動した姿を見たことがある。
あの瞳がもたらす迫力は、簡単に忘れられるものではなかった。
しかし、紅が心に対して興味を抱いている理由は、それだけではない。
心は、仲間をよく見ている。
ナルトが無茶をすれば、必要なときには止める。
サスケが強さを求めるなら、その意欲を否定せず、さらに成長できるよう導く。
そして、サクラ。
以前は戦闘で後れを取ることもあった彼女が、今ではテマリを圧倒するほどの力を見せた。
もちろん、サクラ自身が努力を重ねた結果でもある。
だが、その努力を支え、適切な方向へ導いた存在がいることも確かだった。
紅は、心の姿を見つめる。
彼は自分だけが強くなればいいとは考えていないのだろう。
仲間が自分の力で戦えるようになることを、真剣に考えている。
「……十二歳、なのよね」
紅は小さくつぶやいた。
年齢だけで人の能力が決まるわけではない。
それでも、心の落ち着きや戦い方には、年齢以上のものを感じる。
死の森で大蛇丸と遭遇した際にも、心は仲間を守りながら戦ったと聞いている。
大蛇丸は伝説の三忍の一人だ。
その名を聞くだけで、紅も警戒を強めざるを得ない。
そんな相手と対峙し、仲間を守ろうとした心。
その経験が、彼にどれほどの重圧を与えたのか。
紅には想像することしかできなかった。
彼は普段、年相応に仲間と笑い合うこともある。
それなのに、戦いになると別人のように落ち着いている。
その違いが、紅には少し不思議だった。
紅は心の目を見た。
今は、普段どおりの青い瞳だ。
相手は体術に秀でたロック・リー。
簡単に勝てる相手ではないだろう。
――あなたは、どんな戦いを見せてくれるのかしら。
紅は静かに試合場を見守った。
◇アスマ視点――努力の天才と、異質な実力者◇
猿飛アスマは、腕を組みながら試合場を見下ろしていた。
ここまでの予選で、心の班が見せた成長は目を引くものだった。
サスケは優れた才能に磨きをかけ、ナルトは以前よりも冷静に戦えるようになっている。
そして、サクラの怪力。
あの一撃は、アスマも予想していなかった。
「ありゃ、相当鍛えたな……」
思わず漏れた言葉に、隣の紅がうなずく。
「ええ。チャクラコントロールも、かなり精密になっているわ」
「心の指導が効いてるんだろうな」
アスマは心を見た。
教え子たちが成長しているのは、単に厳しい訓練を課されているからではない。
それぞれが自分の得意分野を理解し、戦い方を身につけている。
その指導を十二歳の少年が行っているというのだから、驚かされる。
「面白い奴だよ、あいつは」
アスマは笑った。
「しかも、本人の実力も相当なものだ」
「次の相手はリーね」
紅が言った。
「ああ。体術なら、同年代でもかなりの実力者だろうな」
ロック・リーは忍術や幻術を得意としていない。
その分、体術を徹底的に鍛え上げてきた少年だ。
才能だけに頼るのではなく、ひたすら努力を積み重ねてきた。
アスマは、そんなリーの姿勢を評価していた。
そのリーと心が戦う。
どちらも、同年代の下忍としては際立った存在だ。
ただし、戦い方は大きく異なるだろう。
リーは鍛え上げた体術を武器に、正面から相手を攻める。
一方の心は、これまでの話を聞く限り、相手の動きを観察し、状況に応じて最適な対応を選んで戦うスタイルのようだ。
「さて、どんな試合になるかな」
アスマは期待を込めて試合場を見つめた。
その隣で、カカシが静かに口を開く。
「心は、見た目以上に手強いよ」
「それは見てりゃわかるさ」
アスマは笑った。
「だが、リーも簡単には崩れないだろう。努力であそこまで鍛えたんだ。そう簡単に負けるつもりはないはずだ」
「そうだね」
カカシは短く答えた。
三人の視線が、試合場へと集まった。
◇心視点――一歩も動かずに◇
「第九試合、始め!」
審判の声が響いた瞬間、リーが地面を蹴った。
速い。
鋭い踏み込みから、一気に間合いを詰めてくる。
右拳が飛んできた。
俺は首をわずかに傾けて避ける。
続く左拳。
上体をほんの少し反らす。
さらに蹴りが迫るが、腕で軌道を逸らした。
そして、リーの懐へわずかに上体を傾け、腹部に掌底を打ち込む。
「ぐっ!」
リーが後方へ飛び退き、すぐさま体勢を立て直した。
俺は構えを崩さず、相手を見つめる。
――やっぱり速いな。
リーの体術は、サスケと戦ったときにも見ている。
無駄な動きが少なく、攻撃から次の動作への移行も滑らかだ。
普通の下忍なら、最初の連撃だけで防戦一方に追い込まれてもおかしくない。
だが、俺にとっては話が違う。
肩の動き、腰の捻り、重心の移動。
それらを見れば、次にどこへ攻撃が飛んでくるのか、おおよその予測がつく。
そして、俺はそれを避けるために大きく動く必要がない。
今のところ、緋色の瞳を使う必要も感じなかった。
俺の瞳は、普段どおりの青色だ。
リーは一度距離を取り、俺の目をじっと見つめた。
「心君!」
「何だ?」
「緋の眼を使わなくてもよいのですか!?」
やっぱり聞いてきたか。
俺は肩をすくめる。
「今のところ、必要性を感じないからな」
「……なるほど!」
リーの瞳が、さらに燃え上がった。
いや、納得するところなのか?
「では、後悔しても知りませんよ!」
リーが再び地面を蹴った。
先ほどよりも速い。
拳、蹴り、肘打ち。
途切れることなく攻撃が繰り出される。
俺はそれらを、最小限の動きでいなしていった。
拳が迫れば、顔を数センチずらす。
蹴りが飛べば、膝をわずかに曲げて軌道を外す。
腕を振り抜かれれば、手首に軽く触れて攻撃の方向を逸らす。
そして、攻撃を避けるたびに、カウンターを叩き込む。
腹部へ一撃。
脇腹へ一撃。
肩口へ一撃。
どれも、相手を傷つけすぎないように力を調整している。
それでも、リーの攻撃を止めるには十分だった。
「くっ……!」
リーが後方へ跳び、距離を取る。
息がわずかに乱れていた。
一方、俺は開始位置からほとんど動いていない。
――さて、どうする?
リーは努力の天才だ。
ただ攻撃を繰り返すだけでは、俺に届かないことも理解し始めているはずだ。
それでも、彼は諦めない。
目の前の壁を越えるために、何度でも挑んでくる。
その姿勢は、素直に尊敬できるものだった。
だからこそ、こちらも手を抜きすぎるわけにはいかない。
俺は静かに構え直した。
◇
「……すごいわね」
観戦席で、紅が思わずつぶやいた。
リーの攻撃は鋭く、速い。
それなのに、心はほとんど動かず、すべての攻撃を避けている。
「心の反応速度が高いのは知っていたが……こいつは予想以上だな」
アスマも目を見張っていた。
リーの攻撃を避けるだけなら、優れた動体視力や反射神経を持つ忍なら可能かもしれない。
しかし、心は避けるだけではない。
リーが攻撃を繰り出すたび、その動きに合わせてカウンターを返している。
攻撃を受け流しながら、相手の体勢を崩す。
しかも、その動作に無駄がない。
「……カカシ。あれはどういうことだ?」
アスマが尋ねた。
カカシは試合場から目を離さずに答える。
「体術の技量もあるけど、相手の動きを読む力がずば抜けているんだろうね。攻撃が来てから反応しているんじゃない。攻撃が来る前の動きを見て、対応している」
「それにしても、あの動きは……」
紅が言いかけたところで、カカシが続けた。
「もっと驚くことを教えてあげようか」
二人がカカシを見る。
「心は、試合が始まってからまだ一歩たりとも動いていないよ」
「……は?」
アスマが目を丸くした。
「今、何と言った?」
「心は開始位置から一歩も動いていない。足の位置を変えず、上半身の動きと腕の操作だけで、リーの攻撃をすべていなしているんだ」
紅は、思わず試合場の床を見た。
心が立っている場所。
確かに、試合開始時とほとんど変わっていない。
対するリーは、何度も踏み込み、跳び退き、位置を変えながら攻撃している。
それなのに、心はその場から一歩も動かず、攻撃を避け、カウンターを返しているのだ。
「……冗談だろ」
アスマの口から、思わず本音が漏れた。
紅も言葉を失っていた。
カカシは心の動きを追いながら、内心で考える。
――やっぱり、あの子は底が見えない。
力任せに圧倒しているわけではない。
相手の攻撃を見切り、必要最小限の動きで対応している。
それは、経験豊富な上忍でも簡単にできることではなかった。
◇
リーは、一度大きく距離を取った。
「……さすがです、心君!」
その表情には、悔しさと喜びが入り混じっていた。
「この程度では、あなたには届かないのですね!」
「いや、十分すごいと思うぞ」
俺は素直に答えた。
「その年齢で、ここまで体術を磨いているんだからな」
「ありがとうございます!」
リーは深くうなずいた。
だが、次の瞬間、その瞳がさらに鋭くなる。
「ですが、僕はまだ全力を出していません!」
――来たか。
リーは高く跳び上がった。
そのまま、試合場の端に設けられた像の上へと降り立つ。
観戦席から、ガイの声が響いた。
「リー! もういい! 外せ!」
その言葉を聞いた瞬間、リーの表情が変わった。
「はい、ガイ先生!」
リーは脚に手を伸ばし、巻かれていた重りへと触れる。
俺はその様子を見ながら、静かに息を吐いた。
――なるほど。ここからが本番ってわけか。
リーは脚の重りを外した。
次の瞬間。
ドカァァァンッ!!
重りが床へ落下し、凄まじい音が会場に響き渡った。
床が陥没する。
衝撃で周囲の砂埃が舞い上がり、観戦席の忍たちから驚きの声が上がった。
「な、何だ今の!?」
「脚につけていた重りだと!?」
紅は目を見開き、アスマも口を半開きにしたまま固まっている。
「……あれを、ずっとつけていたのか?」
アスマが呆然とつぶやいた。
カカシは真剣な眼差しでリーを見つめる。
先ほどまでの速度でも十分に驚異的だった。
だが、重りを外した今のリーは、明らかに別次元の速度を発揮するだろう。
◇
俺は陥没した床と、取り外された重りを交互に見た。
……うん。
やっぱり、凄まじい重さだな。
これを両脚につけて日常生活を送っていたのだから、リーの努力には頭が下がる。
俺はリーへ視線を戻した。
「なるほど。今までは重りをつけていたのか」
「はい! ここからが本当の勝負です!」
リーは構えを取った。
その全身から、先ほどとは違う緊張感が伝わってくる。
今度は、俺が受ける側に回るだけでは済まないかもしれない。
緋の眼を使わずとも対応できる可能性はある。
だが、無理に制限をかける必要もない。
俺は静かに目を閉じ、呼吸を整えた。
そして、再び目を開く。
青かった瞳が、鮮やかな緋色へと変わっていく。
枢流陀一族に伝わる、緋の眼。
周囲の気配が、先ほどよりも鮮明に感じられる。
身体の内側を巡るチャクラが増し、感覚が研ぎ澄まされていく。
俺はリーを見据え、静かに構えた。
――さあ、第二ラウンドだ。
リーの口元に、喜びに満ちた笑みが浮かぶ。
「素晴らしい……! これこそ、僕が望んでいた戦いです!」
リーは地面を蹴るために身体を沈めた。
俺は緋の眼で、その動きを見据える。
次の瞬間、リーの姿が視界から消えた。
いや、消えたように見えるほどの速度で、こちらへ迫ってきたのだ。
――さて。ここからは、少し本気で相手をしよう。
俺は静かに迎え撃った。