ロック・リーとの激闘を終えた心は、静かに仲間たちの待つ場所へと戻っていった。
試合場には、まだ先ほどの戦いの余韻が残っている。
壁はあちこちが破壊され、床にも無数の亀裂が走っていた。十二歳の下忍同士が繰り広げた戦いとは、とても思えない光景だった。
「心ーっ!」
仲間たちのところへ戻ろうとした、その時。
横合いから、一人の少女が勢いよく飛び出してきた。
「うおっ!?」
心が反応するより早く、少女はその身体に抱きついた。
「心! すっごくかっこよかったわよ!」
「……いの?」
心に抱きついてきたのは、山中いのだった。
両腕をしっかりと心の背中に回し、満面の笑みを浮かべている。
「もう、本当に最高! あんなに強いなんて聞いてないわよ!」
「いや、前から知ってただろ……」
「知ってたけど! 知ってたけど、今日の心は特別なの!」
いのは心の顔を見上げ、目を輝かせた。
「大好き!」
「……はいはい」
心は苦笑しながら、いのの頭を軽く撫でた。
すると、いのの表情がさらに輝く。
どうやら、今の一撫でだけで、彼女の中では何かが決定的に決まってしまったらしい。
◇
◇山中いのの脳内◇
――すごい!
――かっこいい!
――何あれ、速すぎるんだけど!?
――リーの動きなんて、ほとんど見えなかったのに!
――でも、心は全部見切ってた!
――しかも最後は、あっという間に逆転!
――あああああっ、もう無理! 好き! 大好き!
いのの脳内では、先ほどから大騒ぎが続いていた。
実のところ、試合の細かい内容など、ほとんど理解できていない。
心とリーが動いたと思ったら壁が壊れ、気づけばリーが吹き飛ばされていた。
途中からは二人の姿を目で追うことすら難しく、何がどうなっているのか、さっぱりわからなかった。
それでも、いのには一つだけ、はっきりとわかることがあった。
心が一番すごい!
それだけは絶対に間違いない。
なぜなら、いのが大好きな心が勝ったからだ。
愛のなせる技である。
もはや試合の分析など必要なかった。
好きな人がかっこよく戦って、勝った。
それだけで、いのにとっては満点どころか百点満点を軽く突破していた。
「ねえ、心! 試験が終わったら、また一緒に出かけましょうね!」
「時間が合えばな」
「絶対よ! 約束だからね!」
「……わかった、わかった」
心が適当に受け流すと、いのは嬉しそうに笑った。
その様子を見ていた奈良シカマルは、深いため息をついた。
「……お前、ほんと元気だな」
「何よ、シカマル!」
「別に。ただ、見てるこっちが疲れるって話だ」
「はあ!? 心のかっこよさがわからないなんて、シカマルってば人生損してるわよ!」
「はいはい。そうですか」
シカマルは面倒くさそうに頭を掻いた。
どうやら、いのの恋心は今日も絶好調らしい。
◇
「心、すごかったな!」
明るい声を上げて近づいてきたのは、犬塚キバだった。
「最後のあれ、どうやったんだ? リーの動き、全然見えなかったぞ!」
「慣れと観察かな。相手の動きやチャクラを感じ取って、次にどう動くかを予測するんだ」
「それができたら苦労しねえっての!」
キバは笑いながら、心の肩を軽く叩いた。
隣では、油女シノが眼鏡の奥から心を見ている。
「君の動きは非常に合理的だった。無駄な動作がほとんどなく、相手の力を利用していた。最後の攻防では、それまでとは戦い方を変えていたようだが……」
「よく見てるな、シノ」
「観察は、油女一族の得意分野だからな」
シノは淡々と答えた。
秋道チョウジもポテトチップスの袋を片手に近づいてくる。
「心、すごかったね。あんな試合、初めて見たよ」
「チョウジも、ちゃんと見てたんだな」
「もちろん。ポテトチップスを食べながらでも、すごい試合はわかるからね」
「そこは関係ないだろ……」
心は思わず苦笑した。
気づけば、心の周囲には同期の下忍たちが集まっていた。
試合の感想を口にする者。
技について質問する者。
ただ「すごかった」と褒める者。
それぞれが思い思いに声をかけてくる。
心は一人ひとりに応じながら、改めて自分がこの世代の仲間たちと築いてきた関係を実感していた。
前世では、画面の向こう側にいた彼ら。
今はこうして、同じ場所に立っている。
その事実を、心は少しだけ不思議に感じていた。
◇
「静粛に!」
やがて、試験官の声が会場に響いた。
集まっていた下忍たちが、それぞれの場所へ戻っていく。
「次の試合を発表する!」
試験官が対戦表を確認し、名前を読み上げた。
「次の対戦は――砂瀑の我愛羅対、ドス・キヌタ!」
我愛羅が、ゆっくりと試合場へ歩き出す。
その姿を見たドスは、口元を歪めた。
彼は大蛇丸の命令で動いている音隠れの忍だ。
第三次試験予選に勝ち残り、本戦へ進むこと。
そして、木ノ葉の忍たちを利用して計画を進めること。
それが、彼に与えられた役割だった。
だが、目の前にいる少年から漂う異様な気配に、ドスはわずかに眉を動かした。
我愛羅は、相手に興味がないかのように淡々と立っている。
砂の入った瓢箪を背負い、無表情のまま対戦相手を見つめていた。
その姿には、年相応の少年らしさがほとんど感じられない。
ナルトは試合場を見つめながら、ふと首を傾げた。
「……あれ?」
「どうした、ナルト?」
サスケが尋ねる。
「いや、ちょっと気になったんだけどよ……」
ナルトは対戦表を見て、それから周囲を見回した。
「チョウジって、一人余ってねえか?」
「……あ」
サクラも気づいたようだった。
予選を勝ち抜いた者たちが、次々と対戦してきた。
しかし、ここまでの対戦を考えると、チョウジにはまだ試合が組まれていない。
ナルトは、試験官の方へ顔を向けた。
「おーい! 試験官!」
「何だ?」
「チョウジだけ試合してねえけど、チョウジはどうなるんだってばよ?」
その質問に、試験官は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……ゴホン」
小さく咳払いをしてから、淡々と答える。
「対戦相手がいませんので、秋道チョウジは自動的に本戦出場となります。まあ、運も実力のうちと言いますし」
「はああああ!?」
ナルトが素っ頓狂な声を上げた。
「そんなのありかよ! チョウジだけずるいってばよ!」
「いや、ずるいって言われても……」
試験官は困ったように肩をすくめた。
「規定上、問題はありません」
「うそだろおおおお!」
ナルトは頭を抱えた。
「オレたちはあんなに戦ってんのに、チョウジは何もしないで本戦出場かよ!」
「ナルト、声が大きいわよ……」
サクラが呆れたように注意する。
チョウジ本人は、というと。
「えっ、僕、本戦に出られるの?」
ポテトチップスを口に運びかけたまま、目を丸くしていた。
「やった! ラッキー!」
そして、嬉しそうにポテトチップスを食べ始めた。
「お前、もうちょっと何かないのかよ!」
ナルトが抗議するが、チョウジは首を傾げるばかりだった。
「だって、出られるならいいじゃない」
「そうだけどよおおお!」
そのやり取りを見ながら、心は苦笑した。
(……いや、チョウジにとっては本当に幸運だな)
心は、試合場へ視線を戻した。
砂隠れの我愛羅。
原作知識を持つ心にとって、彼の危険性はよくわかっている。
我愛羅の砂は、ただの忍術ではない。
防御と攻撃を同時に行う、極めて厄介な能力だ。
そして、彼の内側には――。
(もしチョウジが我愛羅と当たっていたら……)
心は、チョウジの方をちらりと見た。
彼は何も知らず、幸運を喜びながらポテトチップスを食べている。
(……うん。絶対に避けられてよかった)
もしチョウジが我愛羅と戦うことになっていたら、命を落とす危険すらあった。
我愛羅は、相手を傷つけることにためらいがない。
状況によっては、殺すことさえ躊躇しないだろう。
心は小さく息を吐いた。
(運も実力のうち、か。今回は本当にその通りだな)
チョウジにとっては、願ってもない幸運だった。
そして、心は改めて試合場を見つめた。
我愛羅とドス。
次の戦いが始まろうとしている。
その結果がどうなるのか、心にはわかっていた。
だが、だからといって気を抜くつもりはない。
これから先、何が起きるか。
原作の記憶と現実が、どこまで同じ道をたどるのか。
それを見極める必要がある。
心は仲間たちのそばで、静かに次の試合を見守った。