我愛羅とドス・キヌタの試合は、あっけないほど簡単に幕を閉じた。
いや、試合と呼ぶことすらためらわれるほど、一方的な展開だった。
「始め!」
試験官の合図と同時に、ドスが動いた。
腕に仕込んだ音波攻撃を使い、相手の動きを封じようとする。
しかし――。
我愛羅は、動かなかった。
足元の砂がひとりでに動き出し、ドスへと襲いかかる。
「なっ……!?」
ドスが反応する間もなかった。
砂が身体を包み込み、逃げ道を塞ぐ。
そして、我愛羅が片手をわずかに動かした。
次の瞬間。
グシャッ!
嫌な音が、会場に響いた。
「――っ!」
観客席のあちこちから、息を呑む音が聞こえた。
砂が解ける。
そこに倒れていたドスは、すでに動かなくなっていた。
「勝者、砂瀑の我愛羅!」
試験官が勝者を告げる。
だが、歓声は上がらなかった。
あまりにも一方的。
あまりにも冷酷。
そして、何よりも――相手を殺すことに、我愛羅が一切のためらいを見せなかったことが、会場全体に重苦しい空気をもたらしていた。
我愛羅は倒れたドスを一瞥することもなく、淡々と試合場を後にした。
◇
◇心視点◇
(……やっぱり、こうなるか)
心は、静かに息を吐いた。
我愛羅の実力は、予選に残った下忍たちの中でも突出している。
砂による自動防御。
相手の攻撃を寄せつけない防御力。
そして、捕らえた相手を容赦なく仕留める攻撃力。
そのどれもが、同年代の忍とは思えないほど完成されていた。
だが、心が気にしていたのは、強さだけではない。
(やっぱり、殺すことに抵抗がないんだよな……)
我愛羅の表情には、怒りも、喜びも、ほとんど見られなかった。
ただ、相手を殺した。
それだけだ。
原作の記憶がある心には、彼がどんな環境で育ってきたのか、ある程度わかっている。
しかし、今ここで我愛羅の事情を語るつもりはなかった。
自分が知っていることと、周囲が知っていることは違う。
余計なことを口にすれば、不自然に思われるだけだ。
心は、隣にいる仲間たちへ視線を向けた。
ナルトは険しい表情で我愛羅の背中を見つめている。
サクラは顔を強張らせ、サスケは黙ったまま我愛羅を観察していた。
誰もが、今の試合に衝撃を受けている。
その気持ちは、心にも理解できた。
だが――。
(本番は、これからだ)
心は、静かに拳を握りしめた。
◇
「……皆の者、静粛に」
やがて、会場の上部から第三代目火影・猿飛ヒルゼンの声が響いた。
ざわめきが、少しずつ収まっていく。
「これをもって、第三次試験予選を終了する。諸君らは、厳しい試験を勝ち抜き、ここまでたどり着いた。まずは、その努力を称えたい」
ヒルゼンは、集まった下忍たちを見渡した。
「さて、本戦は一ヶ月後に行う」
「一ヶ月後……?」
ナルトが小さく呟いた。
心は黙って説明を聞いていた。
一ヶ月という期間。
それは、予選を勝ち抜いた忍たちが、本戦に向けて実力を磨くための時間だ。
同時に、各国の大名や里の上層部が観戦に訪れる本戦に向け、準備を整える期間でもある。
「本戦では、諸君らの戦いを各国の大名や里の有力者たちが観戦する。忍としての実力を示す重要な機会となるだろう」
ヒルゼンは、穏やかな口調で続けた。
「ただし、ここまで勝ち残ったからといって、必ず中忍になれるわけではない。戦いの内容、判断力、忍としての資質。それらを総合的に見て、昇格の可否を判断する」
その言葉に、下忍たちの表情が引き締まる。
「そして、本戦の組み合わせについてだが――」
ヒルゼンが合図を送ると、試験官が一歩前へ出た。
「これから、くじ引きによってトーナメントの順番を決定する。決まった組み合わせは変更できない。各自、結果を確認するように」
いよいよ、本戦の組み合わせが決まる。
ナルトは拳を握り、サスケは静かに目を細めた。
サクラは緊張した面持ちで、心は落ち着いてくじの結果を待った。
◇
くじ引きが終わり、試験官が結果を発表した。
会場の壁に、トーナメント表が掲示される。
そこに記された組み合わせを見て、下忍たちはそれぞれ反応を見せた。
第三次試験・本戦トーナメント
Aブロック
一回戦
うずまきナルト
VS
日向ネジ
二回戦
秋道チョウジ
VS
春野サクラ
三回戦
油女シノ
VS
Aブロック二回戦の勝者
Bブロック
一回戦
砂瀑の我愛羅
VS
うちはサスケ
二回戦
枢流陀 心
VS
カンクロウ
三回戦
奈良シカマル
VS
山中いの
「……ネジ」
ナルトは、トーナメント表に記された名前を睨みつけた。
先ほど、日向ヒナタを圧倒した男。
自分の実力に絶対の自信を持ち、運命は変えられないと語っていた男だ。
「絶対に勝ってやるってばよ……!」
ナルトの拳に力がこもる。
「今度こそ、あいつにオレの忍道を見せてやる!」
その目には、強い闘志が宿っていた。
隣でサスケが、わずかに口元を上げる。
「せいぜい頑張るんだな、ナルト」
「なんだと、サスケ!」
「負けて泣くなよ」
「泣くわけねえだろ!」
二人のやり取りを見ながら、心は小さく笑った。
ナルトにとって、ネジとの戦いは大きな意味を持つことになる。
そして、ナルトは簡単には諦めない。
心は、そう信じていた。
◇
「……え?」
一方、トーナメント表を見たサクラは、目を丸くしていた。
「チョウジ……?」
対戦相手の名前を、もう一度確認する。
秋道チョウジ。
予選で、試合をすることなく本戦出場が決まった少年だ。
「え、ちょっと待って。私、チョウジと戦うの?」
「……うん」
チョウジは、青ざめた顔で頷いた。
彼の脳裏には、予選でサクラがテマリを相手に見せた光景が蘇っていた。
圧倒的な速さで攻撃をかわし、最後には一撃でテマリを壁まで吹き飛ばした、あの怪力。
あれを、自分が受けるかもしれない。
「……僕、棄権しちゃ駄目かな」
「えっ!? ちょっと、チョウジ!」
サクラが慌てて声を上げる。
「まだ戦ってもいないでしょ! 勝負はやってみないとわからないわよ!」
「でも、あのパンチ……」
「大丈夫よ! ちゃんと手加減するから!」
サクラは胸を張った。
しかし、その言葉を聞いても、チョウジの顔色は戻らなかった。
心は二人を見ながら、苦笑した。
(……サクラの怪力、完全に同期の間で有名になったな)
本人に悪気はない。
ただ、森の中で大蛇丸と戦った経験が、彼女を大きく成長させたのだ。
とはいえ、チョウジにとっては、なかなか気の毒な組み合わせかもしれない。
◇
「我愛羅……」
サスケは、トーナメント表から視線を上げた。
少し離れた場所に立つ我愛羅を、横目で見る。
先ほどのドスとの戦い。
あの圧倒的な力。
そして、相手を殺すことに何のためらいも見せなかった冷たい表情。
サスケの胸の奥で、闘争心が燃え上がった。
(あいつと戦えば……)
自分の力が、どこまで通用するのか。
心との修行で鍛えた体術。
磨き上げた忍術。
そして、大蛇丸との戦いの中で覚醒した写輪眼。
それらが、あの砂の少年にどこまで通用するのか。
「……面白い」
サスケは小さく呟いた。
その目は、我愛羅から離れなかった。
心は、そんなサスケの横顔を見ていた。
(サスケも、ずいぶん変わったな)
以前なら、自分の力を証明することばかり考えていたはずだ。
今もその気持ちはあるだろう。
だが、仲間と一緒に鍛錬を重ね、実際に命を懸けた戦いを経験したことで、サスケの中にも変化が生まれている。
心は、その成長を嬉しく思った。
ただし――。
(我愛羅は、簡単な相手じゃないぞ)
心は、サスケの背中を見つめながら、心の中でそう呟いた。
◇
「……カンクロウかぁ」
心は、トーナメント表を見上げた。
自分の対戦相手は、砂隠れの忍・カンクロウ。
傀儡を操る、特殊な戦い方をする忍だ。
(あいつ、棄権しそうだな)
心は、前世の記憶を思い返した。
原作では、カンクロウは本戦でシカマルと対戦することになり、戦いを棄権していた。
今回の組み合わせは違う。
それでも、彼が本戦で棄権する可能性は十分にある。
何しろ、カンクロウは先ほどの心とリーの戦いを目の当たりにしているのだ。
重りを外したリーの攻撃。
八門遁甲による爆発的な速度。
それらを受け止め、最後には圧倒して勝利した心。
砂隠れの忍たちからすれば、心もまた、できれば戦いたくない相手だろう。
そのカンクロウ本人はというと――。
「……マジかよ」
トーナメント表を見たまま、顔を引きつらせていた。
(俺、心と戦うのか?)
先ほどの試合を思い出す。
壁が砕け、床が割れ、目にも止まらぬ速度で攻防が繰り広げられた。
そして最後には、八門遁甲を使ったリーが敗れた。
(……俺、死確定じゃねえか)
カンクロウは、思わず頭を抱えた。
自分の傀儡術が通用するかどうか以前に、相手の動きについていける気がしない。
そもそも、あの緋色の瞳は何なのだ。
砂隠れの里で鍛えてきた自分の実力が、まるで通用しないのではないか。
そんな不安が、次々と頭をよぎる。
心は、遠くからカンクロウの様子を見て、苦笑した。
(……まあ、気持ちはわかる)
もっとも、心としては、カンクロウと戦うこと自体に大きなこだわりはなかった。
棄権するなら、それはそれで構わない。
相手を無理に追い詰めるつもりもないのだから。
◇
「えっ!? 私、シカマルと!?」
いのの声が、会場に響いた。
トーナメント表を指さし、目を輝かせている。
「何よ、これ! シカマルと試合なんて、ラッキーじゃない!」
「……はぁ」
シカマルは、これ以上ないほど面倒くさそうな顔をしていた。
「何がラッキーだよ。お前、俺と戦うんだぞ?」
「だから何よ!」
「……いや、別に」
シカマルは、深いため息をついた。
いのは、そんな彼の反応など気にも留めず、心の方へ振り向いた。
「ねえ、心! 私が勝ったら褒めてね!」
「いや、まだ勝ってないだろ」
「勝つからいいの!」
「……そうか」
心は苦笑した。
いのの恋心は、試合の組み合わせすら自分に都合よく解釈しているらしい。
シカマルは、心に視線を向けた。
「……お前も大変だな」
「まあ、慣れたよ」
「そりゃ何よりだ」
シカマルは、再びため息をついた。
◇
こうして、第三次試験予選は終了した。
それぞれが本戦の組み合わせを確認し、仲間たちと話しながら会場を後にしていく。
ナルトは、すでにネジとの戦いに向けて気合十分だった。
「よーし! 一ヶ月、めいっぱい修行するってばよ!」
帰り道、ナルトは心の隣に並び、勢いよく宣言した。
「なあ、心! 一緒に修行しようぜ! 一ヶ月あれば、もっと強くなれるはずだ!」
ナルトの目は輝いていた。
心と一緒に鍛錬すれば、今よりもずっと強くなれる。
そう信じているのだ。
サスケも、少し離れたところで耳を傾けていた。
彼もまた、この一ヶ月を無駄にするつもりはない。
サクラも、本戦に向けてさらに修行を重ねるつもりだった。
そんな三人を前に、心は少し申し訳なさそうに頬を掻いた。
「……悪い」
「ん?」
「俺、この一ヶ月は一人で山に籠もるわ」
「…………」
ナルトの動きが止まった。
サスケも足を止める。
サクラは、きょとんとした顔で心を見つめた。
「……え?」
ナルトは、聞き間違いかと思った。
「い、今……何て言ったってばよ?」
「だから、一ヶ月間、一人で山に籠もって修行するんだよ」
「…………」
ナルトの頭が、ゆっくりと傾いた。
言葉の意味はわかる。
日本語としても理解できる。
だが、どうしても頭が受け入れようとしなかった。
「……い、一ヶ月?」
「うん」
「……一人で?」
「そう」
「……山に?」
「そうだって」
「…………」
数秒間。
ナルトは完全にフリーズしていた。
やがて、ようやく言葉の意味が脳に浸透してきたらしい。
「えーーーーーーーーっ!!」
木々を揺らすほどの絶叫が、帰り道に響き渡った。
「何でだってばよおおおおお!!」
ナルトは頭を抱えた。
「一緒に修行しようって言ったじゃねえか! 何で一人で山に籠もるんだよおおお!」
「いや、ちょっと集中して鍛えたいことがあってな」
「オレたちと一緒じゃ駄目なのか!?」
「今回はな」
「そんなあああああ!!」
ナルトは、その場に崩れ落ちそうな勢いだった。
サクラは呆れながらも、心に尋ねる。
「……心、本当に一人で行くの?」
「ああ。みんなには悪いけど、今回だけは自分の修行に集中したいんだ」
心の表情は真剣だった。
ただ強くなるだけではない。
この一ヶ月で、身につけておきたいものがある。
本戦では、これまで以上に危険な相手と向き合うことになる。
そして、その先には木ノ葉崩しが待っている。
大蛇丸の計画を、どこまで阻止できるのか。
自分の力を、どこまで高められるのか。
今は、仲間と一緒に過ごす時間を少し削ってでも、集中する必要があった。
もちろん、ナルトたちを見捨てるわけではない。
彼らには彼らの修行がある。
それぞれが強くなるための時間だ。
「……そっか」
サスケが静かに口を開いた。
「お前がそう決めたなら、好きにしろ」
「サスケ!」
ナルトが抗議の声を上げる。
「お前、納得してんのかよ!」
「心には心の考えがあるんだろ。俺たちは俺たちで修行すればいい」
サスケは、心をまっすぐ見つめた。
「……本戦で、置いていかれるつもりはないからな」
心は、その言葉に笑みを浮かべた。
「期待してるよ、サスケ」
「ふん」
サスケは顔をそらしたが、その口元にはわずかな笑みがあった。
サクラも、小さく頷く。
「わかった。私たちも頑張るわ。だから、本戦ではちゃんと見ててよね」
「ああ。楽しみにしてる」
そして、三人の視線が再びナルトへ向いた。
「…………」
ナルトは、まだ納得できないという顔をしていた。
「……心」
「ん?」
「……絶対、強くなって帰ってこいよ」
先ほどまでの騒ぎが嘘のように、ナルトは真剣な顔で言った。
「オレだって、一ヶ月でめちゃくちゃ強くなるからな! 本戦で、びっくりさせてやるってばよ!」
心は、ナルトの頭に手を置いた。
「ああ。楽しみにしてるよ」
「……へへっ!」
ナルトは、ようやく笑顔を取り戻した。
ただし――。
「でも、やっぱり一緒に修行したかったってばよおおおお!」
直後、再び絶叫が響き渡った。
「うるさいわよ、ナルト!」
「ウスラトンカチ……」
サクラとサスケが呆れる中、心は苦笑しながら空を見上げた。
こうして、予選は終わった。
そして、本戦まで残された時間は、一ヶ月。
心にとって、それは単なる休息期間ではなかった。
これから訪れる戦いに備え、自分自身をさらに高めるための、大切な時間だった。