「……ええと、話せばわかると思います」
心は両手を上げながら、目の前の巨大な蝦蟇に愛想笑いを浮かべた。
対する蝦蟇は、疑わしげに目を細めている。
「人間が、どうしてこんなところにいる? ここはお前たちが気軽に来られる場所じゃねえぞ」
「やっぱり、ここは妙木山で合っていますか?」
「……妙木山?」
蝦蟇は少し考えるように首を傾げた。
「まあ、そう呼ぶ奴らもいるな。それで、質問に答えろ。お前はどこから来た?」
「木ノ葉隠れの里です」
「木ノ葉? ずいぶん遠くから来たもんだな。で、どうやってここに来た?」
「口寄せの術を使いました」
「……は?」
「契約を結んでいない状態で口寄せの術を使えば、ここに来られる可能性があると思いまして」
心がそう答えた瞬間、蝦蟇は無言になった。
じっと心を見つめる。
数秒後。
「……お前、馬鹿なのか?」
「いきなりひどくないですか!?」
思わず心が声を上げた。
だが、蝦蟇はまったく気にする様子もなく、深いため息をついた。
「いいか、人間。口寄せの術は、契約した相手を呼び出すための術だ。それを契約もなしに使って、別の場所に飛ばされようとしただと?」
「は、はい……」
「運が良かったから、たまたまここに来られたんだろうよ。普通なら、時空の狭間に囚われることだってある。下手をすりゃ、どこだかわからねえ場所に放り出される。そこが生き物の住める場所とは限らねえ。最悪、そのまま死ぬぞ」
「…………」
「自分が何をしたのか、わかってんのか?」
「……はい」
心は、ゆっくりと頷いた。
背中を冷たい汗が伝う。
考えてみれば、当然の話だった。
口寄せの術は、契約によってつながった相手を呼び出す術だ。
その仕組みを十分に理解していないのに、術を使って自分自身を別の場所へ飛ばそうとしたのである。
今になって考えると、無謀どころの話ではない。
成功したのが奇跡だったのだ。
――自来也ぁぁぁぁぁ!!
心は心の中で叫んだ。
前世で見た記憶では、幼い自来也が契約もなしに口寄せの術を使い、妙木山へ飛ばされたという話があったはずだ。
だから、自分にもできるのではないかと考えた。
しかし、実際にはそんな簡単な話ではなかったらしい。
そもそも、自来也がどうして生きて帰ってこられたのかもわからない。
何らかの条件があったのか。
偶然だったのか。
それとも、自分が覚えている話そのものが間違っていたのか。
今となっては、確かめようもなかった。
心は深々とため息をついた。
「……次からは、もう少し慎重に行動します」
「次があるのかよ……」
蝦蟇が呆れた顔をした。
「いや、もう二度とこんなことはしません」
「当たり前だ!」
怒鳴られてしまった。
心は肩を落とした。
まさか、修行を始める前に、こんな説教を受けることになるとは思わなかった。
◇
「……それで?」
ひとしきり心を呆れたあと、蝦蟇は腕を組んだ。
「お前、いったい何をしに来たんだ?」
「実は、調べたいことがあるんです」
「調べたいこと?」
「はい。自然エネルギーについてです」
心は真剣な表情で答えた。
「俺の一族には、特殊な能力があります。緋の眼を発動させると、身体能力やチャクラ量が大きく上昇するんです。そして、ある人物から、その状態では周囲の自然エネルギーを吸収し、チャクラに変換できると聞きました」
蝦蟇の目が、わずかに細くなった。
「……ほう」
「ただ、俺自身は自然エネルギーについてほとんど知りません。だから、自然エネルギーが豊富な場所で研究してみたいと思ったんです」
「それで、妙木山に来たってわけか」
「そういうことです」
心は一度頷き、それから自分の一族の名を口にした。
「俺は、枢流陀一族の生き残りなんです」
「……何だと?」
蝦蟇の表情が変わった。
「お前、枢流陀一族だと?」
「はい」
「……そうか。お前が、あの枢流陀一族の……」
蝦蟇は何かを知っているような口ぶりだった。
心は思わず身を乗り出す。
「待ってください。どうして、枢流陀一族のことを知っているんですか?」
自分の一族について、この世界で詳しく知る者はほとんどいない。
里の記録にも限りがある。
まして、妙木山に住む蝦蟇が一族の名を知っているとは思わなかった。
大蛇丸が知っていたことも驚きだったが、今度は別の意味で気になる。
「枢流陀一族について、何か知っているんですか?」
「…………」
蝦蟇は答えなかった。
ただ、心の顔をじっと見つめている。
その視線には、先ほどまでの呆れとは違う、何かを確かめるような色があった。
心も黙って見返す。
やがて、蝦蟇はゆっくりと口を開いた。
「……枢流陀一族の者なら、あそこを目指すといい」
そう言って、蝦蟇は片手を上げ、ある方向を指さした。
「え?」
心は指の先を追った。
そこには、山々と木々が広がっている。
特に変わったものは見当たらない。
少なくとも、心の目には何も見えなかった。
「……えーと」
心は困惑しながら、もう一度周囲を見渡した。
「何も見えないんですけど……。どこに向かえばいいんですか?」
「…………」
蝦蟇は再び、深いため息をついた。
「お前……枢流陀一族なんだろ?」
「そうですけど?」
「見えねえのか?」
「いや、何がですか?」
「……はぁ」
蝦蟇は額に手を当てた。
「お前、本当に枢流陀一族なのか?」
「本物ですよ!? 生まれも育ちも……いや、育ちはちょっと複雑ですけど、枢流陀一族なのは間違いありません!」
「……そうかい」
蝦蟇は、もはや何も言う気がなくなったようだった。
心は内心でむっとする。
――見えるわけねえだろ!
そもそも、何が見えるというのだ。
心には、指さされた方向に広がる山と森しか見えない。
何か特殊な場所があるのだろうか。
それとも、一族に関係する何らかの仕掛けがあるのか。
心は試しに、緋の眼を発動させてみた。
青い瞳が、鮮やかな緋色へと変わる。
感覚が鋭くなり、周囲の情報が普段よりも細かく感じ取れる。
心は指さされた方向を、じっくりと観察した。
山。
木々。
岩肌。
空気の流れ。
そして、自然エネルギーらしきものの気配。
しかし――。
「……何も見えません」
心は正直に告げた。
蝦蟇は、またしても呆れたようにため息をついた。
「……ああ、そうかい。なら仕方ねえな」
「仕方ないって、何なんですか……」
心は肩を落とした。
せっかく一族に関する手がかりが見つかったと思ったのに、肝心の場所がわからない。
緋の眼を使っても見えないとなれば、今の自分には認識できない何かがあるのかもしれない。
あるいは、単純に距離が遠すぎるのか。
心が頭を悩ませていると、蝦蟇は指を下ろし、別の方向を示した。
「とりあえず、この道をまっすぐ行け」
「……この道ですか?」
「ああ。しばらく行けば、でかい山がある。その山の頂上を目指せ」
「山の頂上……」
心は、言われた方向を見つめた。
確かに、遠くに山らしきものが見える。
ただし、かなり遠い。
「そこに何があるんですか?」
心が尋ねると、蝦蟇は少しだけ表情を改めた。
「大昔、枢流陀一族と契約した奴がいる」
「……え?」
心は目を見開いた。
「今、何て?」
「だから、大昔に枢流陀一族と契約した奴がいるって言ったんだよ」
「枢流陀一族と……契約?」
心の胸が、大きく高鳴った。
契約。
忍の世界において、その言葉が意味するものは決して小さくない。
口寄せの術における契約は、単に生き物を呼び出すためだけのものではない。
人間と口寄せ動物の間に結ばれる、長い歴史を持つつながりでもある。
そして、この蝦蟇の言葉が正しいのなら――。
かつて、枢流陀一族は何らかの存在と契約を結んでいたことになる。
「そ、それは、どんな奴なんですか!?」
心は思わず問い詰めた。
「どういう契約を結んでいたんですか? いつ頃の話なんですか? その契約は今も続いているんですか!?」
「うるせえな。一度に聞くんじゃねえ」
「す、すみません……!」
心は慌てて口を閉じた。
しかし、胸の高鳴りは収まらない。
枢流陀一族と契約した存在。
自分の知らない、一族の歴史。
自然エネルギーとの関係。
それらが、どこかでつながっている可能性がある。
大蛇丸の言葉を思い出す。
緋の眼を発動させている間、自然エネルギーを吸収してチャクラへ変換する能力。
もし、一族が大昔から自然エネルギーと深い関わりを持っていたのなら。
その契約も、何らかの関係があったのではないだろうか。
心は、期待に胸を膨らませた。
「……ありがとうございます。ぜひ、その場所に行ってみます」
「おう。まあ、行けるもんなら行ってみな」
「……?」
蝦蟇の言い方が妙に引っかかった。
だが、今はそれよりも気になることがある。
「ちなみに、ここからどれくらいの距離があるんですか?」
心は山を見つめながら尋ねた。
「どれくらいって……」
蝦蟇は少し考えるように目を上に向けた。
それから、何でもないことのように答えた。
「大体、一万キロくらいだな」
「…………」
心の思考が停止した。
今、何と言った?
一万キロ?
聞き間違いだろうか。
「……すみません。もう一度、お願いします」
「一万キロだ」
「…………」
心は、ゆっくりと蝦蟇へ顔を向けた。
「い、一万キロ……?」
「そうだ」
「…………」
蝦蟇は、不思議そうに首を傾げた。
「何だ? そんなに遠くはねえだろ」
「いやいやいやいやいや!!」
心は絶叫した。
「一万キロが近いわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
妙木山の空に、心の悲鳴がこだました。
こうして心の山籠もりは――。
始まる前から、とんでもない方向へ転がり始めたのだった。