三代目火影視点
翌朝。
猿飛ヒルゼンは、火影執務室で報告書に目を通していた。
机の上には、木ノ葉の里に関する書類が山のように積まれている。任務の報告、忍者たちの配置、里の運営に関する決裁事項。
火影という立場に休みはない。
それでも、昨夜出会った少年のことが、ヒルゼンの頭から離れなかった。
「枢流陀心……か」
煙管を手に取り、静かに息を吐く。
一族が滅び、身寄りを失った少年。
その名前は、木ノ葉の中でもすでに知られている。
枢流陀一族。
緋色の眼を持ち、感情が高ぶると身体能力が大きく向上する一族。
その力に溺れ、戦いに執着する者がいたという噂は、ヒルゼンの耳にも届いていた。
しかし、噂だけですべてを判断することはできない。
昨夜の少年は、少なくともヒルゼンが想像していた人物とは違っていた。
「自分の身を守るために強くなりたい、か……」
力を得ることそのものを目的にしていない。
その答えは、ヒルゼンにとって好ましいものだった。
もちろん、たった一度の会話で少年のすべてがわかるわけではない。
幼い子供が、大人の前で立派なことを口にする場合もある。
だからこそ、これからを見ていく必要がある。
心がどのように学び、何を考え、どんな忍者へ成長していくのか。
その過程を見守ることが大切なのだ。
「それにしても、独学でチャクラの修行とはのう」
報告によれば、心は奈良シカマルから基本を教わっているらしい。
シカマル自身も、まだ忍者学校で学んでいる子供だ。
それでも、教わったことを自分なりに反復し、夜遅くまで修行を続けていた。
その努力は評価してよいだろう。
「まずは、学ぶ環境を整えてやるとするか」
ヒルゼンは書類に手を伸ばした。
心の忍者学校への転入手続き。
その準備を進めるよう、担当者へ指示を出すつもりだった。
――そのとき。
「火影様! うずまきナルトが、どうしてもお会いしたいと……!」
執務室の扉が開き、職員が困惑した顔で入ってきた。
ヒルゼンは眉を上げる。
「ナルトが?」
嫌な予感がした。
そして、その予感はすぐに的中することになる。
「じいちゃん! オレも忍者学校に通いたい!」
職員の制止を振り切るように、ナルトが執務室へ飛び込んできた。
「……ほっほっほ。朝から元気じゃのう、ナルト」
「笑ってる場合じゃないってばよ! オレも学校に入れてくれ!」
ヒルゼンは、思わず苦笑した。
どうやら、話を聞く必要がありそうだ。
「まあ、落ち着きなさい。なぜ急に学校へ通いたくなったのじゃ?」
「急じゃないってばよ! オレだって、もっと強くなりたいんだ!」
ナルトは拳を握りしめた。
「火影になるためには、忍者の勉強が必要だろ? だったら、学校に通うのが一番だって思ったんだ!」
「ふむ……」
ヒルゼンは、ナルトの顔をじっと見つめた。
ナルトが忍者学校へ通いたいと願うこと自体は、以前から想定していた。
しかし、彼が自分から直談判に来るとは。
「それだけかの?」
「それだけじゃない!」
ナルトは身を乗り出した。
「シンが学校に通うことになったんだ!」
ヒルゼンは目を細めた。
「心くんが?」
「そうだってばよ! 昨日会ったときに話したんだ! 火影のじいちゃんが、シンを学校に入れてくれるって!」
ナルトは嬉しそうに話し続けた。
「だったら、オレも一緒に勉強したい! 友達と一緒なら、絶対に頑張れるってばよ!」
その言葉を聞き、ヒルゼンは静かに煙管を置いた。
なるほど。
心との出会いが、ナルトの背中を押したのか。
ナルトはこれまで、周囲との関係に恵まれているとは言い難かった。
それでも、彼は人と関わることを諦めていない。
そして今、自分から友達を作り、その友達と一緒に学びたいと願っている。
それは、悪いことではない。
むしろ、喜ばしい変化だった。
「ナルトよ」
「な、なんだってばよ?」
「忍者学校は、遊びに行く場所ではないぞ。勉強もあるし、厳しい訓練もある。おぬしが思っているほど、楽しいことばかりではない」
「わかってる!」
ナルトは即座に答えた。
「勉強が苦手なのはわかってるけど、頑張る! 火影になるためなら、何だってやるってばよ!」
ヒルゼンは、しばらくナルトを見つめた。
その目には、揺るがない決意があった。
もちろん、今のナルトに足りないものは多い。
知識も、技術も、忍者としての経験もない。
だが、学ぶ意欲があるのなら、機会を与える価値はある。
「……よかろう」
「えっ?」
「忍者学校への入学を認めよう。ただし、入学した以上は、最後まできちんと学ぶこと。よいな?」
一瞬、ナルトは固まった。
そして次の瞬間。
「やったああああ! ありがとう、じいちゃん!」
執務室に、ナルトの歓声が響き渡った。
「こらこら、火影執務室で騒ぐでない!」
ヒルゼンは苦笑しながらも、どこか嬉しそうだった。
「それからナルト。心くんと一緒に通えるかどうかは、学校側の調整次第じゃ。必ず同じクラスになるとは限らんぞ」
「それでもいいってばよ! 学校に通えるなら、それで十分だ!」
「そうか。ならば、しっかり準備をするのじゃぞ」
「おう!」
ナルトは元気よく返事をすると、今度こそ職員に促されて執務室を出ていった。
扉が閉まる。
静けさが戻った部屋で、ヒルゼンは再び煙管を手に取った。
「……心くんに、ナルトか」
二人の少年。
一人は、一族を失い、特殊な瞳の力を持つ少年。
もう一人は、里の中で孤独を抱えながらも、火影になるという夢を追い続ける少年。
境遇は違う。
それでも、二人は友達になった。
ヒルゼンは窓の外へ視線を向けた。
「よい縁になるといいのう」
少なくとも、今は二人の未来を見守ってやりたい。
そう思いながら、ヒルゼンは次の書類へと手を伸ばした。
◇
忍者学校、入学の日
数日後。
心は、忍者学校の校門前に立っていた。
隣には、いつも以上に落ち着きのないナルトがいる。
「ついに来たな、シン!」
「ああ。今日からここで勉強するんだな」
「オレ、絶対に一番強い忍者になるってばよ!」
「まずは授業についていけるように頑張ろうな」
「うっ……わ、わかってるってばよ!」
ナルトは一瞬だけ気まずそうな顔をしたが、すぐに胸を張った。
心は笑った。
こうして並んでいると、まるで昔からの友達のようだ。
実際に知り合ってから、まだそれほど長くはない。
それでも、ナルトと過ごす時間は心にとって心地よかった。
「よし、行こうぜ!」
ナルトに促され、心は校門をくぐった。
◇
教室へ向かう前に、心は一度足を止めた。
今日から忍者学校で学ぶ。
チャクラの基礎を教わり、忍術の知識を身につける。
それは、自分にとって大きな一歩だ。
ただ、一つだけ迷っていることがあった。
サングラスである。
心は顔に掛けていた黒いサングラスに触れた。
これを着けるようになったのは、緋色の眼を隠すためだった。
しかし、今の自分は、以前とは違う。
緋色の眼は、ある程度、自分の意思で発動と解除を切り替えられるようになった。
持続時間はまだ短い。
長くても十秒程度。
しかも、発動には集中が必要で、急に緋色へ切り替わることも、今のところはない。
もちろん、今後も絶対にそうならないとは言い切れない。
それでも、今の段階では、サングラスを着けたまま学校生活を送るほうが不自然かもしれなかった。
「……よし」
心はサングラスを外した。
金色の髪に、澄んだ青い瞳。
普段の姿に戻る。
サングラスは、制服のポケットへしまった。
「どうしたんだ、シン?」
ナルトが不思議そうに尋ねる。
「いや、学校では外しておこうと思ってな」
「ふーん。そっちのほうが顔がよく見えるな!」
「そうか?」
「おう!」
ナルトは特に気にする様子もなく、先へ進んだ。
心は小さく笑い、その後に続いた。
サングラスを手放すつもりはない。
緋色の眼を長時間維持できるようになったら、サングラスを着けて修行するつもりだ。
そのときには、発動中の身体能力の変化や、感覚の鋭さを確かめながら、どこまで力を制御できるか試してみたい。
だが、今はまず忍者学校で学ぶことが先だ。
余計なことに気を取られていては、本来の目的を見失ってしまう。
「これから、か」
心は青い瞳で教室の入口を見つめた。
この先、どんな出会いが待っているのか。
どんなことを学び、どれだけ強くなれるのか。
まだわからない。
それでも、楽しみだった。
◇
教室へ入ると、すでに何人かの子供たちが席についていた。
ナルトが入ってきた途端、教室の空気が少し変わる。
何人かの子供たちが視線を向け、ひそひそと話し始めた。
ナルトは気づいていないのか、あるいは気にしていないのか、空いている席を探している。
心は、その様子を横目で見た。
ナルトが周囲からどう見られているのか。
原作の知識がある心には、ある程度わかっている。
それでも、実際に目にすると、胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。
だが、ここで自分が何かを言ったところで、周囲の認識がすぐに変わるわけではない。
できることから始めよう。
「ナルト、こっち空いてるぞ」
心が手を上げると、ナルトはすぐに駆け寄ってきた。
「おっ、ここか!」
二人並んで席につく。
「これからよろしくな、シン!」
「ああ。よろしく、ナルト」
心は笑って答えた。
枢流陀一族への偏見。
緋色の眼という力。
まだ解決していない問題は多い。
だが、心はもう一人ではない。
ナルトという友達がいる。
シカマルという、チャクラを教えてくれる知り合いもできた。
そして、木ノ葉には、自分を噂だけで判断しない火影がいる。
ここから始めよう。
忍者学校での生活を。
心は机の上に教科書を置き、前を向いた。
やがて、教室の扉が開く。
教師が入ってきた。
「全員、席につけ。今日から新しく仲間が加わる。二人とも、前へ」
心とナルトは顔を見合わせた。
そして、並んで立ち上がる。
新しい生活の始まりだった。