◇カカシ視点◇
「……ガイ。まだ何か奥の手があるのか?」
カカシは、隣に立つ旧友へ視線を向けた。
重りを外したリーは、すでに常識外れの速度を見せている。
それでも、心には届いていない。
心はリーの攻撃を受け流し、幾度となく反撃を叩き込んでいた。しかも、呼吸ひとつ乱していない。
この状況から逆転する手段があるとすれば、相当な切り札のはずだ。
問いかけられたガイは、口元を吊り上げた。
「……フッ」
どこか不敵な、ニヒルな笑み。
「カカシ。表蓮華は二度咲く」
「――なっ!?」
カカシの目が大きく見開かれた。
「まさか……八門遁甲を使うつもりか!?」
「ああ。リーが積み重ねてきた努力の、その先を見せる時が来たのだ!」
ガイは力強く言い切った。
カカシは、思わず顔をしかめる。
八門遁甲。
人体にあるチャクラの制限を解除し、通常ではあり得ない身体能力を引き出す禁断の体術。
その代償は、凄まじい。
門を開くほどに肉体への負担は増大し、使い方を誤れば自らの身体を破壊しかねない。
それを、まだ下忍であるリーが使うというのか。
「……本気か、ガイ」
「もちろんだ」
ガイの声には、迷いがなかった。
「リーは、そのために誰よりも努力してきた。あいつの努力を、私は誰よりも知っている!」
カカシは再び試合場へ目を向けた。
心とリー。
この二人の戦いが、ここからどう変わるのか。
そして――心は、八門遁甲を使ったリーにどう対応するのか。
カカシは、かつてないほどの緊張感を覚えていた。
◇
◇心視点◇
(ついに八門遁甲を使うか……!)
心は、構えを崩さずにリーを見据えていた。
前世の記憶が、頭の中を駆け巡る。
(原作知識だと、確か第五の門まで開くんだったか……?)
残念ながら、そのあたりの記憶は曖昧だった。
細かな技の名前や、開門する順番までは覚えているものの、リーがどこまで門を開いたのか、正確には思い出せない。
しかし、一つだけ確かなことがある。
八門遁甲は、凄まじい力を引き出す技だ。
そして、その代償も決して小さくはない。
(さて……どれほどのものを見せてくれるんだ?)
心の胸中に、抑えきれない高揚感が湧き上がる。
もちろん、相手は敵ではない。
互いに本気でぶつかり合う、真剣勝負だ。
だからこそ、楽しみだった。
自分と同じ下忍でありながら、体術を極めるために努力を重ねてきた少年。
その努力の結晶を、真正面から受け止められる。
心は、その機会を心待ちにしていた。
だが、浮かれてばかりもいられない。
(どんな速度で来ても対応できるように、集中しろ)
心は呼吸を整え、意識を研ぎ澄ませた。
リーの一挙手一投足。
筋肉の動き。
チャクラの流れ。
そして、次に動き出す瞬間。
そのすべてを見逃さないように。
◇
リーは、ゆっくりと目を閉じた。
そして、一度深く息を吸い込む。
静寂。
先ほどまで会場を満たしていたざわめきさえ、遠くに感じられた。
やがて、リーは目を開いた。
「……いきます!」
その瞬間。
「第一の門、開!」
リーの身体から、チャクラが勢いよく噴き出した。
「第二の門、休門、開!」
さらにチャクラが膨れ上がる。
身体の内側で何かが解放されたかのように、リーの全身から力が漲っていく。
そして、驚くべき変化が起きた。
先ほどまで身体に刻まれていた細かな傷が、急速に回復していく。
疲労で重くなっていた身体が、再び力を取り戻していく。
「なっ……!」
観客席から、驚きの声が漏れた。
しかし、リーは止まらない。
「第三の門、生門、開!」
さらに一段階、チャクラが膨れ上がる。
「第四の門、傷門、開!」
――ドォォォンッ!!
爆発的なチャクラが、リーの身体から怒涛のように溢れ出した。
床に亀裂が走る。
巻き起こった風が、周囲の砂埃を吹き飛ばす。
その姿は、まるで人間の形をした嵐だった。
「……これが、八門遁甲の第四の門……!」
心は思わず息を呑んだ。
想像以上だ。
単純なチャクラ量だけではない。
身体能力の上昇幅も、常識の範囲を大きく超えている。
先ほどまでのリーとは、まるで別人だった。
そして――。
リーの姿が、消えた。
(――速っ!?)
心がそう認識した瞬間には、すでに遅かった。
ドゴォォォンッ!!
凄まじい衝撃が、心の身体を吹き飛ばした。
心は試合場の壁へと叩きつけられ、そのまま壁を突き破る。
轟音。
舞い上がる粉塵。
壁面に巨大なクレーターが刻まれ、周囲の石材が崩れ落ちた。
「心ーーーっ!!」
◇
◇ナルト視点◇
ナルトは、目の前で起きた光景を理解できなかった。
ほんの一瞬前まで、あのゲジ眉がものすごい速さで動いていた。
そして、次の瞬間には――心が吹き飛ばされ、壁に激突していた。
「心ーーーっ!!」
思わず叫ぶ。
胸の奥が、嫌な音を立てた気がした。
「お、おい! 心、大丈夫なのかってばよ!?」
ナルトは試合場へ駆け寄ろうとした。
「落ち着け、ウスラトンカチ」
サスケが冷静な声で制止した。
「でもよ! あんなのまともに食らったら……!」
「心が、あの程度でやられると思っているのか?」
「え……?」
サスケは、壁に開いた大きな穴を見つめていた。
その表情に、焦りはない。
もちろん、心配していないわけではない。
だが、サスケは知っている。
心がどれほど強いのかを。
あの蛇のような男――大蛇丸と、真正面から死闘を繰り広げた姿を。
あの時の心は、傷だらけになりながらも戦い続けていた。
そんな心が、たった一撃で倒れるはずがない。
「大丈夫よ、ナルト」
サクラも、ナルトに視線を向けて微笑んだ。
「あの心が、そう簡単にやられるわけないじゃない」
「サクラちゃん……」
「私たちは、心がどれだけ強いか知っているでしょう?」
サクラの声には、確かな信頼があった。
彼女もまた、あの戦いを忘れてはいない。
心がどれほど傷つきながら、自分たちを守ってくれたのか。
だからこそ、信じていた。
心は、まだ終わっていない。
「……そうだよな」
ナルトは拳を握りしめた。
「心が、あんなところで負けるわけねえってばよ!」
三人の視線が、壁の残骸へと向けられた。
もうもうと立ち込める煙。
崩れた石材。
その奥から、何も聞こえてこない。
やがて、煙が少しずつ薄れていった。
パラ……。
小さな石の欠片が、床に落ちる。
コツン。
その音が、やけに大きく響いた。
次の瞬間だった。
バァンッ!!
瓦礫の山が、内側から粉々に吹き飛んだ。
石片が四方へ散り、再び砂埃が舞い上がる。
その中心に――。
「……ふう」
心が立っていた。
傷ひとつない。
衣服こそ多少の埃をかぶっているものの、身体には目立った損傷すら見当たらなかった。
「……え?」
ナルトが口を開けたまま固まった。
「無傷……!?」
サクラも目を見開く。
サスケの口元が、わずかに緩んだ。
「……言っただろう」
心は、何事もなかったかのように肩についた埃を払った。
そして、再びリーへと視線を向けた。
◇
◇心視点◇
(……危なかった)
心は、内心で冷や汗を流していた。
油断していたつもりはない。
リーが八門遁甲を使うことも、速度が大幅に上昇することも、予想していた。
それでも。
(想像していたより、ずっと速い……!)
第四の門を開いたリーの速度は、先ほどまでとは比較にならなかった。
緋の眼で身体能力を強化していたにもかかわらず、反応が一瞬遅れたのだ。
心は、先ほどの攻撃を振り返る。
攻撃を受ける直前、咄嗟に身体の周囲へチャクラを集中させた。
――堅。
正確には、全身にチャクラを張り巡らせ、衝撃から身を守ったのだ。
そのおかげで、身体へのダメージはほとんどない。
しかし、急激な攻撃に対して十分な防御を整える時間はなかった。
結果、衝撃を完全に殺しきれず、壁まで吹き飛ばされた。
(防御が間に合わなかったら、さすがに無傷じゃ済まなかったな)
心は、改めてリーの実力を認めた。
八門遁甲。
確かに、とんでもない技だ。
だが――。
(諸刃の剣でもある)
原作知識が、頭の片隅で警鐘を鳴らす。
八門遁甲は、身体にかけられた制限を解除する代わりに、肉体へ凄まじい負担をかける。
門を開くほど、その負担は増大していく。
このまま戦いが長引けば、リーの身体が限界を迎える可能性がある。
場合によっては、取り返しのつかない後遺症が残ることだってあり得る。
(だからこそ、長引かせるわけにはいかない)
心は、リーを見据えた。
勝負を楽しむ気持ちはある。
だが、それ以上に大切なことがある。
リーの努力を認めることと、リーの身体を壊すことは違う。
ここからは、こちらも出し惜しみなしだ。
「……いくぞ」
心は静かに呟いた。
そして――。
体内のチャクラを、一気に高めた。
ゴォォォォッ!!
凄まじいチャクラが、心の身体から噴き上がった。
緋の眼が、いっそう鮮やかに輝く。
チャクラは荒れ狂う奔流となり、心の全身を包み込んでいった。
しかし、それは無秩序に吹き荒れているわけではなかった。
膨大なチャクラが、心の意思に従って流れ、身体の隅々まで緻密に行き渡っていく。
力を高めながら、余分な動きを抑える。
防御を固めながら、瞬時に攻撃へ移れる状態を保つ。
そのすべてが、寸分の狂いもなく制御されていた。
心が本気でチャクラを纏った姿。
それは、先ほどまでとはまるで違っていた。
◇
「……なんだ、あのチャクラは」
アスマが、思わず声を漏らした。
先ほどまでの戦いでも、心の実力には驚かされていた。
だが、今の光景は別格だった。
チャクラの量が、明らかに異常だ。
それだけではない。
あれほどのチャクラを身体の外側に纏わせながら、まるで暴走させていない。
荒れ狂う奔流のように見えるのに、その実態は恐ろしいほど精密に制御されていた。
「チャクラコントロールだけで……あそこまでできるのか?」
アスマの隣で、紅も息を呑んでいた。
通常、チャクラを身体の外へ放出し、維持するだけでも相応の技量が必要になる。
それを、心は戦闘に使える形で全身に纏わせている。
しかも、膨大な量を。
「……十二歳、だったわよね?」
紅の呟きに、アスマは答えられなかった。
年齢を考えれば、異常という言葉すら生ぬるい。
これほどのチャクラ制御を、どれほどの鍛錬を積めば身につけられるのか。
想像もつかなかった。
一方、ガイも目を見張っていた。
「素晴らしい……! あの年齢で、これほどのチャクラを制御しているとは!」
リーの努力を誰よりも認めているガイだからこそ、心の技量にも驚嘆していた。
体術だけではない。
チャクラの扱いにおいても、心は常識を超えている。
そして、これほどの力を見せられてなお、ガイの目には闘志が残っていた。
リーは、まだ戦っている。
ならば、最後まで見届ける。
それが師としての務めだった。
◇
ただ一人、カカシだけは、心がチャクラを纏えること自体には驚いていなかった。
それについては、すでに知っていたからだ。
だが――。
「……ここまで、か」
カカシは目を細めた。
驚いたのは、心の全力だった。
これほどのチャクラ量。
これほどの精密な制御。
そして、八門遁甲を開いたリーを相手にしても、なお戦えるだけの余力。
カカシは、改めて理解した。
自分がこれまで見てきた心の姿は、あくまで一部分にすぎなかったのだ。
心は、まだ力を隠していた。
その事実に、カカシは戦慄すると同時に、どこか納得していた。
あの少年ならば、これほどの力を持っていても不思議ではない。
だが、それでも。
「……まったく。とんでもない生徒を持ったもんだ」
カカシは小さく呟いた。
◇
心とリーが、同時に地面を蹴った。
ドンッ!!
床が砕ける。
二人の姿が、再び視界から消えた。
先ほどまでとは違う。
今度は、心も全力で動いていた。
第四の門を開いたリーの速度は、確かに心を上回っている。
ほんのわずかに、リーの方が速い。
だが――。
(見えていなくても、わかる)
心は、相手の姿を目で追うことだけに頼ってはいなかった。
全身に纏わせたチャクラ。
周囲の空気の動き。
そして、リーの身体から発せられるチャクラの気配。
それらを総合して、リーの位置と動きを把握する。
視界から消えたところで、関係ない。
心は、リーの接近を正確に捉えていた。
右。
リーが踏み込む。
心は身体をわずかに傾け、拳を避ける。
そのまま、相手の懐へ踏み込んだ。
「なっ……!?」
リーが驚くよりも早く、心の拳が腹部へと叩き込まれる。
ドゴッ!!
衝撃でリーの身体が浮いた。
しかし、心はそこで止まらない。
追撃。
肘打ち。
掌底。
そして、蹴り。
一つ一つの攻撃が、正確にリーの動きを封じていく。
先ほどまでの心は、リーの力を受け流し、最小限の動作で反撃していた。
柔の体術。
相手の力を利用し、無駄なく勝利を積み重ねる戦い方。
だが、今は違う。
剛の体術。
圧倒的な速度と力をもって、相手に反撃の隙を与えない。
リーが腕を上げようとすれば、その動きが完成する前に攻撃が入る。
踏み込もうとすれば、足が動くより先に体勢を崩される。
防御しようとしても、次の攻撃がそれを上回る。
「ぐっ……!」
リーは必死に食らいつこうとした。
第四の門によって引き上げられた身体能力は、凄まじい。
しかし、速さだけでは心を捉えられなかった。
心は、リーの動きを把握している。
どこから来るのか。
どこへ向かうのか。
どの瞬間に攻撃すれば、相手の動きを止められるのか。
そのすべてを見極め、最適な一撃を叩き込んでくる。
そして――。
「これで、終わりだ!」
心は、リーの攻撃を紙一重でかわし、最後の一撃を放った。
ドンッ!!
腹部へ叩き込まれた衝撃に、リーの身体が大きく吹き飛ぶ。
だが、今度は壁に激突することはなかった。
心は追いつき、倒れ込むリーの身体を受け止めた。
「……っ」
リーの目から、力が失われていく。
第四の門を開いた反動と、これまでの戦闘による消耗。
限界を迎えた身体は、もう動かなかった。
「……まだ……ぼくは……」
リーは、何かを言おうとした。
しかし、その言葉は最後まで続かなかった。
意識を失い、心の腕の中でぐったりと力を抜く。
心は、静かにリーを抱き留めた。
「……いい勝負だったよ、リー」
その声は、誰にも届かないほど小さかった。
心は、そっとリーを床に寝かせる。
そして、緋の眼をゆっくりと閉じた。
全身を包んでいたチャクラが、少しずつ収まっていく。
試合場には、静寂が訪れていた。
誰もが、今の戦いに言葉を失っていた。
やがて、審判が我に返ったように声を張り上げる。
「勝者――枢流陀心!!」
その宣言が、静まり返った会場に響き渡った。
第三次試験予選。
ロック・リーと枢流陀心の戦いは、ここに決着した。